ゲーテアヌム建設現場で講義するルドルフ・シュタイナー(唯一の写真)        「ラディカル」とは「ラディッシュ」と同じ語源で、「根源的」という意味。表面のみならず、その「根」を見ようとすること。このブログはそういった意味でラディカルでありたい。

2011/2/28

アルベルト・シュテッフェンの声  21世紀の人智学

1961年、ルドルフ・シュタイナーの生誕100周年に、当時の一般人智学協会の代表理事をしていた、アルベルト・シュテッフェンが、「ルドルフ・シュタイナーの想い出」を語ったラジオ番組です。

 シュテッフェンの「声」が体験できます。思っていた通りの声でした。残念ながら、内容は、ドイツ語が出来ないと分かりませんが、興味深いものです。

   http://www.drs.ch/www/de/drs/243718.albert-steffen-erinnert-sich-an-rudolf-steiner.html

 スイス人ですので、「訛り」がかなりありますが、分かりやすいドイツ語です。ドイツ語の勉強にも使えます。

 アルベルト・シュテッフェンは、1922年のキリスト者共同体創設に立ち会い、最初の「人間聖化式」を体験した際、そこにキリストが現れたのを「見た」人でもあります。

 ルドルフ・シュタイナーは、シュテッフェンについて、「彼は人智学を必要としないが、人智学が彼を必要とする」と語ったことがあります。

 しかし、シュタイナーの死後、「版権」をめぐって、マリー・シュタイナーと対立、裁判にまでなり、大変な混乱を人智学協会に起こした張本人でもあります。

 今後の、人智学運動の為、シュテッフェンについて考えることは、大切でしょう。いろいろと考えさせられます。
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2011/2/16

自由になろう!  21世紀の人智学

 

 キリスト者共同体の季刊誌「礎」2010年ミカエル祭号に書いた、エッセイを掲載します。「自由」を考えるためのヒントになれば幸いです。  







キリスト者の自由について考える                                   
                                小林直生
 1520年に書かれたマルティン・ルッター(Martin Luther, 1483-1546)の「キリスト者の自由」(Von der Freiheit eines Christenmenschen)は、キリスト教世界の大ベストセラーの一つですが、ここでルッターは、「律法」から自由になり、「福音へと向かう自由」を説きました。
 21世紀の今、このルッターの時代から約500年後に生きる私たちにとって、「キリスト者の自由」とは一体何を意味するのでしょうか。そもそも、自由とは何なのでしょうか?

 でも、その前に日本語の「自由」という言葉の短い「バイオグラフィー」を見てみましょう。
 この日本語「自由」は、幕末までかなり否定的な意味で使われていたようです。「我が儘に」、「勝手気儘に」といった意味が、本来の「自由」という言葉の意味なのです。
 福沢諭吉も、この言葉を英語のfreedom, liberty の訳語として使ってはいますが、この訳語の危険性についても語っています。

福沢諭吉『西洋事情』
「『リベルチ』とは自由と云ふ義にて、漢人の訳に自主、自専、自得、自若、自主宰、任意、寛容、従容、等の字を用ひたれども、未だ原語の意義を尽くすに足らず」
「本文、自主任意、自由の字は、我儘放盪にて国法をも恐れずとの義に非らず。総て其国に居り人と交て気兼ね遠慮なく自力丈存分のことをなすべしとの趣意なり。英語に之を『フリードム』又は『リベルチ』と云ふ。未だ的当の訳字あらず」
「千七百七十年代、亜米利加騒乱の時に、亜人は自由の為めに戦ふと云ひ、我に自由を与ふる歟、否ざれば死を与へよと唱へしも、英国の暴政に苦しむ余、民の塗炭に救ひ、一国の不覊独立の自由にせんと死を以て誓ひしことなり、・・・・自由と我儘とは動もすれば其議を誤り易し、学者宜しくこれを審にすべし」

