ようこそ、お入りを・・・。

2021/1/13

佳日  つれづれ

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午前7時過ぎ
新幹線の車窓より
東の空に昇る朝日を拝みます


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吉備国足守のお茶室に到着


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足下には霜柱が。。。


茶室には
お床の青竹花入にゆったりと結び柳が入れられ

掛物に画かれた初日の光に
心あらたまります



これまで毎年変わらず繰り返されてきたことが
これまでと同じようにはできないという
様々な制約の中

現実的に何が出来て何が出来ないか
その答えは
置かれている環境や立場
持っている信念により
一人一人違って当然でしょう


そしてその答えに
正解も不正解も無いと私は思います


大切なことは
一人一人がそれぞれの場所で
自分自身の答えを見つけるという
その作業そのものなのでしょう

それにより
人は自分自身がどんな存在かを知り
その存り方を表現することになるのです

それはある意味「芸術」です


だから
誤解を怖れずに言うならば
他人のことはそれぞれの自由にまかせて
あるがまま放っておいたらよいのでしょう




今日私は

美味しい濃茶をいただきました


美しいお点前を拝見しました


気の合う方々と和やかに会話を楽しみました


佳き一日を過ごさせていただいたことに
心より感謝いたします



皆様にとって
今日はどんな一日でしたでしょうか


一人一人悲喜こもごもの一日が
静かに暮れていきます

(-人-)

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2021/1/1

新年のご挨拶  つれづれ

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いよいよ令和三年が始まりました

今年の干支「辛丑」を検索してみると

「辛」は痛みを伴う幕引き
「丑」は殻を破ろうとする命の息吹そして希望


と書かれていました

何となくうなずけるような気がします


さて昨年は
生活習慣の変化に対応しつつも
お陰様で私個人としては
皆様の温かいご支援の下

茶事や音楽イベントなど
様々な行事を滞りなく行うことができました


そして今年2021年もまた
昨年同様
多方面からの情報を取捨選択した上で
自分軸をしっかり保って
やりたいと思うこと一つ一つに真心を込めて
取り組んで参りたいと思います


まずは明日2日から

「GO TO EHO!」

今年の恵方である丙の方角
南南東に向かって
ひたすら歩いて参ります

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我が家から南南東(丙)の方角に線をひくと
その先には
「橿原」「天河」「熊野」といった場所が
すっぽり収まっています

さすがに
熊野まで歩いていくことまでは
考えられませんが。。。

とりあえず
「橿原神宮」までは
頑張って歩いてみようと思います


8日には初稽古をいたします

そして
今年新たに「且座会」という名の
「お茶を飲む」ただそれだけを学ぶお稽古の会を
スタートします

第1回は1月24日に行います


玄庵茶事(GHP)は4〜5回できたらいいなあと
思っています

そして月々の研究会では
しばらくできていなかった「七事式」を
この一年しっかり
お稽古していきたいと思います


ブログを訪れて下さる皆様に
お茶の密やかな愉しみを
共に分かち合っていただけたら
幸いでございます

それでは
どうぞ今年もよろしくお願いいたします






33

2020/11/18

濃茶の各服点てで思ったこと  つれづれ
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今日は岡山のお稽古場に行ってきました

目にも鮮やかな紅葉を見上げながら
あっという間に過ぎていった
この一年を思いました

ちょうど一年前には
玄庵の席披きをいたしました


正直
「去年でよかった。。。」と
つくづく思います


家の外に一歩出れば
マスク着用が必須となった現在ですが
今朝の新幹線の中は
修学旅行生とGOTOトラベルの団体さんで
隣も前後もいっぱいでした!


何だか不思議なことだらけの一年でした


そして
お茶の世界では
濃茶の飲み回しは禁止!?


この状態は
いつまで続くのでしょうね・・・


今日のお稽古場では
濃茶の稽古にお客様5名


正客に入って下さいとすすめられて
まずは私一人一服点てで濃茶をいただきました


その後は
半東さんが水屋で一人分だけ
お茶を入れたお茶碗を持ち出し
亭主が点前座で一服ずつ点てて下さいました


私は飲んだお茶碗をとりあえず仮置きし
次客以降がお茶を飲み終わるのを
しばらく待っていました


お茶銘・お詰をお尋ねするのは
やはり亭主が全て点て終わってからになります


その間
結構長い時間じっと待ちました


点前に時間がかかって
濃茶の高揚した気分を持続させることが難しく
しかも
一人ずつ違う茶碗でいただくことからは
当然ながら連客との一体感は薄くなると感じました


こういったことは
頭では容易に想像がつくことですが
実際に体験してみて

四百年以上前
利休の始めた「すい茶」つまり「飲み回し」が
いかに素晴らしいことであるのか
あらためて実感することができました



どんなことにも
光を当てればそこから良きことが見えてきます


飲み回しのできない今を経験して初めて
飲み回しをすることの意義を実感できたことは
私にとっては
とても大きな生きた学びとなりました


全ての人が何の怖れもなく
濃茶を飲み回しできる日が
今後お茶を続けていく日々の中に
訪れるのか訪れないのか
それは私にもわかりません


それでも
コロナ禍という思いもよらない事件のおかげで
濃茶を飲み回すことの素晴らしさを
今の時代に実感できたことを
私は幸せに思うことにいたします


13

2020/11/13

何を習うかより誰に習うか!?  つれづれ
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昨日の稽古場で
以前家元の天然忌に行かせていただいた折
ある宗匠が仰った言葉が話題になりました


