騒動が一時的に収まり、女房と長女はテレビを見ながら笑っていた。
ワタシはこれからもっと大変なことになるだろうと、不安を抱えながらエルザとスティーブとマリリンの動静を観察していた。何故、女というものは、こんな大変な時に平然としていられるのだろう?
その時、エルザがゆっくりと動き出した。体勢を低くし忍び足でオリビアと子供達と入っている押し入れに近づいていく。エルザとて、自分の子供のことが気がかりだろう。
まずい!
押し入れの開きは一番下の部分は出入りする為に全部破られている。(^^;
エルザが1mの距離まで近づいて低く唸った。ワタシがすぐにその後の出来事を想像し、座布団を手にした時、オリビアがスゴイ唸り声と共に押し入れから飛び出そうとした。
瞬間にワタシは座布団で出入り口を塞いだ。
エルザも猛然と出入り口に突進した。
グワッ!グワッ!ギャア!
わずかな隙間を隔てて激しく闘っている。ワタシはあまりの凄まじさに、右手で座布団を押さえながら、つい左手でエルザを制しようとした。興奮して訳が分からない状態のエルザがワタシの左の掌に激しく噛みついた。鋭い牙が深く食い込んでいるのが、感触で判った。
ワタシは長女に、傍にある太いプラスティックの遮断用ネットで(本来は壁掛けに使用する物)座布団の上から入り口を塞ぐように指示し、それがうまくいったことを確認した後、まだ中に向かって唸るエルザを抱え上げた。
エルザを廊下に出す。
ワタシは右手で左手首を握っていた。深い傷から血がダラダラとしたたり落ちていた。深い刺し傷が2ヶ所。裂傷が3ヶ所あった。激しい痛みを堪え、石鹸で洗い、傷口から血を吸い出した。肉がえぐれ出ている。消毒薬らしきものが無かったので、緑茶で殺菌紛いのことをして救急バンソウコウを貼った。
次の手を考えねばならなかった。とりあえずエルザを2階の部屋に閉じ込めることにした。それにマリリンがついてきた。もうマリリンは母親のエルザに甘えていた。2匹を2階に隔離して、ゆっくりと次のことを考えていた。
今回のことはエルザにもオリビアにも落ち度はない。ただ、ちょっとしたキッカケで子供を育てている2匹が、それを守る為に異常反応をした結果なのだ。そのあげく、2階の一室に隔離されたエルザが不憫でならなかった。エルザに子供を渡してあげないと可哀相だ。かと言って、7匹を抱いているオリビアからエルザの子供5匹を引き離すのも可哀相だ。結局、エルザの5匹の子のうち4匹を2階に連れていった。オリビアには自分の子2匹とエルザの子を1匹を残した。
こんな風に人の手で分けてしまうことに問題があることは百も承知だけど、今、この状況を収める為には仕方がない。長女が、さっきの修羅場でワタシが怪我を負いながらも止めたことに対し、「とことん喧嘩させればいいのに」と笑いながら言った。
ああ、なんてこった。こんな優しくて気遣いの行き届いた女の子でも、こんなことを平気で言ってしまう。これだから女の心理は判らない。^^;
まあ、そういうワタシも野性の猛獣の闘いをテレビで見るのは興味があったりするが、実際に目の前で見るととても恐いだろうと思う。男はいざとなれば闘う本能を持っている。そして、それは下手をすれば死に至るということも知っている。だから基本的に闘いを避けようとする。だけど、女は闘いを見ることが本能的に好きなのだ…と思う。飲み屋街の喧嘩を興味深く見ているのは、いつも女。男は戦々恐々として見ている場合が多い。
とはいえ、今回のことで一番の深手を負ったのはワタシ自身であり、爪でやられたオリビアやスティーブの目は2日目には治っており、エルザの傷だって、ワタシの手の引っ掻き傷と同じ程度だ。ワタシは引っ掻き傷なんて怪我のうちに入らないと思っているから、案外、娘の言うようにとことん喧嘩させた方が良いのかも知れない。
さて、その後もエルザとオリビアのことを考え続けた。オリビアはいつもの場所で、いつも通り居間、廊下、洗面所、風呂場、玄関と好きなように動き回れる。エルザは…。
エルザは2階の一室に閉じ込められて、今までの自由も無ければ人と触れ合う暖かささえ奪われている。不憫だ。ワタシはエルザとオリビアを移し替えることにした。一端、エルザとマリリンと子供達を洗面所に閉じ込め、そん間にオリビアと子供を2階に移した。苛立ちを覚えないようにトイレも交換した。
夜、なかなか寝つけなかった。猫達のことが気になってしょうがなかった。翌日の3日、ワタシは手の傷の痛みに耐えながら、正月休みを判った上で予約してきたお客さんを3人治療したのだった。そして夜。さすがに気になって救急病院に電話をして治療を受けた。
エルザは可愛い。とても美しく気品がある。そして、2階にいるオリビアもキュートだ。淋しいだろうと、時々遊びに行ってあげる。甘えて何度も何度も身体を摺り寄せてきて、離れようとしない。
そろそろ、子供達も里子に出していかなばならない。でも、こんな状況で子供が消えて行くとき、エルザとオリビアはどんなに悲しむだろう? いつまでも家の中を鳴きながら探して廻るのだろう。お互い疑心暗鬼のままで…。
今、エルザとオリビアの仲直り作戦を考えている。もともとはとても仲の良い親子なのだ。
それにしても、今回のような問題を引き起こした根本の原因は、やはりワタシにあるのだと思う。避妊手術をしていなかったこと。長男はこのことにとても怒ったまま福岡に戻って行った。まあ、今までと同じように健康に留意し、仕事に頑張ってくれ。
ワタシは心と身体に深い傷を負ったまま、今も考えている。
愛することの代償はかくも大きいものなのか…。
優しさは時として他を傷つけるものなのか?
そしてあらためて思い知らされたのだった。
身の回りに起きる悪い事象のすべては己にも責任がある。
けして他にそれを押してつけてはいけない。
何故なら、それを意識することから、次なる階段を昇ることになるのだから。

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