2011/7/27

女4人木曽路旅 2  

馬籠のお蕎麦屋さんを出発したのは正午を少し回ったところだった。
馬籠・妻籠間は7km〜9kmとサイトによってまちまち。間を取って8km、所要時間3時間ということにしよう。
道幅の狭い急峻な坂をひとしきり上り、急な坂を下りるとお蕎麦屋の前から伸びたアスファルトの道路に出て思わず苦笑した。
いやいやいいのだ。我々は江戸時代の旅人と同じ中山道を歩くのだ!
その車道を横切って再び山道に。いにしえの旅人が草鞋で踏みしめた石畳を私たちはトレッキングシューズで歩いていった。
所々、道の脇の山肌に湧き水が流れ出る竹の樋があった。首に巻いたタオルはすぐにぬるくなって、見つけるたびにタオルを浸した。

クリックすると元のサイズで表示しますしばらく行くと民家があり、同年代の男性が作業をしていたので、挨拶をしてしばし休憩させていただいた。
母屋と作業所の間の庭に赤いオープンカーを停め、古民家の梁だったという太い木材に跨ってノミをふるっていた。
仕事を辞め、知人の別荘だったこの家を買い、住んでいるのか長期滞在だったか、ともかくスローライフを満喫しているようだった。
「きついのはあと10分ちょっと。それから先はずっと下りだから。」
別れ際にそう言われて元気を取り戻し再び歩き出した。

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ところが10分以上過ぎても登り坂。「話が違うよ〜」とぼやいていると十返舎一九の歌碑に着いた。
横に広い東屋があり全員ベンチに座って休憩。
木々を抜けてそよ風が吹き渡り、その気持ちよかったこと!
一九の碑は判読できなかったが、後で調べると、
  渋皮の むけし女は 見えねども
  栗のこはめし ここが名物

と記されてあったらしい。
一九の作品は歴史の暗記で「東海道中膝栗毛」しか知らないが、中山道も旅して「木曽街道膝栗毛」を書いているそうで、その中にある狂歌らしい。
しかし渋皮の剥けた女(あか抜けた女性?)が見当たらないとは何とも辛口。名物の栗を挙げてもらうのはうれしいだろうが、地元の女性からのブーイングはなかったのか?(笑)
長い休息もかえって疲れる。5分ほどで立ち上がり先へ。

クリックすると元のサイズで表示しますようやく峠の集落が見え、その入口に御頭(おかしら)の碑があった。
安政三年、この集落の牛方(牛を使って荷物を運ぶ人)と中津川の問屋(荷物の取り次ぎ)が運賃の配分をめぐって争い、牛方が勝利した。
そのリーダー牛行事(頭)の今井氏を讃えた碑らしい。
道の両側にある建物は、江戸時代末期のものだとか。
一軒の玄関から身を乗り出していた犬も、昔からずっとそこにいたのでは?と思わせる佇まいだった。

ところでこの辺りは熊が出没するらしく、そちこちに注意を促す看板があった。
熊よけの鈴もレンタルしていたが、Zさんが自宅からホイッスルを持参していたというので借りなかった。
彼女が一番元気でいつも先頭を歩いていくので安心!
私は写真を撮ったりでいつも最後尾。
あ、背後から来るって事もあり得たか…
看板の他に、人が通っていることを熊に知らせる鐘もいくつかあって、そのたびに鳴らした。

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10分ちょっとと言っていた男性宅から約30分後、ようやく馬籠峠の頂上に到着!
茶屋の横に正岡子規の句碑があった。
この句の出典は、紀行文「かけはしの記」だそうで、句の前の文も書き出しておく。
馬籠峠の麓に来たり。馬を尋ぬれどもおらず。詮方なければ草鞋はき直して下り来る人に里数を聞きながら上りつめたり。此山を越ゆれば木曾三十里の峡中を出づるとなん聞くにしばしは越し方のみ見返りてなつかしき心地す。
    
   白雲や青葉若葉の三十里


句碑の画像情報を見ると撮影は13時17分だった。
馬籠を出発してから1時間とちょっとかかっている。
これまでは距離は短いが登り坂だった。
距離的には中間地点とは言えないが、ここからは下り坂のみ。
時間配分は上々と言っていいだろう。

                ……to be continued.

