2021/2/17

いつかの旅  旅の一場面



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(写真 インド・ラージャスタン州 タール砂漠エリアにて)

2021/2/15

琉球王国 19c 苧麻”白地小花貝模様”紅型裂  染織



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製作地 琉球王国(現日本国・沖縄県)
製作年代(推定) 19世紀
素材/技法 苧麻、天然顔料 / 型染、糊防染、両面染め
サイズ 横13.5cm、縦9.5cm

琉球王国(現日本国・沖縄県)で19世紀に手掛けられた、苧麻”白地小花貝模様”紅型裂。

サントリー美術館発行「紅型 琉球王朝のいろとかたち」に本品と同手型紙で作られた苧麻地衣裳の掲載があり、解説文に「絣織りの地に型染めした珍しい紅型衣裳」との記載があります。

小さな裂ですが、貝・貝藻・小花等の緻密な絵柄のモチーフが多彩に染め描かれた可憐な苧麻地紅型で、画像からも絣による地模様(濃淡の線模様)を確認することができます。

上質な苧麻の糸遣いと手の込んだ多色両面染めの王侯貴族衣裳用の裂で、貴重な一枚です。



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     ●参考画像
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同手型紙が用いられ色遣いも近似する苧麻地紅型の衣裳
東京国立博物館収蔵
※上画像はサントリー美術館発行「紅型 琉球王朝のいろとかたち」より転載いたしております




●本記事内容に関する参考(推奨)文献
 

2021/2/13

日本・東北 19c後〜20c初 木綿”波に兎模様”筒描馬掛け布  染織




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製作地 日本・東北地方
製作年代(推定) 19世紀後期−20世紀初頭 江戸時代末〜明治時代
素材/技法 木綿、天然染料、顔料 / 筒描、摺り込み
サイズ 幅35cm、長さ202cm

日本の東北地方で19世紀後期〜20世紀初頭の江戸時代末から明治時代に手掛けられた、木綿”波に兎模様”筒描馬掛け布。

東北地方は南部(青森・岩手)の“南部駒”、最上(山形)の”小国駒”を筆頭に名馬の産地を数多擁するとともに、古来より馬に纏わる習俗・伝承が豊富で、農耕馬・荷役馬への愛情深く、オシラサマなど馬への信仰が篤かった土地柄となります。

この馬掛け布は婚礼時や祝祭時に馬を所有する商家や富裕農家が紺屋への特別な発注で仕立てる伝統を有したもの、本品は手紡ぎ・手織りの木綿を台布に手描き・手染めの“筒描”の技法により意匠付けがなされた作品で、豊穣・飛躍を象徴する”波に兎”の吉祥模様 が、”鷹の羽紋”の家紋及び”踏馬御免”の常套句とともに躍動感溢れる姿で染め表されております。

“馬掛け布”は装飾する部位により形状・サイズが異なりますが、幅35cm・長さ202cmの一枚布で中央付近に紐を通すための一対の乳(ち)が付され中央に家紋が配された本布は、腰・尻部に掛けて使用されたものと推察されます。

ふっくらした体躯で紅花染めと思われる和らぎある桜色でほんのりと色づけされた兎の姿が何とも可憐で愛らしく、波模様を交えた明瞭で生き生きとした意匠表情に目と心を奪われる一枚です。




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●本記事内容に関する参考(推奨)文献
  

2021/2/11

いつかの旅  旅の一場面



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(写真 ミャンマー・マンダレー地方域 アマラプラにて)

2021/2/7

いつかの旅  旅の一場面



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(写真 インドネシア・スラウェシ島 タナ・トラジャにて)

2021/2/5

日本 17−18c ”インド更紗写し”和更紗裂(包裂)  染織



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製作地 日本 ※地域不詳
製作年代(推定) 17世紀後期−18世紀前期 江戸時代初中期 ※木札は後年付されたもの
素材/技法 木綿(国産木綿)、天然顔料(弁柄) / 型染、摺り込み
サイズ 約24cm×約26cm

17世紀後期〜18世紀前期の日本で手掛けられた和更紗裂。

一見すると古渡りの”鬼手木綿・茜染めインド更紗”と見紛うばかりの表情と雰囲気を纏っており、実際に茶の湯の包裂として用いられたことを鑑みると、当初から”インド更紗写し”に意味をもたせて製作・使用されたことが想像される江戸時代初中期の作品です。