 本当は「御免」という言葉を、freedomの訳語に、福沢諭吉は使いたかったと言います。そうなっていれば、日本も随分と気楽な世界に成っていたかもしれません。すると、ルドルフ・シュタイナーのあの主著の一冊は、「御免の哲学」というタイトルになったのですね。
 それはさておき、本来、あまり良い言葉ではない「自由」に、それまで日本にはなかった概念を、「舶来品」として崇め奉り、無理矢理くっつけてしまったので、「自由」を語る時、やたらと抽象的、思弁的になってしまい、その本質を見ることが難しくなってしまったのかもしれません。日本で、自由について語ることは容易なことではありません。様々な自由という言葉に関する誤解や、思い込みがあるようです、ここでは触れませんが。

 英語で、freedom, ドイツ語で、Freiheit, と言う時、そこには、何か理想主義的な、ある意味「革命的」な、そして同時に、崇高な響きが感ぜられます。そして、その背景には、広義での「奴隷」という概念が前提としてあることに気づかされます。
 キリストが、「ヨハネ福音書」第8章で、「真理は、あなた方に自由を与えるであろう」と語った時、その背景に「奴隷からの解放」という前提があることを忘れてはいけません。キリストは、地位や身分の違いにかかわらず、あらゆる人が「罪の病の奴隷」であると前提しているのです。この意味での「奴隷解放」は、だから、「人類救済」を意味しているのです。

 「罪の病(やまい)」の症状の一つに、「本当のことを、本当とは思えず、本当ではないことを、本当であると思う」ということがあります。だから、キリストが言うように、「真理」を得ることが、私たちに自由を得させてくれるのでしょう。
 しかし、私たちは今生の人生一回限りで、罪の病の全てを癒すことは恐らくないでしょう。そして、当然、全ての真理を認識することもまたないでしょう。ただ、「部分的」ならば、真理を得て、自由になることは可能なのです。だから、「真の自由」を目指しながら、少しづつ、まずは部分的に自由を獲得していく、そのプロセスが大切になってきます。
 そのプロセスの中で特に大切なのは、「あらゆる権威から自由になる」という姿勢です。「権威主義」の克服ですね。権威主義者は、「自分の外」に権威を求めます。だから、自分で何かをやって失敗すれば、例えば、「私の上司が、こうしなさいと言ったから、そのようにしたんです」などと言って、自分には責任はないと主張するでしょう。そうです、この場合、全ては上司の責任であると、当人は主張するでしょう。
 しかし、たとえそれがうまく行かなかったとしても、それを行うことの根拠が、自分の中にあるのなら、「御免、自分で良かれと思ってしたことです。これが失敗したことによって生じた損失の責任は私が負います」と、「自由人」は言うに違いありません。そういえば、福沢諭吉が訳語として使いたかった「御免」は、今では「謝罪」の言葉としてしか使われませんね。

 それはともかく、「自由」ではなく、「自主」とした方が、本来の意味が伝わったかもしれません。
 権威を自分の内に見る「自主」、権威を自分の外に見る「他主」、この方が意味がスッキリとします。「他主」なら、自分は「奴隷」ですしね。すると、ルドルフ・シュタイナーのあの本は、「自主の哲学」となりますか。これは良い!、と思うのは私だけでしょうか。

 「自我の神」であるキリストと違って、例えば、ルドルフ・シュタイナーは神ではありません。だから単に、「シュタイナーが、こう言っている」から、それは「そうだ」とは限りません。だから、ここでもシュタイナーの発言をめぐって、「自主主義」と「他主主義」に分かれる可能性が出てきます。
 キリスト者共同体にとって、丁度、プロテスタント教会のルッター的立場にあるのが、ルドルフ・シュタイナーだと私は思っています。プロテスタント教会では、マルティン・ルッターの業績を十分に評価するも、同時に批判もいたします。それは当然です。日本人は、「批判」と聞くと、「それは悪いことだ」と目くじらを立てる人がたくさんいますが、そもそも日本に元々なかった、この概念には、「批評」という意味も含まれているのです。ドイツ語では、このKritikという言葉は、「批判」「評論」そして「批評」などを意味します。
 また、ローマ・カトリック教会の聖人のように、シュタイナーを位置づけることは誤りだと思います。聖人は絶対的ですから、いわゆる「批判」の対象には成りません。ある優れた人物を「聖人化」する傾向は、しかし、いたるところに潜んでいます。
 しかしながら、面白いことに、キリストは、主人ではなく私たちの「友」であろうとする、唯一の神です。これを忘れては、キリスト教は、「他主主義」となり、私たちは、永遠に「僕」、悪く言えば「奴隷」であり続けることになってします。

