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2008/12/31

Obrigada,2008.  2008年リスボン日記

2008年も残すところあと1日。


みなさんはどんな思いをめぐらせているでしょうか。



私にとって、今年は素晴らしい年になりました。ポルトガルにやって来れましたから。


去年の春に決断して、夏には東京から大阪に引っ越して、準備にとりかかりながら、大阪での生活とファディスタの仕事が自分には本当に合っていると実感しました。家族や友達と心の交流がとてもできたことが本当によかったです。


みんなの応援があって、ポルトガルまで来られました。出発の前は感謝の気持ちで一杯で、そして、空港で母と別れてから気持ちが震えだして、飛行機から広い大地をみて、涙が止まらなくなりました。


嬉しさ、不安、寂しさ、感謝、これからへの期待と決意・・・。あれはサウダーデだったんだと今になってわかりました。


ポルトガルに来てからは、ハプニングもいっぱいあったけど、縁が縁をよんで、この3ヶ月本当に素晴らしい日々をすごすことができました。師匠のおかげで、一流のお店で歌うことができ、そのお店のみんなが愛情をくれて、私は最高の状態で修行ができています。他のお店も今までの縁がつながって、また新しい出会いもあって、いい環境を与えてくれました。お店以外での演奏のお仕事もいただいたりもして、私は本当に恵まれています。



自分自身も強くなれた気がします。



いつも悩んでいた舞台女優時代、あこがれる先輩が「一番大事なのは、自分が何を本当にやりたいのか、どう生きたいか、という事だよ」と私にアドバイスをくれたことがあります。

オーディションで落ちたり、手厳しい演出家さんに悩んだりする私に彼女は言ってくれました。そのときは目先のことが気になって理解しきれなかったけど、今はそれがよくわかります。自分が本当にやりたいことを私は今やっていますから。


人生において何を選ぶかは己しか決められません。そして、その道を歩いていくのも自分自身。今は本当に胸を張って歩いています。そう大声で言えることが、本当に喜びです。ブレることなく歩んでいる自分が確認できているから。



ここまで思えるようになったのは、日本の家族、友人、応援してくれた方々、共演者、ポルトガルの友人たち、歌手たち、ギタリストたちのおかげです。人はつながってつながって生きています。本当にそれを実感しました。


ありがとうございます。



2009年も半年をポルトガルで過ごします。限られた時間だけど、このポルトガルで1日1日を生きて、歌って、そして日本に戻ります。




「ファディスタとして生きる」、これはポルトガルでも日本でも変わらないこと、それを自覚できた2008年に感謝します。



皆様、よいお年をお迎えください。

2008/12/29


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今日の「A Tasca do Chico」、いつも顔をあわせるおばさまと、マリーザのバックでも弾いている若手のギタリスト。彼はうまい!!お店でも大評判のギタリストだ。

お店は明日が年内最後の「FADO VADIO」となるが、私は明日は行けないので今日がこちらでの歌い納め。先週行けなかったので久々のタシュカは、年末のせいでいつも以上に人人人!!収集がつかなくて一時ストップをかけるほどの盛況ぶりだった。店に行くと、主のように演奏席横に座っているおじいさま方といつも挨拶をかわすのだが、今日はおじいさまが自慢のフォトアルバムを取り出し、一枚の写真を私に見せてくれた。それは私が歌っているものだった。光栄にも彼のアルバムの中に仲間入りできたのだ。

そして今日は、85歳のおじいさまが渾身の力をこめて歌ったファドに涙が流れた。歌詞はすべて聴き取れないけれど、指先までほとばしるその全身の表現を真正面で味わった。ファドにおいては、一体何がプロで何がプロではないのだろうとわからなくなる。彼は職業としてはプロではないけれど、まぎれものなく本物のファディスタだ。劇場で見る豪華絢爛なエンターテイメントもよいが、この古い酒場で聴く彼の歌は魂を持っていかれてしまうほどのサウダーデがある。悲しみと強さと、生きる力に溢れたファド、今夜もいい夜だった。

2008/12/28

beleza e alegância  2008年リスボン日記

スペイン帰りの翌日から、やっぱりファドを歌う日々。スペインでもリクエストをいただいて、みなさんの前で数曲歌わせてもらった。スペイン語のファド「マリア・ラ・ポルトゲーザ」はまだ歌えないので他のファドに。こっちにいる間に、寮のスペイン人の友達に発音を教わろうと計画中。

