2012/2/29

生命息づく針仕事の嫁入り風呂敷  技巧・意匠・素材



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製作地 パキスタン・スィンド州 タッタ  
製作年代(推定) 20世紀半ば
民族名 ジョギ族(農牧及び蛇使いのコミュニティ)

現地でカンビーリ(カンビーラ)と呼ばれる意匠・技巧の刺繍作品。”カンビーラ=鰐・蛇の神”を表わすものであり、これは蛇使いのコミュニティがうろこ状の吉祥モチーフ描くことに由来する刺繍の名称とも考えられております。(カンビーラは金毘羅の語源ともなっている)

通常、この種のデザイン構成の刺繍では、等間隔に升目の区画がなされ、小紋の配置にも規則性が付けられますが、本品は升目の大きさはまちまち、刺し描かれた小紋の大きさと密度は64の升目ごとに全て異なる、つまり完全なるフリーハンドの作品となります。

手紡ぎ手織りの平地白木綿の上に、片方向は黒糸、もう片方向が紅糸、縦横別糸を用い、規則性に囚われない自由な意思のままに、一刺し一刺しに想いと祈りを込めた嫁入り刺繍であり、作品からはフリーハンドの刺繍ならではの躍動感と息づく生命が伝わってまいります。

定規で等間隔の線が引かれ、小紋の配置が予め計算されてしまうと、この生命が立ち現われることはありません。


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●本記事内容に関する参考(推奨)文献
 

2012/2/25

雲のアジュラック  技巧・意匠・素材



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製作地 パキスタン・スィンド州  
製作年代(推定) 20世紀半ば〜後半
素材/技法 木綿、藍、茜(アリザリン) / 木版捺染、防染、媒染

スィンドの現地で”カカル(kakkar)”と呼ばれる雲状文様のアジュラック。上画像の作品は、木版により媒染・防染を施し茜と藍で染め上げた、昔ながらの職人手仕事の作例となります。

長丈の木綿地(約4m半)には染め布の半身が連続して染められ、中央(全体画像の藍色部分)でカットして二枚の半身を接ぎ合わせ、一枚の大判アジュラックとして完成させる方法が取られますが、下画像で見られるように、カットせずにターバン(パグリ)として用いる場合があります。

このアジュラックの用い方は、パキスタン南部のスィンド州(印パ分離以前は現在のインド・グジャラート州カッチ地方も含む)のスィンディ・ムスリムの男性に、数百年〜千年にわたる長きにわたる期間、継承されてきたものと考えられております。

インダス川流域で製作の伝統が継承されてきたアジュラック、同地域ではインダス文明期には木綿の栽培、茜染めが行なわれていたことが遺跡発掘と分析研究により推定されており、インダス文明の遺物として著名な”神官の石像”(下画像)に見られる纏い布が、文様部分に塗られた顔料の痕跡から、あるいはアジュラックのような茜と藍の染め布を表現したものであったかもしれない、その可能性が指摘されております。

”クラウド(雲)”のアジュラックを目にしていると、千年、二千年、三千年、四千年と時代を遡り、彼の時代に想いを巡らせ、歴史の浪漫に浸ることができます。


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※上画像はMerrell Holberton刊「UNCUT CLOTH」より転載いたしております


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※上画像はMerrell Holberton刊「COLOURS of the INDUS」より転載いたしております





●本記事内容に関する参考(推奨)文献
 

2012/2/23

アラビア海を臨んで  旅の一場面



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(写真 パキスタン・スィンド州 カラチにて)

2012/2/17

ガンダーラの地で  旅の一場面



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(写真 パキスタン・パンジャーブ州 タキシラにて)

2012/2/15

タジク様式の19cブハラ・スザニ  刺繍



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製作地 ウズベキスタン・ブハラ  
製作年代(推定) 19世紀末〜20世紀初頭
民族名 タジク族(タジク系ウズベク人)  
素材/技法 木綿、絹、天然染料 / 綾地、タンブルワーク、チェーンステッチ、ブハラコーチング

