あれから10日が過ぎた昼頃に、女房が近所の家の庭でスティーブを見つけた。
こころなしか痩せてやつれた感じだったと言う。もっともだ。4日の夜、家を追い出されて以来、ずっと行方不明だったのだ。飢えと寒さに震えながら、ずっとワタシを恨みながら途方に暮れていたに違いない。
エサを手にスティーブを呼ぶが、彼はじっと女房を見たまま身じろぎもせず、そのうち奥の方へ消えてしまったらしい。彼はそれ以前でも、他のメス猫達とは違い、決して甘えることも抱かれることも無かったのだ。その彼が家を追い出されるようなヒドイ仕打ちにあって、例え飢えていたにしろ寄ってくるわけがない。
ワタシはあの日以来、スティーブにしたことを悔いていた。そして心配をしていた。
ちょっとしたイライラ感と誤解とがあって、正月の2日にエルザとオリビアが喧嘩をした時に、スティーブはエルザを背後から襲ったのだ。喧嘩は仕方がない。しかし、背後から母親を襲ったスティーブの行動に、ワタシは腹が立った。エルザだって、そんな息子を許す訳にはいかないはずだ。
翌日も翌々日もエルザとスティーブは激しい戦いを繰り広げたのだった。そして、ついにスティーブはキッチンの奥の棚に隠れるようになった。そんなことで、エルザはスティーブを許したかのように見えたのだが…。
4日の夜、不穏な空気を引きずったまま、それでもなんとか無事に過ごせることを願いながら私はベッドに入った。眠りに就いてしばらくした頃、1階の廊下でスゴイ音と共に「ギャギャギャー」という唸り声が響き渡った。すぐに降りてみると、エルザとスティーブがまだ睨み合っていた。ワタシがエルザを抱えるとスティーブは、またキッチンの奥に隠れてしまった。エルザを離すと、エルザはまたスティーブの方に行こうとする。スティーブが唸る。
とにかく、スティーブが悪い! ワタシは頭にきていた。洗面所の窓を開け、ワタシはスティーブをホウキで追い回した。スティーブは一旦、廊下を走り玄関まで逃げ、玄関の壁を横走りしながら洗面所に向かった。洗面所の棚で立ち止まったスティーブは、ワタシの目を見た後、窓から冷たい暗闇へとダイブした。
「これでいいんだ」
「これで平和が訪れる」
「もともとスティーブはみんなに馴染まなかった」
「彼は野良として外で自由に生きるべきなんだ」
ワタシはホッとした気分以上に悲しさでいっぱいだった。ワタシはスティーブにした可哀相な仕打ちを忘れることはないだろう。どれだけスティーブの心が痛んでいるか…。
捨てぃーぶ。
スティーブは11日後の一昨日、家に帰って来ていた。女房が庭で見つけた。女房が呼びながらエサと水を与えようとすると、少しだけ退く。そして、エサと水を置いて下がるとガツガツと食べたらしい。ああ、良かった。とりあえず安心だ。
しばらくして行ってみると、もうスティーブは居ない。どこに行ったのやら。たぶん、入り口を開けたままにしている倉庫の中に隠れているに違いない。今までも、何度も探したんだけど、広いし、結構なんやかやで溢れ返っている倉庫だ。きっと、奥まったどこかで寒さを凌いでいるに違いない。
この倉庫、普段はまったく使っていないので、野良猫が何度も子育てをしたことがある。そして、スティーブが帰ってくる数日前までは、オスの大きな野良猫が住んでいたのだ。^^;
この野良猫こそが、数年前からうろついていて、エルザのオトコ、つまりスティーブやオリビア、マリリンの親に違いないのだけど。
しかし、その野良猫とスティーブに面識は無い。スティーブが現れたここ数日は野良猫は居ない。都合良く、入れ違いになったのか? それとも、一通りの縄張り争いが繰り広げられて、若いスティーブが親であり先住者の野良猫を追い出したのか、知る由もない。
スティーブは野良猫に対し、こう思っているに違いない。
「お前はどこのモンか知らないけれど、オレはね、ここの家の御曹司なんだぞ。故あって今は外で暮らしているけどさ、少なくともオレにはこの倉庫に住む権利があるんだ」
その通りだよ、スティーブ。ワタシはお前を嫌いで追い出したんじゃない。お前にオスとして自由に暮らして欲しかったんだ。
もうちょっとの辛抱だ。エルザやオリビアの子供が貰われて居なくなったら、また以前の平和が訪れる。その時には暖かい日差しの縁側で居眠りをするといい。
それとね、彼女達には避妊手術をしておきます。^^;
今朝は洗面所の窓の下に座っていた。ワタシが「スティーブ」と呼ぶと、じっとワタシを見つめて、目をそらそうとしなかった。ワタシはスティーブに目で語りかけていた。スティーブもまた、ワタシに何かを語ろうとしていた。
でも、お互いに、いや、少なくても私にはスティーブの思いを読み取ることが出来なかった。
ワタシは歯を磨くことを後回しにして、スティーブのエサと水を持っていってやった。出勤前に見に行ったら、スティーブはキレイに平らげていた。

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