西遊記にちりばめてある詩の中には、悟空・八戒・
悟浄それぞれにその生い立ちや由来などを妖魔に
語って聞かせる、名乗りとも言うべき詩文がある。
これを読むと、道教の金丹道で用いる用語がたくさん
出てきて興味深い。悟空のものは、本文中ですでに
生い立ちなどを紹介しているのでかなり省略的である
が、八戒・悟浄のものなどは結構丁寧に語っている
ので面白い。
【出典は前と同じ、平凡社奇書シリーズ「西遊記」
からである。】
まず、悟空の名乗りの詩を省略して挙げてみよう。
『(我こそは)おさなきより生まれつき手段高く、
風に随いて変化し気は英豪、霊台山上の老仙長、
我にしめす長生の路一条、かれは説く、身内に
丹薬あり、外辺に採取するはいたずらに徒労
なりと、大品の天仙の訣を伝えられるるを得る
も、もし根本なくんば実にこらえ難し、回光、
内に照らして心を寧んじて坐し、身中、日月
坎離交わる、万事思わず全く欲寡く、六根清
浄にして体堅牢なり。― 後略 ― 』
次に八戒の名乗りの詩では、
『(我こそは)おさなきより生まれついて心性
つたなく、閑を貪り懶を愛し休歇するなし、
かつては性を養いかつ真を修めず、混沌として
心迷い日月をすごす、
忽然として閑裏に真仙に遇い、ただちに丹経を
座下に説く、我に勧む、心を回し凡に落ちる莫れと、
天関ならびに地闕を指示す、九転の大還丹を伝え
らるるを得て、工夫昼夜、時としてやむなし、
上は頂門泥丸宮に至り、下は脚板湧泉穴に至る、
腎水周流して華池に入り、丹田補い得て温温として
熱し、嬰児と[女宅]女とを陰陽に配し、鉛汞
相投じ日月を分かつ、離龍坎虎をもって調和し、
霊亀は吸盡す金烏の血、三花聚頂して根に帰する
を得、五気朝元してすべて透徹す、功まどかに
行満ちて却って飛昇し、身は軽く体は健やかに
金闕に朝す、玉皇は宴を設け群仙を会し、各々
品級を分かち班列を排す、勅して元帥に封じ、
天河を管し、すべて水兵を督して符節を称す
―後略― 』
次に悟浄の名乗りの詩では、
『いとけなきより、生まれつき神気さかんに、
乾坤万里、かつて遊蕩す、みな道を学び天涯を
訪れしにより、ひごと心神いささかも放たず、
一朝、縁到りて真人に遇い、大道を引き開いて
金光あかるし、まず嬰児と[女宅]女とを収め、
のちに木母と金公を放つ、明堂の腎水、華池に
入り、重楼の肝火、心臓に投ず、三千功満ちて
天顔を拝し、志心朝礼して華向を明かにす、
玉皇大帝すなわち陞を加え、親しく封じて
捲簾大将となす、 ―後略― 』
ざっと見てみると、八戒の詩文が一番詳しく得仙の
様子をあらわしているようにも思えるが、共通項や
練丹の用語をつなぎ合せてみると面白いかも知れない。
まぁ、これだけでは潜在的な資料が少ないが、西遊記
中に散見する詩文を出来るだけたくさんピックアップ
してそれを基礎資料と研究して見ると、何か金丹道の
口訣のようなものが出現するかもしれない。
…もちろん、出現しないかもしれないが。(;^_^A

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