新席に掛けられた
大龍和尚筆「仏祖正脈」のご説明をして
いただいた時のことです


「何を習ったかよりも『誰に習ったか?』ということが大事なんです」


という言葉を耳にしました


その場は一同苦笑いで楽しくお聞きしたのですが
私には正直
その言葉の真意がどこにあるのか
わからないまま
しばらく胸の奥でくすぶっていました

同席したお弟子さんたちも
この言葉には少なからず衝撃を受けられたようでした


「皆さんはどこで何を習ってきたのか知りませんがね
お茶を習うのでしたら
私のようなエライ先生につかなければ意味無いですよ」


その宗匠がまさかそんなことを仰ったとは思えませんが
一瞬ドキリとしました


なぜなら
私は家元直々にお習いしていませんし
同門会などで活躍しているわけでもなく
ほんの2回大寄せ茶会は経験させていただきましたが
あちこちで釜を懸けられるような
いわゆる”力のある先生”でもありません


時には
お弟子さんが外で肩身の狭い思いをすることも
あるような気がして
申し訳なく思うこともあります


それでも
そんな私のような無名の”町の先生”に
熱心についてきて下さるお弟子さん達がいることに
いつも感謝しています

私にとってはそのお弟子さん達が
唯一誇れる宝です


「この先生にお茶を習ってよかった」


ご縁あって
私のもとで精進なさっているお弟子さんに
心底そう思っていただけるよう
ひたすらお茶の道を求めて
自分らしく邁進していきたいと常々思っています


ところで
先日他のお流儀の方からこんなことを聞かれました

「私の流儀では
つく先生によって教える内容がすごく違うのですが
表千家さんではどうですか?」


それに対し
私はこのようにお返事させていただきました


「確かに表千家でも
宗匠方によって仰ることが少しずつ違います
けれでも表千家では
その色々ある流れの
どれが正しくてどれが間違っていると言うことはなく
その全てをのみこんだ大きな流れを『表千家流』と
考えているのだとお聞きしています」


彼女は少し不思議そうに
「ふうん・・・」と仰っていました


さて冒頭の
「何を習ったかよりも『誰に習ったか?』ということが大事なんです」

これを仰った宗匠の真意は
もしかしたら
このことに関係あるのではないでしょうか


つまり
私達がお茶を習う先生には
必ずその先生が習われた先生が存在し
その先生にもまた
師事された先生が存在し・・・と
どの人にも
家系図のようにたどっていくことのできる流脈があるはずです


教えられる内容には
その流れによって多少違いはありますが
大切なことは
その中味の間違い探しを云々することではなく
自分に注ぎこんでいるその流脈です


『自分に縁のあった
その流れに意味があるのです
ご自分の習っている
その先生の教えを大切にしなさい』


「何を習ったかよりも『誰に習ったか?』ということが大事なんです」


この言葉を通して
宗匠が伝えようとされたのは
もしかしたらこのだったのかなと
今になってあらためて気づきました



ですから
もし色々なお流儀や
同じ流儀でも異なる先生に習っている方々と
お作法が違っているとしても
それを当たり前のこととして
むしろ豊かさとして受け止める心が
必要です

そして
例えば違う考えの方と協力して
お茶会を催さなければならないような場面では

まずは相手の方の流脈を尊重し
たとえ自分の思いとは異なっていても

「あなたの意見に従いましょう」と
仰ったらいいのではないでしょうか

これは勝ち負けとかいったことではありません

でもその上で
もし求められたならば
同意されるかされないかは別にして
「私はこのように習いました」と
堂々と自信を持ってお伝えしてみてはいかがでしょう


_(._.)_
23

2020/11/9

欄間  つれづれ

週末に名古屋の実家に帰りました

実家の父は今
介護施設のベッドで
ゆっくりと最後の日に向かって
一日一日を過ごしています


母は少しずつ父のその状態を
自分の心に受け入れて
丁寧に一人暮らしをしています



週に1回は
近くに住む妹が
母の様子を見に行ってくれています


私は両親のために
何もできていないのですが
時々は時間をみつけて会いにいっています


先日稽古場で善哉を作った時に
母が小豆が好きだった事を思い出したので
今回は母のために作って
持っていきました


「小豆の匂いがするねえ・・・」と
思っていた以上に
喜んで食べてくれて嬉しかったです


滞在時間にできることは限られていますが
庭掃除のほかに今回は
お座敷の欄間を拭いてほしいと言われました


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生まれてから23年この家に住み
それからも帰るたびに目にしてはいましたが
この欄間をしっかり見たことが
今までに一度もなかったことに
あらためて気づきました


特別凝ったものでもありませんし
昭和時代には
きっと多くの家にあったであろう
菊と桐の素朴な欄間です

椅子の上にのって雑巾で拭きました

あらためて見てみると
失われつつある日本家屋の良さが
しみじみと感じられました


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