2011/3/31

孫、ふたり。  

昨日までの土佐教会の皆さんが朝からアリゾナメモリアル見学に出かけ、入れ替わりに、カリフォルニアから子ども達が到着。久しぶりの同い年の孫がふたり、まるで小熊が遊んでいるかのようである。

私たちはいつも通り、最後のデイオフを過す。

夜、「希望のダイヤル」の録音をする。最後のメッセージは詩篇133篇から届ける。

133:1 見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。
133:2 それは頭の上にそそがれたとうとい油のようだ。それはひげに、アロンのひげに流れてその衣のえりにまで流れしたたる。
133:3 それはまたシオンの山々におりるヘルモンの露にも似ている。主がそこにとこしえのいのちの祝福を命じられたからである。

私たちもこうでありたい。マキキもまた、このような群れでいてほしい。
27年間、続けられたことを感謝。お聞きくださったことを感謝。

しかし、これからは電話の時代ではなく、インターネットの時代。時代と人々のニードにあった働きを見つけ、育てることが大切。よって、「希望のダイヤル」は今夜を持って幕を下ろす。 感謝。
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2011/3/31

スタッフ。ミーティングも最後です。  

「最後のミーティングはどうしたいか?」「キャンセル」「それはだめ」「ではいつも通り」と言うことで、火曜日の9時、いつも通り、パーラーに集まる。

申し合わせて、一品持ち寄りのお茶の時間。ここで、顔を合わせたスタッフは一体何人いただろう。マキキでは常時10人くらいのスタッフがティームとして働く。共に働いたスタッフの総数は分からないが、共に働いた英語ミニストリーの牧師、その数15名。
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全く、ハワイもアメリカも、マキキも、何も分からずに来て、28年、多くを学んだ交わりである。やがて、この中に具志堅先生が加わり、新しい動きが始まる。楽しみである。

みんなの心ずくしは、国際的だった。フランス「チーズ・リール」、アラブ「ワックラバ」、ポルトガル「マラサダ」、中国「干し果物」、日本「枝豆」、アメリカ「ナッツ」、「アイスクリーム」、ハワイ「マカデミアンナッツチョコ」クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
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これからも、このチームが一つとなってマキキを支え、導く力となりますように・・と祈って締めくくる。
さあ、今日はメッセージの仕上げである。それこそいよいよ、いよいよの一日でした。
夜、帰ると土佐教会の皆さまも、今夜で黒田ホテル、最後の夜と証し会で楽しみました。
お祈り感謝。

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2011/3/29

最後の月曜日・・  

いつも通りに教会のオフィスに入る。いつも通りに月曜日課を進める。すべて、いつも通り・・只、来週の月曜日はもうここで、こうはしていない・・。
それが最後という意味でしょうか。

お昼過ぎて、昨日バプテスマを受けたYさんが来られ、ぎっくり腰のなりかけ・・というと丁寧に治療してくださる。おかげで、体すっきり、痛みも消えて、やれやれ & 感謝
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明日は今日日、明日中には最後のメッセージをまとめて、翻訳に送ろう。しかし、遂に最後の最後まで、その週のメッセージはその週にならなければ仕上がらずじまいだった。でも、これも最後、味わい、楽しもう。
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2011/3/28

日本語礼拝最後の日曜日。  

日曜日の夜中過ぎです。あっという間に、「最後の日曜日」は過ぎていきました。
朝、いつもより早く、メッセージリハーサルを終え、成田先生とフサさんと朝飯を済ませ、7時、教会に入り、いつも通りの日曜日が始まる。
違ったことは、もう来週が無いこと。来週は「日本語英語の合同礼拝」である。

もう終わりと言っていたはずの「聖書研究」のクラスにいつも通りに人が集まっており、土佐教会の成田先生と中川フサさんとを迎えて、高知からの目で見たRC(レインボウコネクション)について話していただく。今後、RCについて話される時には思い出してもらえる貴重な時となる。
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礼拝では、「28年ありがとうございました。」のごあいさつ。
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いつも通り、聖歌隊でも歌いました。
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礼拝の後、挨拶に立とうとすると、最初の「お疲れさんでした」とのご挨拶は息子からでした。
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いつも通りの愛餐会を終えて、今日は特別ですから・・と記念のツーショット。
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2時半、パーキングやっと見つけて、マジックアイランドの先端ラグーンでの最後の洗礼式。最後の最後の洗礼式です。Y兄はこの信仰告白のために、今朝日本からホノルルに到着。
「今日は、すばらしい日となりました。」と大感激。 私も最後・・と感激しました。
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すべてがいつも通りに過ぎてゆきました。そして、今、いつも通りにくつろぎ、一日を味わいなおしています。違いは、来週が無いことです。・・・
本当に、神様、28年間、ありがとうございました・・皆さま、ありがとうございました。
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2011/3/26

