ようこそ、お入りを・・・。

2019/1/31

1月稽古場 5  稽古

雨に濡れた庭の片隅に
水仙が凜として
清楚な花を咲かせていました


クリックすると元のサイズで表示します


最近
濃茶点前を迷うことなく
順序よくできるようになられた方が

今日の稽古で

「お濃茶の一人分のお湯の量は
何ccくらい入れるのですか」

とご質問をされました


そう言われてみれば
これまで経験的にお湯を入れていたので
そのようなことを考えたことがなく
答えに窮してしまいました


そこで今日は
皆さんが帰られた後
濃茶を一人分
点ててみることしました

クリックすると元のサイズで表示します

普段の稽古では
お弟子さん達に
一人分または二人分の濃茶を
点てていただくことが多いのですが

私自身がお稽古で濃茶があたる時は
お客様はいつも三人以上なので

一人分の濃茶を練ることが
最近はほとんどありませんでした


茶碗にお茶をはき
初めに湯を注ぐ時は
お抹茶が湯の上に少し残るくらいにして
丁寧にお茶とお湯を混ぜていきますが

一人分だけ点てる時は
どちらかというと
一杓目のお湯を多めに入れるほうが
練りやすいと思います


三人分以上の時は
なるべく熱々の濃茶をお出ししたいと思うので
私は一杓目のお湯は少なめにして
二杓目を多くしています


そして
全体のお湯の量ですが
一人分だけの時は
お薄の一人分よりやや少なめ
といったところでしょうか


二人分の時は
ほぼお薄の一人分くらいの感じで
いいような気がします

三人分になれば
お薄より少し多め・・・


そして
四人分の時は
1杓目でまず濃茶二人分弱ほど入れて
2杓目で三人分の時よりやや多めになるよう・・・


でもこれは
あくまでも私個人の感覚で
人によって違うと思いますし
好みもありますので
ましてや
「何cc」という答えが
あるわけではないと思います


ところで
今日たまさかお弟子さんが
30年ほど前の茶道雑誌を持ってこられて
目を通していたら

濃茶を何人かで飲み回すようになったのは
利休さんの時代あたりからで
それ以前は
濃茶は一人ずつ点てていたのだと
書いてありました


その頃の一人分は
いったいどのくらいの量だったのでしょうか・・・
興味は尽きません

クリックすると元のサイズで表示します
主菓子 春近し  鼓月製


クリックすると元のサイズで表示します
干菓子  松風  正観寺丸宝製

12

2019/1/30

1月稽古場 4  稽古

クリックすると元のサイズで表示します
大津絵 鬼の念仏図
『不苦者有智』(ふくはうち)
前大徳積應師賛

ここ数日
厳しい冷え込みが続いていますが
今週末には
節分を迎えます

春を待つ心で
鬼の念仏図を掛けました


クリックすると元のサイズで表示します

今日は午前に3名
午後から2名の方が
お稽古に来られました

皆様が帰られてから
薄茶点前をして
独服しました


現在稽古場には
15名ほどの方がお稽古に来られていますが
その中に
お茶を仕事になさっている方が
数名いらっしゃいます

そして
またこの春
新たにお茶を教え始める方が
いらっしゃいます

私自身もそうでしたが
教える立場に立たせていただくことで
責任とやりがいを感じ
より多くのことを
学ぶことができるようになります


これから
人様にお茶を伝えて行かれる方に

教える者の一人として
お力になれるよう
さらに研鑽を積み重ねていきたいと思います


お茶は
実践の世界と言われます


教えるからには
自分が一回でも多くお点前をして
美味しいお茶を点て
お茶をのむことを
日々繰り返していきたいと思います





15

2019/1/28

大徳寺月次利休忌  他会記

本日は
時折時雨れて
底冷えの厳しい一日でしたが
京都紫野にて執り行われました
月次利休忌の法要に
参列させていただきました

クリックすると元のサイズで表示します

聚光院の門をくぐったのは
9時を少し過ぎていましたが

受付でいただいた札は
思ったより若い44番でした

クリックすると元のサイズで表示します

10時より
聚光院本殿にて
法要が執り行われました

凍てつく寒さではありましたが
本堂の冷たさに
清々しさ覚え
なんだか気持ちがすっと落ち着きました


目を閉じて
読経の声を聞きながら

利休居士に
今年一年の精進をあらためて
お誓い申し上げました


閑隠席の床には
啐啄斎筆宝船画賛が
掛かっていました


男子に恵まれなかったため
久田家から養子として迎えた
後の9代了々斎へ
送られたものだそうです



片隅にうっすらと雪の残る境内を歩いて
興臨院へ向かいますと
ちょうど次のお席が始まるということで
すぐに席入りさせていただきました

ご担当は
杉山重彦先生でしたが
お席主は大変なご高齢で
お水屋で少しお休みになっておられるとのこと

お道具の説明などは
お身内の方がして下さいました

お床の掛物は
即中斎筆 福東海寿南山

福徳は東海のように大きく深く
寿命は南山のように長く続く
というおめでたい言葉だそうです
(「茶席の禅語大辞典」より)

