2010/2/27

化学染料以前のビビッドカラー  染織




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製作地 ウズベキスタン・ブハラ 
製作年代(推定) 20世紀初め
素材/技法 絹(経)×木綿(緯)の経地合 アドラス絣、天然染料による染め


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製作地 ウズベキスタン・ホラズム 
製作年代(推定) 19世紀
素材/技法 絹(経)×木綿(緯)の経地合 アドラス絣、天然染料による染め


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製作地 ウズベキスタン・ブハラ 
製作年代(推定) 20世紀前期
素材/技法 絹刺繍、ブハラコーチング、天然染料による染め

スカイブルー、エメラルドグリーン、パープル、ホットピンク... いわゆるビビッドな色の染色作品を目にされると、反射的に”これは化学染料ですね”と口にされる方が意外と多いようです。

しかも、これまでの経験で申し上げると、染色を深く愛好される方、染色に詳しい方のほうが、一瞥のみで迷い無く?”化学染料”と断定される割合が高いようにも感じます。

私見ですが、化学染料の流通とともに草木染め(天然色染め)は変質を余儀なくされてしまったような気がいたします。”人々のイメージに合う落ち着いた色味、化学染料らしく無い色味こそが草木染めの本流である”といったような...。

しかしながら、例えばこのウズベキスタンの絹×綿絣(アドラス絣)は、千年以上にわたって多様な色彩・色調(ビビッドな色味含む)表現の天然染色に挑戦してきた染織作品と言うことができます。

”蛍光色は天然染色では出せない”などと安易に断定・断言してはなりません。

ウズベキスタンの絹×綿絣(アドラス絣)、イランやトルコの羊毛キリムなどにおいて、色の掛け合わせやグラデーション、織り地の陰影効果、他色とのコントラスト(対照色効果)等により、一見すると蛍光色と感じさせるような、ビビッドな色彩づくりに成功している作例が多数見受けられます。

ビビッドカラー(=鮮烈な色彩)は、化学染料の登場の遥か以前から人々に愛好されてきたものであり、人智を駆使して自然からいただいた”至高の色彩美”ではないかと考察いたします。


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奈良時代、大法会の際に寺院で演じられた仮面舞踏劇”伎楽(ぎがく)”が、1250年の時を経て現代に再現されたもの(1991年・奈良東大寺)。

正倉院宝物を範として、内外の資料をもとに、当時シルクロードを通じて伝わった染織・衣裳装束が”天然染色”により見事に再現され、歌舞が演じられ、法要が執り行われました。

※上画像は平凡社刊「別冊太陽 シルクロードの染織と技法」より転載いたしております

2010/2/25

カラーン・モスクのイーワーン  旅の一場面



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(写真 ウズベキスタン・ブハラ州 ブハラにて)

2010/2/23

アムレットホルダー型・ペンダント  技巧・意匠・素材



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製作地 ウズベキスタン・ブハラ 
製作年代(推定) 19世紀後半〜20世紀初め 
素材 シルバー、コラル


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製作地 ウズベキスタン・ブハラ 
製作年代(推定) 19世紀後半〜20世紀初め 
素材 シルバー

ウズベキスタンにおいて、イスラーム教徒(ムスリム)がお守りとして身に着けた”アムレットホルダー型”のシルバー・ペンダント。ホルダー内部にコーラン(クルアーン)の一節を収めたり、ホルダーそのものにカリグラフィー等の信仰の意匠が刻まれたり、宮廷文化由来の独自の様式美が薫る装身具が生み出されました。祈りのものならではの濃密な精神性が薫る作品たちです。


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1900年頃に撮影されたウズベク人の女性。この種のアムレットホルダー(アムレットコンテナー)が衣装に縫い付けられ使用された様子が確認できます。

※上画像はThames and Hudson刊「UZBEKISTAN」より転載いたしております

2010/2/21

ブハラの神学校(メドレセ)にて  旅の一場面



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(写真 ウズベキスタン・ブハラ州 ブハラにて)

2010/2/20

スプラング技法の腰帯  技巧・意匠・素材




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製作地 ウズベキスタン中部若しくは南部
製作年代(推定) 20世紀半ば
素材/技法 絹、木綿、銀糸、ビーズ、銀パーツ / スプラング
 
編み(絡め)技法の”スプラング”で手掛けられた富裕階級女性の盛装用腰帯”。絹帯本体の美しさも然ることながら、手の込んだフリンジ装飾の美しさに見惚れてしまう作品です。

