2011/6/30

6月29日 何とか泳ぎたい・・!  

リタイアすればゆっくり朝泳ぎを楽しめる・・と思っていたのは、甘い夢で、4月4日最後の礼拝を終えた日以来、朝泳ぎが出来たのは1日だけ。

やっと、NYについて少し落ち着いたので「朝泳ぎ」に挑戦しようと今日は回る。立石先生が準備して下さったビーチパスでは入れるビーチへ行ってみる。クリックすると元のサイズで表示しますそれほど遠くはなく、海岸もきれい。ところが誰ひとり泳いでは居ない。ビーチに下りてみるとまるで「味噌汁」・・ワカメいっぱいの具沢山である。しかし、久しぶりに海はやっぱりGOOD!
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そこで、YMCAに3ヶ月入会することにした。ハワイではMedicareで無料とのことであったが、ここではダメ。オリンピックサイズのプールが朝5時半から夜8時半までオープンとのこと。古い歴史的建造物のようなビルのYMCAで早速明日から朝泳ぎ復活である。クリックすると元のサイズで表示します
立石先生のお宅は二階建てのタウンハウスのような牧師館。3階のように見える1階はベースメンとで私たちの住まいである。
バックヤードは広々しており、時々開くBBQパーティには50人くらい集まってもOKとのこと。小リス、ティータイム & お昼寝・・

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今日の祈祷会は都合で取りやめ、しかし、教会にも行き牧師やスタッフにご挨拶。

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いよいよ準備が整い、NYでの働きもスタートです。
マキキでも具志堅先生のミニストリーがスタートですね。祈ってます!

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2011/6/29

6月28日 ここでも、コスコ・・  

朝目覚め、外を覗くと落ち着いた町並みが続いていた。「すっごい高級住宅地」と聞いていたので、ホッとした。「すっごいお城のようなお屋敷」はもう少し北にあるらしいけれど、夏は木が茂っていた見えないそうだ。
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留守を預かるための作業手順を教えてもらう。
草木への水やりは乾き具合をみながら2,3日に一度、猫は外に脱走させない事、魚の餌と水替え、ごみだし&・・・。そして買い物の実地演習。Wal/mart, cotsco, Jpanese foodなどなど。
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ハワイと同じくホットドッグ、ピザでランチを済ませ、家に戻ってからは、教会の様子、信仰の証し、これからの働きなどに花が咲く。
話してはウトウトし、ウトウトしてはお茶で目を覚まし、気がつくと夜8時! 外はまだ明るいので、時のたつのが分りません。
明日から、祈祷会が開かれます。いよいよです、お祈り下さい。

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2011/6/28

6月27、28日 福岡からNYへ  

「おたすけマン」いよいよNYへ。
6月の日本でのご挨拶と奉仕を終えて今日はNYへ。
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福岡空港では「当日シルバー割引」をゲット、成田空港では最後のラーメンを食べ、ロスでの乗り継ぎで、子ども達に「母さんたち、今ロスに着いたよ・・」と電話報告。

仕事で飛び回る潤とは「今、どこ?」「ロス」「ロスのどこ?」「エアポート」「へっ?!何アエライン?」「UA」「母さんたちもUAよ、何番ゲート?」「71番へ向かってる」「母さんたちは73番ゲート!」・・・と言う事で、このような親子の対面となりました。
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このような子ども達との久しぶりの電話や出会いに、長旅の疲れを忘れさせて下さった神様に感謝しながら、もうひと飛び・・
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砂漠を超え、雪山を眺め、幾何のノートのような広がる田園風景の上を飛び、やがて、あっという間に夕方が夜となり、夜景が広がる頃、JFK空港に到着。
立石先生の奥様清美さんとグレン美恵の出迎えを受け、NYの夜のフリーウエイを小1時間走ると橋を渡るとNYと言うコネティカットのグリニッジの町でした。
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福岡からNYまでは待ち時間を入れると約20時間、読むもの、書くものなど準備しながら何一つ手をつけず、ウトウト、ぼんやりでき・・これがリタイエメントか・・とかみしめ、これから3ヶ月半、お世話になる立石先生宅に二匹の猫アビとジンジャーの歓迎を受け、落ち着きました。暗くて何も見えず、夜明けが楽しみです。

6ヶ月、日本での宣教レポートに回られる立石先生とご一家のために、良い留守番が出来るようにお祈り下さい。
もう間も無く、マキキに到着される具志堅先生ご夫妻の為に、祈っています。

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2011/6/27

6月26日 福岡聖書教会にて  

今日は開拓伝道1年を終え、これから・・と言う「福岡聖書教会」での礼拝です。

井之上先生は岸和田時代、チームを組んで共に開拓伝道を進めた仲間で、2年ほど前、マキキに1ヶ月余り来て下さった時に、「新しい働きに進むようにとの主のチャレンジに応えて岸和田での30年間の働きを一区切りをつけようとしている」とお聞きし、リタイアを前にしていた私たちを励まして下さった先生です。

その井之上先生ご夫妻が始められた福岡聖書教会に、リタイアを果たした私たちが訪ねているのです。主の導きの不思議と導きに従う楽しさを感じてうれしい。エキサイティング!