お釜が
とても大ぶりで
あまり見たことのないような
美しい釜肌でした

席中でのお話を
聞きもらしてしまったので
よくわかりませんが
会記には「天猫作」とありました

ちなみに天命釜のことを「天明」「天猫」とも
書くようです

主茶碗は
弘入作で銘「尉と姥」
惺入が箒と熊手の絵を描いていました

そういえば
寄付に掛けられていたのは

碌々斎 惺斎合筆の 梅画賛


聚光院の席も杉山先生のお席も

これまでに
隠居されて宗旦を名乗られた宗匠と
その嗣子となる方との縁のあるお道具を
お使いになられておりました


表千家の弥栄を言祝ぐ
おめでたいお取り合わせに

社中の一人として
あらためて慶びを共に
感じさせていただきました


16

2019/1/24

1月稽古場 3  稽古

クリックすると元のサイズで表示します
「松樹千年翠」
大徳寺黄梅院太玄師

今は
二十四節気の「大寒」

暖冬とはいえ
一年で一番寒さが厳しいこの時季にも
熱心にお稽古に通ってきて下さることが
ありがたいです

玄関を開けて
入ってこられるお弟子さんの顔が
赤く上気しているのは
遅れないように
走ってこられたのか・・・

その笑顔にほっとする日もあれば

時には
抱え込んだ心配事が
どことなく顔色に現われていたり

またある時には
精神的にも肉体的にも
極限状態の中
本来のご自身を失ったかのように
立ちすくんでいたり・・・


私自身も
これまでの人生の中で
そんな日にお茶の稽古にでかけたことも
何度かあったように思います


お茶の世界に
身を任せることで
少しずつ平常心を取り戻した日もあれば

その稽古場にいることで
逆に心が傷ついて力を失ってしまうことも
過去にはあったかと思います


いずれにしても
自分自身の平常心を取り戻す作業は
自分自身でするしかありません


しかし
いつも通り畳に正座し
よく沸いたお釜の音を聞きながら
一服のお茶をのむ

ただそれだけで

「ありがたくて・・・」と
涙する人を見た時

私は
お茶をやっていて本当に良かった・・・と
自分の運命に感謝することができました



20年ほど前
まだ茶道教室を始める前

私はひとつの夢を持っていました


それは
訪れる人が
疲れた心を癒やすことのできる
小さなスペースを作りたいと
思っていたのです


今思えば
それが「洗心亭」として
ある意味”夢がかなった”のではないかと
思う時があります

特別なことをするわけではないですが

お稽古に来られた方が笑顔になって
それぞれの日常に戻っていただけるような
お稽古場であるよう

私のできることを
淡々と続けていきたいと思います







22

2019/1/23

1月稽古場 2  稽古

今日のお稽古に
先日の家元初釜に出向かれた社中の方が

無事に出席できた報告を兼ねて
当日配られた寿扇を持参し
披露して下さいました


下の写真は
同門誌1月号の巻頭に載っていたものです


クリックすると元のサイズで表示します

何度も書いているように
今年は私は残念ながら
出席することができなかったので
羨ましい気持ちで
篤と拝見させていただきました

そして
猶有斎宗匠が
お家元として初めて配られる扇に

「和光同塵」
と書かれたのは

御勅題ということもありましょうが

さて

どのような深いお心から
この言葉を選ばれたのだろうかと
ふと思いました


「禅語の味わい方」(西部文浄著 淡交社)には
次のように解説されています

「もとは『老子』の語で
自分の智徳の光を和らげて目立たないようにし
世間の者と同じように暮らしていくこと

すなわち
すぐれた学徳や才能を深く包みかくし
世俗に入り交じってゆくという意

これを仏家が襲用して
仏・菩薩が衆生を救うため
その本来の威光をやわらげ
塵のように汚れた人間世界に
仮の姿を現わすという意となし

さらに禅門では
自分の悟りの光を包み隠して
俗塵に交じり
衆生を済度する意としました」(以上抜粋)

このような生き方を
家元宗匠は
最も理想とされているのかもしれません


あるいは
聖と俗の入り交じった
お茶の世界そのものが
そのようにあるべきなのかもしれません

「光を和らげ塵に同ず」

そのような真に徳の高い人に
実際に出会うことができたら
どんなにありがたいことでしょう!


でも
世間で有名な
権威があって立派と言われる人でなく
もしかしたら
身近なところにこそ
そのような人は存在しているのかもしれません

そもそも
そのような人は
自分自身が「和光同塵」を
体現しているなどとは
全く気づいていないでしょうし

周りの人にも
気づかれないかもしれません


なんだか
頭が混乱して
わからなくなってきました・・・

クリックすると元のサイズで表示します
「松樹千年翠」
黄梅院太玄師


クリックすると元のサイズで表示します
主菓子  雪輪  鼓月製


クリックすると元のサイズで表示します
干菓子  白川路  田丸弥製


10


AutoPage最新お知らせ