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煙管

世界にタバコが広まったきっかけは コロンブスの新大陸発見

(1492年)だと言われちょります 日本にタバコが伝来した時期

については諸説あるが 16世紀後半には日本にあったとか……


日本で一番初めにタバコの種をポルトガル人宣教師から受け

取ったのは徳川家康

家康が江戸に幕府を開く2年前の1601年(慶長6年) スペイン

のフランシスコ会の宣教師ヘロニモ・デ・ヘススが家康に謁見し 

タバコの種を献上したのが記録に残る最古のものといわれている

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それからほどなく 国内でもタバコの栽培がおこなわれるようになり 

慶長17年(1612年)には徳島県でたばこが栽培され 国産

たばこによる「刻みたばこ」(葉たばこを細かく刻んだもの)が登場

その時代では紙巻タバコなど無く 煙管(キセル)ちゅ〜道具を

使って タバコを吸うのが主ぢゃった

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そして江戸時代を経て 明治5年(1872年)に紙たばこが商品化

されるまでは キセルは唯一の喫煙具として欠かせないものであった

かつてキセルは おもに会津・東京・京都 それに燕で作られて

おり 昭和4年には燕で190戸(390人)がキセルを作っていた 

当時の燕の人口は1万2,000人(約2,100戸)ほどで 

約20%の410戸が金物づくりをしており 戸数では金物づくりの

半数近くがキセルを作っていた 

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それもそのはず 燕でのキセル作りは古く その始まりは明和年間

(1764〜72)とも安永年間(1772〜81)ともいわれ

少なくとも200年の長い伝統がある ぢゃが時代の流れで禁煙が

推奨され 相次ぐタバコの値上げで 喫煙率が下がるとともに

キセル文化も衰退していって 今では煙管を作る職人さんは

かなり少なくなってきている

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死んだ親父もキセル愛好家で その頃販売されちょりました両切り

の光ちゅ〜煙草を半分にカットし キセルで吸うちょりました

今は判らんが 当時は刻みタバコもあった様ぢゃが 紙巻タバコ

を日頃吸ぅちょりました関係上 両切り半分で楽しんぢょった

んぢゃろぅと思います


http://www.genesis-ot.jp/
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投稿者:監督
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