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黄海海戦

明治27年・・・1894年8月1日 日清両国の宣戦布告後

清の李鴻章の戦争戦略は 持久戦と欧米列強諸国の介入により

戦争を終わらせるというもの 虎の子の北洋艦隊は温存するのが

大方針 山東半島の頂点と鴨緑江口を結ぶ線から 東方の海域

には出てはならぬと厳命した 清国艦隊は日本艦隊より速力が

遅いとの認識による このため日本側の望む艦隊決戦は生起

しない状態・・・・・丁汝昌の北洋艦隊は 9月16日に大連湾から

大東湾に向かい 平壌への増派の輸送を護送 17日は大弧山沖

で戦闘訓練を実施していた

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9月17日 両国海軍が遭遇し ついに日本の連合艦隊対 清国の

北洋艦隊の大海戦が行われた 

午前10時過ぎ 日清両艦隊は互いに敵を発見し 相手に接近

しつつ戦闘の準備に入った 当時の軍艦は戦闘時でも発揮速力は

せいぜい10ノット内外 日本側の艦隊速力は最大で14ノット程度

清国側は機関整備不良により7ノット程度 そのため両艦隊が

相手を発見してから戦闘距離に到達する時までは2時間ちかくも

あった 12時50分距離6,000メートルを切り 清國の定遠が

第一弾を発射するが命中せず 日本側第一遊撃隊は5分後 距離

3,000メートルで砲撃開始

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戦術・熟練度・兵器の性能が 遥かに清国を上回る連合艦隊は

17時40分に海戦が終了するまでの間に 清国の超勇・致遠

経遠が沈没 広甲・掲威が座礁 定遠・鎮遠・来遠は大破 残る

靖遠・済遠・平遠・広丙は 修理を必要とする状態となった

一方日本側は 比叡・赤城・西京丸の3隻が大破 本隊旗艦の

松島も 左舷前部の砲台に命中し戦列から離脱 他の戦闘艦には

ほとんど損害なしという結果になった

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当時は飛行機は存在せず制空権はない だが制海権を清国は

失った・・・・・

あれから120年 尖閣列島で中国が領有権を主張し 危機を

煽っちょる 平和的に解決しなければならんが 万一の備えも

必要ぢゃ 兵器性能・熟練度・作戦遂行能力に長けた自衛隊・・・・

政府・国民が弱腰にならず 毅然とした対応が求められちょるかも

知れん


http://genesis-ot.jp/
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投稿者:監督
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