ようこそ、お入りを・・・。

2020/7/16

7月稽古場 5  稽古

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滝画賛「涼一味」
前大徳積應師


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今日は今月最後の稽古日でしたが
今月は何ヶ月ぶりに
社中13名が全員お稽古に来られました


久しぶりに顔を合わせた社中同士の歓声が
水屋から聞こえてきて
私も心が浮き立ちました


稽古場では
入室時に手の洗浄と消毒をご協力いただき
玄関や窓を開け放って
原則的に茶道口の襖を開けたまま
お点前をしていただいています


マスクの着用は
息苦しさなどのこともあり
個々人の自由にお任せしています


また
濃茶の稽古は一服点てにしていただき
薄茶の場合
二人目は替茶碗にて点てていただいています


今お稽古場で心がけていることは
これくらいでしょうか

あっそれから
コロナ以前から設置していた
これ↓が役に立っています
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「ジアイーノ」
(次亜塩素酸 空間除菌脱臭機)



さて
秋以降のお茶会や講習会の情報がそろそろ気になり
これから「お茶」はどうなるのだろうと
心配なさっている方もいらっしゃいます

しかしながら
あらためて考えてみますと
同門会の講習会が始まったのは
昭和41年ですから
たった54年前のことです

また大寄せ茶会が始まったのは
明治時代でほんの130年程前のことです


千利休以降の長い歴史を振り返れば

講習会や大寄せ茶会など何もなかった時代を
300年・400年とくぐり抜けて

茶道はその時代の求める人々によって
脈々とここまで伝え続けられてきたのですから
私達はもっと自信を持ってもいいのでは
ないでしょうか



しかも
今は戦乱の世でもなく
過去の時代から見れば
何もかも豊かで便利な世の中に生きているわけですから

お茶を嗜むことは
これまでのどの時代よりも
やさしくなっていると思います


あとは
お茶の文化に興味を持つ人がどれくらい存在しているか
ということです



人が何に興味を抱くかは
完全にその人の自由に任されるので
今後お茶に興味を持つ人口が増えるのか減るのか
それは私にはわかりません


しかし
大切なことはその数の大小ではないと思います


そして
お茶に対する深い愛情を持つ人は
いくら時代が変わっていったとしても

必ず存在し続けていくであろうということを
私は信じて疑いません


それは
自分自身だけでなく
稽古場に集う社中の皆さんを見ていても
よくわかります


そのようなお茶を大切に思う人を育てそして集い
お互いに感化し合いながら
次の時代にお茶をつないでゆく

そんな小さな鎖の一つでありたいと
私は思っています



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主菓子  なでしこ   鼓月製
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2020/7/9

7月稽古場 4  稽古

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「瀧」
前大徳積應師



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糸巻棚 濃茶

今日は久しぶりに水滴茶入を使って
濃茶点前をしていただきました

置き合わせる道具に向けて
口の方向を変える扱いがあります


さて
これまで私達は何の疑いもなく
一碗の濃茶を当然のように飲み回しして参りました


しかしこの度の世界的騒動により
生活習慣がガラリと変わり
濃茶を飲み回すことが
できにくくなってしまいました



とは言え
あらためて考えてみますと

濃茶であれば
たとえ見ず知らずの方とでも
平気で飲み回ししていたにもかかわらず

例えば
それがコーヒーだとしたら
他人様が口をつけたコーヒーカップから
同じコーヒーを飲むことが
何の抵抗もなくできたでしょうか?


それが赤の他人でなくて
親しい友人だったとしても・・・?


同じコーヒーを抵抗なく飲むことができるのは
家族や恋人といった
ほんの身内同士の特別な間柄に
限られるのではないでしょうか



「利休 わび茶の世界」(著・久田宗也)によると
次のような記述があります

利休の頃は
四・五人の客の一人ずつにそれぞれ茶の量を加減し
天目茶碗で呈茶をしたという記録が残っている

古くは唐物天目茶碗を使い
また高麗茶碗を使ったにしても
客の一人ずつに茶をたてていたらしい

濃茶も薄茶もそうであった

天正十年を過ぎる頃
利休の茶室が二畳敷の小さい座敷となり
ここで少数の客に一碗から茶をすすらせることで
客の親しみを増し
心を一つにする効をねらったのが
濃茶の飲み回しであった
(以上抜粋)


