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仁丹

時は明治半ば その頃の日本は 医療の貧しさから 風邪や

食あたりでも命を落とす人が多くあった 森下博は万病に効果が

あって飲みやすく 携帯・保存に便利な薬は作れないかと考え 

新しい総合保健薬の開発に着手した

ヒントになったのは1985年(明治28年) 日清戦争後に台湾に

出征した博が目の当たりにした現地で常用されている丸薬 帰国後

博はまず大阪の道修町(どしょうまち)に通いつめ 知識と経験を

生かして和漢の生薬原料を取り寄せた

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日本は勿論 世界の人々に幾百年も愛され続ける商品を その

思いで原料の品定めから取り合わせ 調合法まで工夫に工夫を

重ねた さらに当時の薬学の権威からアドバイスを受け 三年の

歳月をかけてようやく仁丹の処方を完成させることができた 

主要な成分はカンゾウ・アセンヤク・ケイヒ・ワケイヒ・ウイキョウ・

ショウキョウ・チョウジなど十数種類 道修町の生薬問屋から選り

すぐった最高品種ばかりだった

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1904年(明治37年)丸薬製造のメッカとして知られていた越中

富山へ博は単身で赴いた 大量生産の丸薬製造方法を学び 

優秀な製丸士を採用することが目的 何日も泊り込み 何軒もの

丸薬製造会社を実地見学し製丸機を試した そして一ヵ月 博は

ついに最新の製丸機とすぐれた製丸士数名を引き連れて帰阪 

道修町の店舗内でいよいよ本製造を開始することとなった

最初の仁丹は粒の大きな赤い丸薬 携帯性・保存性を高めるため

表面をベンガラでコーティングし 赤大粒仁丹として完成させ

1905年(明治38年)ついに発売にこぎつけた

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現在機械化された工程から生産されているのは 1929年以来

およそ90年の歴史を持つ銀粒仁丹 カンゾウ・アセンヤク・

ケイヒ・ウイキョウ・ショウキョウ・チョウジ・アマチャなど

生薬は良品を厳選 それら原料を微細に粉砕したものを製丸機に

掛け 熟練工の手によって粒の大きさや丸みを調整 機械化

されたとはいえ原理は創売当時とまったく同じ方法 さらに

均一な粒は4日間という時間をかけじっくり乾燥させ 味を

壊さず芯まで乾かしている 

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形状の選別や異物の検知などを経て 合格したものだけを銀箔で

コーディング 厳しい品質管理のもとで 1粒の銀粒仁丹が

出来上がるまでに およそ8日という時間を要する 多くの

工程を機械化してもなお 手間ひまのかかる製品なのだ


http://www.genesis-ot.jp/


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投稿者:監督
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