過ぎ去った日々の出来事はすぐに忘れてしまいそうになる。
別に記憶力が低下しているとも思えないけれど、思い当たることと言えば、毎日毎日その日その時に集中しているということ。
日々が充実していると過去は楽しかった思い出にしか過ぎない。
そして、その思い出に浸るほど暇ではないし、年老いてもいない。まだまだ人生の発展途上で可能性を追求しているのです。(笑)
さて、そんなことでちょっと過ぎ去りし日を思い起こせば・・
昨日は仕事を休んで、帰省中の東京の友とドライブしてみたり夕方から飲んで語って楽しい時間を過ごした。
1日。 福岡に住む娘は先月末に大分に帰っていたが、秋に結婚するので彼が挨拶?にやってきた。座敷でいろいろと話をしたが昼食の為に別府へ行ったがお目当ての店は順番待ちがすごく並んでいたのでパスをして、あてもなく走っているうちに杵築まで行ってしまって、食事の後に杵築の城下町を散策したのだけど、このすばらしい街並みは悲しいくらいに観光客がまばらだった。
聞くところによると、同じ日というかGWの間、豊後高田市の昭和の町は観光バスやマイカーで駐車場が埋まり多くの人で溢れていたそうな。
国東半島の扇の要という位置関係で似ていて城下町という面でも両市は類似しているはずなのに、城下町の風情を大切に残して高尚な雰囲気を売り物にした?杵築市は観光という面でもうひとつパっとせず、方や豊後高田市は城下町というのは殆ど消えつつあり、商人の町として売り出した。
商人の町と言えば聞こえは良いけれど、人口が減るばかりで一旦すたれてしまった町、つまり今は寂れてしまって商売にならない古い商店街を見せることによって町おこしに成功した。
人々は綺麗で絵になる石畳の坂道や白壁の武家屋敷や蔵よりも、汚くて何かゴチャゴチャとした古い商店街にノスタルジーを感じるのでしょうか?
自分が経験し、かって見聞きしたものに親近感に近いノスタルジーを感じるのでしょう。
昭和の町、昭和ノスタルジーを売り物にした町。そして私が小学4年から高校2年までの8年間を過ごした町。 豊後高田市。
高校3年の一年間だけ過ごした町。 杵築市。
考えてみると、豊後高田という何か古臭くて田舎臭い町が好きで、そこで一緒に過ごした人々が好きです。
杵築は、言葉では表せない。好きでも嫌いでもないけれど、何度でも歩いてみたい不思議な魅力があります。それはたぶんノスタルジーなどではなくて、温故知新ということだと思います。町をあるけば学ぶものがある。
おお、忘れるところだった。長男も連絡なしにコソっと彼女を連れて帰っていた。(笑)
さて、仕事では・・
昨年のGWに東京のOLさんが治療に来られました。
身体があちこち痛くてだるくて、精神的にも病んでいました。
世界一の大都会に住んでいても、どこに行っても治らない。
きっとどこかに自分が助かる治療法があるはずだとインターネットで調べているうちに当院のHPを見つけ、中を読んだりブログを読んだりして
『ここだ!』と直感して電話をしてきました。
平月はそう簡単に来れないのでGWの連休を利用して大分クンダリまで治療に来られました。もちろん、それだけでなく、湯布院に泊まったり由布岳に登ったりと活動的な一面もあります。
その時は一度だけの治療でかなり良い結果が出て本人も喜んでくれたので、東京の先生も紹介してあげました。
それから1年後。
この4日に、またしても彼女が治療に来られました。
この日もとても調子良く『カツン カツン』とアジャストする度に矯正音が響き渡ります。
もう昨年の
「うつ状態」も無くなり快活そのものです。今回は昨年、ワタシが教えてあげた九重連山に泊まりがけで登ってきたそうです。そして、行く先々での温泉詣で。
治療後に当院の近所の下郡温泉にも行きました。(笑)
日々の多くの人達への治療も楽しいけれど、わざわざ東京から来てくれるなんて、とても嬉しいことです。治療家冥利に尽きるとはこのことです。”
彼女、背が高くて目元パッチリ、まるで女優のように綺麗だけど、気さくで話が面白い女性です。
治療に来られた人達が幸せになっていくのを確認することは、とても幸せ。
今からでも遅くない
長い間、痛みで苦しんでいる人も
すぐ目の前に必ず希望が見えてくる
根本原因を正す
快方の森カイロプラクティック院

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