つい今しがた、ある人がメールでご利益に関して
質問をされた。答えになるかどうか分からないが、
以前銭老師が私にしてくれた話をひとつ。
昔、ある親孝行な息子がいた。母一人子一人で、
つつましく暮らしていたが、ある時その母親が
急な病を得て亡くなってしまった。
葬儀を済ませたあと、しばらくして母親が
夢枕に立った。「私は生前に善根功徳を積む
機会に恵まれず、功徳が少なかったために、
未だ幽冥界をさまよい、投胎して次の生に
生まれ変わることが出来ないでいる。おまえ、
できることなら、僧侶を頼んで供養しておくれ。
そうすれば、きっと私はその功徳で生まれ
変わることができるだろうから。頼んだよ。」
と言うのだった。
親孝行な息子は、矢も盾もたまらず、近くの
仏閣にもうで、数人の僧侶を招いて、丁寧に
何日間か供養をしてもらった。そこで、これで
母親も転生できるだろうと、安心していたの
である。
ところが、また母親が夢枕に立って言うには、
「あぁ、息子よ。お前が頼んで供養してくれた
のはいいが、あのお坊さんたちは修行が足りず、
私はほとんど功徳が得られなかった。どうか
もっと徳の高いお坊さんに頼んで供養してもらう
ことはできないかい。」
夢から醒めた息子は「おぉ、お母さん、すみま
せん。今度は徳の高い有名なお坊さんに頼んで
すぐ供養してもらいますから。」と心に誓うの
であった。
そして大変苦労して、徳が高いと有名なお坊さ
んを捜し当て、その高僧に会うことを得て、頼み
込んで母親の供養をしてもらうことに成功した。
息子はこれで母の後生は大丈夫だと安心して
いたのだが、また母親が夢枕に立って言うよう、
「息子や。あのお坊さんは世間では徳が高いと
有名らしいが、神仏の世界から見ると、全然
修行が足りないみたいなのだよ。せっかくお前が
苦労し、大金を積んで供養してもらったのだが、
ほとんど功徳がいただけなかった。未だに以前
と変わらない境遇なのだよ。」
さらに続けて、
「実は、うちの村から7つの山と谷を越えた
A村のはずれ、B山のふもとに住む、O大師と
いう方の徳は非常に高く、この方に拝んでもら
うと、良い転生がかなうと、こちらの世界では
評判なのだよ。どうだろう?この人にお願いして、
私の供養をしてくれるように頼んでくれないかい。」
夢から醒めた息子は、「なるほど。A村のはずれ、
B山のふもとのO大師か。早速行ってみよう。」と、
すぐに旅支度をして出かけたのであった。
七日ほどかけて、息子はA村に到着し、徳の高い
有名なO大師を捜した。ところが、村人はそんな
徳の高いお坊さんは見たことも聞いたこともない
と口々に言うので「B山のふもとに住んでいる
偉い方なのですが…。」とさらに尋ねると、村人は
「ふ〜む。B山のふもとには確かにOさんという
人がひとりで住んでいるけど、坊さんでもなく、
普通の人だよ。」と教えてくれた。
そこで息子は「あぁ、きっとその人だ。私、直接
会いに行きますので、道を教えてください。」と
村人たちに頼んだ。が、村人は「はぁ、まぁ道は
教えるけど、どこにでも居る、普通の人だよ。
期待しない方がいいよ。」と答えつつも、親切に
道を案内して途中まで送ってくれたのである。
Oさんが住む家は村からかなり離れており、道中は
かなり難渋したのであるが、息子は母の供養をどう
してもO大師に頼まなければという一心で、やっと
の思いでたどり着いた。
で、一人暮らしのOさんに、とうとう会うことが
できた。が、村人の言うとおり、どこからどう見ても
普通のおじさんであった。しかし、苦労してせっか
くここまで来たのであるからと、訳を話し、「お願い
です。どうか私と一緒に自宅まで来て下さい。そし
て、母の位牌の前で供養をお願いします。」
「いやぁ、私なんか何の修行も積んでいないただの
おじさんですよ。念仏ぐらいは唱えますけど。」と
辞退して、承知してくれなかった。困った息子は、
本当にこの人がO大師なのか?と疑いながらも、
母親の夢のお告げを信じたいと思い、「どうか、
お上人様、お願いいたします。母親の供養に来て
ください。」と何度も叩頭して頼んだ。息子の
額から流れる血を見て、Oさんは、「わかりました。
では、あなたと一緒に供養しにでかけましょう。
でも、私のお経は短いですけどいいですか?」
と答えたので、「もちろんですとも、うちに
来ていただいて供養していただけるだけで有難い
ことです!」と喜んだのであった。
それから一週間後、息子とOさんは家に着いた。
そして、Oさんは案内されて母親の位牌の前に進み、
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
と念仏を三回唱えた。「じゃあ、供養は済んだ
ので私は帰ります。」と言って、引きとめようと
する息子を尻目に、一人でさっさとA村に帰って
しまったのである。
あんなに苦労して探し出した人ではあるうえに、
普通の人と変わらないおじさんだし、しかも念仏
三回とは…。息子の落胆は大きかった。
ところがその晩、また母親が夢枕に立った。そして
「息子よ、ありがとう。お前がO大師をお連れでき
たことは奇跡に近く、さらに念仏を三回もいただけた。
お蔭で私は功徳円満して、幸福な次の転生を約束
されたよ。本当にありがとう。」
と光り輝く姿となって、天上へ消えて行ったので
あった。Oさんは隠れた悉地成就者であったのだ。

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