Bem vindos ao site da Fadista Kumiko               Kumiko Tsumori                                                                               em Português

2009/3/15

transmitir à posteridade  2009年リスボン日記

この師匠に出会えて本当に良かったと今日は思った日だった。

カスティーソの「Fado zé grande」に最近取り掛かり始めている。以前とあるファディスタが歌っているのを聴いて気に入り、彼から歌詞を教えてもらった。今日はギターと初めて合わせてみた。すると「そのメロディーは間違いなんだよ」と師匠とギリェルメさんが口を揃えていった。「誰かがメロディーを替えて歌って、それがCDとかで広まってはやってしまい、正しく歌えない人ばかりだ。若い人に限った事じゃない、ベテランでさえそうなっている。」二人はそう嘆いた。

CDやインターネットの普及で、私たちは個人個人でいろいろなことを知ることができる。ファドの世界もその影響は勿論受けている。時々師匠と車の中でお薦めの歌手のCDを聴きくことがあるが、「こんな風に歌える人はもう少ない」と師匠は言う。このことは4年前から聞かされていたので、参考音源には気をつけていた。CDがあまり普及していない時代に育ったルッシ−リア・ド・カルモ、マリア・テレーザ・デ・ノローニャ、そしてアマリア等、「偉大なるファディスタたち」の録音を聞いて口承伝達されてきたファドを参考にしてきた。

また、現地で直接教えてもらったりしてできる限り「伝わってきた歌いまわし」を歌うようにしていたが、知らず知らずのうちに影響を受けていた。外国人の私では気づけないところがやはりあることに危機感を感じた。

師匠はメロディーを改めて教えてくれた。教えてもらいながら、本当に私は幸運だったと感謝した。この人はファド界の財産だ、これだけ正しく知る人はもう少ない。そして、伝統のメロディーはやはり深みがあるし、言葉運びに面白さがでてくる、何よりポルトガルギターで弾く事の意味がよくわかる。時は流れて時代も変わる、歌い方にも流行・廃りはあるがこういった伝統は知る必要があると私は考える。職人芸とはそういうものではなかろうか、型を知った上で独自のやり方に目を向けられる、これはどんな芸能でも言えると思うし、独自性を失わないためのには重要だ。偶然店に立ち寄っていた師匠の息子のリカルドが、この様子を慎重に見ていた。やはり父の持つ伝統の力は偉大なのだと、一流ギタリストのリカルドの眼差しが言っていた。

今はインターネットで歌詞も調べられるけど、これも是非注意していただきたい。私もインターネットを利用して調べることがあるけれど、必ずファディスタやギタリストたちに確認をしてもらっている。ポルトガルのサイトでさえよく間違いがあるので、現地でも鵜呑みにしてはいけないというのは常識だ。

2009/3/14


今日のリスボアは初夏のように暖かく、澄み切った青空が本当にきれいだった。この季節のリスボアが大好き。4年前に初めてこちら訪れた時も、青い空と白い建物の街は本当にきれいで感激した。今日はこの天気のおかげで気持ちも晴れて、足取り軽くパテオに向かった。

今日から「Fado Alfacinha」を歌うので、出演前にリハーサル。キーが「Fa#」だと伝えると師匠が目を輝かせて喜んだ。「この曲はそのキーが一番美しいんだ、いいキーだ。」そう言って本当に嬉しそうに弾いてくれた。この曲はどこか切ないような美しいメロディーのカスティーソで私も気に入っている。私は終った恋の歌詞をこの曲には選んでいるのだけど、この曲に良く似合っている。

〜いつか、この道でまたあなたとすれ違うとしても、私はあなたに声はかけない。二人の秘密のまま。私を信じていいから。〜

歌詞はそう締めくくっている。毎日歩くリスボアの石畳の道を思い浮かべて歌った。この「Fado Alfacinha」の「Alfacinha」は「リスボン風の」という意味がある。つまりこの古典ファドは「リスボンのファド」なのだ。歌詞が描く街の美しさと恋の美しさが、師匠のポルトガルギターでより彩られた。やはりアントニオ・パレイラは達人だ。声も力むことなく出す事ができた。