教会はビジネスビルの2階、広さ、明るさ、トイレからキッチンまで必要なものが皆、整った良い場所で、宣教師とチームで働きを進めているとのこと。
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今朝は、高知の中川家からの連絡を受けて来られたKさん、マオ&摂の披露宴に駆けつけ残った仲間たちに加えて、配布された案内を見て来たと言うMさんなど賑やか・・。

奥様の手作りランチの愛餐会を全員で頂いた後、「これで会員全部です」と言いながら、4名の方が残り、ゆっくりおしゃべりを楽しむ。開拓時代の基礎作りである。

牧師館(アパート)へと移動し、家族、伝道方策、懐かしい岸和田の事などあれこれ語り合い、ご馳走を頂くともう夜であった。
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先生方の新しいミニストリーを通して、神様に愛されて生きる世界を多くの人々が見つけられるようにと祈る。楽しい一日を感謝・・・!

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2011/6/25

やはり、日本でも・・  

マオ・摂夫妻披露宴が福岡で開かれました。
ユーモアいっぱいに編集されたマキキでの結婚式がスクリーンに映し出された、続きのように二人が登場する・・にくい演出で始まりました。
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二人がお世話になったたくさんの人々の祝福を受け、涙と笑いの溢れたのはホノルル版と同じです。
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会場には沖縄から駆けつけてくださった青沼さんによる温かく、軽妙な司会、これが日本の披露宴と言うセッティングと料理、スタッフの行き届いたサービス・・
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神様を信じて生きる幸いをあらわすふたりの涙と笑いは集まってくださった親戚、友人にもエコーし会場いっぱいに広まり、みんな幸せな挨拶を交わしてくださいました。

お祈りありがとうございました。

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2011/6/24

神様のみ手の中で・・・  

今日は我が婿殿マオの育ったふるさと、お里を訪ねる日。
マオが運転する車は私たちを乗せて「小竹町」を走る。本当の田舎、山の中である。丁度、私たちが結婚し、こどもたちを育て始めたところとよく似て居て、その地名は「山中」だった。
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お母さんとおばあちゃん、一言話す毎にはじける笑い声・・ここで我が婿殿マオは育ったのだ。そこに、何と15年前デンバーで摂とマオたちのお世話をして下さった大串さんが「面白い写真があった」と訪ねてきてくださった。
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デンバーの大串家でのある日、二人が歌っていた時の写真。何と私たち夫婦もそこに居たのだ・・。

この「小竹町」で育ったマオ、「山中」からスタートした黒田家、・・やがて・・デンバーに現れ、大串家で二人で歌うなどの時を過ごし、・・そして、明日、ここで夫婦としてのお披露目をしようとしている・・私たちには理解の限界を越えてはいるが、「これもまた主のみ手の中」ハレルヤ!!
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夕方、船津さんと出会い、夕食をご馳走になり、懐かしいマキキ時代を語る。「英会話を習いたくてマキキを訪ねた時、『私は若松生まれ』と挨拶してくれた事がきっかけで礼拝にでるようになったのです・・」そうだ、私もここ福岡につながりがあったのだ・・私たちもまた主のみ手の中。
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今までが主のみ手の中に合っただけではなく、「今」も「これから」も、主のみ手の中・・感謝、感謝!
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2011/6/23

6月23日 高知から出発  

いよいよ高知を離れる。・・昨晩、「おたすけマンデビュー祝賀会」という思いがけない励ましを頂いた高知から出発である。空港へ向かう途中、熊本のG先生からの奉仕の依頼電話を頂く。感謝。
空港には見送りに駆けつけてくださった方々と共に祈り、感謝。
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「当日シルバー割引」で福岡へ。摂・まお夫妻の出迎えを受け、土曜日の日本での披露宴に備える。今日は緑いっぱいの温泉にてくつろぐ。感謝。
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2011/6/23

6月22日 マキキからおたすけマンへ  

「おたすけマン・デビュー」はすなわち、「マキキからの出発」ということ。
つまり、昨晩の集まりはマキキ関連のプログラムの締めくくり・・と考えると高知がおたすけマンデビューの地となる。何となくうれしい。

朝から土佐教会のフラクラスを見学。先生はRCの流れの中で信仰を持ち、土佐教会のメンバーとなったTさん、高知県下に「ルアナと愉快な仲間たち」と言うフラ大好き人間600人を育てた文字通りのフラの先生。集い、踊る皆さんは90歳を越えるメンバーを誇りとする「熟年会」その練習はホノボノ感に包まれ、これまた、うれしい。

