2016/4/28

春の京都で  旅の一場面



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(写真 日本・京都府 京都にて)

2016/4/26

江戸初期 絹×木綿交織嶋”甲比丹(カピタン)”裂  染織



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製作地 インド  渡来地(使用地) 日本
製作年代 17−18世紀初頭  江戸時代初期
素材/技法 経糸:絹、緯糸:木綿、天然染料/平織
サイズ 9.5cm×12.5cm


今から三百余〜四百年を遡る江戸時代初期に、交易船(南蛮船・紅毛船)に舶載され日本にもたらされた絹×木綿交織の渡り嶋(縞)”甲比丹(カピタン)”。

糸・布・色彩の生命が数百年を経過しても失われることがない... インド更紗とも共通する、この時代のインド染織の素材の品質の高さ、染色と織りの技術の卓越に圧倒される一枚です。

唐桟留や甲比丹等の渡り嶋物が、江戸中後期の日本”縞物”(の流行)に与えた影響の大きさは計り知れないものがあります。浮世絵により”嶋(縞)”の世相を確認することができます。



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2016/4/24

19c竹富島 芭蕉布・手巾”ティーサージ”  染織



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製作地 沖縄(琉球) 八重山諸島 竹富島  製作年代 19世紀末
素材/技法 イトバショウ(Musa liukiuensis)、木綿(縞・絣)、天然染料/平地、緯縞、緯絣
サイズ 緯27cm、縦106cm


本品は地織りの経緯に糸芭蕉、装飾部の縞と絣の緯糸に木綿が用いられたもので、この”手巾ティーサージ”は琉球の島々で、航海や旅に出る家族・親族に道中の安全を祈願して織り贈る、また心を寄せる男性に想いを伝えるために織り贈る慣習を有したものと伝わる染織作品です。

極めて繊細に細手に裂き・結いされた糸芭蕉と、それに細さと質感を合わせて紡ぎ撚られ、琉球藍で染められた絣及び無染の白及び紅花で染められた紅白の縞の木綿糸が用いられており、素朴な中に想いの織物ゆえの瑞々しさと華やぎが伝わってまいります。

そして布感は適度な張りを有しつつも柔らかく肌触りが優しく、当時の熟練した技術を有する者が糸作りと織りにあった上質な糸芭蕉織物ならではの質感の豊かさが感じられます。

目にし手にしていると何とも愛おしく、それとともに心が安らぎ落ち着いてくるような一枚です。



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2016/4/22

19c前(江戸後期) ”花立湧文”京更紗  染織




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製作地 日本 京都  製作年代 19世紀前期 江戸時代後期
素材/技法 木綿、天然染料(顔料)/型染、摺り込み、片面染め
サイズ 17cm×48cm


輪郭の墨線が繊細で特徴的、花・葉・立湧のひとつひとつの染め(顔料化した染料の摺り込み主体)に高度な手仕事が加えられており、全体及び細部に美が宿る江戸後期の京更紗です。

国産木綿の質感豊かな織り地をあわせ、江戸期上手和更紗に固有の色香が薫ってまいります。



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2016/4/20

江戸初中期 舶来唐桟留と和(京)桟留  染織



●唐桟留 算崩嶋(もみじ手)
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製作地 インド  渡来地(使用地) 日本
製作年代 17−18世紀  江戸時代初中期
素材/技法 木綿、天然染料(茜・藍)/経緯とも双糸、平地・格子織
密度 経緯とも約50本/cm



●和桟留 京奥嶋(?)
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製作地 日本 京都(?)
製作年代 18−19世紀初期  江戸時代中期
素材/技法 木綿、天然染料/経緯とも単糸、平地・格子織
サイズ 緯35.5cm、経48cm
密度 経緯とも約28本/cm


江戸時代初中期における日本の木綿織物及び木綿染め物の主たる見本(教師)はインド染織(唐桟留やインド更紗)となりますが、細く長い上質な手紡ぎ糸の調達さえ適えば、織り自体は相当高度な技術に達していたことを確認することができる作例が裂として今に伝わります。