それから「Fa#」はポルトガル語で「ファ・ソシュニードシュ」と言う。個人的にこの言葉の響きが好きなので、この曲名とキーをギタリストに伝える時は嬉しくなってしまう。

2009/3/12

Onde estou?  2009年リスボン日記

以前感じたような声の違和感をまたここ最近感じている。会話の際の発音にかなり注意をするようになったせいだろう、歌にも再び影響が出てきた。

メロディーとリズム、発音そして心、どれが欠けてもいけない。発音の変化は筋肉の変化、なので音量にも影響が及び、声が伸びづらくなってきた。そうなると余計に力が入ってしまい、迷走してしまう。これにはショックが大きかった。師匠に相談して、明日から思い切って音量を落としてでもリラックスした発声法を探っていくことにした。

ここ最近、韻やアクセント確認しながら詩を朗読するトレーニングにポルトガルギターのカルロスさんがつきあってくれた。歌い方が明確になったし、不思議とイメージが広がって気持ちも乗っていった。こういったところがわかってくると同時に発音の壁が立ちはだかる。

しかしながらこのことは、ずっとどうにかしたいと思っていた最重要課題だ。この滞在中に一番クリアーしたかったところだ。進むべき道はわかっているので、逃げずにじっくり取り組むつもりだ。焦らず、丁寧な歌いこみをあと3ヶ月半の間にしていく決意だ。

落ち込む私を察してか、ドアマンのアルマンドさんが話を聞いてくれた、そして「私は君の歌が好きだよ。上手くいえないけどね、本当だよ。」と言ってくれた。いつも入り口でお客様対応をしている彼だけど、ちゃんと聴いていてくれた事が嬉しかったし、控えめな彼がそう言ってくれるのは心強かった。舞台をやっていたときもそうだったけど、裏方さんたちはちゃんと見てくれているし、悩んだ時に「これぞ」というアドバイスや力添えをしてくれたりする。ありがとう、アルマンドさん。

明日は楽しみにしていた新しいカスティーソのリハーサルも待っているし、師匠やアルマンドさんのおかげで自分のファドに素直に向き合えそうだ。

2009/3/11

Conseguei passar exame!  2009年リスボン日記

1月に行われた「ポルトガル語国際検定試験」(CAPLE)の結果が最近発表された。

おかげさまで「合格」!

今日の授業後にクラスメートたちと結果を見に行ったのだけど、あまりに難しかったからみんな期待していなかったのに、一緒のメンバーはみんな合格だった。普通日本で張り出しで合格通知を行う際には受験ナンバーのみの表示だけど、こちらでは名前と成績(4段階評価)まで出ているので少し驚いた。

一学期のヨーロッパ系のクラスメイトたちはやはり相当ハイレベルなメンバーだったようで、みんな高成績で私の受けた試験より上のレベルの試験をクリアーしていた。同じ勉強量でも母国語が何かで語学は上達が違う。ということで、アジア人の私はヨーロッパ人学生より勉強量を増やさないといけません。がんばります!






2009/3/6

a minha irmã velha  2009年リスボン日記

木曜日からクリスティアナがオランダに行っているので、火曜・水曜担当のジャクリーヌが替わりを務め、今週は彼女とかなり話ができた。

とても明るくて人柄のいい彼女を年上だと思っていたら、実は4歳も年下でびっくりした。こちらの人の年齢は本当によくわからない。アジア人は幼く見えるのでお互いに誤解をしていた。でも相変わらずジャクリーヌは私の姉のような存在だ。以前も書いたように、彼女とは重なるレパートリーも多いので、それを知った彼女は私のためにいろいろ歌ってくれる。今日は「Fado blanque」を練習した。そして、彼女は何かいい新曲を見つけると「一緒に覚えよう」と私も誘ってくれる。私はまず意味調べからしなければならないので、彼女と同じペースでは習得できないのだけど、その愛が私はとても嬉しい。

