ようこそ、お入りを・・・。

2020/11/18

濃茶の各服点てで思ったこと  つれづれ
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今日は岡山のお稽古場に行ってきました

目にも鮮やかな紅葉を見上げながら
あっという間に過ぎていった
この一年を思いました

ちょうど一年前には
玄庵の席披きをいたしました


正直
「去年でよかった。。。」と
つくづく思います


家の外に一歩出れば
マスク着用が必須となった現在ですが
今朝の新幹線の中は
修学旅行生とGOTOトラベルの団体さんで
隣も前後もいっぱいでした!


何だか不思議なことだらけの一年でした


そして
お茶の世界では
濃茶の飲み回しは禁止!?


この状態は
いつまで続くのでしょうね・・・


今日のお稽古場では
濃茶の稽古にお客様5名


正客に入って下さいとすすめられて
まずは私一人一服点てで濃茶をいただきました


その後は
半東さんが水屋で一人分だけ
お茶を入れたお茶碗を持ち出し
亭主が点前座で一服ずつ点てて下さいました


私は飲んだお茶碗をとりあえず仮置きし
次客以降がお茶を飲み終わるのを
しばらく待っていました


お茶銘・お詰をお尋ねするのは
やはり亭主が全て点て終わってからになります


その間
結構長い時間じっと待ちました


点前に時間がかかって
濃茶の高揚した気分を持続させることが難しく
しかも
一人ずつ違う茶碗でいただくことからは
当然ながら連客との一体感は薄くなると感じました


こういったことは
頭では容易に想像がつくことですが
実際に体験してみて

四百年以上前
利休の始めた「すい茶」つまり「飲み回し」が
いかに素晴らしいことであるのか
あらためて実感することができました



どんなことにも
光を当てればそこから良きことが見えてきます


飲み回しのできない今を経験して初めて
飲み回しをすることの意義を実感できたことは
私にとっては
とても大きな生きた学びとなりました


全ての人が何の怖れもなく
濃茶を飲み回しできる日が
今後お茶を続けていく日々の中に
訪れるのか訪れないのか
それは私にもわかりません


それでも
コロナ禍という思いもよらない事件のおかげで
濃茶を飲み回すことの素晴らしさを
今の時代に実感できたことを
私は幸せに思うことにいたします


13

2020/11/13

何を習うかより誰に習うか!?  つれづれ
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昨日の稽古場で
以前家元の天然忌に行かせていただいた折
ある宗匠が仰った言葉が話題になりました


新席に掛けられた
大龍和尚筆「仏祖正脈」のご説明をして
いただいた時のことです


「何を習ったかよりも『誰に習ったか?』ということが大事なんです」


という言葉を耳にしました


その場は一同苦笑いで楽しくお聞きしたのですが
私には正直
その言葉の真意がどこにあるのか
わからないまま
しばらく胸の奥でくすぶっていました

同席したお弟子さんたちも
この言葉には少なからず衝撃を受けられたようでした


「皆さんはどこで何を習ってきたのか知りませんがね
お茶を習うのでしたら
私のようなエライ先生につかなければ意味無いですよ」


その宗匠がまさかそんなことを仰ったとは思えませんが
一瞬ドキリとしました


なぜなら
私は家元直々にお習いしていませんし
同門会などで活躍しているわけでもなく
ほんの2回大寄せ茶会は経験させていただきましたが
あちこちで釜を懸けられるような
いわゆる”力のある先生”でもありません


時には
お弟子さんが外で肩身の狭い思いをすることも
あるような気がして
申し訳なく思うこともあります


それでも
そんな私のような無名の”町の先生”に
熱心についてきて下さるお弟子さん達がいることに
いつも感謝しています

私にとってはそのお弟子さん達が
唯一誇れる宝です


「この先生にお茶を習ってよかった」


ご縁あって
私のもとで精進なさっているお弟子さんに
心底そう思っていただけるよう
ひたすらお茶の道を求めて
自分らしく邁進していきたいと常々思っています


ところで
先日他のお流儀の方からこんなことを聞かれました

「私の流儀では
つく先生によって教える内容がすごく違うのですが
表千家さんではどうですか?」


それに対し
私はこのようにお返事させていただきました


「確かに表千家でも
宗匠方によって仰ることが少しずつ違います
けれでも表千家では
その色々ある流れの
どれが正しくてどれが間違っていると言うことはなく
その全てをのみこんだ大きな流れを『表千家流』と
考えているのだとお聞きしています」


彼女は少し不思議そうに
「ふうん・・・」と仰っていました


さて冒頭の
「何を習ったかよりも『誰に習ったか?』ということが大事なんです」

これを仰った宗匠の真意は
もしかしたら
このことに関係あるのではないでしょうか


つまり
私達がお茶を習う先生には
必ずその先生が習われた先生が存在し
その先生にもまた
師事された先生が存在し・・・と
どの人にも
家系図のようにたどっていくことのできる流脈があるはずです


教えられる内容には
その流れによって多少違いはありますが
大切なことは
その中味の間違い探しを云々することではなく
自分に注ぎこんでいるその流脈です


『自分に縁のあった
その流れに意味があるのです
ご自分の習っている
その先生の教えを大切にしなさい』


「何を習ったかよりも『誰に習ったか?』ということが大事なんです」


この言葉を通して
宗匠が伝えようとされたのは
もしかしたらこのだったのかなと
今になってあらためて気づきました



ですから
もし色々なお流儀や
同じ流儀でも異なる先生に習っている方々と
お作法が違っているとしても
それを当たり前のこととして
むしろ豊かさとして受け止める心が
必要です

