2010/10/22

理性が毒を受け入れた時、犯罪者が生まれる。  主張

 普通の人から見れば、到底、理解できないような犯罪者がいます。何故、そんな酷い事が出来てしまうのか、想像もできません。
 けれど激怒した弾みで殴ってしまったとか、そういう衝動的な犯罪であれば、おそらく殆どの人が理解できます。自分がやってしまう場合も有り得ると、多少なりとも感じられます。
 ここで問題にするのは、そういう発作的なものではない、心根が腐ったような慢性的な犯罪者です。なぜ犯罪者は生まれるのか、その心の中をお伝えします。

 まず人間は誰でも、心の中に毒を持っています。この毒を抱えている器は、心のエラーです。
 心のエラーが何なのかと言うと、要するに感じ方のエラーです。自分にとって怖くも何ともない物が、何故か不合理に脅威に見えてしまうような事です。そういったエラーを人間は、誰しも数百や千という単位で抱えています。それが自覚できないのは、潜在意識の部分で反応をしていて、表面上の意識では気付き難いからです。
 心に毒が溜まると、心のエラーは活性化します。理性的な部分とは、対立関係にあります。これをキリスト教では、善の心とサタンが働いた悪い心の対立として表現しています。もちろんサタンという元天使の悪魔が実在するわけではありません。
 一方、人間には知性があります。頭で自分の心をコントロールしたり、整理をします。
 心のエラーや毒を、理性と明確に区別している内は、その人は犯罪者にはなりません。突発的に何かをしてしまう危険性はあっても、日常的な犯罪者にはなれません。
 犯罪者になってしまうのは、その善と悪との区別が曖昧になり、理性が食い破られた時です。言い方を変えると、理性が毒を受け入れて、理性だった領域をグレーや黒に染めてしまった時です。
 もはやその人には、善を選ぼうとする動機がありません。心のエラーと毒が下す命令は、常に破滅的です。私利私欲を満たすために犯罪をするのではなく、犯罪をする事そのものが目的になります。私利私欲を満たすのは、次いでのようなものになります。
 ただ勿論、殆どの犯罪者の心の中には、理性の部分も残されています。ですから100%の純粋な悪人になるというのも、またハードルが高いのです。
 ですがそう考えると、100%の善人というのも、やはりなかなか出会えません。それは理性だけで心が構成されている人間は、通常では考えられません。多くの宗教家がそれを目指しますが、無理であると悟って終わるのが大半です。

 犯罪者にならないために必要なのは、まず知性によって、明確に理性とエラー(および毒)とを区別する事です。区別して絶対に、混ぜ合わさない事です。
「負の部分も含めて人間なんだ」という意見は、一見、真理に見えるかもしれません。けれどそれは明確に誤りで、人間は心の本体は、あくまでも理性なのです。



一義流気功 心と身体、生き方の総合気療
http://www.ichigiryu.com/

一義流気功教室 普通の人が出来る外気功術
http://www.healing-t.com/

一義流筋力補正法 オリンピックから草野球まで、運動能力の強化
http://www.kin-hosei.com/

人気ブログランキングへにほんブログ村 健康ブログへ
にほんブログ村ブログランキング【くつろぐ】
2



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