○○唐桟と呼ばれる国産縞木綿の多くは、江戸末〜明治時代に入って以降の工業化(機械紡ぎ糸)により発展期を迎えたものですが、初期の和桟留(例:京奥嶋と呼ばれるものなど)は、それらとは性質が異なる織物であり、短繊維の国産木綿を並々ならぬ技術と手間隙により細く長く紡ぎ上げた糸により”唐桟留”の縞・格子の細密ぶりに近づけようとした形跡が伺われます。

紡ぎ糸の繊細さ・織りの細密度合いでは本家(唐桟留)に劣りますが、インドには無い日本独自の風雅が色柄として結実した、固有の完成美が薫る江戸中期”和桟留”の一枚です。



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2016/4/18

江戸末〜明治初期 木綿×絹交織縞 丹波布  染織




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製作地 日本・兵庫県(丹波国)  製作年代 19世紀 江戸時代末〜明治時代初期
素材/技法 木綿、絹、天然染料/平地、絹・木綿交織、縞格子
サイズ 緯34.5cm、経172cm


この丹波布は、江戸後期に織られ始め、輸入木綿の紡績糸と機械織の布が市場を席巻する明治半ば頃までの比較的短い期間に丹波国佐治村(現兵庫県)で製作されたローカルな織物ですが(昭和初期の民藝運動期に復興される)、手紡ぎ木綿の中に手引きの”絹つまみ糸”(引き始めの繭表層の荒糸)を加えて生み出す、素朴ながら染め色と交織パターンに繊細な味わいがある独自の織り表情は、京・大阪の町人を中心とする庶民層の間で愛好されたものとなります。

画像からも手紡ぎ木綿の柔らか味と手引き絹の暖かみが触感として伝わってくるような本丹波布は、蒲団表とされた大判の布(通常四枚接ぎで仕立てられる)が解かれた一巾分の完品で、使用頻度が少ないままに現在まで保管・継承されてきたと推察されるものです。

嫁入り道具として仕立てられた後、使うのがもったいないと大切に残されたものかもしれません。

木綿と絹の縞の入れ方は濃淡を含めて画一化されておらず、絹つまみ糸も細太をならし過ぎず荒々しいまま... 織り手の想いや息遣いが伝わってくるような密度の高い織物です。





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2016/4/16

江戸中期 綸子地”鶴に松”紅花染め京鹿の子裂  染織




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製作地 日本 京都 ※白綸子は中国からの舶載品と推定  
製作年代 18世紀 江戸時代中期
素材/技法 絹(綸子)、紅花染料/疋田絞り(京鹿の子)、紅花染め
サイズ 33cm×84cm


生糸を素材とする繻子織地に繻子裏組織で地紋を織り描く”綸子(りんず)”(絹ダマスク)の織物が台布として用いられ、指・爪により一目一目を丹念に緻密に括っていく”疋田(ひった)”の鹿の子絞りがなされ、”紅花”を主染料に染められた江戸中期の着物(表着)裂。

上質な生糸遣いで”卍繋ぎに梅花”模様が緻密に織り表わされた”紗綾型綸子”は、糸の繊細さと布感から中国からの舶載品と推察され、布地自体に得も言われぬ気品が感じられます。

そして一目一目の”疋田”で描き出された躍動感と生命感溢れる”飛翔鶴”と”松”の文様表現の巧みさ、紅花染めの紅に黄染料(キハダや梔子)を交色し華やぎ感を加えた”猩々緋(しょうじょうひ)”、意匠全体から職人手仕事の技巧の完成美、京染色の格調の高さが薫ってまります。