 「私はもう、あなた方を僕とは呼ばない。僕は主人のしていることを知らないからである。私はあなた方を友と呼んだ」、ヨハネ福音書第15章15節

 このキリストの言葉の中に、キリスト者の真の自由が隠されています。そうです、キリストを理解するためには、まず、友人をもつことが大切なのです。もっと、ラディカルに言えば、自分に親友がいなければ、キリストを理解できない、とまで言えるのかもしれません。
 ドイツロマン派の美しい言葉の一つ、「ひとりの女性を愛せずして、どうして神を愛せよう」(19世紀前半の言葉です。女性の方は目的語を、ひとりの男性、として下さい。あるいは、ホモセクシャルの方は、同性にして下さい)と同様、「友なくして、どうしてキリストを理解できよう」と言えるかもしれません。

 この構造は、キリスト者共同体にも当てはまると、私は考えます。司祭と成員は、「他主主義」的関係にあるのではなく、「自主」である個人同士の「友人関係」にあるのです。友は、信頼でき、裏切りません、困った時には助けに来てくれます。時には、考え方の違いで口角泡を飛ばす議論をして熱くなるやもしれませんが、そこは、友人同士、互いに信頼は不動のものとしてあります。だから率直に、自分の信念を「直球」で言い表す。それが友人というものです。この「自主主義」的キリスト教の中に、初めて真の「自由」が生じ得るのです。


                    おまけ

 キリスト教には、食べ物や飲み物に対する「タブー」がないというのは宗教では特別なことです。世界宗教の中で唯一といってよいほどです。
 ユダヤ教には、613の戒律があり、豚肉や鱗のない魚介類を食べてはいけないことになっています。イカ、タコはもちろん、蟹もエビも食べてはいけないのです。乳製品と肉を一緒に出したり、料理することも禁じられています。
 イスラム教では、更にアルコールが禁止されています。そしてイスラム教徒は、ユダヤ人の料理を食べて良いが、ユダヤ人は、イスラム教徒の作った料理を食べてはいけないことになっています。
 また、ヒンズー教では、牛肉と豚肉は食べてはいけないことになっています。「黄泉の国への乗り物」である水牛の肉は食べてもよいそうですが。
 こうやって考えてみると、特に明治以降の「和食」は、タブーのない伝統料理なのですね。まさに、「キリスト的料理」と呼ぶにふさわしいのが、日本の料理なのです。
 
 「自由感」を体感させてくれるのは、やはり食文化です。アレルギーや、疾患がある場合は別として、何でも食べ飲めるということは、「自主感覚」を強めてくれるような気がします。

 「聞いて悟りなさい。口から入るものが人を汚すことはない。そうではなく、口から出るものが人を汚すのである」、マタイ福音書第15章10-11節

 こう語っても訳の分からないことをいう弟子達に、イエスは愚痴っぽくこう言います。

 「あなた方も、まだ分からないのか。口から入ってくるものは、みな腹の中に入り、そして、外に出て行くことを知らないのか。しかし、口から出て行くものは、心の中から出て来るのであって、それが人を汚すのである。 (・・・) しかし、手を洗わないで食事をすることは、人を汚すことではない」、同福音書第15章16-20節

