中国では「一命二運三風水、四積陰徳五読書」と古くから
伝えられており、一般的にも人口に膾炙しているらしい。
その意味はというと「生得の命運が良ければ、たやすく科挙
などに合格して財や名声を得るが、命運が悪ければ、いくら
上手な文章を作って科挙に臨んでも合格はおぼつかない」と
言うようなものらしい。さらに言うと、良好な命運があり、
さらに積極的に陰徳を積むような人物は人相上も優れた特
徴を持つようになり、科挙の及第どころか人生も思うよう
になるということだ。
さて、昔の科挙の試験会場の入り口には二本の長い旗を高く
掲げて立ててあり、ひとつは赤色、ひとつは黒色であった
ということだ。この旗は「恩仇旛」と言い、科挙に臨む受験
生が平生どんな善事または悪事を働いているかにより、その
恨みや恩に報いる霊たちがこの旗の下に集会するというので
ある。
試験の監督官たちは、考試を開始する前には必ず天地を祀り、
この二本の旗を供養する儀式を執り行ったのであった。だか
ら、大方の日ごろから品行の悪い受験生などはこれを見て
恐れ、霊におびえつつ、びくびくしながら試験を受けたと
いうことだ。まぁつまり、恨みを持つ幽霊たちや恩に報い
たい幽霊たちには絶好の機会を与えるものとなったらしい。
清代の嘉慶年間のことである。広東高州府茂名県に呂継端と
いう人がおり、彼はすでに科挙に選抜され、3年に一度行わ
れる科挙試験を受けるために北京へ赴くことになった。
その途中、江西省の南昌のあたりで西門外の旅館に宿をとっ
て休むことにした。夜半に床に就き、うとうとしていると、
忽然と隣の部屋から泣き声や嗚咽する声が伝わってきた。
その声は異常な悲しみを帯び、夜明けになっても止むことが
なかったのである。
呂は、お陰で一晩中眠ることが出来なかったので、夜が明け
るとすぐ、その原因を究明したのである。すると、どうも
昨日、隣の部屋に父娘がふたり泊まっていたのだが、その父
親が突然昨晩亡くなってしまったというのである。娘はその
ために泣いていたのだが、さらに旅行中のことゆえ父親の棺を
調え、葬儀をいとなむ金銭も無いとのことであった。
この話を聞いた呂はひどく同情し、勢いで手持ちのほとんどの
旅費…数十両をその女に与えてしまったのである。
呂はもちろん良いことを為したと思ったが、部屋へ帰ってはっ
と気がついて後悔したのは当然のことである。何せ、科挙を
受ける為の大事な旅費をほとんど与えてしまったのであるから。
ただ、済んだことはもう仕方が無いので、何か方法を考えよう
と、その日は朝食を済ませてから町をぶらぶらしたのである。
が、このようにして数日が過ぎたが、やはり良い方策は思いつ
かなかった。
―― つづく ――

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