ようこそ、お入りを・・・。

2019/1/22

湯木美術館  美術館・お茶室

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湯木美術館では
平成31年早春展が
開かれています(〜2月8日)

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「利休と茶の湯のエピソード」という
タイトルに惹かれて
出かけて参りました


「茶話指月集」「江岑夏書」など
茶書に著わされた逸話より
今に残る
利休ゆかりの道具の数々が展示されていました

平成もあと少しで終わる
今の時代にあって
利休の生きた時代を
想像するのは
容易なことではありませんが

時代の荒波をくぐりぬけ
今に伝わる道具を見ていると

利休が生身の身体を持って
実際に生きていたことを
少し実感できるような気がしました

しかし利休さんも
まさか自分の死後
400年以上たって
これらの道具が
ガラス越しに多くの人の目に
触れることになろうとは
想像だにしなかったことでしょうね・・・





10

2019/1/17

1月稽古場 1  稽古

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「彩鳳舞丹霄」
前大徳明道師

今日から
また普段のお稽古が始まりました

先日の初釜にお越しいただいた方も
本日今年初めてお会いする方も

それぞれに
この一年の新たな意気込みを胸に
威儀を正してご挨拶を述べていただき

私もあらためて
その思いに答えるべく
精進せねばと背筋がのびる思いでした


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「洗心」

この「洗心亭」を訪れる方が
お茶の場に身を浸すことで

清らかな本来の心を取り戻し
再びそれぞれの日常に
帰っていただけるような

そんなお稽古場にしていきたいと
思っています


そして私自身も
知らず知らずのうちに
埃のたまってゆく心を

お茶の道に精進することで
洗い清めていきたいと願っています


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先日
思いがけないところで
その本歌に出会った
「金輪寺」


さっそく
今日のお稽古に使ってみました


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主菓子  曙椿  鼓月製


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干菓子  亀屋伊織製


9

2019/1/14

吉野の旅  つれづれ

表千家家元では
1月10日より初釜が行われ

13日14日は
全国からご挨拶に上がられた
大勢の稽古人たちにも
猶有斎宗匠のお点前にて
お濃茶がふるまわれたことでしょう

私はこの度は
うかつにも申し込みすることを
失念していて
この節目の初釜に
参加することができませんでした


それで
先日8日に行われた
今宮戎献茶式に参列させていただき


13日と14日は
大神神社と天河神社の
参拝にでかけることに決めました

途中吉野で
一泊することにいたしました


ところが
その吉野にて

思いがけなく
お茶に深いゆかりの場所を訪れることになり
嬉しい旅となりました


吉野町のHPによると
豊臣秀吉が絶頂の勢力を誇った
文禄3(1594 )年

徳川家康、宇喜多秀家、前田利家、伊達政宗らの武将をはじめ
茶人、連歌師たちを伴い

総勢5千人の供ぞろえで吉野山を訪れて
花見をしたのだそうです

その時泊まった所が・・・

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竹林院群芳園

桜の名所吉野山に佇む
宿坊を兼ねた旅館です

聖徳太子の創建と伝わる寺院で

豊臣秀吉が吉野山観桜の折
千利休も共にここを訪れたのだそうです


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宿の人の話によれば
この木は
千利休が植えた椿の木だとか


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竹林院のこの庭園は
秀吉の吉野花見の際
利休が作庭し
後に細川幽斎が
改修したといわれているそうです


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豊臣秀吉吉野山観桜時の
茶弁当

宿の玄関ホールに
何気なく飾られていて
驚きました


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利休鍋

秀吉をもてなすため
利休が考案したと伝えられる料理

吉野葛でとろみをつけたお出に
生姜が効いていて風味もよく
体がとても温まりました


ゆくりなくも
秀吉・利休ゆかりの宿に
泊まることになり

しかもこの広々した宿に
この日はなんと
宿泊客が私たち夫婦のみ!

大浴場も何もかも
全館貸し切り状態でした

たった二人のために
赤い絨毯の敷かれた広い廊下のあちこちに
大きな石油ストーブを焚いてくださり

まるで太閤様になったような
贅沢な気分でした


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翌日
近くの吉水神社にでかけました


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吉水神社は
元は吉水院として
今から1300年ほど前に
役行者が創立した修験者の僧坊だったそうです


そして
文治元年(1185)
頼朝の追手を逃れた
源義経と静御前の悲恋の場所

歌舞伎や浄瑠璃で有名な
義経千本桜の舞台でもあったのです

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春には
ここから見る桜が素晴らしいのでしょう!


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さてここで
思いがけないものを見つけて
驚きました!

後醍醐天皇御勅作 金輪寺茶入



延元元年(1336)
京の花山院から行幸された後醍醐天皇が
吉水宗信の援護の元
南朝の皇居とされたのが
ここ吉水院なのだそうです


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後醍醐天皇玉座

後醍醐天皇は
その後
すぐ近くの実城寺を皇居とされ
寺号を金輪王寺と改められたのだそうです

茶入金輪寺は
後醍醐天皇により
山中の蔦の古株で作られたといわれていますが
名前の由来は
ここにあったのですね!