古渡りインド更紗のデザインが元となる”六宝繋ぎ花模様”の小紋柄を、同じくインド更紗の茜染めを模した”弁柄(べんがら)”による色づけで再現したもので、当時の国産木綿手紡ぎ糸の粗い風合いがインドから舶載された”鬼手木綿”と相似することをあわせ、茶人等の数寄者がこの種の技術的に未完ながらも枯淡な味わいのある和製更紗を好んだものとも推察できます。

付された木札には”古信楽輪蓋置(わのふたおき)”と記されており、筒型の焼き物を長年包んできたことによるものか、布にはかなりのたわみ・ゆがみが加わっております。

経年・使用による褐色や変形、さらには傷さえもこの包裂の味わいを高めているようにも感じられ、本布を通して様々な視点から時代染織の魅力を再発見できるように思われます。

インド更紗を志向した国産木綿遣い初期和更紗、時代の浪漫に惹き込まれる一枚です。


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     ●参考画像
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     古渡りインド更紗 浅黄華六方(六宝繋ぎ花模様)
     更紗手鑑「古雅佐羅紗帖」収蔵
      ※上画像は平凡社刊「別冊太陽 更紗」より転載いたしております





●本記事内容に関する参考(推奨)文献

2021/2/3

琉球王国 19c 木綿”浅地雲に雁若松楓流水模様”紅型裂  染織




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製作地 琉球王国(現日本国・沖縄県)
製作年代(推定) 19世紀前期〜半ば
素材/技法 木綿、天然顔料 / 型染、糊防染、片面染め
サイズ 横12cm、縦42.5cm

19世紀前期〜半ば、今から180〜200年前の琉球王国で手掛けられた木綿”浅地雲に雁若松楓流水模様”紅型裂。

大模様・大柄型紙が使用され十色を数える多彩ないろで染められたパノラマ的な絵図が印象的な作品で、本裂は王候貴族階級の衣裳の衿であったと考察されます。

本裂の横12cmは実際の染め巾の半分弱ですが、縦42.5cmはほぼ全形に近い長さが保たれており、モチーフの入り方のバランスに優れ、いろ・かたちの良さをあわせ鑑賞裂として十分な見応えと完成美が感じられるところとなります。

本品と同手型紙で作られた苧麻地衣裳が東京国立博物館に収蔵されており、また同種模様衣裳が中国に献上され北京故宮博物院に収蔵されている旨を文献(サントリー美術館発行「紅型 琉球王朝のいろとかたち」・京都書院刊「琉球紅型」)で確認できます。


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       ●参考画像
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苧麻地「浅地雲に雁若松楓流水模様」紅型衣裳(部分)
東京国立博物館収蔵
※上画像は京都書院発行「琉球紅型」より転載いたしております




●本記事内容に関する参考(推奨)文献
 

2021/2/1

いつかの旅  旅の一場面



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(写真 インド・ラージャスタン州 ジョードプル近郊にて)

2021/1/28

中国 17−18c 日本渡り”木綿間道”裂(包裂)  染織




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製作地(推定) 中国南部
製作年代(推定) 17−18世紀
渡来地・使用地 日本 江戸時代初中期
素材/技法 木綿、天然染料 / 平織、縞格子
サイズ 横(緯)100cm、長さ(経)91cm

中国南部で手掛けられ、江戸時代初中期17〜18世紀の日本にもたらされた”木綿間道”裂。

この平織の”木綿間道”は、変わり織木綿として知られる”唐木綿”とともに中国南方産の布としてオランダ船・中国船(唐船)との交易により舶来したと考察されるもので、インド産を主体とする唐桟留・奥嶋とともに、渡り木綿嶋が大名・貴族・商家等の富裕層の間でもてはやされた様子を当時製作され今に残る裂帖・手鑑及び茶の湯の裂地等により確認することができます。

17〜18世紀当時、国産木綿は未だ短繊維で糸が粗く、渡り木綿の織物の品質に近づくには至っておらず、上質な国産木綿織物の庶民層への流通は18世紀末の”寛政の改革”が契機となった旨の史料記述からも、江戸時代初中期は舶来木綿は憧れの存在であったことが伺えます。

この木綿間道は、白・灰・緑・水・紺・橙・赤茶の7色の木綿糸が経緯に配され、巧みな色の掛け合わせで細太の縞格子が豊かな色彩と端整な柄で織り上げられたもの、布幅(緯)は100cmで着尺の3巾にあたるもので、縫い目無しで絵柄に乱れが生じない羽織や包裂の仕立てがかなうもの、当初から数寄者向きの高級木綿嶋として発注されたものの可能性を指摘できます。