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外では伝統あるいずみ幼稚園の子ども達の元気いっぱいプールの水遊びで歓声を上げる。この3月、マキキ訪問をし、我が家でホームステイをしたよしみ先生が見守ります。
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お昼は昨晩おいでくださった松尾元市長ご夫妻のお招きを頂き、再び三翠園へ。14階は見晴らしの利くレストラン。鏡川の向こうに筆山が見える。もう10年以上にもなるだろうか、筆山は奥村家の墓所に葬られている奥村牧師の3人の息子さんの遺骨をホノルルに持ち帰るために3つのお墓を開いた思い出の場所である。

昨晩の続きのようで、話は勢い「生と死」という食事のテーブルには重すぎる話題に傾きましたが、それぞれの話題に感動しつつ、生きること、人生の仕上げ、喜びと悲しみ、今の楽しみ、これからの目標など静かで、豊かな時間を過ごしました。
松尾さんは、「昨晩頂いた『ハワイで見つけた素敵なクリスチャンライフ』を一気に読み終えました。中でも『死の準備はどうすればよいか』『死を越えて生きる』というテーマのモースト夫妻と飯島夫妻の事は今の私にとても助けになりました」と語ってくださり、少しでも励ましとなれて本当に良かった・・と喜びました。
食事の時はいつもシャッターチャンスを逃すのですが、今回もそうで、料理はメインディッシュを逃し、人物は奥様が退席されてご一緒できずでした。でも、おいしく、心洗われるランチタイムでした。
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その後、土佐教会で祈祷会を進めつつ待っていてくださった皆さんと良い交わりの時を過ごしました。リタイア・ポイントを通過しつつ、最近気付かされ、考えさせられている事をお話し、楽しい時を過ごしました。
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「どうして土佐教会との交わりを大切にするのか」との質問に答えて「奥村牧師が帰郷ごとに訪ねた土佐教会」の話をしている時、「私は奥村先生が来られたのを覚えています中肉、中背で、お城の会堂の事を離しておられた・・」と話してくださる91歳の藤田さんに一同、ビックリ。
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夕方にはお隣で、我が婿殿まおとの交わりで最近教会へ行き始めているお隣のY君と話し、温泉、買い出しを済ませて、8時から夕食である。

マキキから出発する、いわば、マキキとしてお世話になった皆さんとの「最後の晩餐」である。裏方で働き、支えてくださった方々との話は尽きない。
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ここまで成長したRCのこれからを喜び、楽しみながら、同時に関わる私たち自身が成長し、豊かになるものとなる関わり方を大切にしたい・・と詩篇23篇を読み、祈りました。
皆さんが帰られたのは夜中をすぎていました。

うれしいマキキ出発の日となりました。
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2011/6/22

6月21日 どうしてこれほどまでに・・・  

午前中、高知市内でお世話になっている二つの教会にご挨拶。いよいよ、リタイアメントとしては最後の感謝会に臨みます。

マキキの高知での活動の震源地、中川家では急遽ケーキ焼きが始まりました。参加者100人として準備していたのが、何と120人になったからです。感謝会の会場はRCの始まる以前から、マキキと高知の交流を支えてくださった元松尾徹人市長の配慮で「三翠園」7:30pmにあわせて会場準備に急ぎます。ホテルの入り口でビックリ!
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色々な方々が駆けつけてくださり、その顔ぶれと人数に、1989年英語部ユースクワイア「United in Spirit」と共に正式高知訪問をして以来、今週、高知を離れた第3回RCアンバサダーたちに至るまでのマキキと高知の交流の成長と豊かさを感じました。
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中川さんと共に高知側でRCを支え続けてくださったNさん、Oさんのお二人、司会はマキキ出身の土佐塾・祐介先生と何とマキキでのパーティー司会者恵美さん!
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この日のプログラム支えてくださった方々に「どうしてそこまでして・・」とお礼の言葉がありません。
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昨年1月後4ヶ月・・との余命宣告を受け、この6月1日引退を機にご自分で末期ガンであることを公表。「それ以来、気持ちがすっきり、過去が楽しい思い出となり、一日一日がいとおしく生きる日々となり、家族をはじめ共に歩む人々への感謝が沸き、本当に幸せを噛み締めています。今、黒田先生から聞いた着陸体勢に入っているのでしょうか・・」とご挨拶をしてくださる。
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続いて、この春マキキを訪問してくださった土佐教会の成田牧師、RC交換プログラム第1回土佐塾土居先生、「私たちも・・」とその生徒たちもと・・・次々と、最後にはいつものように「ルアナと楽しい仲間たち」によるフラによる締めくくり。
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各テーブルごとに記念写真をとり、楽しい挨拶を交わし、去りがたく・・しているうちに10時をすぎ・・その後は、これも松尾さんのお心遣いの温泉となり、中川家には真夜中をすぎ。
この締めくくりの中に41年間牧会を導いてくださったのは主です・・と心から、感謝し、み名をあがめました。主よ、ありがとうございました。皆様、ありがとうございました。

