ようこそ、お入りを・・・。

2018/10/5

『如庵茶会』と「とこなめ陶の森」  他会記

10月4日と5日の両日
愛知県犬山にて
如庵茶会が開かれ
私は初日に参会させていただきました

1972年有楽苑の開苑以来
開かれてきた如庵茶会は
今年で第46回目の開催となったそうですが

来年より
名鉄犬山ホテルを解体し
『ホテルインデイゴ犬山 有楽苑』として
2021年を目途に開業するに伴い

その一環として
「如庵」「旧正伝院書院」などの
保存修理工事を行うため

今後3年間
如庵茶会は休会となるそうです


その影響か
今年は例年以上に
大勢の方が参会されていたようです

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名鉄犬山ホテル


今朝10時頃に到着した時は
濃茶席に入るのに
既に大勢の方が並んでおられたので

先に薄茶席から廻らせていただきました


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薄茶席 弘庵

薄茶席は名古屋世話人のご担当でした

寄付きの床には

光琳筆 金地団扇絵 武蔵野

署名に「法橋」と書かれていたのは
僧侶に与えられる位で
絵師などにも
僧侶に準じて与えられた称号なのだそうです

本席では
侘びた鉄欠き風炉の脇に
エーゲ海を思わせるような
鮮やかなブルーの阿蘭陀水指が置かれ
対照的でとても美しかったです


薄茶席の後
雨の降り出さないうちにと
庭園の番茶席に行きました


その後
濃茶席はまだまだ混んでいたようなので
先に点心をいただきました

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そして
最後に濃茶席に参りました

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ご担当は東京世話人とありました

本席の如庵で
道具のご説明などして下さったのは
宗徧流のお家元でした

ご案内にしたがって
十名ずつ席に入りますと
点前座に座られた宗徧流家元が

「はーい 一度目を閉じて・・・
息を大きく吸って〜
はい ゆっくり吐いてくださ〜い
ここで有楽の開いたお茶会を想像して
・・・
はい 目を開けて」

と いささかいつもと違った雰囲気

あらためて目をあけると
薄暗がりの茶室の中
窓から差し込む光に
お床に掛けられた西行の歌入消息が
まばゆく輝いています

「この茶席に入られて
何を感じますか?」と
たずねられ

あらためて気づいたのですが
如庵では
点前をする亭主と客が
向かい合う形で座るのです

それがとても斬新に感じられ
そこに織田有楽が座っていたかと思うと
何だかドキリとしました


毎年一年に一度
この「如庵」に入らせていただきますが
毎回新しい発見があります



ゆっくり如庵茶会を堪能させていただいた後は
名鉄電車で常滑まで足を延ばし
「とこなめ陶の森」の
陶芸研究所と資料館に行きました


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陶芸研究所では
『尾州の茶の湯文化常滑焼』が
開かれていました

尾州というのは
尾張の別名で

古くから抹茶を楽しむ習慣が
広く浸透した土地柄であり

江戸や京都とは異なる茶の湯文化が
発展したと
説明されていました


そう言われてみると
確かに尾張出身の私や夫の実家では
普段の生活の中で
日常的に抹茶をいただきますし
客人があれば
流儀作法に関係なく
点て出しで抹茶をお出しします


そういう中で
尾張には
尾州久田流という
家元が存在することも
この度初めて知りました


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資料館では
六古窯のひとつである
常滑焼の製品や生産用具などが
展示されていて

企画展では
『近代日本を支えた常滑の土管』が
開催されていました

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愛知県出身の私にとって
常滑焼と言えば「土管」という
イメージが強かったのですが

知っているようで知らなかった
常滑焼の茶道具としての魅力に触れ

同時に
近代日本のインフラを支えた
正に「縁の下の」
土管を作った人々の努力を知ることができました


陶芸研究所も資料館も
常滑市の補助があるとのことで
共に入館無料でしたが
どちらも大変見ごたえのある展示でした







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2018/10/3

10月稽古場 1  稽古

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「一期一会」
紫野大真師


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竹台子 一つ飾 薄茶点前

竹台子は
わび茶の祖と言われる村田珠光が
真台子を基本として
桐木地の天板・地板に白竹の柱という
簡素な棚として創案したものです


わび茶は
村田珠光以後安土桃山時代に流行し
武野紹鴎を経て
千利休が完成させたと言われますが

珠光と紹鴎は
直接師弟関係があったわけではありません

しかし
珠光が亡くなった1502年
正にその年に
紹鴎が生まれているというのは
なんだか興味深いです


私が
茶道の手ほどきを受けた師匠が
亡くなったのは
平成15年の秋

それは
ゆくりなくも
私が茶道教室を開くことになった
11月のことでした

あれから
早15年の月日がたちました

私は
今も師匠がどこかで
見守り応援して下さっていると
感じています


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主菓子  滝もみじ   (鼓月製)


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蕎麦板 (尾張屋製) 紫野(玉壽軒製) 


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