「お疲れさま」のごあいさつ、三様。  

ユースキャンプの皆さんが出発すると教会は静かになる。
今日はステートホリデイのクヒオデイ。鍵がかけられたゲートの音に出てみると久しぶりのKさんの姿。「今日は休日なので、のぞみの会はお休みですよ。」「いや、あなたに挨拶に来たのです。長い間、ご苦労様。」私しかいない教会に私を訪ねて来て下さったとのこと。しばらくぶりにお会いしたKさん、体調がすぐれぬ様子に家までお送りする。

昼には、今年、議長に就任したJさん。お昼をどうぞ・・とご一緒する。
このJさんは、28年前、招聘を受けた時に委員会のメンバーだったとのこと。「牧師は迎えられては、又去るもの。しかし、信徒は残る。」これからもマキキを支えてくださるJさんと今までの良い交わりを感謝する。
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夜11時、電話が入る。「東京のMでございます。」懐かしい声が聞こえる。久しぶりの連絡は「長い間、ご苦労様。・・引退パーティに行きたいと思っていたけど、今の日本の状況を考えて、控えることにしました・・」とのこと。
私の母と同い年のお母さんは昨年100歳で召され、今は一人暮らし。又、お許しがあればどこかでお会いできるでしょう・・。

静かな一日に、三様のお疲れさまを頂きました。  感謝、感謝・・。
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2011/3/23

今日もいろいろ・・  

「心に光を」放送の最後の担当の週。高知から着いたばかりのFさんを伴って、KZOO放送局へ。以前は緊張でコチコチだったラジオ放送も、28年間もお世話になるといつも通りの笑顔で話せる。1本はライブでオンエアー。残りの3日間分は録音する。

KZOOを出る時、時計は4時、10分前。4時からの新老人の会の世話人会に滑り込み。
事務局の引継ぎを何とか済ませて、やれやれ。

次は楽しみにしていた、朝勝さんのお店での夕食。十字架を掲げてお寿司を握る朝勝さんに会いたくて、お店に入る。十字架や何処?・・ありました!お店全体を眺めるような一等席で、輝いていた。不思議に溶け込み、わざとらしくない。
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おいしい夕食をお腹一杯頂いて、子衣で満腹してお店を出、今日もいろいろ・・の一日を感謝。

おいしい夕食をお腹一杯頂いて、心まで満腹でお店を出た。 今日もいろいろ・・・の一日を感謝。
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2011/3/21

最後の洗礼式  

朝目を覚ます、3時半。6時半の洗礼式にはまだ少し早い。礼拝メッセージのリハーサルをする。つまり、康子にメッセージを聞いてもらうのである。岸和田以来、毎週続けている日曜の朝の行事である。

5時半、今、ホームステイ中の学生たちも起き出し、昨晩から作ったおしるこをもってビーチに向かう。まだ暗い。パラツク雨模様の中を大勢の人が祝福に駆けつけ、洗礼式&転会式を行う。 主任牧師のパスターウェインが写真を取りに来てくれる。
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心一杯の賛美を捧げ、ひとりひとり、教会と神様のみ前に信仰告白をし、バプテスマを施す。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
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今日は風があり、水は冷たかった。でも、バプテスマを受けた時、皆、喜んだ。
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恒例のビーチでのポットラックは落ち着いて食べれるようにと、教会に移動。聖餐式&愛餐会となる。感謝に溢れ、思い出深い日曜となった。

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2011/3/19

こころから体操・・って知ってますか。  

今日はアロハチャペルの最後の日。
折りしも、日本からの「こころから体操」で世界を包みたい・・という皆さん6名が合流。
日本のことで心痛めながらも、賑やかな礼拝となる。
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アロハチャペルは大切なマキキの看板ミニストリー。どれだけ多くの皆さんをお迎えし、励ましとなり、慰めとなったことだろう。今日も司会は「アロ〜ハ!みなさ〜ん」のシゲさん。昨年11月に胃の全摘手術をしたばかり。どうしてものぞみの会に戻りたくて、がんばり、家族を離れて今は一人暮らしの96歳。
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「こころから体操」は若者とシニアの架け橋作りの道具として、どこへでも出かけてはみんなで座ったまま出来る体操で、創作者は南流石さん。この20年、紅白歌合戦の舞台の振り付けを仕切っているという。
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今日も、特製ケーキが出る。いよいよ、この金曜礼拝(アロハチャペル)がウィークデイ集会の最後となる。
ありがとう、楽しませていただきました。

オフィスに戻るとYuri Ishibashiさんが倒れて、入院されたとのこと。戦前から宣教師を日本に送り、毎週土曜日、宣教祈祷会を守り、支えてくださった一人。早くお元気になってほしい。
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これはおまけ、昨日の子ども会のミセスのためのスペッシャルケーキでした。
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2011/3/17

こんなときだから・・・  

今日は、残念な連絡が入った。半年かけて準備してきたレインボウコネクションの土佐塾の生徒たちが「成田経由のホノルル行きは危険が伴う」とのことで、「今年は中止」となった。どんなにがっかりしていることだろう。それは、マキキでも同じである。