絹糸及び銀糸巻きに木綿糸を加えたタッセル飾り、ビーズと銀玉パーツの装飾も繊細であり、圧巻は1cm未満のサイズで細工された帯先端の組紐技巧の包み飾りです。上部から連なる糸巻きの絹糸がそのまま使われたもので、文様が帯本体と照応する点が何とも秀逸です。

中央アジアの地では、遊牧生活(移動生活)を基底とする暮らしの中で、大掛かりな織機を用いなくても作ることのできる様々な”織り””編み””組み”のものが生み出されてきました。
オアシスシティに生活する定住民の染織・宮廷染織の間にもそれは息づいてきた、或いは相互に呼吸しあってきたことが、本品のような作例から伺うことができるように思います。


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2010/2/19

城砦と冬空と  旅の一場面



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(写真 ウズベキスタン・ホラズム州 ヒヴァにて)

2010/2/18

野外の靴直し  旅の一場面



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(写真 ウズベキスタン・ブハラ州 ブハラにて)

交易の中継地であるオアシス都市では、靴直しは極めて古くからある重要な職業の一つと言うことができます。古都ブハラでは代々継承されてきた職人の伝統が現在に繋がっております。

冬でも野外に台・椅子や道具、そして看板を出しての仕事、お客さんがチャイを飲み語らいながら直し作業を待つ光景は、きっと数百年・千年以上続いてきたのでしょう。

2010/2/17

シルクロード 概図  



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四角の枠は下図エリア、赤丸はブハラ(現ウズベキスタン)の位置を表す


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赤丸はブハラ及びパイカンド(ソグディアナの古代都市)を表す

シルクロード、紀元前に端を発する東西交易路を目にするたび、自身の視点をちょっと変えるだけで無尽蔵とも言える発見(自分の中での新たな気付き)や感動があるように思います。

ローマから奈良に繋がるシルクロード全体を、現在ある国境線を外して”ルート(道)”と周囲の山々・湖・海等の地理的状況をもとに俯瞰したり... 時代ごとの都市と都市の関係を、地理的な距離のみでなく文化的な距離で辿ってみたり... 自分が良く知っていると思い込んでいた(実際には教科書やガイドブックの解説を暗記していたという程度)都市や街について、新たな発見や気付きがある場合があります。自分が訪ねたことがある場所についてさえ同様です。

2010/2/16

ソグディアナの古都”パイカンド”  



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(写真 ウズベキスタン・ブハラ州 パイカンドにて)
下2点はパイカンド発掘品(パイカンド博物館所蔵)

”ブハラ”は”サマルカンド”と並ぶ”ソグディアナ(Sogdiana)”の古代都市、ソグド人が揺籃期から築き上げた中央アジアを代表するオアシス都市ですが、8世紀以降のイスラーム支配(ウマイヤ朝〜サーマーン朝)以前は、現在のブハラとは異なる場所、約60km南(※次回掲載の地図参照)の”パイカンド(Paykend)”に街の中心があったことが確認されております。

ザラフシャン川の流れの変化により打ち捨てられた街は、今ではカラクム砂漠に埋もれ表面上は城砦の址がわずかに残るのみですが、1990年代からの発掘作業により、ソグド人の文物、ゾロアスター教由来の装飾品、さらには仏頭を始めとする仏教に纏わる品々も発掘されております。

現在ウズベキスタン及び中央アジアでは、加藤九祚先生の”カラテパ遺跡”(クシャン朝・バクトリア)の発掘作業を筆頭に、仏教遺跡・遺物の発掘及び研究作業が盛んになりつつあります。

現在は仏教遺物の散布地と位置付けられる”パイカンド”も、近い将来より具体的な何かが発見され、仏教遺跡の一つとしての発掘・研究がなされるようになる可能性があります。ソグド人と仏教の関係、ゾロアスター教と大乗仏教の関係は、これから紐解かれていくべき大きなテーマであり、それはシルクロードを通じて日本にも繋がり(関係)を有し続けてきた事象と思われます。

2010/2/15

1箇月の旅の果てに...  