ソグディアナの古都ブハラは、古代よりペルシャ宮廷様式による手工芸が熟成された土地であり、近世に入ってからはソグド人の末裔とも言われるタジクの人々を担い手の一員として、独自の色香を有する染織・刺繍作品が生み出されてきました。

ブハラのスザニは、ブハラコーチング(ボスマ)系とタンブルワーク及びチェーンステッチ(ユルマ)系に分類できますが、20世紀初頭頃までに手掛けられたユルマ系スザニは、よりタジク(ペルシャ)色の強いものということが言えるように思います。今では失われし表情のスザニです。




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2012/2/14

遊牧民ラカイ族の経紋織帯紐  技巧・意匠・素材



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製作地 アフガニスタン・クンドゥズ州  
製作年代(推定) 20世紀半ば
民族名 ラカイ族  
素材/技法 絹 / 経紋織

10mに達する長さで織り上げられた絹経紋織の帯紐。山岳遊牧民ラカイ族が移動テント”ユルト”を装飾するために手掛けたものですが、上質な絹の素材遣い、帯紐全面の手の込んだ文様表現から、婚礼・祝祭時の装飾紐であったことが伺える一品です。

経糸を一織り一織りヘラ状の道具で掬い上げ、緯糸を入れ文様を織り描く膨大な手間隙と根気を要する織物であり、吉祥・豊穣を表わす多様な文様からは織り手の祈りが伝わってまいります。

精緻な織りととも目を惹かれるのは、帯紐両端に連なる”タッセル&フリンジ”で、多彩な絹糸とビーズを用いた三連の糸巻きタッセルが、瑞々しくかつ瀟洒な表情で作り込まれております。

或いは婚礼支度品を巻き飾る帯紐として用いられ、馬・ロバに乗せられた荷から、この賑やかな表情のタッセル飾りが軽やかに誇らしげに揺れ動いたのかもしれません。



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●本記事内容に関する参考(推奨)文献
 

2012/2/13

冬の野菜市場  旅の一場面



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(写真 パキスタン・イスラマバードにて)

2012/2/11

ペシャワール旧市街の宝飾品マーケット  旅の一場面



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(写真 パキスタン カイバル・パクトゥンクワ州 ペシャワールにて)

2012/2/10

タノブラカーンの全面刺繍・婚礼ブラウス  民族衣装



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製作地 パキスタン・スィンド州タノブラカーン  
製作年代(推定) 20世紀前期
民族名 使用者:ロハナ族(ヒンドゥ) 製作者:ムスリム系の刺繍職人

この”グージュ”と呼ばれる婚礼用ドレスは、印パ分離独立以前のパキスタン側スィンド州タノブラカーンの地で、ロハナ族等ヒンドゥ系の商人・地主階級の富裕貴族からの発注により、ジャート族等ムスリム系の刺繍職人が手掛ける伝統を有してきた特別な衣装作品となります。

服地全体、取り分け前身ごろ胸部から袖部掛けては、布地が見えないほどのボリュームでシルク細糸の刺繍が緻密に刺し込まれ、最小で1〜2mmという極小のミラーを交え、数百〜千にのぼる数のミラーワークで彩られた圧巻のつくり、そのデザインの完成美に目を奪われます。

作品を目にしていると、ロハナ族は自らの誇りを掛け、娘に世界一と誇れる衣装を着せてあげようという気持ち、そしてムスリムの刺繍職人も、職人の誇りを掛け、誰にも真似の出来ない、世界一の刺繍衣装を作り上げよう、そういった気概が伝わってまいります。

残念ながら、ヒンドゥとムスリム双方の誇りが掛けられた、タノブラカーン・コミュニティの傑出した婚礼衣装の伝統は、インドとパキスタンの分離独立により廃れ、今では失われしものとなりましたが、残(遺)された作品の中に”その誇り”は現在も輝き続けております。