この3ヶ月は、今まで歌ってきた歌の発音やメロディーを見直していくことがほとんどだったけれど、新年からは新曲もやっていこうと思っている。ありがたいことにこの3ヵ月は、毎月のようにどこかしらでライブをさせていただいたので、新曲にとりかかることが困難だった。年始年末の大学の休みの間に、人前で歌えるところまでもっていきたいと思う。ポルトガル語で歌うための発声のこつもだいぶ分かりかけてきたので、そのあたりもじっくりと取り組むつもり。

一昨日、テレビでカルロス・ド・カルモの「45周年記念コンサート」を放送していた。惹きこまれた。美しさと品がある柔らかい声、テレビ越しなのに涙がでそうになる。抜群の言葉の運び方で、詩に息を吹き込んで、観客は彼にすべてを預けるかのように聴き入っていた。今日は彼のこの記念CDを買いに行く予定。

2008/12/25

Gracias por su amabilidad.  2008年リスボン日記

23日〜25日の3日間、スペインのマドリードへ!友人ラーラのお宅で食べて踊って、愛情たっぷりの「ラテンで美味しいもの三昧のクリスマス」を満喫した。
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(初日は親戚の方々とラーラ宅で昼食。私の左側のご夫妻がラーラのご両親、緑のセーターが弟さん。ピースをしているのがラーラ!画家のお父さんと、裁縫の上手なお母さんのお家はとてもおしゃれ。このあとフラメンコのステップを少し教えてもらった。)
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(翌日24日は祝日。Solという街の大きな広場Plaza Mayorでは露店が立ち並び、パフォーマンスをする人がたくさん。広場は買い物や食事に来た人で溢れ返っていた。)
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(昼間だけど、一杯飲もうと立ち寄ったお店はマッシュルーム専門店。オリーブオイルとベーコン、唐辛子オイルをのせて焼いたマッシュルームをつまみながら、サングリアを飲む。とっても美味☆)
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(お店の前で、おじさまたちもみんなノリノリ。カタカナでマッシュルームとお店のアズレージョに書かれていたので、日本人観光客にも人気の模様。)
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(またまた立ち寄ったレトロで素敵なバルで。闘牛の写真やパネルがたくさん。樽がテーブル!左はラーラの叔母さん、右はラーラのお母さん、このご家族はラテン美人揃い☆このあとは家にもどってちゃんと昼食もとる!)


24日の夕食がクリスマスでは一番大事。洋服も少しシックなものに着替え、どんどんと人が集まる。
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(赤いテーブルクロスがひかれたクリスマス仕様の食卓。前菜で頂いたアサリ料理。白ワインや玉ねぎのソースがとても美味しい。)
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(0時をまわる頃、「サンタがもうやってきたから開けよう」とお母さんがプレゼントの入った大きな靴下を担いできた。この瞬間までは絶対に空けてはいけないというのがこちらの習慣。みんなワクワクしながら自分宛のプレゼントを探す。私もラーラとお揃いのアクセサリーをいただいた。)

そして、ここからが本番!
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(深夜1時ごろから始まるダンスタイム。ラーラたちは普通にフラメンコが踊れる。ラーラのお母さんは特に踊るのが大好き。人が集まる時にはいつも踊るそうだ。そういえば、台所でも料理作りながら叔母さんと踊っていた。)
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(踊り疲れた私たち。深夜3時を廻っても、まだまだ盛り上がる。)
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(みんなが大好きな曲が流れると、いっせいにペアが部屋を埋め尽くし、思い思いに踊る。深夜4時にやっとお開き!)

最終日の25日はお父さんの実家での昼食にお邪魔した。25人近くの人が集まり、こちらでも美味しいお料理をいただいた。
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(初めて食べるものばかりで感激しっぱなし。ホクホクのお魚。)
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(そして、子豚の丸焼き!ポルトガルにもあるけど、まるごとの姿で見たのは初めて!家庭でこういう料理が作れるスペインのお母さんたちを尊敬。)

美味しいお料理をいただき、ラテンなダンスの一夜に参加もして、一人でバスに乗って観光も少しできた。ラーラのご家族や親戚の方々が、私も親戚の一人のように迎えてくれて、素晴らしい旅ができた。

家族や親戚でこうやって集まって、わいわい過ごすのって本当に素晴らしい。日本の私の親戚も、お正月やお盆、お誕生日などには祖母の下に皆が集まる。このお正月は北海道の親戚も大阪までやってくるのに、私はいられなくて申し訳ない。家族の愛はかけがえがない、遠いスペインで実感した。帰国したら、祖母からお料理をもっと教わろうと思う。

ラーラ、一生忘れられないクリスマスをありがとう!Gracias!