 ちょっと、苛ついた感じの、人となった神の言葉です。なにか、ちょっとユーモアがあって楽しくなってくる言葉ですね。

 気の置けない友人達と旨いものを食べながら、人類と地球の未来を造るために、まずは、自分たちの生きている社会とどうかかわり、何ができるのかを語り合う、これぞ現代キリスト者の「自主」なのかもしれません。
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2011/1/30

シュタイナー全集が手に入る!  21世紀の人智学

 以前紹介した、「シュタイナー全集」が、無料でダウンロード出来るサイトより、さらに良質なサイトがこれです。

       http://anthroposophie.byu.edu/index.html

 色々と議論や物議があるようですが、私はこれでいいと思っています。でも、紙で出来た本は、それなりに存在感があって、手もとにあると安心しますね。

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2011/1/20

ドイツ・プフォルツハイムの聖堂  21世紀の人智学

 これが、キリスト者共同体で今一番モダンな教会です。ドイツの南西部にあるPforzheimという宝飾品を作る彫金師が多く住む街にあります。少し発音が難しいかも。

 そして、キリスト者共同体で、今、この教会建築をめぐって論争が続いています。賛否両論ですが、私は、2009年に実際にここで講演会をした際、見学してきて、素晴らしい建築だと思いました。祭壇の位置が聖堂の中央にない、シンメトリーではないというのが反対意見ですが。皆さんはどう思われますか?

 

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2011/1/20

キリスト者共同体世界大会  21世紀の人智学

 昨年の聖霊降臨祭に、ドイツのドルトムントで開催された「キリスト者共同体世界大会」の模様です。世界40ヶ国から参加者が集まりました。

 たくさんの知人の顔が、見られて、私には懐かしい映像です。

 

 
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2011/1/18

高橋巖先生のCD 絶賛発売中!  21世紀の人智学

 素晴らしい、高橋巖先生のハーモニカ独奏集です。まだ、という方は是非下のアドレスをクリックしてみて下さい。私のライナーノーツも読めます。

 http://www.pepperland.net/rapideye004.html

 今度のブログ交流会にも持って行きます。是非お求め下さい!

blogram投票ボタン雪が降る・・・
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2011/1/15

ルドルフ・シュタイナー生誕150周年に想う  21世紀の人智学

 来月、2月25日(金)は、ルドルフ・シュタイナーの150回目の誕生日だ。シュタイナー自身は、2月27日を誕生日と言っていたが、この日は、彼が洗礼を受けた日である。1861年生まれのシュタイナーは、言うまでもなく19世紀の人間である。だから、今とは、「質的」に2世紀の格差がある。それでもなお、ルドルフ・シュタイナーの思想が新しいのは、やはり、人間の自由と、そして、一見それとは矛盾する「運命の法則」の「和解」を実現する人智学を、社会的な活動の基盤としたからだろう。

 ルドルフ・シュタイナーは、第一次世界大戦の戦前と戦後では、全くと言っていいほどに豹変していった存在である。戦前は、「霊的修行」に重きを置いていたシュタイナーは、戦後、「社会活動」に重きを置くようになる。日本ではシュタイナー学校と呼ばれる「ヴァルドルフ学校」が創立され、社会有機的三層化運動が展開され、医学、農業、障碍者教育である「治療教育」が実践され、1922年、大正11年には「キリスト者共同体」が創立された。この時シュタイナーは、それは「私の人生のハイライト」であったと語っている。

 学問(科学)と芸術と宗教の刷新が、シュタイナーの晩年のテーマであった。まさに、人智学は「文化改新運動」としてその活動をスタートさせたのである。

 ルドルフ・シュタイナーは、生前、敵対勢力から自分を守ってくれない弟子達に怒りを感じたり、弟子に裏切られたり、自分の救済と保守、保身に明け暮れる多くの弟子達に苛立ちを感じながら、シュタイナー自身が望んでいたよりもかなり早く他界してしまった。本当は、ゲーテと同じ82歳まで生きるつもりだったのに。だから、決して幸せな人ではなかった。これも、大きな仕事をなす人の「宿命」なのかも知れない。