2

2011/7/26

女4人木曽路旅 1  

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クリックすると元のサイズで表示します7月21〜22日、木曽路を旅した。
一昨年ケアンズ旅行でお世話になったMさんが帰国、馬籠〜妻籠のハイキングコースを歩きたいというので同行したのだ。

10日ほど九州のご実家で過ごしたMさんは、友人に再会した大阪から。
同級生のZさんは東京駅、mさんと私は品川駅から乗車。
平日朝8時の品川駅はオフィスに急ぐ人で溢れ、スーツケースを持った自分はちょっと後ろめたさを感じつつ端っこを歩いた。
8時17分発のぞみ15号でいざ名古屋へ。
台風6号は太平洋沖に去って、大井川を超えた辺りで青空になった。
おしゃべりしてる間に名古屋駅に到着。
同時刻に着いたMさんと合流して中央本線に乗り換える。
これまたおしゃべりしてる間に中津川駅に着いた。
駅前ロータリーには旧盆に備えてか大きな提灯が下がっていた。それだけを撮影してタクシーで馬籠宿へ。

クリックすると元のサイズで表示します馬籠は20年ほど前に一人旅をしたことがあった。
他の三人も別にいいということで通りを見ただけで藤村記念館見学をパスし、観光案内所に荷物を預けた。
ここから重い荷物を妻籠に送ってもらえ、身軽に峠越えができる。
すっかり晴れて日差しが強くなり、帽子を忘れたmさんは麦わら帽子を買った。
ちょうどお昼時。全員当然の如くお蕎麦をいただき、湧き水で(これが冷たくていい気持ち!)タオルを濡らし、さあ出発。

はらわたもひやつく木曾の清水かな  正岡子規「かけはしの記」
          ……to be continued.

1

2010/1/29

ケアンズの旅 帰国の日  

クリックすると元のサイズで表示します10月28日、楽しかった旅行も今日で終わり。
朝食はMさん手作りのスコーンをいただいた。Delicious !
休校で来ていたMさんのお孫さん姉弟の案内で、朝の散歩に行った。
日本は紅葉の頃、見納めの熱帯の森は濃い緑で溢れていた。
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クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
パッキングもすべて済ませ、しばしベランダでまったりとした時間。
名残惜しさにみんなの言葉も途切れがちになる。
見上げると、先日乗ったクランダ鉄道の列車が山の中腹を走って行った。
「ずっと晴れて良かったけど、オーストラリアの雨も見たかった。」Zさんが呟いた。
感傷に浸っていても時は刻む。――さあ、空港へ。

空港に向かう途中、車のフロントガラスにパラパラと雨粒が落ちてきた。
Zさんの呟きが雲に聞こえたようだ。
Mさん、ご主人、お孫さん姉弟に見送っていただき、私たちは搭乗手続きカウンターに向かった。
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帰りの機内では、遅い昼食と早めの夕食が出た。
一切サービス無しの格安チケットだったので確認したが、乗務員は「Free.」と言って頷いた。ラッキー!
昼食はカレー、照り焼きチキン、ベジタリアン・パスタの中から選択(画像はカレー)。夕食はホカホカのミートパイ。空港で昼食を済ませていたが、しっかりいただいた。
ブランケット一式も希望者に配られ、(薄手ながら暖かいフリース製。他に空気枕・アイマスク・耳栓・イヤホーン)記念にもらった。
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旅行は2009年10月23日〜28日、ブログでの報告が丸々3ヶ月後になってしまいました。
Mさん、お世話になり本当にありがとうございました。
優しいご主人、綺麗なお嬢さん、かわいいお孫さん、賢犬テスともども、感謝の気持ちでいっぱいです。
ご一緒したZさん、Kさん、Tさん、ありがとうございました。
そして旅行を快諾、留守番してくれた家族にも感謝。


