ようこそ、お入りを・・・。

2019/7/16

堀内宗心『私の茶の湯考』よりD  座右の書
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堀内宗心『私の茶の湯考』世界文化社
          
「第6章 私と茶ごころ」より抜粋

わび茶の原点に帰れ

(p225)
21世紀の茶の湯ということを考えるうえに
茶の湯、道具、稽古の一体化への努力ということが
必要であります。


(p226)
わび茶の本義は道具一種に徹することであると
私は申しておりますが
他の道具は多少軽いものであっても
寄せて茶事をするということは
その人の見識と力量によることであります。...

そのような道具では満足できないという人があれば
そういう人は客に呼ばなければよいだけのことであります。



懐石は一汁二菜が原則

(p227)
茶事の食事というのは、濃茶をいただくための
必要十分な食事を用意することで
いくらもてなしといっても
過剰の食事と不必要な時間の浪費は
慎むべきことであります。



真のわび茶

(p236)

わび茶といえば
今日ではどちらかと言えば草葺きの屋根の下で
さびかけた茶碗でもひねくっているような
いわゆるわびたる風態であることをわび茶と考え
考えさせる傾向がありますが
むしろこれは形の上のわびと考えるべきことで
私がかねてわび茶の原点として強調してまいりましたように
村田珠光の原点にかえって
精神的な意味において
わび茶のあり方を考えねばならないということであります

わび茶には
大いなる勇気が必要であるのであります。
利休が草庵の茶室を推進し
楽茶碗を登用したということにも
非常な勇気が必要であったはずであります。

この点が
わび茶といわれる点なのであります。

後生の茶人が
その形だけをまねてわび茶と称するのは
死んだわび茶というべきであると
私は考えます。



※この最後の一文は
とても厳しい一言に感じます。

肝に銘じて・・・と言いたいところですが
わび茶の幼稚園児としましては

まずは
先人を真似ることから
始めるしか進路は見つかりません。

エセ侘び茶人の非を認めつつ
いつか真の侘びに近づけることを願い
令和元年の秋
橋を渡り
小さな船を漕ぎ出して参りたいと思います。


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2019/7/15

堀内宗心『私の茶の湯考』よりC  座右の書
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「第4章 茶の湯と禅」より抜粋

(p166)
私は若い頃、自然科学の学徒でありましたので、
自分なりに真理の本質、物質の極限を見極めようと
四苦八苦しているあいだに、いつのまにか
「空」に近いもの、「無」に近いものを意識していました。

素粒子というのは...この未解明の実体にはタッチしないという
前提で出発するのが、波動力学であり、量子力学でもあります。...

私はこの得体の知れないものを胸に抱えたまま、
禅学を学ぶことになりました。...

「空」とか「無」というのは何か、という問題に戻ります。...

絶対に動かないものは何か、と考えてみるとき
これが「空」であり「無」であるのであります。
この絶対に動かないものに帰一することが
仏法の本質にある教えなのであります。

この絶対に動かないものに移行しうることが
「安心」(あんじん)ということであり
これが解脱であります。

解脱は移行であって、つねにまた自分に戻るのであります。

仏教、特に禅においては、智恵も煩悩も
すべて身に具備したままで
自由に「色」と「空」との間を移行しうるという境涯を
身につけるのが禅の立場であり
釈迦はこれを「微妙の法門」と言っておられるのであります。



(p173)
茶の湯は、
つねにその時代の人とともに生きているのであります。

我々が心すべきことは、
たんに先人の跡を踏襲するのではなくて、
さらに百尺竿頭一歩を進めるということであります。
これが利休にならうということであると
私は考えています。




「第5章 茶の科学」より抜粋

(p184)

一見、自然科学と禅はまったくかけ離れた
互いに結びつかないもののように
考えられがちでありますが
自然科学は明らかに宇宙の根源、真理の本体を
見極めようと努力している学問であり

禅学もまた窮極、真理の本体に迫り
その認識のなかから自己を見ようとする学問であります。

これらはまったく同じ目標に向かって進む
学問といえます。


*私事で恐縮ですが、私自身もお茶から長く離れていた一時期
この世の「本当のこと」が知りたいと渇望していた中で
科学と宗教の行き着く先が同じ場所であることを
おぼろげながら知って驚きました。
また、この世の真理はどこか遙か彼方や難解な世界にあるのではなく、
ごくごく身近な日常の中にあふれていることに気づかされるという体験をし、
その時点での気づきを「聖なる日常」という本にまとめました。
その出版直後に茶道と再び出会うこととなり
茶道はまさにその真理を深め体現する、実践の世界であることを知りました。



(p188)
茶室に一輪の花を見るとき
まさにこれは色の極致であり
宇宙の根源に根ざした
空の実体でもあるのであります
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2019/7/15

堀内宗心『私の茶の湯考』よりB  座右の書
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「第3章 わび茶の原点」より抜粋

(p114)

一、道具一種の茶の湯

わび茶の湯というのは
使用する道具が唐物であるとか、和物であるとか
天目であるとか楽茶碗であるというところにあるのではなく
むしろ、茶事の仕様そのものにあるのであって
これが珠光以来の伝統であります。
時代が下って、茶室が草庵化し、
道具もわび道具になっても
道具一種の原則を貫くことこそが、わび茶の湯と言い得る
条件なのであります


(p116)
一、礼儀の厚きを本とすること

「只礼ノ厚きを本トス」とは
わび茶の湯として、礼儀を重んずるということを
現代まで厳格に伝えてきた事実と対照して
わび茶の湯の重要な一要素と見ることができる


(p116)
一、茶人は茶人としてあるべき自覚が必要である

わび茶というのは単なる遊楽の世界ではなく、
村田珠光の当初から常にみずからを戒め
他を戒めてきた事実があります。...