二百余〜三百年を遡る江戸中期京鹿の子裂、土地と時代の色香に惹き込まれる一枚です。




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2016/4/14

”琉球更紗”の呼称が相応しい染料主体の王朝期紅型  染織



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製作地 琉球王国(現日本国・沖縄県)  製作年代 19世紀初期 琉球王朝期
素材/技法 木綿、天然染料、天然顔料/型染、糊防染、媒染(染料)、両面染め
サイズ 横幅:40.5cm、縦:54cm


琉球王朝期の紅型の彩色には”顔料””染料”及び”顔料染料(中間の性質のもの)”が用いられていることが文献・資料により確認されますが、現在では失われてしまった知識・技術による媒染等を含め、想像以上に高度な染色技法が用いられたと考察される古手の作例が存在します。

19世紀初期、二百年を遡る時代に手掛けられたと推定される”木綿地紫陽花模様”の本紅型は、”藍””蘇芳””臙脂(臙脂綿)””ヤマモモ”等の多様な染料及び媒染・防染により両面染めで染め上げられたもので、顔料主体の作品とは明らかに異なる色彩表情が感じられます。

”琉球更紗”の言葉は一般的ではありませんが、”更紗”と名付けられた他の幾つかの染色よりはインド更紗に近い存在と考えられ、”琉球更紗”の呼称が相応しいものとも思えてまいります。




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2016/4/12

江戸中期 国産木綿発達期の上手縞木綿  染織




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製作地 日本 地域不詳  製作年代 18−19世紀初期 江戸時代中期
素材/技法 木綿、天然染料/平地、縞格子
サイズ 28cm×46cm ※広幅で織られた織物の片耳付き裂


本布は緯糸は茶の濃淡、経糸は茶の濃淡にプラスして天然藍で巧みに濃淡付けした水・浅葱・紺の木綿糸により縞格子を織り描いたもの、繊細に紡がれた細手の木綿で密に織られており、未だ品質の向上する前の短繊維の国産木綿を紡ぎ・染め・織った江戸中期の縞木綿としては極めて上手(じょうて)と呼べるもの、庶民向けではなく、貴族・武家等のために特別に技巧・意匠を凝らして手掛けられたものであることが推察されます。

江戸中期は政治・経済の安定化(太平の世)を背景に、国産木綿の栽培が幾つかの土地に根付き、商品作物としての生産拡大がはかられた時代、インドの唐桟や中国の唐木綿、渡り嶋物を手本に日本の縞・格子の木綿織物が急速に発達をとげた時期とも指摘することができます。

ほんの数cm角でも類稀な自律美と生命の息づきが感じられる一枚、国産木綿を素材に紡ぎ・染め・織りに職人手仕事の技が駆使された、江戸中期縞木綿古裂の薫り高き逸品です。



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●江戸中期作と推定される広幅織縞木綿で仕立てられた夜着
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上画像は平凡社刊「別冊太陽 木綿古裂」より転載いたしております




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2016/4/10

18c鬼手木版”茜地花唐草文”インド更紗裂  染織




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製作地 インド南東部 コロマンデル海岸エリア  製作年代 18世紀
渡来地(使用地) インドネシア 〜 日本 ※或いは直接日本に渡来
素材/技法 木綿、天然染料/木版捺染、媒染(茜)、描き染め(藍)、片面染め
サイズ 36cm×62cm


本体は唐草状の菱格子と八つの花弁を有する菊花風輪花の連続文様、下部にはそれぞれ表情の異なる蔓唐草の繋ぎ文様が描かれた5層のボーダーからなる鬼手茜地の木版インド更紗。

”茜地花唐草”は交易向け鬼手インド更紗としては一般的と言える文様ですが、本品は本体・ボーダーともに模様が小作りで繊細な味わいがあり、同手の鬼手更紗には大作りなモチーフ構成のものが多い中、珍しい種類の作例であると指摘することができます。

取り分け全5層で構成されるボーダー文様は繊細さと力強さを兼ね備えており、濃厚な色味の茜赤に白抜きで表わされた蔓唐草の線は手描き(カラムカリ)に類する流麗さと妖艶さが薫ります。




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