でも、こんな時だから・・と軽井沢から訪ねてきてくれた人達もある。こんな時とは私たちの引退の時だからである。85年、マキキに赴任して2年目のこと、帰国者のファローアップのために「マキキの同窓会」を開いた。今回の地震で被害が出ていると聞く「御茶ノ水キリスト教会館」で、クリスチャン新聞に取材を要請しての第1回マキキリユニオンだった。
その時、軽井沢から駆けつけてくださったのが今は亡き青沼夫人だった。

それから、孫の聖さん、ご主人のジジ、お嫁さんの恵子さんが遠く離れたマキキのメンバーとなられ、以来、マキキ・リユニオンごとに家族を上げて応援してくださる、マキキファミリーである。第一陣が今日到着。来週には第二陣と「こんな時・・」を口実にハワイ旅行とのこと。うれしいことです。 今夜は、93才となられたジジも元気で、久々の夕食を共にしました。
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2011/3/15

こんな時こそ!  

電話をかける・・「大変ですね!」「ハイ、もうメチャクチャです。」
私の残り時間が2週間になったことだと思ったら、「日本」のことだった。
みんな、心は「日本」を向いている。私達に何が出来るか・・・海外に居て思う。
具体的な救援の必要や状況が分かると、直接出来なくても、具体的に祈れます。一度、ここをご覧下さい。JCFNとANRC(全国帰国者大会)がまとめている情報です。

https://sites.google.com/site/lifematerialneeds/

ハワイシニアライフ協会からのものです。一度開いてご覧下さい。
励まされます。

http://prayforjapan.jp/tweet.html

出来ること、祈りましょう。Pray for Japan!
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2011/3/14

祈り続けています。  

礼拝に向かう早朝、日本の様子を知りたくて今朝はTVをつける。
被災された方々の様子が個人的な経験とともに伝えられている。胸を痛めながら、第1礼拝に臨む。

特に、日本のために祈る時間を持つ。礼拝に始めてこられたIさん、「たまたま、おばあさんの葬儀のために行った先で、津波に遭遇。家族8人、連絡が出来ないまま・・」とのこと。
みんなして祈る。礼拝後、「飛んで返りたいのだけれど、赤ちゃん連れて帰っても、今は何も出来ないから、もう少し待ってから・・と言われて。でも、祈っていただき少し落ち着きました。」と帰られる。

第2礼拝でも祈る。
ホノルルの日本語教会では礼拝後1時半から1時間、全教会が時間を決めて祈る。

今日が終わると残るは後3回の日曜日。何をしても「最後の・・」と「最後」が付いて回る。
今日も二つの最後があった。愛餐会で珍しく「味噌汁」が出る。それもたっぷり。今日のランチ当番が私たちがいるときの最後だからと、吸い物好きの私のために味噌汁をたっぷりと作って下さる。ありがたく、うれしい。感謝をこめてお替りをする。
もうひとつは「最後のカウンスルミーティング」特別祈祷が終わってから、始まる。各部が牧師不在の間の準備を整えて下さる。いつも通りの、にぎやかさに安心する。

最後のカウンスルはマノアマーケットプレイスでのディナーで終わる。朝家を出て、12時間、長い一日だったけれど、「いよいよ・・」と味わい深く、二人で暗くなったプナホウスクールの側を走って、家に帰る。
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2011/3/12

ハワイからお祈りしています。  

10日(木)の夜、マキキスタッフによる歓送食事会が開かれ、その終わりごろに、日本で大変な地震が起こったようだとの知らせが入り、家に戻り、TVに釘付けになりました。
朝方、次々と津波情報が届き、結局、昨晩はベッドに入らずじまいでした。マキキから帰っている人々、、マキキメンバーの家族や知人など安否を確かめつつ、祈りました。

11日(金) 学バイ(学生バイブルスタディ)でメッセージを届ける。20人くらいのユースと青年会が集まる。私が初めて教会に足を運んだのが、17歳、20歳で洗礼を受けた年頃の若者たちに「70歳になったとき、どんな自分がいると思う?」・・・自分自身が考えもしなかったクエスチョンをする。

本当に、教会に来てよかった、クリスチャンになってよかった、牧師になって最高!と思う。みんなにもそんな70歳を迎えてほしいとはなす。「愛する妻」も話を添える。
その後で、若者たちが祈る。先ず、大変な日本とその被害にあっている人々のために・・、それから、私たちのために手を置いて祈ってくれる。若者たちの涙の祈り似、感動し、ありがたい・・と夫婦して心に刻む。

とりなしの祈り:
「神様、もう既にてがつけられない大変さの中ですが、それでも、被害を最小限にとどめてください。
未曾有の被害の中におられる皆様に慰めと立ち上がる力をお与えください。
よきリーダーシップの下に日本がこの痛みを通して、ひとつになり、立ち上がる機会として下さい。
これから先、何が出てくるか分からない厳しさの中で、クリスチャンと教会を励ましとして用いてください。
その結果、やがて、この大変な経験を、あの大変な経験があったから・・と振り返ることが出来る日を迎えられるまで、希望を失わずに歩めますように、主よ、必要な知恵と力、互いを支えあう愛をお与え下さい。 キリストの名によって、アーメン」
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