Bem vindos ao site da Fadista Kumiko               Kumiko Tsumori                                                                               em Português

2008/11/18

insinuação  2008年リスボン日記

昨晩の興奮がまだ冷めないまま、今日は大学のあとに、とある音楽学校で行われているファドレッスンを見学させていただいた。ポルトガルギター奏者による歌のレッスンで、私は友人の個人レッスンを見学した。

楽譜ありきではなく、歌い手によってメロディーや間のとりかたも溜め方も異なるファドを、どうポルトガル人がレッスンをするのか、大変興味深い時間だった。基本的な段取り方は私の取り組み方も同じだったが、使用されていた歌詞資料がなるほどと思うものだったり、彼の言葉の生かし方についての考え方と実践が、私の助けになりそうなものばかりで、短時間だったが大変有意義な時間になった。

このレッスンでは、彼なりの一つの「パターン」を用意し、生徒はメロディーにいきなりのせずに、まず語ることから始める。リズムに乗せながら「語り」として成立させる作業が重要視されていた。発音チェックはもちろん、単語のリズム、構文となる部分のつなげ方、その際についつい無意識に変化させてしまうアクセントと強弱の修正、これを見極めていく作業だった。

彼はアクセントや文法をきっちり理解していて、メロディーに乗せる際に強調すべきアクセントと文法上切り離せない単語を明確にするレッスンを行っていた。「拍手喝采を受けるファディスタの中には、これをないがしろにしている人もいる。詩の美しさが壊される場合がある。」と言っていた。歌い方は人様々なので、決め込む必要はないことは彼はもちろん承知している。しかし根底の部分の重要さを忘れてはならないと強調していた。

確かにアクセントと文章の切り方一つで、意味が全く変わってしまうことが多くある。韻を踏んで言葉を生かした美しさがあるのがファドの歌詞だ、それゆえに彼はそれを最重要視してレッスンを組み立てていた。具体的な歌詞への取り組み方の一つとして、そしてレッスンのやりかたの一つとしても大変参考になった。

先日、師のアントニオ・パレイラが「カルロス・ド・カルモはポルトガル語について熟知し、歌う際に美しく発音し、言葉も生かしているマスターだ。彼の歌をよく聴くといい。」と言っていた。師の言うとおり、彼の歌は本当に言葉が生きているしメッセージが良く伝わってくる、具体的にはこういうことだったかとわかった。

大学の授業で文法や発音について学べるが、歌詞の生かし方につなげるところまでは私一人の力ではまだ至らない。これからの授業の受け方も含めて、ありがたいヒントでいっぱいだった。




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