鼠六匹に冬の蛙

　　ちょっとブログを休稿していたらどうしたのかとの、問い合わせである。続けていたことが留まると、あちらこちらからの反応がある。お前はまだ生きていたのかと、びっくりさせられた旧友からもあった。休んでいるわが生存を確かめられたのであろう。プロ野球の選手でも、試合に連続出場している厳しさを痛感する。その応対に疲れたのか、またまた休稿が伸びている。知らぬ間に年を重ねていて、体力並びに気力も衰えているのだろう。そんなことを考えていたら１０月もあと一日になっていた。


　　　鈍色の河眺めおり大和川その上流の村の諍い

　　朝一番の九時に先日の内視鏡の結果の説明をするというので妻と病院に出掛けた。だが病院の待合にこんなに多くの患者が 蝟集(いしゅう)しているのを見て驚いた。担当の内科医師に呼ばれて早速、先日の内視鏡に鮮明に映されたわが胃腸などの臓物の映像を見て検査結果が指摘されて行くのだが、然したることもなく今後の節制を怠るなということであった。「野や山のもみじの便り思いつつわが胃や腸のなか望みいる」とは、少し穿ち過ぎたる感性の悪戯であろうか。
　帰り道ですれ違った選挙カーの声をきいて総選挙の終盤に入っているのを認識した。


　　　不意にきく候補者の声掠れていて花一匁のうたうたうべし

　　一応、内視鏡による結果で内臓の部位に異常が見当たらぬことが判明。ほっとして疲労が出たのか(仏教で言う、「有為転変(ういてんぺん)」という世の中のすべての現象や存在は常に移り変わるものであって、決して一定しているものではないということを考えたりして)呆然とした毎日を過ごしていた。
　妻が所用があり、31日の衆議院選挙の期日前投票に区役所に出掛けることにしたので、同道することにした。この道は二回目のワクチン接種の折、会場に行くまでに路上に転倒してしまって立てなかったことがあった。当時は新型コロナウイルスによる患者の増大が激しく、年配者として外出を控えざる状況で必然的に足腰が衰えている状況になっていたのだろう。そして、今回は無事に事なきをえて区役所まで行き投票を済ませて来た。


　　　猫が爪たてて破りしその箱より出て来たる写真若かりしかな

　昨日の内視鏡による検査が良好な結果であったので、午後２時からの商店街の理事会に出席することにした。とに角、歩くことが最良の運動と認識して歩き慣れたわが街を万感の思いをもって歩いて行く。先の戦争で焼夷弾による無差別攻撃で罹災して生家が焼失した夜のこと。敗戦後、疎開していた岐阜から帰阪し、焼け跡を耕し、バラックを建て、懸命に生活の維持に勤めた両親の努力をこの目に焼きつけたこと。そして、千変万化する変貌の街のなかを泳いで現在に至った光景を回顧しながら会議室に辿りつく。ゴルフの日程と合致して、欠席してくれた娘の状況から、一部の理事が、元気に現れたすがたを見て驚いていた。会議の冒頭であいさつしようと思っていたが黙っていた。議案のなかで次のストリートフェスタの開催についての運営問題の意見交換があった。何故かトップに指名を受け、昨日の経緯を述べようとしたのだが、一般論としてフェスタ開催の賛成、反対両論の存在も微妙であることを認識しておかなければならないと、意見の具申を切り替えた。


　　おとしめることなるかやと話しいる人の目を見る悲しきことの

　　いよいよ内視鏡による検査の日を迎えている。ポリープなどの有無の判定がなされる日でもある。午前９時の通院が伝えられている。亡父の月の命日とも合致しているので、いつもの如く娘が早朝、寺町の菩提寺の墓所に参詣してくれた。自分は仏間で朝の読経に余念がなく、内視鏡の時間を待っている。「残りたる闘志を思い惜しむ秋」病院はわが家から指呼の場所にあり、いつもの散策コースにあたっている。
　午後２時からの検査で大腸などに便が残っていないかで下剤を服用するための充分な時間が与えられていて、備え付けのテレビで時間を調整した。いよいよ内視鏡で胃や大腸などの検査が始まり、麻酔が施され、鼻と肛門からの検査があったようである。終って判定や如何にと注目、係りの女性看護士が何もありませんの声に一瞬気絶していたのか、息をしてますか？と言われていたと後から妻に聞いた。何もないとの認識を持ち、施行してくれた医師に、本当に何も無かったのですかと思わず問質す始末。有難さこの上になし。思わず傍らで様子を窺っていた看護士にもメモを持って来て下さいと、「秋寒くありし命を確かめて」との一句をメモしてもらった。


