Bem vindos ao site da Fadista Kumiko               Kumiko Tsumori                                                                               em Português

2009/4/30

Sonhava com a viagem a Portugal.  2009年リスボン日記

今週はお世話になっている方がリスボンにいらっしゃっている。私のファドライブを何回かさせていただいている東京・乃木坂「コレドシアター」のオーナーご夫妻だ。ご主人はいつかポルトガルへ行きたいと考えていらっしゃった方だ。東京で初めてお会いした時、ファドを知っていらっしゃることに驚かされた。そしてそれがご縁でその後のライブも実現となったのだ。

今夜はパテオに来ていただいた。あの時、ポルトガルのお店でこうやって歌を聴いていただく事になるとは考えもしなかった。月並みな言い方だけど人生はおもしろい。師匠が演奏の合間にニコニコして「ご夫妻はずっと嬉しそうに聴いていた。良かった良かった。」と言ってくれた。「嬉しい」と「嬉しい」がつながっていく事は本当に「嬉しい」。これもファドだ、と声を大にして言いたい。

2009/4/28

o trabalho da casa  2009年リスボン日記

「このファドはクミコの声に合う」そう言って最近師匠がいくつかのファドをお薦めしてくれた。最近、いずれ歌いたいと思っていた曲を教えてもらったりしている、日本に帰ってからの宿題だ。師匠は私の声と性格をよくわかってくれているので、私らしく歌えるものばかりを提案してくれる。やはり明るいファドが多い。それに、共通して「ファドが大事」「リスボアが大好き」というような内容だ、確かに私にはぴったりだ。

今日はクリスティアナが「Guitarra triste」の歌詞を教えてくれた。火曜日しか会えないジャクリーヌも、毎回発音をいくつかチェックしてくれる。日本に帰ってポルトガル語を話す機会が減る事を考えると、いろいろと忘れないかと不安になってくる。だから、最近は宿題をたくさん集めている。日本でそれを仕上げてまたポルトガルにやってくるために。


2009/4/25

Dia da Liberdade  2009年リスボン日記

今日4月25日は「自由の日」というポルトガルの祝日で、ポルトガルでは「自由」のシンボルであるカーネーションを手にしている人をたくさんみかけた。1932年からのサラザール独裁政権、そしてそれを引き継ぐ形となった1968年からのカエターノ政権への反乱が1974年4月25日に無血革命(カーネーション革命)を起こした、この祝日はそれに由来している。

独裁政権下では表現の自由はなく、新聞や雑誌、詩、小説、そしてファドも検閲を受けたということだ。「植民地」をはじめとする多くの言葉がタブーとされた。今日は各新聞・雑誌が「自由」や「革命」についての特集を組んでいた。私が購入したポルトガルの有力雑誌「VISÃO」は、当時の検閲を全記事に再現するという面白い事をしていた。
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(当時の検閲が入った記事写真[左]と検閲の判[右])
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(検閲の青ペンが入った記事。広告を除く全ての記事に検閲判が押され、当時ならタブーだったであろう部分にマークがされている。)
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(青ペンでX印をされたり、横線で削除印が入った記事。当時はこの部分を除かなければならなかった。)

ファドはというと、当時のカーザ・デ・ファドに覆面警察がはいって歌の内容を監視したり、事前に曲リストを提出しなければならない事もあったそうだ。詩人はそんな中、言葉を選んでメッセージを発信していった。名曲「Tudo isto é fado」もそういった側面があると聞いている。

2009/4/23

os alunos do Parreira  2009年リスボン日記

昨夜のアルファマに引き続き、今夜のパテオもポルトガルギター4人という素敵な日だった。

師匠にはポルトガルギター奏者の生徒がたくさんいる。ファド博物館で教え始める前から教えている人もたくさんいて、ペドロやカルロスさんも10年近く師匠についている。ペドロはプロ同等の腕前で、時々演奏の代行をすることもある。こうやってアントニオ・パレイラを慕う人たちがパテオにはたくさん集まってくる、子供の弾き手もいるし、日本からやってきてしまった私たちも。しかも皆人柄がいい、師匠の温和さのせいだろうか。こんなに面倒見のよい巨匠に日本人の私が出会えた偶然に感謝しながら、パレイラ一門のギタラーダを聴いていた。そして、こんな編成の時はファド・カスティーソに限る。

本日、メールマガジン28号を配信いたしました。


2009/4/23

Eles moram no fado.  2009年リスボン日記

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今日はファド博物館で行われた「FADO MARIALVA」という本の出版記念会へ行って来た。ゲストでジョアナ・アメンドエイラ(写真)やヴィセンテ・ダ・カマラ、詩人のダニエル・ゴウヴェイラ等が訪れファドを披露した。

ジョアナのファドは5年半前に日本で聴いて以来だったけど、深みが増してさらに素晴らしくなっていた。大きなコンサートもこなす歌手だけど、大げさな表現を彼女はしない。静かに響く声に込められたファドが客席を虜にした。そして、今回は詩人が歌うファドも聴く事ができた。彼らのファドはまた違う味わいがある。声量や音楽的技術は他のファディスタとは比べられないが、言葉運びがやはりいい。一字一句全てを生かした語るようなファドが聴けてとてもいい一時を過ごす事が出来たが、今夜はこれだけでは終らなかった。
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会のあとに、同席していたパテオのカルロス夫妻とアルファマの「Sr.Fado」という小さなお店で夕食をとった。ファディスタのアナ・マリナさんとギタリストのドゥアルテ・サントス夫妻のお店だったのだが、こちらで本当にいい時間を過ごさせてもらった。

