今日から裁判員制度がスタートする。果たして適切な正義が行われるのだろうか?
法とは正義を見極める物事である。選ばれた方々が正義を追求してその是非を判断する。先進国アメリカを習っての制度導入であるが、アメリカの経験、体験の奥深さと日本では、かなり異なる。
八百万の信仰的背景と一神教の国とは、元々異なる。
司法に民意と言うが、その問題は、民意の多様化にある。
例えば、私たちは、義務教育で裁判員制度のシュミレーションもしていないし、学んでもいない。
ノホホンとタレントや有名人に票を投じる民族に真実の探求が出来るのだろうか?
自然や環境を思うがままに破壊を許して来た民族に、正義の見極めが出来るのだろうか?
私は、甚だ疑問に感じている。
草刈携帯より


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