9

2010/1/27

ケアンズの旅 4日め(グリーン島)  


クリックすると元のサイズで表示します高原の魅力を満喫した後、今度は海。
観光の最後はグリーン島だった。
グリーン島はケアンズ沖、グレートバリアリーフに浮かぶ珊瑚でできた島。歩いて1周しても1時間ほどの小さな島で、最も高い地点で標高3メートルだそうである。

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ターミナル港を午前10時30分に出発。
乗り物、ことに船が苦手で船酔いを心配していたが、船内探索、撮影、みんなとおしゃべりしていて全く平気だった。デッキにスーツケースが並んでいるのは、島にもホテルがあるから。
45分で到着。席を立つ時、ふと見ると隣の席に携帯電話の忘れ物!
若者が長椅子に横になって寝ていたのを目の端に留めていた。
慌てて追いかけたが、全員背を向け混雑する通路、誰だかわからない。服装もよく憶えていない。
と、一人の青年が横を向いて大きな欠伸をした。起きぬけの眠たそうな表情をしている。
「彼だ!」と確信し、「Excuse me. Yours?」と携帯を見せると「Oh ! Thank you !」と驚いた表情。無事本人に渡すことができた。

下船後すぐにグラスボトムボートで海中の魚、珊瑚礁を見た。
もう少し若かったら、絶対シュノーケリングをしていたのに!
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海中が無理なら空中!という訳でみんなでパラ・セーリングをした。
島に来る船中でツアー会社のスタッフに勧められ、「やろうか?」「やろう!やろう!」ということになったのだ。
私たちを含め5組10名、ボートに乗って沖へ。
それぞれライフジャケットを身に付け、2人1組で舞い上がる。
Kさん・Tさんは姉妹で、Zさんと私が最終組。他には金髪のカップル、日本人の若いカップル(ハネムーン?)、もう1組は金髪の女性2人で、揃ってかなりFATだった…σ^┰゜
「彼女たちがOKなら大丈夫よね。」と、小声でZさんと話した^皿^
順番を待つ間、小さなボートでさすがに酔ってきた。船で揺られているよりパラ・セールで舞い上がった方が遥かに快適そうで、早く飛びたかった。
ずいぶん昔バリ島で一度経験したが、その時は水上バイクが牽引し、ビーチで自ら助走して舞い上がり、着陸も砂浜に駆け下りるやり方だった。
今回は船尾に付いたシートがスッと舞い上がり同位置に戻るので、恐怖心は全くなかった。
防水カメラ以外船内持ち込み禁止だったことを後で知ったが、ストラップを手首に巻きつけ空中まで持参し、撮影した。
下船後クルーズの様子を収めたCDを販売していたので、乗客自ら撮影するのは営業妨害だったらしい。
道理で船内で撮る時、係員のお兄さんがふざけたふりしてレンズを覆ったりしていた。
CDはちゃんと共同で購入したのでお許しあれ。(左下印のある画像は購入CDより使用)
カモメになった気分で空から見るグリーン島、それを囲む巨大な珊瑚礁。挑戦して大正解だった。
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スリリングなパラ・セーリングを愉しんだ後、CDが出来上がる間を利用して水中観測室からも珊瑚や魚を観察した。
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長い桟橋を歩いてグリーン島上陸。
島の入口の一画にホテル、レストラン、土産物店、プールなどが集中していて、数分歩けば繁華な風景は尽き、うっそうとした密林に遊歩道が伸びている。
ちょうどお昼時。みんなでホット・ドッグと飲み物を買い、木陰のテーブルで昼食を摂った。
帰りの船は午後4時30分発。それまで別々に自由行動することにした。
別々にと言っても小さな島。小径を抜けてビーチに出ると、優雅に日傘をさしたZさんに会う。森の遊歩道を歩いていると、KさんTさん姉妹と合流する。
時計回りに森の中の遊歩道を歩いて行った。浜に出る小径が随所にあり、そのたびに出てみる。
シュノーケリングをしている人、ビーチバレーをしている人、昼寝をしている人、愉しみ方はいろいろである。
長編ミステリーでも読みながら、日がな寝そべっていたい感じだった。
人が少なくどのビーチも静かだった。しかしそれだけではない静けさが…、そうだ!珊瑚礁に囲まれているので打ち寄せる波音が無いのだ。
日差しが気になり、砂の上を歩くのに疲れると森に入る。そうして島を1周した。
ホテル前の広場に戻ると、Zさんはビールを飲みながら旅のしおりにメモしていた。Kさん、Tさん姉妹も戻ってきた。
どうやら島を完全1周したのは私だけらしい。
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クリックすると元のサイズで表示しますここで、自分にとってこの旅最大のアクシデントが!
ソフトクリームでも食べようかとバッグを覗いて、カメラが無いことに気づいた。
中身を全部出してみたが無い!最後に使ったのは…、広場の隅のベンチで画像確認した時だ。15分以上たっている!
走ってそこに行ってみたが無い。カメラ本体より、旅の初日からの画像を失うことの方がショックだった。
すると、「カメラを探しているんじゃないですか?」と背後から女性の声、しかも日本語で。振り向くと2人連れの女性がいた。
「絆創膏を貼ったカメラ、インフォメーションに預けておきましたよ。」
「ありがとうございます!」
シーフード・レストランで落としてから、バッテリーの蓋を絆創膏で留めて使っていた(現在もそのまま)。
取り急ぎインフォメーション・センターに駆けつけた。
「I lost my camera.」「O.K.」と係員がカメラを差し出した。「One dollar.」
「I see.」と財布を出すと、「No. Joke.」係員はニヤリと笑って渡してくれた。
冷静だったら落し物の引き取りが有料なのは変だと思っただろうが、無事戻った嬉しさで見事に引っかかった。でも愉快だった。気分は10ドル払っても惜しくなかった。
改めて届けてくれたお二人の所に戻ってお礼を言った。
「お礼にせめてビールかジュースでも。」
「いえ、もう船の時間なので。」
「同じ船です。どちらから?」
「広島からツアーで。」
戻ってきたカメラでお二人を撮ったが、ここを見てくれることはないだろう…。
どうもありがとうございました!
「船で携帯の忘れ物を届けたお返しよ。」三人に言われ、確かにそうだと思った。

