2010/1/31

冬夜明け前のヒヴァ  旅の一場面

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夜が明けきる前のヒヴァの城壁内、石畳を叩くコツコツという自身の靴音を聴きながらそこかしこを歩き回り、塔を見上げ、月空を眺めるのは、時代を遡るような贅沢な心地です。
(写真:ウズベキスタン・ヒヴァにて)

2010/1/30

木製の揺りかご(ヒヴァの市場にて)  生活と祈りの道具

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(写真:ウズベキスタン・ヒヴァにて)

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揺りかごを覆い飾るための刺繍布”ガヴァラ・ポッシュ”(製作地:サマルカンド)

ウズベキスタン伝統の木製の揺りかご。揺りかご自体が華やかなペインティングで彩られますが、この揺りかごを覆い飾るためのものとして”ガヴァラ・ポッシュ”と呼ばれる刺繍布があります。

この揺りかご飾り布”ガヴァラ・ポッシュ”は、壁飾り布”スザニ”等とともに、お嫁入りの際に手掛けられる婚礼刺繍の一つであり、子供の健やかな成長を祈る生き生きとした刺繍文様で彩られました。揺りかご両端の棹に固定して使うため、穴が開けられたガヴァラ・ポッシュを目にすることがありますが、これは実際に使用されていた布である証です。




●本記事内容に関する参考(推奨)文献

2010/1/29

ウズベキスタン・ジザックのスザニ  刺繍

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製作地:ウズベキスタン・ジザック 製作年代:20世紀初頭

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茜染めの木綿地をベースに、ブハラコーチングとボタンホールステッチを主体に大ぶりの力強いモチーフ構成の刺繍がなされた独自のデザイン様式を有するジザックのスザニ。20世紀初頭、今から約100年前に婚礼刺繍として手掛けられたマスターピース作品です。

ウズベキスタンの多くの伝統手工芸は職人仕事として培われてきましたが、このスザニを初めとする婚礼刺繍については、家庭のモノとして、母から娘へと代々伝えられてきました。

何枚かの手織りの布(本作品では3枚)を、本人・家族や近親者が別々に刺繍をするのが慣わしであり、出来上がったそれぞれの布は刺繍モチーフの大きさや色遣いが異なったり、接ぎ目に不整合があったりいたしますが、それこそが作り手(家族)の想いが凝縮された本物の”スザニ”ならではの表情の豊かさ、本来的な味わいであり魅力と感じます。

家庭の中で作られてきた婚礼刺繍としてのスザニは、今ではほぼ失われしものとなりました。今ではお土産用・販売用として、刺繍学校等で熟練を積んだ職人が繊細さ・美しさを競うスザニを日夜手掛け続けております。



●本記事内容に関する参考(推奨)文献

2010/1/28

ブハラの鍛冶工房  旅の一場面

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(写真:ウズベキスタン・ブハラにて)

ブハラ・ハーン国興隆の時代、シルクロード交易の中枢として栄えた時代の空気感を今に伝える工房。交易商人(キャラバン隊)の行き交ったタキ(商店街)の中で火を灯し続けてきました。

2010/1/27

ウズベキスタン更紗  染織

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製作地:ウズベキスタン・ブハラ 製作年代:19世紀前期

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木版捺染の”更紗”というと、インド更紗とペルシャ更紗があまりに大きな存在であったためか、また交易商品として他の土地(国)に渡る機会が少なかったためか、この”ウズベキスタン更紗”は、これまで一般にはほとんど知られてこなかったように思います。

しかしながら、画像をご覧いただくことでもお判りいただけるよう、この”ウズベキスタン更紗”は、インド更紗やペルシャ更紗の系譜を引き(影響を受け)つつも、それとは異なる独自のデザイン様式・雰囲気を有する素晴らしい染織作品であることは確かなように感じます。

本品は19世紀前期、今から150〜200年前に古都ブハラで手掛けられた作例で、”クルパ”と呼ばれる敷き布・掛け布(火燵掛け等)として用いられた品モノとなります(130cm四方のサイズ面・デザイン面から敷居布・壁掛けの可能性も有り)。

鬼手(糸目の粗い手紡ぎ木綿地)の木版更紗で、茜媒染を主体に、藍が描き染めで加えられております。本作品は表の大柄の花文と裏の小紋とのコントラストが何とも味わい深い一枚です。




●本記事内容に関する参考(推奨)文献

2010/1/26

トルキスタンの絣と太子間道  技巧・意匠・素材

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ウズベキスタン アドラス地(絹×綿)経絣布 19世紀作

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「太子間道(赤地間道)」 7世紀法隆寺に伝来 東京国立博物館所蔵(重文)

中央アジアの地(新疆ウイグルを含む広義のトルキスタン)で織られ、唐の時代(7世紀後半)に日本にもたらされたと考えられる経絣の裂が”太子間道(赤地間道)”として、法隆寺に伝えられてきました。(現在は東京国立博物館が所蔵(重文))

ウズベキスタンの絣は、中世〜近世のイスラーム宮廷により技巧・意匠上の大きな発展をみますが、イスラーム的なデザイン様式として完成されたわけではなく、それ以前から脈々と培われてきた”古代絣”の面影を同時に内包するものであることを伺うことができます。



●本記事内容に関する参考(推奨)文献
 

2010/1/24

冬のヒヴァ  旅の一場面

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(写真:ウズベキスタン・ホラズム州ヒヴァにて)

キーンと冷えた空気と力強い陽射しのコントラスト。太陽の国”ホラズム”の冬の空、碧と青の美しさは格別でした。

2010/1/23

ウズベキスタン仕入れより戻りました  分類なし

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(写真:ウズベキスタン・カラクムにて)

本日1月23日、中央アジア・ウズベキスタンへの半月間の仕入旅より無事帰国いたしました。

真冬のウズベキスタンは如何ほどの寒さかと警戒いたしておりましたが、滞在中は強い寒気が入り込んでいなかったこともあってか、ここ東京とほとんど変わらないほどの気温で、寒さに凍えるような思いには一度も遭いませんでした。

大陸性の気候のため、朝晩と日中との気温差は大きく、また陽射し自体は力強く、車で長距離を移動している際は、たまにクーラーの冷気が必要となったほどです。”太陽の国”を意味するホラズム地方のカラクム砂漠を突っ切るキャラバンルートを走っていた際のことです。

これより、オアシス都市を結ぶキャラバンルートを東西に1000kmほど旅をして、仕入れてきた品々、また現地での体験や情報等をホームページとブログにてご紹介させていただきます。

2010/1/4

1月7日からウズベキスタンに行ってまいります  分類なし

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(写真:ウズベキスタン・サマルカンド及びブハラにて)

2010年最初の仕入れ渡航は中央アジア・ウズベキスタンとなります。東西交易ルートを結ぶオアシスシティとして数千年の歴史を有する土地であり、シルクロードの中枢、イスラーム宮廷文化の中枢としても、多彩な手工藝文化が花開いてきた地域となります。

冬のウズベキスタンはなかなかの寒さですが、寒さを吹き飛ばす熱を持って、彼の地のキャラバンルートを駆け巡ってまいりたいと思っております。

1月7日〜23日までの期間、留守をさせていただきますが、帰国後は新しい年のスタートに相応しい、新鮮な品々を皆様にご披露させていただくつもりですので、是非ご期待いただければと思います。それでは行ってまいります。 店主 丸山

2010/1/1

祝・2010年  分類なし

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(写真:ウズベキスタン・ブハラにて)

祝新年、祈平安
2010年、新しい年も何卒よろしくお願いいたします。



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