偶然にもファド博物館でポルトガルギターを学んでいるグループや、先ほどの会に出席していた詩人のダニエルさんがふらりとやってきた。顔見知りだったり、共通の知り合いがそれぞれいたりして、全員で和気藹々と食事を楽しんだ。日本語が話せる人までいたのには驚いた。そして食事がひと段落するとおもむろに皆が楽器を取り出してファドが始まった。

なんとポルトガルギター4人にヴィオラ3人。ゆわゆる「ファド・ヴァディオ」で、プロはお店のヴィオラ奏者一人だけだった。途中で演奏がおかしくなりかねないシーンもあったけど、みんな好きで弾きたい人ばかりだったので、みんながウキウキしていて全然気にならなかった。誰からともなく一曲目が始まると常連が顔をだし、私も歌い、音につられてさらに人が集まり、気が付けば2時間ほど演奏が続いていた。飾らずに笑い、教えあいながら演奏する姿に「みんなファドに生きているんだな」と感じた。お店の夫妻の人柄のよさが人を集めているのもわかった。きちんと友人やお客をもてなして美味しいお料理を出してくれたご夫妻が一番楽しんでいた。決して大きいお店ではないし、お金持ちに見えるわけではなかったけれど、ファドと共に人生を豊かに楽しく過ごしている二人の姿は眩しかった。ファドが人と人を結んでいた。
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詩人のダニエルさんが帰り際に、自分の作品を集めたCDにメッセージを書いてプレゼントしてくれた。そしてこう言ってくれた。「実は以前テレビで君の歌を聴いていたんだよ。あの時の緊張していた君の歌を聴いて、正直『また日本人が歌っているな』ぐらいにしか思わなかったんだけど、今日は違った。やわらかだったし、ファドの心に溢れていたし、あの時よりはるかによかった。君の歌が気に入ったよ。」

これだけはっきり言ってくれたことが私は嬉しかった。ただ外国人が歌っているというところではなく、私の歌そのものに今日触れてもらえたことが。じっくりと歌いつづけようと思う。

2009/4/21

a segunda Amália  2009年リスボン日記

日本で「第二のアマリア」という言葉をよく耳にした。ポルトガルではあまり耳にしない。一部の人があるファディスタをそう呼んで話題作りをするけれど、当のファディスタたちはこれを歓迎してはいない、「アマリアはアマリア、彼女は彼女。私は私。誰もそんなこと考えていない。」と。生前のアマリア本人も、インタビューで聞かれる際には「第二の私?そんなの勝手にどうぞ。」という態度で全く気にしていない様子だったそうだ、そこが彼女の魅力でもある。何より「ファディスタそれぞれのサウダーデとファドがある」というファドの魅力でもある。

日本をはじめ、外国ではコンサートタイプのファディスタの名前しか知られていないし、アマリアがあまりにも有名すぎるので「第二のアマリア」という言葉が出てくるのは必然なのだけど、現地ではさほどではない。マリーザも「私は歌いたいから歌う、アマリアではない、私は私。」とコメントしている。逆にそんな事を言っては「アマリアに失礼だろう」というくらいだ。

今日、パテオでもこの話題が出たのだけど、やっぱり「私は私」とファディスタもギタリストたちも口を揃えた。この言葉を聞いて改めて教えられた。「そうだ、その気持ちで歌わなければファドじゃない。永遠に物真似でしかない。」

二ヶ月ほど前、少し悩んでいた私にクリスティアナがこう言ってくれた。「クミコはここでは外国人ファディスタだけど、誰に何を言われても何も気にすることはないのよ。あなたは一人のファディスタ、誰も私たちの誇りや魂をとる事なんてできないんだから。」。私が彼女の歌が大好きな理由は、彼女はまぎれもなく彼女自身の声と魂で歌っているからだ。彼女の生き方や愛情の深さが届いてくる。彼女は若いけれど、そんなことは関係なく素晴らしい、それは彼女にちゃんと誇りがあるからだ。クリスティアナに限らず、光るファディスタたちは皆それを心に歌っている。小さな子供達もテレビ番組でよくファドを歌っているけど、彼女たちもちゃんと「私は私」という誇りをもっている。

おおげさに表現することよりも、心に静かにそれを宿していることが一番大事だ。きっと人生にも。クリスティアナの言葉には本当に教えられた。


2009/4/20

as informações  2009年リスボン日記

今夜は久しぶりに「A tasca do Chico」で歌った。今日のポルトガルギターは私の好きなセルジオ・コスタ、普段はアルファマの「Coração de Alfama」で弾いている。彼の柔らかい人柄と常に演奏を楽しんでいる姿が私は大好きだ。

タシュカに来るといろいろな演奏会の情報が入ってくる。「今度のフェスタ知ってるか?」とか「OO日にこんなのがあるけど歌う?」とか、顔を覚えてもらったおかげで、地元の人しか知らないようないろんな事を教えてもらえるようになり、今日もいくつか情報をいただいた。残念ながらパテオの仕事と重なるものばかりだったのだけど、一つ都合がつきそうなものがあったので足を運ぶつもりだ。あたたかくなってきたので、イベントも多くなってくる。残された貴重な二ヶ月、いろいろなところに行こうと思う。









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