桟橋で船を待つ間、三人の乙女は申し合わせたように同じポーズでグリーン島を見つめていた。その背中は同じ想いを語っていた。
船中で、カメラを拾ってくれたお二人がいないか見まわしたが見当たらなかった。
ビーチで立ち話した日本人青年も同じ船だと言っていたが、見当たらなかった。一期一会の縁。
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ケアンズに戻ると町は黄昏。俄かに旅の終わりを実感した。明日は日本に帰る…。
私たち4人だけと言いながら、港までの送り迎えをMさんにしていただき、トラブルの起きようがなかった^o^;

クリックすると元のサイズで表示します最後の夕食はMさんの手料理でグリルチキン。デザートのチョコレート・ムースも手作りだった。コアラのクッキーがさりげなく添えられ、器も和の食器を上手に使って、目にも舌にもmarvelous!
3

2010/1/25

ケアンズの旅 4日め早朝(テスとの散歩)  

クリックすると元のサイズで表示します今日はグリーン島観光。
早起きしたので、出かける前にテスと二度目の散歩をした。
これまで犬を飼ったことがなく、散歩させるのも昨日が初めてだった。
テスにもそれがわかっていたのか、散歩に連れて行くというより、彼女に近所を案内されたような感じだった。

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クリックすると元のサイズで表示しますこの辺りはジャングルの入口といった感じで、公園の看板にも世界遺産を示す「Wet Tropics World Heritage Area」の文字があった。
うっそうとした木々の間をバロン川の支流と思われる小川が流れている。
鳥のさえずりが聴こえたが、ワライカワセミらしき鳴き声はなかった。
(画像はMさん宅玄関ドアのガラス絵)

