今日、ひとつ気がついたことがあります。
ずっと以前から違和感を感じてはいたのです。
畑にしても田んぼにしても、そう、どこへ行ってもですが
わたし達は間違っていました。
「主役は子ども」と。畑でも田んぼでも・・・。
そうではないのです。
畑に行けば主役は畑や野菜たちなのです。
わたし達は畑や野菜の声をもっと聞かなければなりませんでした。田んぼに行けば田んぼの声を、お米の声を。山へ行けば山の木々の声を。
やっぱりね、傍若無人だったかもしれません。
子ども達は出来るはずです。
出来ないのはわたし達大人。
草取りはする。だけどそれは何のために?
チップをまく、それをすればいいの?
何のために何が心地よくなるため?判っていれば手の差し出し方、手の入れ方が変わってくる筈。特に収穫・・・出来たものを頂くときの頂き方が。
ずっと以前からの私の中の違和感のなぞが解けました。
子ども達は中心にいます。でも常にこども達が主役ではないのです。
わたし達の命を支えてくれている全てのものが
その時々に主役であって
愛おしさやありがたさを感じながら
そちらへ心を沿わせる生き方をしたいのです。
森の風はもう一歩深まりたいです。