最近知人から紹介された、とある御仁と好誼を結ぶ機会が増えて来た。唐突ではあるが、高地栽培された完熟すいかが送られて来た。御礼を言うと、この西瓜を凌駕するものはわが国には存在しないとの自慢になって来た。親子ほど年齢が違う若造が何を云うのかと反論してみた。黄檗宗の隠元禅師が、江戸時代初期、寛永年間に、中国明(みん)から日本に渡って来たとき、隠元豆と一緒に、西瓜のタネも持って来たとの故事があり、わが国では、奈良県産の大和西瓜が絶品で、毎年中元のあいさつに半世紀前から戴いている果実店との付き合いもある…その果実店主の薀蓄によれば、京都南禅寺の住職で、五山文学者の大家、義堂周信の
『空華集』という詩集に「西瓜ニ和スル詩」というのがあって、
西瓜、今東海ニ生ズルヲ見ル。剖(タ)チ破(ワ)ツテ紅(クレナイ)ヲ含メバ、玉ノ露濃(コマヤ)カナリ。と、13世紀の中ごろ元の世祖フビライの時代から伝わった「大和西瓜」の右に出るものはないということになる。昨晩早く就眠したので、昼食後戴いたのだが、水分、豊に甘みがあり、うなってしまった。かの御仁がニヤリと笑ってるような気がした。
さればわが西瓜の味の区別など水分多く甘きもの好し


5