一人一服ずつ飲むのが当たり前だった時代に
薄暗い小座敷にて
一碗の濃茶を飲み回しした人達は
私たちの想像を超えた
心の高揚と強い一体感を抱いたに違いありません



私達は
濃茶を飲み回しすることに
あまりにも馴れ過ぎていたような気がします


時代の要請とはいえ
今再び
一人ずつ濃茶を飲むという
過去のスタイルに戻るのも
悪くないように思います


一方
その上で敢えて
茶事において『濃茶を飲み回す』ということが
これまで感じ得なかった深く重い意味を持って
私達の心に迫ってくるような気がしてなりません



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干菓子 唐板  水田玉雲堂製

疫病除けのご利益があると言われる
素朴な京都銘菓です  


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2020/7/8

7月稽古場 3  稽古

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「瀧」
前大徳積應師


昨夜は七夕でしたが
天は連日雨を降らせ・・・

せめて七夕ゆかりの桔梗の花を
牽牛と織姫に手向けましょう




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糸巻棚

先週は地板無しでしたが
今日は地板を置いて使いました


水指は和蘭陀に替えました


降りしきる雨が
ほんのひとときやんで
開け放った障子の間から光が差し込んだ時です


突然
ジジジジ・・・
蝉の声が聞こえてきました


あっ・・・と
お弟子さんと顔を見合わせました



平茶碗に絞り茶巾のお点前が
夏の訪れを実感します



しかし
つかの間の青空は
すぐにまた厚い雲におおわれて
やがて再びざーっと雨音が近づいてきました



ほんの一声だけ鳴いた蝉も
どこかで雨を凌いでいるのでしょうか・・・



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主菓子  祇園会  鼓月製

祇園祭の駒形提灯をかたどったお菓子です

今年は残念ながら山鉾巡行は中止のようですね

平安時代から続く
疫病退散を祈願したお祭りなのに
その疫病によって中止になるなんて
なんだか矛盾しているような気もしますが
やはり仕方がないことなのでしょう

関係者の方々も苦渋の決断をされたことでしょう



今日のお稽古場でも
学校茶道を担当されている方から

秋以降に再開される授業についての
お悩みをお聞きしました



私の知人でも
ウェブ稽古を実施された方もいらっしゃいます



これから
新しい「The Sadou」みたいなお流儀も
出来てくるかもしれませんね


身の回りに
新しい時代の波がおしよせていることを
日に日に感じています



流れに乗っていくことは必至かと思いますが

ただ流されるだけにはなりたくなく


波乗りするかのごとく


バランスをとりながら
自分が流されていきたい方向へと
流れていこうと思います


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干菓子 夏見舞  六花亭製

梅の味わいのさっぱりしたゼリーです


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2020/7/2

7月稽古場 2  稽古

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「清流無間断」
黄梅院太玄師


真っ白な木槿
「祇園守」を一枝
方円籠にさしました


このような入れ方をするのは
木槿が咲き始めた今の時季だけだと
師匠から伺いました



今朝このたった一本が
なかなかすっととまらなくて
くるりと向きを変えてしまい
両手に持って何度も何度もチャレンジしていました

しかし
何度目かにどういうわけか
突然ふっととまって。。。

静かに手を離しても
その場にとどまってくれました


そしてその後は
窓から風が入ってきても
夕方までじっとそのまま
静かに咲いていてくれました


なんだか不思議でした



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糸巻棚  薄茶  総飾り



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主菓子  合歓の花  鼓月製



今日は午前にお一人
午後からお二人の方が来られました



銘々皿を使いました



大寄せ茶会は
7月もまだ休会のお知らせが届いています


8月はもともとお休みの所が多いので
いよいよ9月から再開という
流れになっているようです


とは言え
再開される大寄せ茶会は
どこか以前の形とは違ったものになって
これまでに無い新しいお茶の世界が生まれていくことでしょう



一方
これまで大寄せ茶会が盛んになるのと反比例して
勢いを失ったかのように見えた

「それぞれの家庭における小さな茶の湯」が復活し

ゆっくりとその手を広げてつながり合い
その小さな光が
一つひとつ明るく灯っていく時代も
訪れるのではないでしょうか


それは単なる希望に過ぎないかもしれませんが
私はそんな茶の湯の世界の担い手の一人に
なっていきたいと思っています










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2020/7/1

7月稽古場 1  稽古

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「清流無間断」
黄梅院太玄師


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青漆爪紅糸巻棚  薄茶点前


二重棚には
歴代家元のお好みがあり
色々な飾り方ができて
お稽古にもお茶会にもよく登場して
私達の目を楽しませてくれます


とは言っても
二重棚はさほど古くからあったものではありません


その歴史を紐解けば
もと水屋において道具をのせておく棚から
久田宗全が好んだ三重棚をもとに

後に十代吸江斎が溜塗二重棚を好んで
生み出されたと伝えられます


時代は幕末の頃


その後
明治維新を迎えて
11代碌々斎が
青漆爪紅糸巻棚を好まれました


そして
12代惺斎の時には
茶道人口の興隆に伴い爆発的に好み物が増え

二重棚だけをとっても
桐木地
桑木地
飛騨製糸巻二重棚
杉木地糸巻二重棚
桐木地糸巻透二重棚

など多数のお好みが生まれたようです

(参考:「即中斎記」) 


このように見ますと
時代の変化によって
その時々に必要とされた道具が生まれ

お茶の世界は常に流れ
ひとときもじっと止まっていなかったことに
あらためて気づかされます



「清流無間断」



昭和・・平成・・
そして令和の今


世界的な波が押し寄せる中
お茶の世界はまた
新たな潮流をうみ出そうとしているかのように感じます



変わるものを受け入れると共に


変わらないものを大切に守っていきたい。。。



そんなことを
稽古場に座ってじっと考えていました




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主菓子  合歓の花  鼓月製



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干菓子  貴船の彩  俵屋吉富製


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