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2011/6/21

6月20日 再び、高知へ  

「朝のどしゃ降りの中をアンバサダーが広島向けて出発し、見送った後来ました。」とおっしゃる「高知・マキキ支部」のような皆さんのレイによる歓迎を受け、ビックリの高知到着。
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ゆっくりとしたお昼の後は、10月にプナホウ・スクールとコンベンションセンターを会場に「坂本竜馬を紹介する」特別企画を持っておられる、「高知県立竜馬記念館」を見学。
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ホノルルへ準備に来られた途中、マキキにも来られた前田さんや森館長にもお会いし、歴史を動かした人物として今も多くの人の尊敬を集め、ファンの多い坂本竜馬についての貴重な直筆の手紙、暗殺現場の再現など迫力ある資料の説明をしていただく事ができました。
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夕食の前に「一風呂いかが?」と言う事で、明日、高知の皆さんにお会いする三翠園の温泉につかり、いつも通り、一体、何人が現れるのか、何時まで続くのか分らない、「中川家ディナーパーティ」へと続く。

伺うところでは、昨晩までRCのアンバサダーチーム8名が泊まっており、今年はお隣のいとこの前田家と中川家の2軒が4日間のホームステイを引き受けてくださったとのこと。いつものことながら、それを何事もなくしてくださる事におどろきながら、高知ではこのような皆さんに支えられている事を今一度、感謝しました。
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2011/6/21

6月19日 懐かしい礼拝  

今日の礼拝は貝塚聖書教会で捧げました。
貝塚聖書教会は私たちが岸和田を離れ、マキキに迎えられてから後に「エリコ伝道」の第3教会として送り出された教会です。
何年ぶりかでお訪ねし、私たちが牧師になるなど全く思いもしなかった大学生の頃の日曜学校で教えていた生徒の子供に「今、ボクは大学院生です。」と挨拶され、うれしい、驚き!!でした。これが「71歳、引退」の現実です。
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特別賛美をささげる学生たちの中には生まれたときに心臓欠陥がありみんなで祈った赤ちゃんがきれいな娘さんが居たり、マキキからテキサス伝道に行った際に開いた家庭集会をスタートに家の教会を育て上げたW夫妻もリタイア、今は研究員として中国で働いていると言い、お里帰りの中から礼拝に出てくださっています。

康子の小学生時代のクラスメート、我が家の6番目の子供のようにしてお子さんを預かっていたMご夫妻などふるさとに戻ると色々な繋がりが復活します。
礼拝の後は最近なくなった康子のクラスメートの奥様を訪ね、お祈りをさせて頂くことができました。

懐かしい、うれしい一日でした。
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2011/6/21

6月18日 アシュラムから感謝会へ  

アシュラム第3日、アシュラムは「充満の時」を出発の時として送り出される。
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ご覧の笹ゆりのように、参加された皆さんの心は神様に向かって大きく開かれ、恵みの充満を喜んであられる。しかし、アシュラムはここからが始まり。どのように聖書を読み、どのように祈ればよいかの加太アシュラムでの体験を「原体験」として、今日から始まる生活の現実の中で実践するのです。

加太アシュラムが終わるや、大阪教会で準備されている「感謝会」へと直行。4時には懐かしい皆さんが大阪教会の社交室にいっぱいになり、うれしい時を過ごしました。
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集まってくださった皆さんは岸和田時代(40〜35年前)の方から、今加太アシュラムで知り合った方から、中にはこの集いで初めてお目にかかる方まで、色々でしたが、話題はすべて「楽しかったですねぇ。」「本当にありがとうございました。」のふた言でした。

大阪教会の岡村恒先生から詩篇1篇から「黒田先生は今まで神様の恵みの中を激しく動いて来られたが、それは神様の流れのそばに留まるところから始まるもの。特に、色々なものがゆすぶられ、試される中で、変わらず、時が来れば必ず実を結び続けるために、神さまに留まりましょう。」との適切なメッセージをいただきました。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
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マキキの働きが100年を越えて始まった出発の地「大阪教会」で、そのうちの28年を託された走路として走れた事を心から感謝しつつ、次の走者具志堅聖・啓恵牧師夫妻にバトンを渡す事を紹介する事ができました。

お開きになっても名残尽きない挨拶があちこちで続き、ある方は岡山へ、横浜へと帰っていかれました。本当に、楽しくて感謝な時でした。
ご準備くださった皆様、ありがとうございました。ありがとうございました。

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