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散歩から戻ってくると、家の前にかわいいシャワー・カー(?)を牽引した車が停まっていた。
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クリックすると元のサイズで表示しますテスのシャワーの予約日だったが、私たちの訪問で曜日を間違えていたと、Mさんがホッとした表情で立っていた。
散歩を早めに切り上げてよかった!
テスは大喜びで跳び乗り、気持ちよさげにグルーミングを受けていた。
さっぱりして、いっそうきれいになったテス。

さあ、グリーン島へ。
港まではMさんに送っていただき、それからは初めて私たち4人だけで行動する。
大丈夫かな?


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2010/1/24

ケアンズの旅 3日め(アセトン高原)  

クリックすると元のサイズで表示します起床すると暖炉に火が入っていた。
朝食もベランダでいただき、残ったご飯をワラビーにあげ、コテージを後にした。
さあ、アセトン高原の観光スポットへ。
本日も天気晴朗、気分爽快。
Mさんのご主人の運転で終始快適なドライブだった。
車窓から石灰質の岩のようなものが目についた。シロアリの巣だとMさんが教えてくれた。大きい!と驚いたが、念のために調べてみると、オーストラリアには高さ3メートル以上のアリ塚もたくさんあるそうだ。
 
クリックすると元のサイズで表示します最初に訪れたのはミラミラ滝。
丸い滝壺を擁した優しい感じの滝だった。もっとも水量の少ない乾季だからかもしれない。
後日談になるが、12月にMさんからクリスマス・カードが届き、ここでみんなで撮った写真をマウスパッドにしたものが同封されていた。
滝の飛沫をバックに「白浪五人男」ならぬ「白浪五人女」の大見得。
Mさん、ありがとう! 愛用してます。

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次に行ったのがカテドラル・フィグツリー。
無数の長い根に囲まれて、人が何人も入って行ける空間ができていた。
写真右は、その中央部から真上を見上げたもの。
カテドラル(大聖堂)に見えなくもない。ガウディ建築の…。

クリックすると元のサイズで表示します次はバリーン湖。
火山によってできたカルデラ湖で、周囲の熱帯雨林も含めて世界遺産。
静かな湖面を遊覧船がのどかに走っていた。青い空と湖をバックにパウダーパフ(これもピッタリの花名)のピンクが綺麗だった。

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カテドラルと並んで有名なカーテン・フィグツリーへも行った。
まさにドレープたっぷりのカーテンのようで見事だった。
どうしてこのような形状になるのか、説明している看板があった。
辞書を片手にざっと訳すると、親木の高いところでイチジクの種が芽を出し(どうやら鳥の置き土産=フンに混じっているらしい)、最初の根が地面に向かって下って行く。
地面に根づくとさらに成長し、空中の根が親木に絡みつき、やがてはその木をstrangle(絞め殺す)し、腐らせてなぎ倒し、隣の木に移って同様に成長していったらしい。(誤訳でないことを願う。)

クリックすると元のサイズで表示します昼食をする店に向かう途中、「ピーナッツワールド」というお店、木工アートのギャラリーに立ち寄った。
写真はギャラリー。入口にあった人形が可愛くてデジカメに収めた。
髪は使い古しのブラシ、目は豆電球、ピアスは窓の鍵、足はスケボー。

クリックすると元のサイズで表示します昼食はスカイバリーコーヒー園。
広大な景色を望むテラスで、美味しいコーヒーとサンドイッチ。
考えてみたら食事はほとんど屋外で食べている。なんとも気持ちいい。