 ルドルフ・シュタイナーの死後、人智学協会は、霊的に見るならば「血で血を洗う」抗争と分裂を繰り広げ、その力をかなり弱めてしまった。原因は、シュタイナーが自分の「棺」と言っていた「シュタイナー全集」の著作権であった。実体のない「棺」をめぐって抗争は続いた。これは悲劇である。

 その後、ヒットラーの台頭と第二次世界大戦で、大きな打撃が与えられ、ドイツを中心とする中部ヨーロッパでは、人智学が禁止され、キリスト者共同体も禁止され、治療教育施設にいた子ども達は、カス室に送られた。

 ああ、なんとネガティブなことばかり書いてしまったのか。生誕150周年記念だと言うのに!でも知って欲しい。このような出来事を乗り越えて「今」があるのだと。

 しかし、第二次世界大戦の後、人智学運動とキリスト者共同体は、不死鳥のごとくよみがえり、まだまだではあるが、ひとつの「世界運動」に発展したのだ。

 今、世界中どこでも、しかしながら、人智学運動の低迷期だと言われている。いろいろとその原因を探しては見るものの、はっきりしたことは分からない。

 だが、ひとつだけ言えることがある。古くから言われるように「継続は力なり」だ。「にもかかわらず」、「でも」、「そうは言っても」、人智学を背景に、なんでもいいから、小さなことでもいいから、「社会の為」になろうと、行動することだ。

 で、次回の「ブログ交流会」は、2月6日(日)に箕面で開催予定です。詳しくは後ほどお知らせいたします。ルドルフ・シュタイナーの生涯について話してみたいと想います。いろいろと珍しい物も展示します。シュタイナーの自筆サイン本とか・・・

 参加を希望される方は、また「拍手」ボタンを押して下さい。


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 「法」とは、「さんずい」に「去る」と書きます。法とは、「流れ去る」もの。今まで慣れ親しんできた様々な「法」を流れ去らせ、全く新しいことをしませんか?
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2011/1/7

あのマンガ、見つかりました!  21世紀の人智学

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がねっしゅ様からのご指摘で、「オイリュトミー」に触れたマンガが分かりました。どなたか、読んだことありますか?

 この作家、渡辺ペコさんは、どんな方なんでしょうね?

blogram投票ボタンだっぺ。
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2010/12/27

ついにオイリュトミーがマンガに登場!  21世紀の人智学

 このマンガ、以前知人からファイルで送ってもらったものですが、まずご覧下さい。


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 このマンガのタイトルと作家の名前をどなたか教えて下さい!

 他にも、マンガなどに、シュタイナーや人智学系のものが出ていたら、教えて下さい。

blogram投票ボタンだね。
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2010/12/22

キリスト者共同体友の会入会へのお薦め  21世紀の人智学

 ドイツとスイスにキリスト者共同体が創立されたのは1922年、大正11年でした。来年生誕150周年を迎えるルドルフ・シュタイナー(1861-1925)は、彼が創立した「一般人智学協会」とは別に、このキリスト者共同体の創立に深く関わり、多くの助言を与えてくれました。ドグマや教義といった、「外からの権威」に頼らずにキリスト教は、現代人の自立した自我と自由を前提に、どのように発展することが出来るのか?この問いへの、あくまでも、ひとつの答えがキリスト者共同体です。

 日本には、2000年の聖霊降臨祭に創設され、まず、東京集会が出来ましたが、今、新たに関西にも集会が出来ようとしています。その為にも、皆さんのご支援が必要です。

 もしよろしければ、「友の会」へご入会されませんか?月一口1000円の会費で、毎月会報「エマオス」、そして、年に4回発行される季刊誌「礎」を読むことが出来ます。私は、「礎」の編集部にも加わっており、今号のクリスマス号「特集 音楽−霊性と宗教性」には、「マイケル・ジャクソンとマニ教的なるもの」という文章も書いております。

