2009/6/30

ミナンカバウ人の婚礼用ビーズ刺繍飾り  技巧・意匠・素材

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

インドネシア・スマトラ島の中西部に生活する「ミナンカバウ人」の手による、婚礼用のビーズ刺繍飾り。新婚家庭を彩るためのものとして用いられた伝統デザインの作品です。

ミナンカバウ人にとって、緻密な手仕事を完遂させる根気を有することが女性の美徳と考えられており、そのことは破綻の無い”格子織”の織物を創り上げることや、この細密なグラスビーズを用いて、装飾作品を完成させることにも結びついております。

このビーズ刺繍は、ミラー刺繍等とともにインドから伝わったものと考えられておりますが、花や蝶の意匠は中国の吉祥モチーフの影響を見出すことができます。晴れの日のために丹精を込めて手掛けられる、華やぎ溢れる装飾作品です。

2009/6/29

インドネシア・スラウェシ島 タナ・トラジャ県ボルにて  旅の一場面

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します
土地で消費されるトラジャコーヒーも売買される市場

2009/6/28

インドネシア・スラウェシ島 タナ・トラジャ県ラボにて  旅の一場面

クリックすると元のサイズで表示します

2009/6/27

インドネシア・スラウェシ島 タナ・トラジャ県にて  旅の一場面

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


2009/6/26

機能性と装飾性と  技巧・意匠・素材

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

インドネシア最東部のニューギニア島”イリアンジャヤ(パプア)”に生活する「ダニ人」の手による、野生の蘭(らん)の茎繊維や樹皮繊維を用いた編み袋(バッグ)、画像上は女性用、下は男性用の品モノとなります。

上の女性用の編み袋は、木綿の生成り糸と蘭の茎繊維の黄糸を素材に、8の字型のルーピングの技巧を主体に、持ち手部分を含めてすべてが網状の組織で繋がっており、相当な重量が掛かっても柔軟に重さを吸収し、破損することのない極めて丈夫な作りとなっております。

ダニ人の女性は、重たい荷物を運ぶ際、持ち手部分を額に掛け背負うようにしてこの袋を使いますが、赤ちゃんの背負い袋としてもこれを用います。まさに機能性重視の編み袋と言えます。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

こちらは男性用の編みバッグで、染め分けた樹皮繊維(細布)を編み込んだ本体両面の縁部を、別な靭皮繊維の撚り糸で編みながら繋ぎ合わせたもの、持ち手には取替えのきく普通の木綿紐が付されており、幾つかのパーツの組み合わせで作られております。

数珠球(ジュズダマ)や鳥の羽根による装飾が加えられ、とても表情豊かで雰囲気のあるバッグですが、つくりは決して丈夫ではなく、重いものを入れて持ち運ぶのには耐えられません。男性の社交品として大切なキンマ(噛み煙草)の道具を入れたり、バッグ自体もオシャレ小物としての装飾性を重視したものであることが判ります。

また数珠球(ジュズダマ)や鳥の羽根は、古くからお守りとして使われてきたものであり、狩猟を行う男性にとっての護符でもあります。男女の生活での役割の違いが、袋(バッグ)の作りの違いとしても表れております。

2009/6/25

インドネシア・ジャカルタ 緑に包まれた路地裏  旅の一場面

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

2009/6/24

インドネシア・ジャカルタ 屋台のある風景  旅の一場面

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

2009/6/23

インドネシア・スマトラ島 西スマトラ州ブキティンギにて  旅の一場面

クリックすると元のサイズで表示します

2009/6/20

古き懐かしき縞(嶋)木綿  技巧・意匠・素材

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

インドネシア・スマトラ島南西部”ブンクル州”で手掛けられた”木綿緯絣”の布。インドネシアの絣は”イカット”と呼ばれますが、本品は国際語ともなっている”イカット”という言葉より、”縞絣””嶋木綿”等という我々日本人が慣れ親しんだ言葉の方が、しっくりと似合うような気がいたします。

経糸・緯糸ともに、太さもまばらな手紡ぎの木綿が用いられ、藍や茶や茜の草木を染料に斑に括り染めされた絣糸が作られ、腰機により丹念に一織り一織りされた手仕事の布です。

”緯絣”と分類できる作品ですが、良く見ると経糸も一色ではなく、一部斑に染められた糸が加えられており、”経緯併用絣”の範疇に入れて良い作例かもしれません。

日本が鎖国(海禁政策)により海外との直接的交流が薄かった時代、琉球王国(レキオ商人)はむしろ活発に海洋アジアとの交易・交流を重ね、後世日本(本土)でも”嶋物”として持てはやされることになる木綿織物に触れ、自身その原型を生み出していたことが知られております。

どこか懐かしく愛おしさを感じる表情は、古い時代に海を通じて繋がりあっていた”嶋物”の遺伝子が、この布、この手仕事の中にも生き続けているからのように思えます。

クリックすると元のサイズで表示します

2009/6/19

インドネシア・スラウェシ島 タナ・トラジャ県サダンにて  旅の一場面

クリックすると元のサイズで表示します



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