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●本記事内容に関する参考(推奨)文献
 

2012/2/8

ペシャワールの旧市街で  旅の一場面



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(写真 パキスタン カイバル・パクトゥンクワ州 ペシャワールにて)

2012/2/7

職人の街  旅の一場面



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(写真 パキスタン カイバル・パクトゥンクワ州 ペシャワールにて)

ペシャワールの旧市街を歩いていると、職人の息遣いや仕事の音がそこかしこから聞こえてきます。東京の下町とも共通する、どこか懐かしい空気が感じられます。

2012/2/6

ガンダーラの地の石工職人  旅の一場面



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(写真 パキスタン・パンジャーブ州 タキシラにて)

タクシャシラ(タキシラ)は、”切り出された石の都”の意を有する古代都市であり、ガンダーラ仏教の時代以前から、石工たちが高度な職人技術を花開かせていたことが知られております。

ノミと鎚、この地の石工たちの職人道具は古代からほとんど変わっておりません。

2012/2/5

ペシャワール博物館(その4) + タキシラ遺跡  旅の一場面



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●ペシャワール博物館所蔵 ストゥッコ仏頭像
(写真 パキスタン カイバル・パクトゥンクワ州 ペシャワールにて)

”ガンダーラ仏教美術”というと、一般的に言ってまず頭に思い浮かぶのが、片岩製の仏陀物語のレリーフとともに上写真のようなストゥッコ製の白色の仏頭像ではないでしょうか。

ストゥッコ=漆喰装飾は、寺院・僧院・仏塔等の建造物外壁に施されたものが主たるもので、素材的に脆いため仏像全体を切り出すことが難しく、頭部のみを”仏頭像”として切り出したものが多いように思われますが、現地ではレリーフの全容を確認できるものが現存しております。


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●タキシラ仏教遺跡 仏塔のストゥッコ装飾
(写真 パキスタン・パンジャーブ州 タキシラにて)

2012/2/4

ペシャワール博物館(その3)  旅の一場面



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(写真 パキスタン カイバル・パクトゥンクワ州 ペシャワールにて)

ガンダーラの古都”ペシャワール”は、古代よりペルシャ・中央アジアとインドを繋ぐシルクロードの要衝であり、このペシャワール博物館には、シルクロード交易に纏わる文物が、ガンダーラ仏等とともに(少量ではありますが)収蔵・展示されております。

その中の一つ、人物文・鳥獣文の”ペルシャ陶器”は、製作地・製作年代等のクレジットが無く、未解明(研究途上)の作品群とも思えますが、シルクロード交易の時代の歴史の浪漫に浸ることのできる、興味深い絵図のものが並んでおります。


(参考画像)
●ペルシャ ラスター彩陶器 12−13世紀

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(写真 イラン・テヘラン イラン考古学博物館にて)

2012/2/3

ペシャワール博物館(その2)  旅の一場面



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(写真 パキスタン カイバル・パクトゥンクワ州 ペシャワールにて)

ペシャワール博物館は州立博物館であり、ガンダーラ仏教文化に纏わるもの以外に、このカイバル・パクトゥンクワ州(旧北西辺境州)に生活する諸民族の文物が収蔵されております。

その中で目を惹かれるのが、北部山岳地帯に生活する”カラッシュ族”や”コーヒスタン族”の手による大きな木彫りの像や調度品です。

彼らは現地で”カフィール(異教徒)”と呼ばれ、精霊信仰(アニミズム)をベースとする独自の信仰文化を培ってきた人々であり、この土地の古代からの文明文化を読み解く際に、ペルシャ・ヘレニズム・仏教・イスラーム等と併せて、見落としてはならない視点(要素)の一つとなります。

今に伝わるこの地の染織・刺繍・衣装等、当店でご紹介する作品たちの中にも、彼らの信仰・精神世界の影響を感じさせる意匠のものがあるように思います。



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