　　　大方の友亡くなりし今われの命ありしは生きる歓び

　　紹介された病院の内科を訪ねる。早速、血液を採取され、明日９時、下部消化管内視鏡検査に取り掛かるとか。事前準備として前日の食事のお勧めメニューの紹介があり、通じを良くするために、スポーツドリンク、お茶、水などの水分を多めに摂ることの指導があり、ゆっくり休眠をしておくように指示されている。だが、自分には検査結果によっては、彼岸と此岸を涅槃の世界と生死輪廻する迷いの世界と言い換えられているのかと、釈尊のことばを慮っている。
　午後２時半からの歯科医院の予約があるので、急ぎ処を替える。歯科医院では、もう一度来院をお願いしますとの悠長な判断をされたので、あの世に逝くのにまだ歯の手入れをするのかと言おうとしたが黙っていた。
　ゆっくりゆっくり歩いているので帰途、恵美須町の交差点に差し掛かって、しばし四天王寺の西門(さいもん)から境内の五重塔を遥拝して明日の内視鏡検査の無垢なることを祈念していたら秋の釣瓶落しの光芒の美しさに接して、朝からの疲労を忘れていた。早い方が良いということで、急遽決まった日程で、娘はゴルフを止めてくれる事になり、コンペの組み合わせも変えて貰うという申し訳ない仕儀に成ってしまった。
　

　　悲傷などある筈はなしと思いたし白髪をそっと撫でていたるは

　　体調が不良である。昼前に予約しているかかりつけの医院に行き診察を受ける。例によって調子を訊かれたので、異常ですと云うとどう言う具合と言われ、血圧を測られた。普段より低かったので２度測られた。血便らしきものがあるのですと云うと下痢しているのかと訊かれる。この一週間ばかり、便の様子がおかしいと申告する。食道、胃腸、肛門に痛みがないので、不快感はなかったと云うと、一つには飲んでいる薬の副作用と思われますが、明朝９時、私が勤務する病院の内科に来て下さい。血液を採取して検査の日にちを決めましょう、ということになった。


　　　秋夜長まじろがずいる床のなかいちずに暗きこと思いいて

　　朝毛布をかき寄せる。冷え込むとの予報があったので、厚めの毛布にして置いたのが好かったようだ。この秋一番の冷え込みと言う事らしい。薄めのジャンバーを出して欲しいと妻に頼む。あと２０日もすれば、１歳満年齢で年を取るのだが、昨年は、信州、東京、南紀白浜など出掛ける元気さがあったのだが、今年は新型コロナウイルスの思わぬ拡大に見舞われて、年配者の外出の自粛を家人や周囲などから言われ、況してやワクチン不足などの追い討ちなどで、運動不足に陥ってしまい、急激に足腰に衰えを覚え歩行中２度も路上で倒れ車で迎えに来てもらうという醜態まで経験してしまった。それに地下鉄に乗ってエスカレーターの登り降りにも警戒を要するようになり、畢竟、老いさらばえてしまったようになっていてお花見や名所旧跡めぐりも皆無という侘しさを覚えている。近づいて来た冬の到来が気になって来た。


　　さりげなく目を伏せている知り人とすれ違うときマスク越しなる

　　久しぶりの雨に歩道が濡れている日曜日の朝である。早朝大阪を発って大台ケ原に出かけるという娘、わが国で有数の雨どころと言われている地をよりによって登攀しようと出掛けるのは勇気ある行動ではある。『万葉集』に、「秋の雨に濡れつつをれば賎しけど吾妹(わぎも)が屋戸(やど)し思ほゆるかも」(秋の雨に濡れ続けているとむさ苦しき佇まいではあるけれど私の妻の家が恋しく思われることだなあ)とでも言っているのではないかと大友利上がもの寂しいものとして詠んだ和歌があるが、勿論吾妹を娘と置き換える作意も愉しいのだが、現代俳人日野草城の「秋の雨しづかに午前をはりけり」ではないが、日が照ってきた午後を天気が回復して、好かったと思っているところである。


　　　どこに行く猫なりしかと尾を立てて午後二時半の雨あがり道

　　事務所で伝票の整理を兼ねて店番をしていた。表通りから、元気かと呼びかける声があった。誰であるかと即断できないので事務所を出て見ると、新世界の名物店のマスターであった。わが社との取引はないのだが、顔見知りになってもう半世紀の歳月が過ぎている。実は先月、妻と永別して今独りで暮らしているという。それはお寂しいことですねと、お悔やみを云いながら因みにマスターの年齢を訊ねると、自分より２歳の年長者であることを知り驚いてしまった。元気に奥さんとふたりで切り盛りしていた頃、正午にオープンする決まりがあり、開店を待つ１０人を越すお客が店の前に行列があっても意に介さず待たせていて、店のなかで夫婦喧嘩を大きな声でしていても、通天閣の正午を伝えるオルゴールが鳴り出せばピタリと収まり夫婦そろって店先に立って客を迎えたあの温顔が目に浮んで来る。この度のコロナ禍の経験を同年輩の商売人同志で語り合えたのを気に入ってくれたのか、また寄せてもらうと別れた。


　　　初もみじ人の死を知り驚きぬ喧嘩の後のあの笑顔とは