2010/2/28

オアシスシティのソーセージ売り  旅の一場面

クリックすると元のサイズで表示します
(写真:ウズベキスタン・サマルカンドにて)

ウズベキスタンにこれだけ種類豊富なソーセージやハムが?と、意外に思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、実は意外でもなんでもなく、ここ中央アジア(広義のトルキスタン)はソーセージづくり本場の地となります。

羊の腸に肉や血を詰め加工する”腸詰(ソーセージ)”は、遊牧生活の中で保存食としての工夫から生み出されたもの、モンゴル〜トルキスタン辺りが起源とも考えられております。

ソーセージは、シルクロードを通り、香辛料等とともにヨーロッパに渡り大いに愛好され現在に至る食べ物の一つとなります。シルクロードを通り西へ東へと運ばれた文物、あまり知られていないながらも、実は中央アジア・ペルシャ辺りが起源という”モノ””コト”が身の回りに多数あります。

2010/2/27

ブハラの神学校(メドレセ)にて  旅の一場面

クリックすると元のサイズで表示します

イスラームの寄宿制学校”メドレセ(マドラサ)”内にて。今では学校として使われておりませんが、このおじいちゃんが子供の頃は学校としての賑わいがあったのかもしれません。
(写真:ウズベキスタン・ブハラにて)

2010/2/26

礼拝用刺繍”ジョイナモッシュ”と寝具飾り刺繍”ルイージョ”  刺繍

クリックすると元のサイズで表示します
●ムスリム礼拝用刺繍布”ジョイナモッシュ(Djoinamoz)”
製作地:ウズベキスタン・ブハラ 製作年代:19世紀後半


クリックすると元のサイズで表示します
●新婚家庭用ベッドシーツ刺繍布”ルイージョ(ruijo)”
製作地:タジキスタン・ソグド 製作年代:20世紀初め

中央アジアに生活するウズベク人やタジク人の間で、壁飾り刺繍布”スザニ”とともに嫁入り道具として仕立てられてきた婚礼刺繍(ダウリー刺繍)に、ムスリム礼拝用の刺繍布”ジョイナモッシュ”や、新婚家庭用の寝具飾り(ベッドシーツ)としての刺繍布”ルイージョ”があります。

同じアーチ状のデザイン構成のため、この”ジョイナモッシュ”と”ルイージョ”は混同されることがありますが、ルイージョは中央に新婦が横たわり周りを吉祥・祝福のモチーフで飾り立てる(画像参照)のが一つの目的であり、礼拝用に壁に掛けるジョイナモッシュより通常サイズは大きめ、また刺繍モチーフはびっしりと空間を埋める、力強く華やかな作品が多く見受けられます。

逆に礼拝用に用いられてきたジョイナモッシュの刺繍からは、信仰のものゆえの厳かな様式美、精神性が感じられます。もちろん実用のモノとして手掛けられたマスターピースならではの特徴であり、作品からは作り手の祈りや想い、また伝統の重みを感じ取ることができます。

2010/2/25

カラーン・モスクのイーワーン  旅の一場面

クリックすると元のサイズで表示します
(写真:ウズベキスタン・ブハラにて)

2010/2/24

アムレットホルダー型・ペンダント  技巧・意匠・素材

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

ウズベキスタンにおいて、イスラーム教徒(ムスリム)がお守りとして身に着けた”アムレットホルダー型”のシルバー・ペンダント。ホルダー内部にコーラン(クルアーン)の一節を収めたり、ホルダーそのものにカリグラフィー等の信仰の意匠が刻まれたり、宮廷文化由来の独自の様式美が薫る装身具が生み出されました。祈りのものならではの濃密な精神性が薫る作品たちです。

クリックすると元のサイズで表示します
製作地:ウズベキスタン・ブハラ 製作年代:19世紀後半〜20世紀初め シルバー、コラル

クリックすると元のサイズで表示します
製作地:ウズベキスタン・ブハラ 製作年代:19世紀後半〜20世紀初め シルバー

クリックすると元のサイズで表示します

1900年頃に撮影されたウズベク人の女性。この種のアムレットホルダー(アムレットコンテナー)が衣装に縫い付けられ使用された様子が確認できます。
(Thames and Hudson刊「UZBEKISTAN」より転載)

