舗道はまだ濡れているが、夜来の雨もあがり春がすぐそこまで来ているのだろう。身体に春近しの温もりを覚える朝である。わが家の坪庭を塒(ねぐら)にする野良の猫が、与えられたエサを喰い散らかしている。久保田万太郎は、
「叱られて目をつぶる猫春隣」の句を物している。叱ろうかと、猫を睨みつけたものの、雨に濡れ乾かぬ土の上に散らかっているのを見て野良の猫とは言え不憫さを感じたりもする。寒くもなく絶好の散策を愉しめそうな朝のジャンジャン横丁まで来ていた。「ごみごみした狭い道筋を、両側とも同じような店並が続いている。。すし、うどん、串カツ,マージャン、将棋クラブ、カイテン焼き、ホルモン焼、一杯五円の黒蜜、姓名判断に、薬屋。丁度、東京の池袋界隈とそっくりである。」との林芙美子が書いた絶筆
『めし』の描写を想起して、閑散とした現在の横丁を折り返している。しばらく通天閣に向かって歩いて行けば、向こうから、この辺りを棲家にする野良猫であった。道端にはだれが置いたのかエサが山盛りにされていた。不可思議な嬉しさが湧いては来たが妙な気分もあった。
猫の恋聴く候となり新世界雨に濡れたる舗道を踏みて

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