クリックすると元のサイズで表示しますMさん宅に戻って来たのは午後3時過ぎだった。
夕食は女性5人でシーフード・レストランへ(ご主人はお留守番。スミマセン!)。
出かけるまでに時間があったので、テスを散歩に連れて行った。
私たちが訪問して、日課の散歩をしてないようで申し訳なかった。
Mさんが首輪にリードを付けると、テスは大喜び。
しかし、私がリードを持つと戸惑った表情に。
「ごめんね。大好きなMさんじゃなくて。」
散歩は翌朝もしたので、そちらでまとめることにする。

シーフード・レストランでも数人の日本人の男女が働いていた。
ロブスター、生ガキ、ホタテ、魚、サラダ…、どれも美味しかった。
この時デジカメを床に落として、バッテリー、SDカード装填部分の蓋が壊れ、画像があまりない。
ほとんど食べ尽くした皿で恐縮だが、注目していただきたいのは皿が載っている透明の台。
上に料理の皿(滑り落ちないようにゴム製のストッパーが付いていた)、下にエビや貝の殻を入れる皿が置け、卓上がすっきりしていた。
日本の居酒屋などにもあるのだろうか?

明日はグリーン島観光。チケット・ビューローで往復乗船券の購入を済ませた。

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2010/1/23

ケアンズの旅 2日め(コテージ泊)  

アセトン高原は標高が高いだけにいくらか涼しかった。
(サイトでは「アサートン高原」と表記しているが、「アセトン」の発音がより近いということなのでそうする。)
そろそろコテージに着くという辺りで、何が原因だか道路の片側を塞いで一本の木がなぎ倒されていた。
これがその日の夜をドラマチックに仕立て上げる名演出家だったことを、私たちはその時知る由もなかった。

山小屋風のコテージは、うっそうとした森の中、専用ゲートを開けてさらに奥まった所にあった。

クリックすると元のサイズで表示します私たちを迎えてくれたのは、野生の七面鳥とワラビーだった。
人を怖がらず、備え付けの餌を撒くとすぐ近くで食べる。
右端の画像は夕食後にベランダに上がってきたワラビー。
接写できるほどに、掌から餌を食べるほど近くに寄って来た。

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コテージは洗濯室も完備しているくらいだから(玄関写真の左のドア)、2泊以上でなければ借りられないらしい。どうやらそれをMさんが交渉して特別1泊OKになったようである。感謝!
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裏手には川が流れていて、運がよければカモノハシに出会えるそうだが、残念ながら現れてくれなかった。

夕方到着したので、さっそく夕食の支度に取り掛からなければならない。
Mさんのご主人が運び込んだクーラーボックスには、ご飯、味噌汁、ふるさとの味チキン南蛮、サラダの材料が入っていた。
ところがここで問題発生! 電気が点かない! 停電である。
部屋の明かりはもちろん、炊飯器も使えない。ガステーブルの種火も電気である。
もしかしてあの倒木が電線を切断したのかも…。
管理人に問い合わせると果たしてその通りで、復旧に時間がかかるとのこと。

クリックすると元のサイズで表示しますしかし手をこまねいて待つのではなく、工夫して行動するのが主婦である。
Tさんは、普段からお鍋でご飯を炊いているのでまさに本領発揮。
暮れなずむ中、ありったけの懐中電灯とろうそくで手元を照らしながら、予定のディナーは滞りなく完成。(Tさんにいただいた画像使用)

今夜も食事はベランダで。
車の音も人家の明かりも全く届かない隔絶された森の中、ろうそくを灯しての食事はむしろその時その場にふさわしかった。
旅の思い出は、こういうアクシデントこそ印象深く忘れないものである。
私たちは大いに停電を愉しんだ。
そろそろ食事が終わる頃、電気が復旧した。

クリックすると元のサイズで表示します夜が更けてくると夜気は涼しさを超えて肌寒かったが、上着を着込み、ハンモックにミノムシの如くくるまり、Kさんとベランダで語り合った。
この年になると、話題は「来し方行く末」である。
2

2010/1/22

ケアンズの旅 2日め午後(クランダ村・スカイレール)  