我慢(我執)に陥ることを戒め
道具については唐物と和物を調和混用すること
未熟な茶人が土ものの水指やさび道具を使って
見かけのわび茶人になりすましたりすることを戒め
つねに長上を敬い
後輩をいつくしむという茶人の心得を説き
しかも茶人は常にわが心の師となり
心を師としてはならぬと戒めています




茶事の場面が紹介されているカラー頁の中に
こんな写真が載っていました

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右上の写真に
思わず「おやっ...!?」


右下の花入れを見て
「あらっ...」

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2009年5月27日の記事より


なんだか似ているとは思いません。。。?

こちらは2009年に行われた
「千家十職×みんぱく」のミュージアムショップで売っていた
フィリピン製の籠ですが...







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2019/7/14

堀内宗心『私の茶の湯考』よりA  座右の書
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「第1章 茶道について考えること」より抜粋

(p27)
お茶を一生懸命なさっておれば
それは禅の内容になっておるわけですから。...

禅というのは、けっしてひとつの修行の形だけではないですから。
ほんとうの禅は、日常茶飯にしていることが禅なんです。...


仏法の具現といいますかね。禅宗というのは、
さ、おあがりなさいというてお茶をいただけば、
仏法の本体になっているわけなんです。
仏法の本体ってあらゆるものですから。
石が転げても仏法です。



(p35)
茶事というのは、稽古をして習うという習い事では
ないのであります。
実際に茶事を何度も経験して、その場に臨んで
その積み重ねで会得していくべきものであります。...

禅では座禅を重んじますが、
これが悟りを身体で会得する方便なのであります。
禅は静にあって動を培うのであり、
茶は動にあって静をはぐくむものであります。


「第2章わが人生、思い出の人々」より抜粋

(p46)
還暦といえば人ごとのように思っていましたが、
いつのまにか人に還暦といわれ、
また会のほうからお祝いをしていただくようなことに
なってしまいました。
大正八(1919)年一月二十日の生まれであります。...

私の実母(幾)は昨年十二月二十四日満八十八歳を
迎えました。私の少年時代、長命の代表のように思っていた
祖母(智光、八代・松翁宗完の室)が八十四歳までおりましたが...


※巻末の初出一覧を見ると
この文章が初めに書かれたのは、昭和54年のようです。
それは、私がまだ名古屋でお茶を習っていた二十代の頃です。

そして、宗心宗匠がちょうど今の私の年齢と同じ頃に
この文章をお書きになったことを思います時
その頃の宗匠のご心境に親しみのようなものを覚えます。

また、お祖母様のお名前に「智」の一文字があることに気づいて
こっそりと喜んでおります


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2019/7/13

堀内宗心『私の茶の湯考』より@  座右の書
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「第1章 茶道について考えること」より抜粋

(p13-14)
お茶を含めて、人を指導するということは
ひとつの菩薩道であります。

つねに相手と同じ高さまで身を落として、
すなわち身を低めて、そうして
人を引き上げるということであります。

荷物の集配所で働いているリフトのように、
その人のところへ走っていって、
荷物と同じ高さまで支台を下げて
荷物を持ち上げて
目的地に持っていくのであります。



(p15)
わび茶の三原則について

一、道具はもちろん、花や料理にいたるまで、
心を込めるべき、主となるものは一つに絞ること、

一、礼儀を正しくすること、

一、茶人はいかにあるべきか、という自覚をもつこと、



(p16)
使用目的を優先しないと茶器としての意義はないのであります。
茶器に限らず、建築の場合、すなわち茶室について
必ずしも茶人の作意が先にたつのではなくて
必要に迫られた条件によってこれに適合するための
工夫と努力から茶室は創り出されるということであります。



(p21)
道具一種のわび茶について

これというものが一つあれば
お茶ができるという考え方です

作為は作りだしていくものではなくて
場に臨んで必要から生まれてくる、
そうせんでもいいものを無理につくるというのでなく
自然に出てくるというのが
ほんとうの作為であると思います。



(p22)
季節感について

季節があってええんです。ええんですけども...
私はもっと自由に使ってええんやないかと思うんです。...
むしろ集中すべきなのは直心の交わりで
客と自分の対決であって
季節というのはおのずからのものだと、私は言うんです。



(p23)
わび茶と主客の対決について

対決は対決なんで喧嘩する意味の対決ではない。
相対することなんですね。
別になんの飾り気もなく人と人がふれあうと。




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