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BUXORO O`ZBEKISTON 16/01/2010

ウズベキスタンの古都”ブハラ”から1月16日に出したエアメールが、ちょうど1箇月目の今日(2月15日)に自宅に届きました。

以前ウズベキスタンから出した際は約2週間で届きましたので、今回はシルクロードのどこかで粉塵に帰したかと諦めておりましたが、ぴったり1箇月目に届くとはにくい演出です。

今日は東洋大学で行われた「日本・ウズベキスタン国際シンポジウム〜ウズベキスタン古代文明及び宗教−日本文化の源流を尋ねて〜」を聴講してきたところで、その帰宅時にこのエアメールが届いていたことにも奇縁を感じざるを得ませんでした。

シンポジウムでは、今年88歳となる加藤九祚先生が、ウズベキスタン・カラテパ(テルメズ近郊)での仏教遺跡発掘作業をこれからも続けられることをかくしゃくとして述べられました。夏場は優に40℃を超える灼熱の大地で10年以上にわたり現場主義の発掘作業を続けられております。

2010/2/14

ブハラ近郊の農村風景  旅の一場面



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(写真 ウズベキスタン・ブハラ州 ブハラ近郊にて)

牧畜、果樹栽培、綿花栽培が行われているブハラ近郊の農村。古くはソグディアナの都市が栄えていたとされる地域です。

2010/2/13

マシュルー地のブハラ・スザニ  刺繍



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製作地 ウズベキスタン・ブハラ 
製作年代(推定) 20世紀後半
素材 絹(経)×木綿(緯)の朱子織”マシュルー地”、絹刺繍、天然染料

天然色染め・手織りの絹×木綿・朱子織布”マシュルー(mashru)”三枚接ぎをベースに、天然色染め絹糸を用いた”ユルマ(yurma)=タンブルワーク”による刺繍がなされた、ブハラ伝統デザインの大サイズの壁掛け刺繍布”スザニ”。

20世紀後半(1970〜80年前後)の比較的近年の作品ですが、素材・染め・織り・刺し、いずれからも研ぎ澄まされた神経と、円熟した様式美が伝わってまいります。

スザニ等の婚礼刺繍は、本来的には家庭(庶民)のものとして伝統が培われてきたものですが、ブハラ等宮廷文化の懐地で手掛けられた作品には、自ずと宮廷手工芸の血流が入っていることを感じ取ることができます。凛とした佇まいと張り詰めた空気感に惹き込まれる一枚です。


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2010/2/12

アドラス地のブハラ・スザニ  刺繍




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製作地 ウズベキスタン・ブハラ  
製作年代(推定) 20世紀前期
素材 絹(経)×木綿(緯)の経地合”アドラス地”、絹刺繍、天然染料

大きな円花紋と蔓枝モチーフで構成されたブハラ・スザニ典型デザインの20世紀前期の作例。三枚の接ぎ合わせ布それぞれを、別々な人間(本人及び家族や近親者)が想いを寄せて刺し、嫁入り道具として完成させた、婚礼刺繍のマスターピース作品となります。

発色が鮮やかなため、一見化学染料による染めとも思える緑色や空色の絹糸、しかしながら良く見ると黄と藍の掛け合わせにより、極めて繊細な色味(本作品中の薄緑〜濃藍の色バリエーションは十色以上にのぼる)を天然染料により巧みに生み出している様子を伺うことができます。

手紡ぎ木綿と手引きの絹が用いられた”アドラス”の布の力強さと深み、一針一針に祈りの込められたブハラコーチングの刺繍、今では失われし表情、土地と時代の色香を薫らせる一枚です。


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2010/2/11

ヒヴァのミナレット(光塔)  旅の一場面



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(写真 ウズベキスタン・ホラズム州 ヒヴァにて)

数世紀にわたり修復を加えられながら人・街・歴史を見守り続けてきた光塔。古布のような、或いは皺が刻まれた老人のような表情に目を惹きつけられます。

2010/2/10

ブハラのアンティーク・スザニ裂  刺繍



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製作地 ウズベキスタン・ブハラ 
製作年代(推定) 19世紀末〜20世紀初頭

この時代にブハラ圏で手掛けられたスザニ等の婚礼刺繍には、経糸シルク×緯糸コットンの経地合で織られた”アドラス”を布地に、”ボスマ”と呼ばれるブハラコーチングで刺繍がなされたものと、経糸・緯糸ともに手紡ぎコットンの平地で織られ、”ユルマ”と呼ばれるチェーンステッチ(タンブルワーク)で刺繍がなされたもの、大きく分けると二タイプの作例を見出すことができます。

後者である本作品は、当時の天然染料による絹糸の染め色に独自の表情の豊かさがあり、藍と白の絣のような糸の染め分け等、藍染めの美しさに格別の味わいがあります。

古手のマスターピースのスザニは、裂でさえも、また裂内のどこを取っても完成された美しさがあり、生命が息づいております。部分から全体が作られているためです。既にある完成図(全体)に従って部分を作っていく新手のコピー作品には、この種の美と生命が宿ることはありません。


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