底抜けに明るくて、よく気のつく姉御肌なジャクリーヌの歌はやっぱり楽しい。悲しい歌もその情の深さでしっかりと聞かせてくれる。気取らない彼女と一緒にいると、ありのまま自分をもっと大事にしよう気づかされる。

彼女に限らずうちのギタリストたちやファディスタは明るく冗談好きだ、ファディスタというと静かなイメージがあるかもしれないけれど、いたって普通の人間ばかり、歌にもそれぞれの性格が生かされている。その方が、悲しみも喜びもダイレクトに伝わるように思う。私ももっと自分自身を歌に生かしていきたい。

2009/3/5

Viver com fado  2009年リスボン日記

(以下、毎日新聞記事より一部抜粋)

〜警察庁は5日、1月の全国の自殺者は2645人だったと発表した。月別の自殺者数公表は初めて。10年連続で3万人を超えた07年(3万3093人)の月平均(約2758人)は下回ったが、厚生労働省の人口動態統計の08年1月分と比べ340人増えた。〜


インターネットを通じてこの記事を読んだ。ショックが大きかった、私の周りにはこの記事が他人事でない人もいらっしゃるし、私の友達の中にも悩んでいる人がいる。ポルトガルは日本と比べて自殺者は少ないが、ここ10年の間に世界ランク内で大きく上昇してしまったそうだ。不況からの失業率の上昇と比例している。

「ファドは悲しいだけ」「悲しさに浸るのがファド」という意見を日本でよく耳にしたが、私はこれは少し誤解があると感じている。悲しさに浸ることの美学はポルトガルでは少し違うように思うのだ。こちらでは「ただ悲しみにくれる」というより、「悲しみに触れて、また生きていく」という『生きる強さ』をより強く感じる。日本人が精神的に弱いという意味ではなく、少し極端に言ってしまったけれど、この違いはラテンとアジアの歴史と文化の違いからであると感じる。

『喜びのファド』も『悲しみファド』も共通して生きる力を与えてくれる。つまり『生きる事への賛歌』であると、ポルトガルへ来てからはっきりとわかった。日本に以前住んでいたとあるポルトガル人が「ポルトガルでは日本ほど自殺という手段を考えない。苦しい境遇の時こそファドがとても理解できるし、大事なものになるんだろうな。」と言っていた。彼は特にファドが大好きという人ではなかったが、この言葉を聞流すことはできなかった。そうはいっても今時代はかわり、ポルトガルでも自殺者は上昇傾向にある。

私もファドに生き、ファドに生かされている一人だ。日本でもポルトガルでも『生きる事への賛歌』が一人でも多くの人に届けば嬉しい。




2009/3/4

Já estamos no Março!?  2009年リスボン日記

3月がやってきた、こんなに時の経つのが早いとは思いもよらず。リスボンは一昨日辺りから久々に雨が降って、気温も下がりまた肌寒い日々に戻ってしまった。そのせいで師匠は昨日から風邪をひき、私も風邪の前兆のようなものを感じたので早めに薬を飲んで悪化を防いだ。喉を壊すわけにはいかないので暖房のない大学にはカイロも持参してガード!

今日はパテオに行かない日だったので映画「スラムドッグ・ミリオネア」を観に行って来た。日本より先の公開で、ポルトガル語では「Quem quer ser bilionario」(億万長者になりたいのは誰?)と訳される。英語の音声とポルトガル語の字幕だったけれど、事前にストーリーを調べておいたのでだいたい理解できた。時々テレビでもポルトガル語字幕で英語圏の映画を観ることがあるが、苦手だった英語が簡単に思えてしまうのは驚きだ。と言っても話せるようになったわけではない、今の私はポルトガル語脳に切り替わっているので英語は聞くことしかできない。

そして、もっと驚いたのは、日本語が下手になっていたこと。午後に大学の友人のエリコと日本語で話していたのだけど、二人とも文法がおかしいし、単語もポルトガル語が出そうになっていた。私はポルトガル語発音の口の形で日本語を話してしまい、どうも口の筋肉が変だった。大変よい現象だと思う分、せっかく覚えたポルトガル語を日本で忘れたくないと心配になった。



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