今日はカミさんの買い物に付き合わされた。
メガネのレンズ屋にいくことになり、四谷まで出かけた。
1時間以上も車の中で待たされた。
天気もよくちょうどいい気温で、読みかけの本があったので苦にはならなかった。
そうして家に帰る途中でスーパーによって食料品を調達。
そのまま家に帰る筈だったが、カミさんは二子玉川の高島屋でメガネのフレームを見たいと言い出した。
付き合ったらまた長いこと待たされると思ったので、
「駅まで送っていくから、先に帰ってる。」
とした。
駐車場に着くと携帯が鳴った。
カミさんからだった。
「もう着いた?悪いんだけどさ、Tさんの家に蜂が入っちゃったらしいの。
奥さんが怖くてたまらないんだって。今日はご主人が留守らしいの。
うまく捕まえて処理してくれない?」
暗黙の「断るわけないよね?」の一方的な話だ。
「なんで俺がやらなきゃならないの?」
「Tさんのところにはいつもお世話になってるんだから早く行ってね。
奥さんと娘さんしかいないんだから。
そう言っておいたから!」
そう言って電話を切られた。
もう行くしかないじゃないか!
ウチのカミさんは強い。
ゴキブリをティッシュ1枚ですんなり捕まえる。
俺は虫は嫌いだ。
小学校の時に網戸に止まっていたクワガタを電気を消して暗くして、
忍び寄って捕まえたらゴキブリだった。
それ以来、虫は嫌いだ。
また、小学校の時に家のベランダで柵の隙間から足を垂らして座っているときに蜂に刺された。
しかしこの年になって怯んではいられない。
確かに同じマンションのTさんには日頃お世話になっている。
しかしウチの子の情報では、ウチのカミさんとTさんの奥さんとの会話の中で俺について良からぬ話題が度々でているらしい。
世の中、こんなもんだ。
一旦家に帰り、殺虫剤を探す。
無い・・・。
しかたなくTさん宅に向かう。
ウチの次男が一足先に着いていた。
「パパ、早く着てよ!今まで僕が見張ってたから。」
冗談じゃないぜ、お前も中学1年になったんだからそれくらいのことはやれよ・・・そう思った。
「すいませ〜ん。なんか洗濯物と一緒にはいっちゃったみたいなの。」
これだけ寒くなったのに本当に迷惑な蜂だ。
「いえいえ、全然構いませんよ。」
そう言ってTさん宅に入った。
「けっこう大きいんですよ。」
まさかスズメバチじゃないだろうな。
ウチの子
「こっちだよ、こっちだよ!」
如何にも楽しそう。
蜂はリビングの木製のアンティーク風シャンデリアの上の方にとまっていた。
3〜4センチはありそうだ。
スズメバチではない。
叩いたら照明が壊れそうだ。
ウチの子と同級生のTさん宅のお嬢さんが
「Yくんのお父さんが来てくれてよかった。」
と微笑んでいる。
・・俺は来たくなかったんだよ・・。
とりあえず新聞紙をもらって丸めた。
「掃除機を貸してください。」
奥さんが持ってきた。
Tさん宅は暑かった。
外から帰ってきたばかりだったので汗がでている。
まるでビビって冷や汗をかいているみたいだった。
気にすると汗は止まらない。
掃除機のスイッチを入れようとボタンを押してると、
「スイッチはここですよ。」
と奥さんに教えられる。
「とりあえず危ないから外へ出ていてください。」
そう言った。
万が一、蜂に攻撃されてパニックになるところを見られたくは無い。
見られているとやりにくい。
「じゃあ、みんな外に出ていようね。お願いします。」
奥さんがそう言って皆がリビングを後にした。
しかし、ドアをほんの少しだけ開けて様子を覗っている。
やりにくい。
ここまできたらしようがない。
掃除機のパワーを最大限にしてホースの先端を蜂に近づけていった。
蜂と目が合ったような気がする。
怒っているようだ。
意を決してホースを近づけた。
入った!
見事、蜂が掃除機に吸い込まれた。
この寒さで蜂も弱っていたのか?
掃除機のスイッチを入れてから時間にして1分足らずのことだった。
これで男としての、父親としての威厳が維持できたような気がする。
その後適当に丸めたティッシュをいくつか掃除機に吸わせた。
これで完璧だろう。
「奥さん。終わりましたよ。」
平然と伝えた。
「ありがとうございます。」
奥さんがリビングへ入ってきた。
汗が止まらない。
「本当に入りましたよね?」
まだ安心できない様子だ。
奥さんは予め用意していた殺虫剤をホースをはずした掃除機の吸引口に執拗に噴射した。
俺はホースの中を一応確認した。
「本当に入りましたよね?」
奥さんはまた訊いてきた。
「100%入りました。この目で見ましたから。」
「掃除機の紙パック、捨ててもらえます?」
レジ袋を奥さんが持ってきた。
まさか出てこないだろうな。
恐る恐る紙パックを外しレジ袋に入れた。
「これでよいですね?」
「本当に大丈夫ですか?あたし、見て確認できないと落ち着かないんです。」
「なんなら、紙パックの中を確認してみますか?」
「お願いします。」
汗が止まらない。
ウチの子と同級生の女の子も
「すごい汗!」
べつにビビっているわけじゃないんだよ。
「割り箸をもらえますか?」
「わかりました。」
奥さんが持ってきた。
レジ袋に入れたままで、割り箸で紙パックの中身を取り出した。
なかなか出てこない。
紙パックの中の半分くらいは取り出した。
こんな奥まで入っている筈はない。
少しづつ不安になる。
汗が止まらない。
「本当に入っていますよね?」
奥さんが問いかける。
「間違いありません!」
おかしい、どうしたんだ?
その時だった。
ブ〜ン、ブ〜ンと紙パックから蜂が出てきた。
何という生命力だ。
「奥さん、いました、わかりましたか?」
多少、声が上ずったかもしれない。
「わかりました。」
奥さんはやっと納得したようだった。
最後の蜂の顔は哀れみを訴えているようだった。
「すごい汗ですね。」
そう言ってタオルを差し出してくれた。
「いやあ、急いで外から来ましたから。」
「冷たいコーヒーでも飲んで言ってください。」
丁寧に差し出された。
「本当にありがとうございました。」
「いえいえ、こんなのたいしたことありませんよ。」
そう言ってTさん宅を失礼した。
ウチの子
「パパ、Tさん喜んでたね。」
「たいしたことねえよ。」
一番ホッとしたのは俺自身だった。
しばらくしてカミさんが帰ってきた。
「Tさんのところ行ってくれたんだね。ありがとね。」
「ああ。」
「そう言えば、虫は嫌いじゃなかったっけ?」
ふざけんじゃねえよ。

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