そして
例えば違う考えの方と協力して
お茶会を催さなければならないような場面では

まずは相手の方の流脈を尊重し
たとえ自分の思いとは異なっていても

「あなたの意見に従いましょう」と
仰ったらいいのではないでしょうか

これは勝ち負けとかいったことではありません

でもその上で
もし求められたならば
同意されるかされないかは別にして
「私はこのように習いました」と
堂々と自信を持ってお伝えしてみてはいかがでしょう


_(._.)_
22

2020/11/9

欄間  つれづれ

週末に名古屋の実家に帰りました

実家の父は今
介護施設のベッドで
ゆっくりと最後の日に向かって
一日一日を過ごしています


母は少しずつ父のその状態を
自分の心に受け入れて
丁寧に一人暮らしをしています



週に1回は
近くに住む妹が
母の様子を見に行ってくれています


私は両親のために
何もできていないのですが
時々は時間をみつけて会いにいっています


先日稽古場で善哉を作った時に
母が小豆が好きだった事を思い出したので
今回は母のために作って
持っていきました


「小豆の匂いがするねえ・・・」と
思っていた以上に
喜んで食べてくれて嬉しかったです


滞在時間にできることは限られていますが
庭掃除のほかに今回は
お座敷の欄間を拭いてほしいと言われました


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生まれてから23年この家に住み
それからも帰るたびに目にしてはいましたが
この欄間をしっかり見たことが
今までに一度もなかったことに
あらためて気づきました


特別凝ったものでもありませんし
昭和時代には
きっと多くの家にあったであろう
菊と桐の素朴な欄間です

椅子の上にのって雑巾で拭きました

あらためて見てみると
失われつつある日本家屋の良さが
しみじみと感じられました


12

2020/10/31

444444のメッセージ  つれづれ

昨日は稽古場「洗心亭」の炉に
灰をいれました

風炉を洗ったり
灰の入ったポリバケツを運んだり
畳を運んだり・・・


そのせいか
今日は朝起きようとしたら
腰が痛くて寝返りがうてず
なんとか起き上がったものの
どうも腰の辺りが重く違和感がありまして
一日家でゆっくり休養することにしました


そして
ふと手にとったスマホで
このブログ「一期一会」を開いてみましたら・・・


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なんときれいに

444444

という数字が並んでいました


これまでの総アクセス数です

四十四万四千四百四十四回


ありがたいことです


ブログを始めた当初は
一日数名の方だけに
見ていただくようなサイトでしたが

最近ではうれしいことに
毎日全国から
150回ほどのアクセスをいただいているようです

そのことを励みとしていますとともに
責任を持って記事を載せていかなければと
気持ちを引き締めています


数字には
どの数字にもそれぞれの特別な意味が
隠されているといいます


4という数字の意味を調べてみたら
次のようなことが書かれていました


「あなたが目的をしっかりと持って堅実に前に進むなら
守護天使があなたの願いを叶えるお手伝いをしますよ」という意味




私の目的・そして願いは

今生自分が関わることになったこの茶道を
命ある限り心を込めて続けていくこと


そして
その奥深い愉しみを
周りの人と分かち合うこと


その結果として
これまで脈々と受け継がれてきた
茶道の流れを
次の世代へと伝えていく鎖の一つに
なりたいと思っているのです



今日も
このブログを訪れて
遠くからそっと応援して下さっている皆様に
心より感謝いたします


(^人^)








25

2020/10/23

台天目のこと  つれづれ

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表千家の免状には
「習事」「飾物」「茶通箱」「唐物」「台天目」「盆点」があり
その修業課程に応じて
それぞれの師匠を通じて相伝が授与されます

今日はその中の「台天目」について
私の個人的なお話をさせていただきます

とはいっても
もちろん点前の内容について
触れることはできません


相伝物は現代の情報化時代にあっても
全てがオープンにはなっておらず
師匠から弟子へと
直伝されるべき性質のものなのです


私が初めて台天目の相伝を受けたのは
今から40年ほど前の1981年(昭和56年)のことでした

当時習っていた名古屋八事の先生に
相伝の茶事をしていただいたのは
とても暑い日だったことを覚えています

その後まもなくして
私は出産を機にお茶の世界から離れました

長いブランクの後
再び茶の道を歩き始めてから
何人かの先生とご縁をいただき
台天目のお稽古をつけていただく機会は
何度かありました


お陰様で
点前の流れだけはだんだんわかってきたのですが
細かい所作については
自信のないところが何カ所かありました


しかし
一昨日のこと
ようやくその疑問が解決する時が訪れました


今師事している師匠には
ちょうど11年前の10月からご指導を受けています


これまでにもちろん
何度も台天目のお稽古は見学させていただいたのですが
やはり細かい点が
見ているだけではよくわかりませんでした


しかし人数の関係で
一年の内で点前をさせていただける機会は多くて3回

しかも自分がお点前をする月に
必ずしも台天目の稽古があるわけではありません

実は昨年の9月に入門10年目にして
待望の台天目をさせていただくチャンスが訪れたのですが
その日は何と当日になって急に
稽古内容が変更になってしまいました

もう私が台天目の点前をご指導していただく日は
来ないのかな。。。と
諦めていました


ところが
一昨日は当番月で
一度に唐物と台天目と盆点のお稽古があり

11年越しの念願叶って
ようやく台天目を直接ご指導いただくことができました


感激のあまり
普段何気なくできているようなことが
すっかりとんでしまって
頭が真っ白になってしまいましたが

点前が進むにつれ
少しずつ落ち着いてきて
疑問に思っていたことを
しっかり教えていただくことができました


帰りの新幹線の中で
ご指導いただいたことを
一つひとつ思い出してノートしましたが
まだ忘れていることがあるような気がして

今日は稽古場へ行って道具を出して
復習をしてみました


これからは
点前に迷いなく心をいれ
より深い世界へと
歩を進めることができそうな気がします


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