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クリックすると元のサイズで表示しますクランダ村では蝶園を見学後、全員解散してショッピングタイム。
メインストリート沿いにお土産店がひしめきあっていた。
民芸品の店であれこれ見ていると「何かお探しですか?」ときれいな日本語。
振り向くと日本人の若い男性店員だった。ここでも働いていた。
買い物後、みんなと合流してレストランで昼食。

今夜はここからさらに山を上ったアセトン高原のコテージに泊まるのであるが、一旦下山する。
なぜって? 鉄道と並ぶ名物乗り物スカイレール(ロープウェイ)に乗るからである。

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スカイレール駅は鉄道駅のすぐ近くにあった。
ケアンズ〜クランダ往復で鉄道とスカイレールを片道ずつ利用するなら、私たちがそうしたように(というよりMさんがコーディネートしたように)上りを鉄道、下りをスカイレールにするのが大正解。
世界遺産の広大な熱帯雨林を眼下にゴンドラに揺られ、いくつかの尾根を過ぎ、いきなり目に飛び込んできた海と森の大パノラマは圧巻だった。
どうやらMさんは高所恐怖症らしく、進行方向に背を向けて終始手すりを掴んでいた。
Mさん、苦手なことにおつきあいいただいてすみませんでした!
スカイレールも途中に2駅あって、下車して遊歩道の先の展望台、熱帯雨林情報センターを見学。それらを含めて1時間ほどで麓のカラボニカ駅に着いた。
駅には今夜の食材、私たちの一泊の荷物を積んだ車で、Mさんのご主人が待っていてくださった。

駅での朝食、観光ポイントを網羅した順路、そして高原コテージ宿泊の予約。
Mさんのきめ細かなプランニング、ご主人を巻き込んでの至れり尽くせりの配慮に恐縮至極、感謝の至りだった。
さあ、再び車で山を上り、クランダ村を通過してアセトン高原へ。

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2010/1/21

ケアンズの旅 2日め午前(クランダ鉄道)  

クリックすると元のサイズで表示します2日めの10月25日。
今日はMさん宅のベランダから見える山に列車で上って行く。
午前8時過ぎに山麓にあるクランダ鉄道フレッシュウォーター駅へ。(各サイトは「キュランダ」と表記しているが、「クランダ」の発音がより近いということなのでそうする。)

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駅は、構内がそのままおしゃれなレストランになっていた。
Mさんが「今日の朝食はここで」と予約してくれていた♪⌒μ⌒
両サイドに古い寝台車輛があり、1輌は厨房に、もう1輌が個室レストランに改造されてある。
2人の陽気な女性係員が窓から料理を運び入れ、テーブルに並べてくれる。
品数が多くて載りきれないので、私たちは2室に分かれて優雅に朝食をいただいた。
しかし、量が多くて残さず食べるのが大変だった。
トーストがあるのに目玉焼き(しかも2つ!)の下にも薄切りトースト。優に2人分はある。シリアルもあったし…(それは食べずに持ち帰った)。

クリックすると元のサイズで表示します発車時間まで時間があったので、駅舎の隣のミュージアムを覗いた。
山岳鉄道の敷設がいかに大変な工事だったかよくわかる。
ふと、廃線になったふるさとの高千穂鉄道とダブった。
同じように山を穿ち、渓を渡る難工事で敷かれた鉄路だった。
それだけに景観は変化に富んで素晴らしかった。
今更ながら廃線が悔やまれる。
クリックすると元のサイズで表示します列車が静かにホームに入ってきた。
「列車が来ます。白(黄)線の内側に下がってください」というかまびすしいアナウンスも、耳をつんざくようなけたたましいベルも一切ない。看板で告知しているだけである。それでも全く問題ない。
さあ出発進行。
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列車は急勾配を快適に上って行った。
ビューポイントはバロン滝とストーニイクリーク。
ストーニイクリークでは停車し、乗客は車外に出て見学することができた。
乾季なので滝の水量が少なくて迫力に欠けるとMさんが言っていたが、それでもダイナミックな景観だった。
クリックすると元のサイズで表示しますおしゃべりと車窓の風景に夢中で1時間半があっという間、列車は山上の終点クランダ駅に到着した。



