2011/10/8

「ありがとう」と感謝しなさいの効果は?  主張

 今回も引き続き、【心のための話】の実用性について、お話をします。
 もしかしたら、今回はある意味、過激かもしれません。正しい内容はただ正しいというだけで、読み手にとって刺激が強くなる時もあります。

「ありがとう」と感謝しなさい、という話によく出合います。感謝の気持ちを持つことは、自分の心にとって高いプラスの効果があるというのです。「ありがとう」と発言をするワークなどもあり、繰り返している内に泣いてしまう人もいます。
 確かに、その効果は事実です。ありがとう、という感謝の気持ちは、心を浄化させる作用を持っています。

 これには3つの理由があります。

 まず一つ目の理由です。人間の心にとって最高の浄化作用を発揮するのは、「美しさ」の感覚です。誰もが美しい自然風景や夜景、芸術作品などに癒された経験があると思います。美しさは励ましたり、慰めたり、といった事はしません。何も言いませんし、意志表示もありません。けれど人は美しさに心を動かされ、癒されるのです。
「ありがとう」という感謝の気持ちは、この美しさの感覚と波長のようなものが似ています。感謝という概念それ自体が、癒しの波を持っています。

 二つ目の理由です。ここで更に、「ありがとう」と思うことは、心を開くことでもあります。心を閉ざしながら、できるものではありません。
 心が緩みます。そうすれば頑に心で淀んでいた負の感情のエネルギーが流れ始めます。負の感情が流れ、消えていきます。

 三つめの理由です。そして感謝はいわば、貸し借りで言えば借りという感覚です。当然、借りを返そうという発想に繋がります。言い換えると、「何かをしてあげたい」という気持ちです。
 人間は誰でも、他人や社会に貢献するのが大好きです。自分が愛を何かに傾けているという状態ほど、気分の良いものはありません。人は利己よりも利他に、喜びを見出すように出来ています。愛情は受けるよりも、与える側の方がより心地よいものなのです。
 そんな気持ちになると、心のトーンが向上していきます。精神性が上がり、そこは恨んだり嘆いたりするゾーンに比べ、遥かに幸福な領域です。

 こうして改めて確認してみると、「ありがとう」という感謝の思いが、如何に強力にその人の心を癒し、健全化させるのかが理解できます。
 キリスト教も仏教も、これを重要なポイントとして教えに組み入れています。


 ですが残念ながら、感謝の思いは、人の心を歪ませる根本的な原因までには届きません。その上にある歪みを強力に正しはしますが、奥底にある異常反応が影響を受けることはありません。
 あくまでも表面上のバランス取りの域です。
「感謝」「感謝」と異常なほどに繰り返されるケースも多く目にしますが、これは心を浄化させるために懸命になっている姿です。それだけ心の奥底では、多くの問題が手付かずのままに渦巻いています。

 異常反応が残る限り、人は正気であるための努力をし続けなくてはいけません。それがなくなれば、自分に「感謝」と言い聞かせる必要もなくなります。



一義流気功 心と身体、生き方の総合気療
http://www.ichigiryu.com/

一義流気功教室 普通の人が出来る外気功術
http://www.healing-t.com/

一義流筋力補正法 オリンピックから草野球まで、運動能力の強化
http://www.kin-hosei.com/

人気ブログランキングへにほんブログ村 健康ブログへ
にほんブログ村ブログランキング【くつろぐ】
12



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