数世紀の時を重ねていろ・かたちを失わず現在に伝えられた布であり、糸・染め・織りの製作技術の高さとともに、日本人の裂愛好の精神・遺伝子が実感される染織作品です。


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●本記事内容に関する参考(推奨)文献
 

2021/1/26

いつかの旅  旅の一場面



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(写真 インドネシア・スラウェシ島 タナ・トラジャにて)

2021/1/22

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(写真 中国・広西チワン族自治区 柳州市三江トン族自治県にて)

2021/1/20

インド 18−19c スマトラ向け”アラベスク模様”インド更紗裂  染織



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製作地 インド南東部 コロマンデル海岸エリア Coromandel coast
製作年代(推定) 18世紀−19世紀初め
渡来地・使用地 インドネシア・スマトラ島
素材/技法 木綿、天然染料 / 木版捺染及び描き染め、媒染、防染、片面染め
サイズ 41.5cm×26.5cm

インドで手掛けられ、18世紀〜19世紀初めにインドネシア・スマトラ島にもたらされた”アラベスク模様”のインド更紗裂。

上下左右対称の輪繋ぎ状の連続模様が空間・余白を排して連なる、一見してイスラーム様式の意匠の”アラベスク模様”の影響が色濃い本布は、インドネシア・スマトラ島のジャンビ・パレンバン等ムスリム港市への交易向けに手掛けられたインド更紗の本体柄部分で、完品ではエンドボーダーに鋸歯状模様“トゥンバル”を備えていたと推察される作品です。

スマトラ島において“インド更紗”は“絹経緯絣パトラ”とともに王族・貴族階級のステイタス・シンボルと位置づけられ、代々受け継ぐ財産としての布“=スンバギ(sembagi)”として大切に扱われるとともに、バティック等ローカルの染織文化にも大きな影響を与えてきました。

本品は極めて繊細に紡がれた細手の糸により織り上げられた平滑な木綿地をベースに、木版捺染と描き染めの併用で緻密かつ多彩な色付けがなされた当時の上質な部類に入るインド更紗で、模様の一部にシャム王国向けインド更紗と共通する描線モチーフが見られることから、コロマンデル海岸マスリパタム等の熟練した染め職人が製作にあたったことが伺える作品となります。

東インド会社を筆頭とする交易商人とスマトラ港市間で香辛料貿易が行われ、対価としてのインド染織品が交易船で運ばれた、近世”海のシルクロード”の時代に心誘われる一枚です。


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●本記事内容に関する参考(推奨)文献
  

2021/1/18

アラベスク模様  技巧・意匠・素材



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●インド更紗 インドネシア・スマトラ島 イスラーム王族・貴族向け

製作地 インド南東部 コロマンデル海岸エリア Coromandel coast
製作年代(推定) 18世紀−19世紀初め
渡来地・使用地 インドネシア・スマトラ島
素材/技法 木綿、天然染料 / 木版捺染及び描き染め、媒染、防染、片面染め


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(写真 イラン・エスファハーン州 エスファハーンにて)

2021/1/16

いつかの旅  旅の一場面



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(写真 インド・ウェストベンガル州 ダージリンにて)

2021/1/14

パキスタン・タキシラ ガンダーラ遺跡のストゥッコ像  技巧・意匠・素材



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ストゥーパ(仏塔)を装飾するストゥッコ製レリーフ中の仏(菩薩)坐像


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頭部が破損若しくは切り出されたストゥッコ製の仏(菩薩)坐像

今般ウェブサイトでご紹介の「ストゥッコ・菩薩頭部像」は、数十〜百年前の遺跡発掘時にこのようなかたちで頭部が切り出されたものとも推察できます。

パキスタン・タキシラのガンダーラ遺跡においては、ユネスコ世界遺産登録がなされた現在は、遺跡はしっかりと管理され保存修復活動が行われております。


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中心部を砕石でかたちづくり、外側に多孔軟質のカンジュール石を積み上げてかたちを整え、石灰を素材とするストゥッコ(化粧漆喰)で表層を仕上げるとともに、ストゥッコで作られたレリーフで全体を荘厳するという、タキシラのストゥーパ(仏塔)製作方法が解説されております。

(写真 パキスタン・パンジャーブ州 タキシラにて)



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