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ジャングルによく似合う牽引車輛。
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2010/1/20

ケアンズの旅 初日  

クリックすると元のサイズで表示します入国審査に足掛け2年もかかってしまった…´Д`
――そんな訳はない^o^; 
昨秋の旅で今更の感もあるが、やはり一応まとめておくことにしよう。

空港には早朝にもかかわらずMさんが迎えに来てくれ、彼女の車でまずはご自宅へ。
熱帯特有の木々に囲まれたとても素敵なお宅!
高い天井にはシーリングファンが回り、大きな窓でとても開放的。室内はもちろん靴のまま。
Zさん、KさんTさん姉妹、私とそれぞれの部屋に案内され、ホテルさながら!
荷を解いて(Zさんゴメン!あなたの部屋の画像を使いました)、朝日の当たる北向きの(南半球だから)広いベランダでおいしい朝食をいただいた。
クリックすると元のサイズで表示しますそのベランダに悠然とした佇まいでいたのがMさんの愛犬テス。
Mさんは謙虚に「愚犬」と紹介していたが、本当に賢くてお行儀よくて、滞在中ずっと感心しっぱなしだった。
レディだそうで、四肢が長く凛とした姿が誰かに似てる…と考え、ミラ・ジョボヴィッチの雰囲気と重なった。


さあ、Mさんの案内で市内観光へ。
海岸通りを散策し、マーケットを見て回った。
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クリックすると元のサイズで表示します クリックすると元のサイズで表示します
美味しそうなナッツ類やフルーツ、野菜などが溢れていて、見て回るだけでも楽しい。
地元の人たちは、気候のせいもあるが思い切りラフな恰好をしている。
カラフルなサマードレスの老婦人をパチリ。

クリックすると元のサイズで表示します昼食はいろんなお店が入ったビルの一画にある回転寿司で。
「いらっしゃいませ!」と若い日本人女性がカウンターに案内してくれた。
ワーキングホリディーで働いているのか、後日行ったシーフードレストランでも、グリーン島でも多くの日本人の若者が働いていた。みんな元気よく、溌剌としていた。

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通常のにぎりや軍艦巻きももちろんあるが、地元オリジナルのお鮨が目を惹いた。
チーズやマヨネーズやアボガドなども使って、とにかく一皿のボリュームがすごい!
因みに右端の名前は「ボルケーノ」。なるほど、火山の噴火に見える。

クリックすると元のサイズで表示します午後は市の郊外にある動物園に。
オーストラリアと言えばコアラとカンガルーは定番。
夜行性のコアラはどれもユーカリの幹や枝に上手につかまってお昼寝中だった。
1頭目覚めているコアラをパチリ。でもやっぱり眠たそう。
カンガルーは柵なしに餌をあげられたが、たくさんの観光客からもらいすぎて食傷気味の様子だった。
もうひとつの定番、巨大ワニのアリゲーターのショーもあった。
しかし、炎天下で肉のお預けが長すぎてちょっとかわいそうだった。

クリックすると元のサイズで表示しますMさん宅に戻ったのは4時頃だったろうか?
「夕食まで休んでて」とMさんに言われ、みんなそれぞれの部屋でひと休み。
Mさんだって早起きして、私たちを案内してお疲れのはず。
夕食の準備を手伝おうとエプロンも持参したのに、ベッドでグーッと伸びをしたらそのまま眠ってしまっていた。
目を覚ますとすでに日は暮れていて、BBQは出来上がり、ご家族やお友達のお客様もいらしていた'_';
英語での交流を、というMさんの配慮だったかもしれないが、挨拶が精いっぱい。
こんな時英会話ができたらと痛感する。これまで何度決意し、何度挫折したことか。
この時も決意した。しかし現在すでに挫折している。

ライトを抑えたベランダでの皆さんのもの静かな語らいは、ただ聴いているだけでなんとも心地よかった。
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