2011/5/23

パリ便り 第32信/5月22日  

今日は4ヶ国語合同礼拝、10時半からである。朝からの礼拝なので夕べは早寝をして備えたら、30分以上も早くつき、教会の周りを回ってみる。1638年に立てられた歴史的建造物とあって、見事である。ここは観光スポットであると同時に現役教会である。
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教会の前の通りから、フランス革命が始まったバスチーユの広場の記念塔が見える。
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礼拝が始まる祈祷会にエジプトとアラブの牧師が来ない。「いつも彼らは遅れるから大丈夫」とさっさと祈り始める・・・成る程、早く来いと言うより、これないことを受け入れることか・・と感心。
中心はフランス改革派ブコモン牧師50歳位で、見かけ神経質そうだが、神様の前に一教会というエキュメニカル・リーダーである。だからこんな礼拝が出来る。彼の挨拶によると15カ国の人が今朝集まり、仏、日、エジプト、ゴート語(アフリカ象牙海岸付近)などだそうだ。
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今朝はアラブの賛美を中心に賛美をするとのこと。
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私が聞き分けられる言葉は何もない。結局何ヶ国語かも分からずで、村松さんがいてほしかった。
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各国の言葉でその国の必要を祈った。エジプトの牧師はコプト人教会への迫害のために、象牙海岸の牧師は飢えと旱魃のために、私は震災と津波の被害からの復興のために英語で祈った。

ブコモン牧師の希望で日本語グループは震災を覚えて、「揺れ動く地に立ちて、尚、十字架は輝けり」と「主よ、この国を救いたまえ」を祈りを込めて、心から歌った。泣けた。

話している言葉は分からなかったけれど、思いを込めて主のみ前に出ていることは一つの礼拝だった・・感動。

他のグループは合同礼拝が今日の礼拝だったが、日本語グループだけは4:15からの日本語礼拝を守った。やはり、日本人らしさがそうさせていると感じた。特に、今日はカミーユちゃんの「信仰告白式」後両親も来てくれ、教会中が歓迎した。
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今日の礼拝はネヘミヤ3章の「城壁再建工事」の記録から「何があなたを動かすか」と言うテーマでメッセージを届けた。飛行機で隣りあわせだったと言うワーキングホリデーでフランス滞在中の女性が初めて教会で、話は「難しく、分からなかった」という。確かに・・・。

クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますそのフォローを食事に誘ってしてくださる作田夫妻。食事のおいしさと交わりの温かさで、きっと彼女は又教会に来るだろう。私も「ハワイで見つけた・・」を差し上げておいた。

牧師館に着くと9時半だった。今日は長い一日。久しぶりの良い疲れを感謝。きっと今頃、マキキの礼拝が始まる頃・・ 康子は今日は体調がすぐれず、平湯先生のところの礼拝を楽しみにしながら、家に留まった。今週はJCFNの理事会で、料理当番を引き受けたと言う。そのからだで・・?イヤ、その足で?!これもリハビリの内とのこと・・お祈り下さい。 

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