 さらに、「エマオス」巻頭文には、ヨハネ福音書の部分訳と「クリスマスのメディテーション」という文章を書きました。

 見本として、その原稿を以下に紹介いたします。皆さん、どうぞよろしくお願いします。

 友の会へ入会を希望される方は、どうぞ、私の方へメールして下さい。

     naos2009@live.jp または、naos@aol.jp へどうぞ。


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ヨハネ福音書第21章、15-25節

 たがいに食事を終えると、イエスはシモン・ペトロに言われた、「シモン、ヨハネの子よ、お前は、ここにいる者達以上に、私を、神が人間を愛するように愛するか(アガペー)?」。 ペトロは答えて言った、「そうです、主よ、私があなたを、人間が人間を愛するように愛していること(フィリア)は、ご存じの通りです」。
イエスは彼に言われた、「私の仔羊たちの番をしなさい」。

 そして、イエスはもう一度彼に問うた、「シモン、ヨハネの子よ、神が人間を愛するように、お前は私を愛するか(アガペー)?」。 ペトロは答えて言った、「そうですとも、主よ、私があなたを、人間が人間を愛するように愛していること(フィリア)は、ご存じの通りです」。 イエスは彼に言った、「私の羊たちを守りなさい」。

 その後、イエスは3度目に言われた、「シモン、ヨハネの子よ、お前は私を、人間が人間を愛するように愛するか(フィリア)?」。 ペトロは、イエスが三度も「私を愛するか(フィリア)?」と問うたことに心を痛めて答えた、「主よ、すべてがあなたの前では明らかなのです。 だから、私が、あなたを愛していること(フィリア)はご存じの筈です」。 イエスは彼に言った、「私の羊たちの番をしなさい」。

 「アーメン、アーメン、私はお前に告げよう。 お前が若かった頃には、自分で帯を締めて、自分の行きたいところへ行くことが出来た。 しかし、年をとって老いたなら、お前は両の手をひろげて助けを求めるようになる。すると、他の者が一人来て、お前に帯を締め、お前の行きたくないところへ連れて行くだろう」。 イエスがこれを言ったのは、どのような死に方で、ペトロが神なるものを明らかにするのかを、暗示するためであった。 こう言うと、イエスは彼に言った、「我に従え!」。

 ペテロは振り返り、イエスが愛しておられた(アガペー)弟子を見た。この弟子は、彼らの後から、皆と同じ道を歩んでいた。彼は、あの晩餐の時、イエスの胸元に寄りかかり、「主よ、あなたを裏切ろうとしているのは誰なのでしょうか?」と問うた者である。 ペテロは、この弟子を見ながら問うた、「主よ、この者はどうなるのですか?」 イエスはペテロに言った、「私の来るまで、この者が留まっていることを、私が欲していようとも、それは、お前のゆく道々にかかわることではない。お前は私に従いなさい」。

 ここから弟子達の間でこんな思いが広まった: この弟子は死なない。 イエスはしかしペトロに、「この者は死なない」と言ったのではなく、「私の来るまで、この者が留まっていることを、私が欲していようとも、それは、お前のゆく道々にかかわることではない」と、言われたのである。

 ここでこれらのことを明らかにし、そしてそれをすべてしたためたのは、この弟子である。そして、私たちは、その弟子の証言が真実であることを知っている。イエスが成し遂げたことは、他にもまだまだ多くある。もしそれらをひとつひとつすべてしたためようと思うなら、全世界をもってしても、書くべきことをすべてしたためた書物のすべてを収める場所を提供することは出来ないと、私は思う。

       ( 第三クリスマス聖化式から朗読されるペリコーペの全訳 )

 
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            クリスマスのメディテーション

                              小林直生

 たとえ人間(ペトロ)が、それにまったく気づかなくとも、神の愛(アガペー)は、人間のか細い愛(フィリア)の中に下り降りて、新たに生まれる。そこには、心を痛める人間がいる。神がお前の中に、生まれたのに、お前は心を痛める。その痛みが、本当は、大変な、とてつもなく大きな愛が生まれたことへの喜びだと言うことを、どうして、すぐに分からないのか。しかし、それを、じっと見つめ、喜びを超えて、未来を見据えることの出来る高次の自我(ラザロ・ヨハネ)が、心の痛みのすぐそばに立っている。

