以前このブログにて紹介させていただきました、ザ・ジャネットと、ザ・バッドボーイズですが、この2つのグループからオフコースへとメンバーが流れる、という話を以前しました。
そうしてザ・ジャネットから大間ジローさん、松尾一彦さん、ザ・バッドボーイズから清水仁さんがオフコースのメンバーになるのですが、
オフコースが解散後、A.B.C.(アコースティック・ビートルズ・クラブ)を結成して現在も活動中。
ミクシィの、ぼくも参加している同コミュニティのお知らせにより千里の住宅展示場でフリーライブがあると知り、大阪に住む友人たちと行ってきました。
新大阪に着き、西のポップンロール界を牛耳っている2大巨頭、VON SENTIMENTAL(以下VON.)とそのヨメさん、D5 ROMANTIK NITE(以下D5.)の4人と合流。
ぼくが前の晩にポップンロール界、東の番人、A2Silly Boyくんとこれからのポップンロールの行く末について熱っぽく長電話をして(結論は「御意見無用の攻めの姿勢」でいこう、ということになりました)
図らずも寝坊をしてしまったため会場へ直行。
住宅展示場に建ち並ぶモデルハウスを観ながら、皆みのもんバリに
「い〜いねぇ〜!!」
を連発しつつ、イチミリも家屋に興味がないことをアッピール。
どうやら敷地内の中心にある、コテージ風の建物の中で行われるようだ。
扉を開けると、中は見事に家族連れの方々ばかり。
滋賀のがばいパンクスのぼくは早くも「お呼びでない」感に苛まれつつも、気を取り直し着席。
演奏の形態は清水さん、松尾さんがアコースティックギター、大間さんはカホン(ペルーの民族楽器で、本体である木箱を跨って叩き、演奏する)コンガ、シンバルというシンプルなもの。
演奏していたのはビートルズのHere Comes The SunやBlack Bird、Obladi-Obladaなどの馴染みやすいナンバーからFool on the Hillのような馴染みにくい(笑)ナンバーと、オフコースの'82年に出た、I LOVE YOUというアルバムの中から、松尾さんが作曲した哀しき街(だったと思う)、A.B.C.として録音されたアルバムからの曲。(記憶が確かなら、夕陽ってタイトルの曲が素晴らしかったです)
当たり前ですが、「わかってる大人」の貫禄たっぷりのステージどした。
サポートでキーボードを演奏していたのは、竹田元さんという方で、知ってる人は知っている、AIRZ(シングル盤持ってます)というグループでデビューし、有名どこでは映画「がんばっていきまっしょい」で音楽を担当しておられます。
何曲か演奏が終わり、自己紹介などのMCのスキをみて、VONくんのヨメさんがまるでのど自慢の客席の応援団か、スタ誕審査員バリにばっ!とジャネットの「あの娘の〜ep」を掲げ、それに便乗し、今だ!とばかりに皆でシングルを掲げた。
目を丸くした大間さんが、
「あれはぼくたちがオフコースの前にやっていたジャネットっていうグループですよ!
すごいなぁ、是非会場の皆さんにも見せてあげてください!」
というので、
まるでラウンドガールのように会場の全体に見えるように見せて回りました。
「なんで持ってるの!?あとでサインしましょう!」
と驚いて、それからはMCがその当時の話になり、なかなかに貴重な話も聞くことができました。
そのまた前身のドナルドダックとか(笑)
そうした後、二部に渡るステージは終了し、
ジャーマネさんの粋なはからいで、なんと楽屋に招かれ、皆でレコードにサインしてもらいました。(森高千里的に言うと、あ・た・し・ミーハー!)
そこで、レコードを買って聴き、香港映画のワイヤーアクションのようにぶっ飛んだっちゅー話を伝え、2点の重要な話を聞き出しました。
ぼくがこのシングルにおいて一番のミステリーだったのは、ペズバンドより先に「File Under:POPULAR pop groups」と表記していたこと。大間さん、あれは誰が考えたんですか!?
「もう随分昔の話なんで忘れちゃったな〜!」
くぅうっ!肝心な部分だのに!
しかし、答えがないほうが夢があっていいかも知れない。
あと、
「活動していた当時、どんなグループを好きでよく聴いてましたか?」
との答えに、
大間さんの口から最初に出たのが「FACES」でした。
なんせ、英国音楽が大好きだったそうで、バッドフィンガー、パイロット、ラズベリーズ(これはアメリカですが)も好きで聴いていたと。
最後に畏れ多くもA.B.C.メンバーのご三方に収録させていただきました、っちゅーご報告を兼ねてキルドバイアイドルCD青盤を勢いで差し上げました!
ぼくの「この素晴らしすぎる曲を、できる限り広めたい」という言葉に対し、
メンバーの皆さんや、ジャーマネの方は「ありがとう!そして、A.B.C.もヨロシクお願いね!」
と、ちゃっかり宣伝されてしまいました(笑)
別れ際、固く握手をし、
背中に聞こえた大間さんの
「また会おうね!」
の言葉が、ひたすらに嬉しかったその日のハイライト。
しかし、帰り、スタジオへバンド練習へ向かうの電車の中で「やっちゃった感」的なこっ恥ずかしさがこみあげてきましたが、
ありったけの愛と共にブチ込んだので、その辺りのアレがイチミリでも伝わればいいな、と思います。
1975年当時、アイドルロックバンドって言われていたらしいが、ロックさえ浸透していなかった当時の日本でここまでパワーポップしている凄い曲を書いた人達がいたっていうのは、世界に誇れるとぼくは思う。
生きててよかった!


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