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連合艦隊司令長官 山本五十六

69年前の12月8日 真珠湾攻撃により太平洋戦争が勃発せた

米国開戦に反対の立場ぢゃった山本五十六連合艦隊司令長官

ぢゃが 軍部によりの開戦決定の命を受け 真珠湾攻撃の立案

をする 元々山本五十六連合艦隊司令長官は巨砲軍艦絶対主義

でなく 航空機による機動性を重視した考えであった


欧米独及び帝國海軍含め 巨砲軍艦主義が絶対で航空機主体の

機動部隊などで 戦艦が沈むことは無いと考えられていた

山本五十六連合艦隊司令長官は 戦艦大和の建造にも反対

しちょった

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真珠湾攻撃には 当然航空機における水雷と艦爆を中心に

山本五十六連合艦隊司令長官は考えた しかし真珠湾は水深が

平均12mしかない その当時の航空魚雷は水深がネックになり

新型の浅沈魚雷が開発された そして鹿児島県で超低空から

魚雷を発射する訓練をし 超低空からの魚雷発射が可能になった

その結果航空機による攻撃だけで 沈没 戦艦4隻・駆逐艦2隻

大破 戦艦5隻  損失航空機 陸軍機224機・海軍123機

となり これより制空権重視の考え方が常識になり現在に至ちょる

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昭和18年4月 前線視察のため訪れていたブーゲンビル島上空で

アメリカ軍に通信文を傍受され 山本五十六連合艦隊司令長官を

乗せた一式陸上攻撃機が アメリカ陸軍航空隊カーチスP−38戦

闘機に撃墜され 山本五十六連合艦隊司令長官は戦死した

現在の航空母艦中心の機動部隊という戦略は まさに真珠湾攻撃

から大きく主戦になってきた


http://genesis-ot.jp/index.html

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投稿者:監督
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