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2019/7/14

堀内宗心『私の茶の湯考』よりA  座右の書
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堀内宗心『私の茶の湯考』世界文化社
          
「第1章 茶道について考えること」より抜粋

(p27)
お茶を一生懸命なさっておれば
それは禅の内容になっておるわけですから。...

禅というのは、けっしてひとつの修行の形だけではないですから。
ほんとうの禅は、日常茶飯にしていることが禅なんです。...


仏法の具現といいますかね。禅宗というのは、
さ、おあがりなさいというてお茶をいただけば、
仏法の本体になっているわけなんです。
仏法の本体ってあらゆるものですから。
石が転げても仏法です。



(p35)
茶事というのは、稽古をして習うという習い事では
ないのであります。
実際に茶事を何度も経験して、その場に臨んで
その積み重ねで会得していくべきものであります。...

禅では座禅を重んじますが、
これが悟りを身体で会得する方便なのであります。
禅は静にあって動を培うのであり、
茶は動にあって静をはぐくむものであります。


「第2章わが人生、思い出の人々」より抜粋

(p46)
還暦といえば人ごとのように思っていましたが、
いつのまにか人に還暦といわれ、
また会のほうからお祝いをしていただくようなことに
なってしまいました。
大正八(1919)年一月二十日の生まれであります。...

私の実母(幾)は昨年十二月二十四日満八十八歳を
迎えました。私の少年時代、長命の代表のように思っていた
祖母(智光、八代・松翁宗完の室)が八十四歳までおりましたが...


※巻末の初出一覧を見ると
この文章が初めに書かれたのは、昭和54年のようです。
それは、私がまだ名古屋でお茶を習っていた二十代の頃です。

そして、宗心宗匠がちょうど今の私の年齢と同じ頃に
この文章をお書きになったことを思います時
その頃の宗匠のご心境に親しみのようなものを覚えます。

また、お祖母様のお名前に「智」の一文字があることに気づいて
こっそりと喜んでおります


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