2010/2/23

冬枝とロバと  旅の一場面

クリックすると元のサイズで表示します
(写真:ウズベキスタン・ブハラ近郊にて)

2010/2/22

ヒヴァのミナレット(光塔)  旅の一場面

クリックすると元のサイズで表示します

数世紀にわたり修復を加えられながら人・街・歴史を見守り続けてきた光塔。古布のような、或いは皺が刻まれた老人のような表情に目を惹きつけられます。
(写真:ウズベキスタン・ヒヴァにて)

2010/2/21

アドラス地・経絣の布地  染織

クリックすると元のサイズで表示します

製作地:ウズベキスタン・フェルガナ州マルギラン 製作年代:近年
経糸シルク×緯糸コットン、経地合・経絣、天然染料

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

天然色染めながら、絣の柄と色味がここまでくっきり濃く力強く感じられるのは、高密度の”経地合”であること、太めの緯木綿糸の”畝”によって布に陰影(立体感)が加わり、それによる視覚効果で色がより濃く見えることが要因となります。また色の掛け合わせも卓越しております。

この表情・表現手法は、この土地の千年を超える絣織物の歴史の中で培われてきたものとなります。括り・染め・整経・織り、いずれを取っても他者が容易に真似のできるものではありません。

2010/2/20

ソグディアナの古都”パイカンド”  分類なし

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

”ブハラ”は”サマルカンド”と並ぶ”ソグディアナ(Sogdiana)”の古代都市、ソグド人が揺籃期から築き上げた中央アジアを代表するオアシス都市ですが、8世紀以降のイスラーム支配(ウマイヤ朝〜サーマーン朝)以前は、現在のブハラとは異なる場所、約60km南(※前日掲載の地図参照)の”パイカンド(Paykend)”に街の中心があったことが確認されております。

ザラフシャン川の流れの変化により打ち捨てられた街は、今ではカラクム砂漠に埋もれ表面上は城砦の址がわずかに残るのみですが、1990年代からの発掘作業により、ソグド人の文物、ゾロアスター教由来の装飾品、さらには仏頭を始めとする仏教に纏わる品々も発掘されております。

現在ウズベキスタン及び中央アジアでは、加藤九祚先生の”カラテパ遺跡”(クシャン朝・バクトリア)の発掘作業を筆頭に、仏教遺跡・遺物の発掘及び研究作業が盛んになりつつあります。

現在は仏教遺物の散布地と位置付けられる”パイカンド”も、近い将来より具体的な何かが発見され、仏教遺跡の一つとしての発掘・研究がなされるようになる可能性があります。ソグド人と仏教の関係、ゾロアスター教と大乗仏教の関係は、これから紐解かれていくべき大きなテーマであり、それはシルクロードを通じて日本にも繋がり(関係)を有し続けてきた事象と思われます。
(写真:ウズベキスタン・パイカンドにて、下2点はパイカンド発掘品(パイカンド博物館所蔵))

2010/2/19

シルクロード 概図  分類なし

クリックすると元のサイズで表示します
四角の枠は下図エリア、赤丸はブハラ(現ウズベキスタン)の位置を表す

クリックすると元のサイズで表示します
赤丸はブハラ及びパイカンド(ソグディアナの古代都市)を表す

シルクロード、紀元前に端を発する東西交易路を目にするたび、自身の視点をちょっと変えるだけで無尽蔵とも言える発見(自分の中での新たな気付き)や感動があるように思います。

ローマから奈良に繋がるシルクロード全体を、現在ある国境線を外して”ルート(道)”と周囲の山々・湖・海等の地理的状況をもとに俯瞰したり... 時代ごとの都市と都市の関係を、地理的な距離のみでなく文化的な距離で辿ってみたり... 自分が良く知っていると思い込んでいた(実際には教科書やガイドブックの解説を暗記していたという程度)都市や街について、新たな発見や気付きがある場合があります。自分が訪ねたことがある場所についてさえ同様です。



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