桜の春に
金輪寺茶入で
お茶を点ててみたくなりました



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ここには
ほかにも驚くような文化財が
所狭しと展示されており

悠久の時の流れを超えて
歴史のロマンに浸ることができました



18

2019/1/11

初釜  稽古場の茶事

本日は
稽古場の初釜をいたしました


8名の方にご参加いただき
内1名の方に
半東をお願いいたしました


夕べは
夜中の1時頃までかかって
ようやく点心の準備が整い
今朝は7時に稽古場に向かいました


半東さんには9時に来ていただき
今日の流れのタイムテーブルをお渡しして
ご協力いただきました


定刻にお客様全員がそろい
待合にて白湯を差し上げた後
露地にて迎え付け


席入りしていただき
お一人お一人と
年初の挨拶を交わします


毎年
同じことの繰り返しではありますが

今年もまた
一緒に精進いたしましょうと

お互い変わらぬ笑顔で挨拶のできることを
あらためて心から嬉しく思いました



初炭点前の後
お菓子をお出しし
中立ちなしに
すぐに濃茶という
前茶形式を少し崩した形でいたしました


点心の後は
初稽古として
半東さんに
後炭と薄茶点前を
していただきました


半東さんだけでなく
本日の正客とお詰さん
また
茶歴の長い方と
まだ日の浅い方

それぞれが
お互いのことを考えながら
和気藹々の中で一座建立が成り立ち

お正月ならではの華やいだ気分の中にも
稽古場として
引き締まった初釜を行うことができたことを
幸せに思います


感謝 (・人・)


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寄付


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このお皿は
母と妹の話によると

40年ほど前
名古屋の八事窯で
私が作ったものらしいです

私自身は実は
あまり覚えていないのですが・・・


実家にずっとしまってあったそうで
この度持って帰りました

八寸のお皿として
初めて使いました


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主菓子 年の春  鼓月製


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干菓子  亀屋伊織製



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ご高覧ありがとうございました



25

2019/1/8

今宮戎神社献茶式  他会記

今日は
今宮戎神社献茶式に
出かけて参りました


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門のところで
黒柴ちゃんを発見!

とても愛想の良い子で
この写真を撮った後
尻尾を振って近づいてきてくれました

以前に可愛がっていた
黒柴の愛犬ムクを思い出して
思わず頭をなでました


今日は
そのムクちゃんの導きかどうか・・・

ゆくりなくも
お会いしたかった色々な方に
タイミング良く
次々とお目にかかることができて
年頭のご挨拶を交わすことができました

幸先の良い
嬉しい一日となりました


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猶有斎宗匠がお献茶をされました


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参集殿の拝服席にて
薄茶をいただきました


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花外楼にて
年酒席が設けられました

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大阪美術倶楽部では
高麗橋吉兆さんにより
副席が設けられました

美術館の
ガラス越しで拝見したことのある
数々の貴重なお道具を使ってのお席でした

仁清作の
雪月花の水指に
水が入っているのを間近で拝見し
感動しました!


市田朝芳庵による
展観席では

即中斎宗匠から
而妙斎宗匠
そして猶有斎宗匠のお筆による
年頭の画賛が展示されていました

同じ年に
2枚ずつあるのは
お家元が毎年2枚お書きになったものから

一枚を選んで
市田さんがカレンダーの表紙に
なさっているとのことでした



即中斎宗匠による
第1回目のものは
なんと
私の生まれた年
昭和31年丙申に
書かれたのでした!


そして
而妙斎宗匠が
家元をご襲名されたのが
昭和55年

その年は
僭越ながら
私が結婚して大阪に来た年なのです!

そんな偶然の一致に
何の意味も無いのですけれど・・
ただなんとなく一人で喜んでます



さて
今年は残念ながら
お家元の初釜には参ることができません


というのは
昨年の十月の同門誌に
ご案内が載っていたのに

その頃私は
とにかく小間の茶室のことで頭がいっぱいで
リビングのテーブルの上には
茶室の本が山積みそして散乱・・・

あろうことか
お家元初釜の申し込みを
すっかり失念してしまいました


節目の年の初めに
お家元にご挨拶に上がることのできないことが
残念でならず

それならば

今年は今宮戎のお献茶に参列して
自分のご挨拶としようと思ったのです


今日は
お天気にも恵まれ
お家元のお献茶も
しっかりと拝見できて
本当によかったです

それに
冒頭にも書いたように
色々な方にもご挨拶させていただくことができ
あらためて
今年一年また頑張ろう!という
エネルギーをいただきました

お神籤には

「あらし吹く世にも動かじ
吾が家は
巌に根ざす松のごとくに」

よりよい教養を求めて
松の根の如く
世間に根を張りなさい

とありました


私には
小さなことしかできませんが
目の前のことを
一生懸命にやって参りますので
どうぞお見守り下さいませ



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