2008/12/22

Feliz Natal!  2008年リスボン日記

ポルトガルではここ最近は別れ際の挨拶に「Bom Natal」(よいクリスマスを)「Feliz Ano Novo」(よい新年を)などが加わっている。日本でいう「良いお年を」のような感覚。

通常、日曜日はいつもお店は休みだけど、この日曜はクリスマスプレゼントを買う人も多く、営業しているお店もたくさんあった。最近お邪魔したお宅にはツリーが飾られ、買ってきたプレゼントがツリーの下にたくさん置いてあった。24日から25日へ移る0時になったらプレゼントを開けるのがこちらの習慣。その瞬間まで待たなければいけない子供達は早く開けたくて仕方ない様子だった。

明日の朝から25日の夜までスペインのマドリードへ行き、寮のラーラの実家でクリスマスを過ごす予定。ガイドブックも何も持っていないけど、そんな旅もいいかなと思って、電子辞書以外は特に用意せずに行くつもり。ラーラと話すことを楽しみながらスペインに触れようと思う。

それでは行ってきます、皆さん、よいクリスマスを。



2008/12/20

a pornúncia  2008年リスボン日記

ポルトガル語の発音は日本語と大きく異なる、ポルトガル語で歌う私にはこれが一番の壁だ。こちらに長く住まれて、ポルトガル語が話せる日本人の方々でも発音はやはり難関のようだ。

今夜もパテオで歌っていた。お客にポルトガル人のグループがいて、私が歌いだすと、一人の若い女性が笑い出し、何人かが一緒になって笑っていた。彼女たちには私の歌う姿と歌が滑稽だったのだろう。日本と同じく「失礼だろう」と本人の前でこういった反応をする人はあまりいないが、時々こういったことはあって、彼女が初めてではない。3年半前もあったし、最近も声は出さないにしても冷ややかな視線で私を見る人は少なからずいる。外国人の私が歌うことを応援してくれて、心で通じ合える人がたくさんいるが、同時にそうではない人も少数だがいる。自然なことだろうと解釈しているし、あまり気にしすぎてもよくない。もちろん、こういう反応は心に突き刺さってしまって辛いことではある。

ファディスタのアントニオさんが「気にしないでいいよ、バカなんだ。」と私に言った。「ナーバスになっているか?」とも付け加えた。「いや、慣れてる。」と返事をした。これからもこういったことはあると自覚している。それでもこの店で歌わせてくれるオーナーたちに感謝している、習得してみせるというエネルギーが生まれる。

控え室に戻ると、テレビに映画「アマリア」のメイキングが流れていた。彼女の人生を見ていると、私の悩みは「嬉しい悩み」でしかないなと思わされる。貪欲にやっていこうと私は決めている。高い目標を達成できるかはわからないけれど、自分の習得できることに差は出てくるはずだ。こうやって笑われたことが、私に生かされてくるのは間違いない、そう確信している。いつか「ありがとう」と思えるはずだ。私の中にファドが存在している以上、外国人であろうと一人の歌い手として歌いつづけることは変わらない。

2008/12/19

Anseio pelo casal.  2008年リスボン日記

今夜のパテオは祝賀ムードに包まれた。大部屋はパーティーで貸切となっていた。なんと、パテオで時々演奏しているポルトガルギターのカルロスさんの60歳のお誕生日会パーティーだった。彼は普段エンジニアとして働き、時々夜はポルトガルギター片手に遊びにやってくる。60歳には見えない若々しい笑顔の持ち主で、いつも穏やかで明るい彼が私は大好きだ。かわいいお孫さんも来ていた。自分の愛着のある場所で、たくさんの家族や友人に囲まれ、自身も演奏して歌う60歳のパーティー。こんな素敵なことができる人はなかなかいない。奥様とも本当に仲良しで、あこがれるお二人だ。

師匠が私を引っ張っていって、入り口の席次表を見ろと言う。すると、とある席に私の名前が書いてあった。最後のテーブルはこのパテオのファディスタやギタリストたちの席に当てられており、私もその一員になっていた。何も聞かされていなかったので驚いた、師匠も全く知らなかったらしい。ボーイさんたちと話したところ「秘密にしておくように言われていたんだ」と教えてくれた。カルロスさんご夫妻のこの計らいで、私もパーティーで食事をしながら、演奏をさせてもらった。もう一部屋には一般のお客様が入られていたので、夏の繁盛期のように二部屋を行き来しながらの演奏となり、私も二回歌った。

パーティーの中盤で大きなケーキが登場し、みんなでハッピーバースデイの大合唱をした。ロウソクを吹き消し、大きな拍手の中で奥様と抱き合うカルロスさんを見ていると思わず涙が出た。愛情いっぱいのパーティーだった。カルロスさん、イザベルさんおめでとう、そして、ありがとう。



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