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2008/11/10

igreja(教会)  2008年リスボン日記

昨日、日本から友人のリサがリスボンを訪れた。

リスボンで会ってるなんて、初めて彼女と出会った昨年の夏に想像しただろうか。でも、リサと自然と気が合ったのは、こういうことだったのかもしれないと思う。大阪ではおかしいくらいおしゃべりをしていた仲だ。


朝10:00にロッシオ広場で待ち合わせ、彼女が先に到着していた。歩いてくる私に気がつき、駆け寄って抱き合った。

「いっらっしゃーい、元気やった?」
「元気やで〜、ほんまに来たわ」

リスボンの青い空の下に見慣れたリサの笑顔、「大阪」という感覚が久々に体を駆け巡った。

学生時代に一人でふらりと外国へ行っていた彼女。今回は職場の同僚の女の子たちと一緒の旅行だけど、ちゃんと各チケットなどの段取りを組んでいた、さすが。でも、気負わない彼女は空気を柔らかくしながらみんなにいろんな手配をしてあげていて、そこがとても好き。恐らく、彼女自身がそういう楽しみ方を知っているからだろうとも思う。


リスボンに滞在するのは1日ということで、私なりに組んだリスボンツアーで1日彼女たちを案内した。

市電で行く世界遺産もあるべレン地区、中心地シアードの地元ポルトガル料理店での昼食、大聖堂とサン・ジョルジェ城、そして、夜のアルファマでファド。
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(アルファマの「Coração de Alfama」。インストで聴くことが多いファド・カスティーソ「Fado Lopes」を男性ファディスタの歌で聴くことができ、心が躍った。)

合間でこの季節に欠かせない焼き栗と、べレンで有名なパステイシュ・デ・べレン(エッグタルト)も食す。女の子6人での食べ歩きは楽しい。私もしっかりと楽しんだ、はしゃいだ。


途中であからさまにカバンを狙ってきたスリをひるむことなく撃退できたのは、私もリスボンに溶け込んできたからだろうかと過信したり。


サンタ・アポロー二ア駅からスペインへ旅立つ彼女たちを見送る時に、ちょっと寂しくなったのは、彼女たちの来訪が思っていた以上に嬉しかったからに他ならない。リサを抱きしめたときにちょっと泣きそうだった。彼女も同じようだったけど、お互いそこに触れることはしない。きっと日本でまた会って、時間を忘れて今日のこの日を振り返る楽しみが待っているから。

一人地下鉄で帰路に着くときに、ここのところ胸にあったいろいろな疑問や、揺らいでいた気持ちが整理されていった。純粋に何かを楽しむ気持ちと、友人のあの笑顔が私の迷いを消してくれた気がする。実に私は単純だ。


翌日の今日、大学の授業を終えてから寮の近所の教会へ行った。私はカトリックというわけではないけど、教会の静粛な空気が好きで、時々行きたくなる。日本にいるときも、特に高校時代の帰り道は迷いや葛藤が多かったから、人気のない地元の神社に行き、ぼんやりしながらこれからの目標や何かを誓ったりして気持ちを整理していた。

何を信仰しているというわけではないが、神社にしても教会にしても、「自分を見つめさせてくれる何かがある」というのは共通していると思う。日本人特有の無宗教さは私も否めないが、現在までのその歴史の中で「場」として街やそこに生きる人に重要であったことはよくわかる。

近所のマダレーナ教会は私のお気に入りである。決して大きな教会ではないが、品のある美しい教会だ。観光客は少なく、物思いにふけるのに最適だ。

「異国の地で自分らしく、ブレずに生きていくこと。私の中にあるファドを歌うこと。」

そんなことを思って椅子に腰掛ける。幼稚園がカトリックだったおかげか、マリア様を見つめると心が落ち着く。何故か涙が少し出た。

ここ数年押さえ込んでいた厳しい自分を、久しぶりに呼んでみようかと思えた。学生時代はそれで空回りすることも多かったけど、異国の地ではそういう自分が必要なことがよくある、多少大人になった今ならうまく付き合えるだろうと思えた。自分の内側をもっと見つめる必要がある。この毎日の中でいろいろな影響を受けるのは大事なことだけど、ブレては駄目だ。



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