 そうだ、キリストによって秘儀にあずかった二人目の弟子(一人目は、後にマニに転生した、あのナインの青年だ)、ラザロは、死から立ち帰って、「主に愛された弟子」、ヨハネになったのだ。

 12という数は、完全なる13という数への憧れだ。12弟子は、ラザロを迎えて13弟子となった。しかし、イスカリオのユダが消え、また、弟子の数は12人となり、憧れは強まった。今度は、キリストが、人間の愛の中へ舞い降りてきて、また、憧れの12は、成就の13となる。

 爾来、どんなささやかな、一見つまらなさそうな、人間のか細い愛の力の中に、キリストの愛の力が宿っている。宇宙を創造した時の、あのキリストの愛の力が。そう、あの創(はじめ)の時のように、熱に満ちて、力強く。

 2011年を、生き甲斐のある一年とする聖誕祭が始まろうとしている。良き光と熱に満たされた、クリスマスが、皆のひとりひとりに訪れる。

 ペトロよ、もう心を痛めることはない。
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2010/10/7

労働の意味は変わった・「働かざる者食うべからず」?その2  21世紀の人智学

 レーニンが引用した「テサロニケ人への第二の手紙」を、何度も読んでみました。福音書の霊的背景を考慮して訳された、エミール・ボック版「新約聖書」でも、確認しましたが、どう訳しても、「働くつもりがないなら、食べるべきではない」という訳になるようです。
 ただし、ここで「食べる」と言われていることを、キリスト教で一番大切な典礼のひとつである「聖体拝領」、すなわち儀式の場で、キリストを「パン」と「ワイン」の形でいただくことであると、解釈することは十分に可能であると気づきました。
 霊的な「働き」をせずに、「聖体拝領(コムニオン)」にあずかるべきではない、とパウロは言っているのではないでしょうか。この言葉の記されている第三章10節の前後を読んでみると、この解釈は間違いではないことが理解されると思いますが、皆さんはどうお考えでしょうか?
 これは、結構特異なことですが、キリスト教の中心的儀式は「食事」なのです。「食べる」ことが、最大級の宗教的行為なのです。この事を念頭にこのパウロ書簡を読むと、また別の次元が開けて参ります。

 この大切なパウロの言葉を、レーニンは、経済を支える「労働」とし、食うことを「生存権」に結びつけたのです。すなわち、「経済的労働をしない者は、生きるべきではない」と。まったく別の次元の言葉を、ある意味、無理矢理、地上的「経済活動」に結びつけたのです。だから、ベーシックインカムを批判する人が、このパウロの言葉を引用するのは、誤用であり、「お門違い」であると言わざるをえません。

                               つづく
       


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 現在のギリシャ北部の都市テサロニキ。私は、1986年にここを訪れました。

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        古代都市の遺跡。


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2010/9/27

労働の意味は変わった・「働かざる者食うべからず」?その1  21世紀の人智学

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       我が庭のハイビスカス。

 今、ドイツの人智学とキリスト者共同体の運動の中で、一番熱いテーマは、「ベイシックインカム」です。ドイツのドラッグストア・チェーン店社主、ゲッツ・ヴェルナーを中心に、次第次第にこのベーシックインカム運動は、大きなうねりとなりつつあります。

 そもそも、ドイツでは、ほとんど全ての商品に「隠れ税金」があり、大体その商品の53%が、税金であると言われています。日本の消費税に対応する「付加価値税」は、その氷山の一角に過ぎず、例えば、10ユーロのTシャツには、もうすでに、関税、法人税、所得税等の税金が含まれているのです。

 そこで、ヴェルナーは、ありとあらゆる全ての税金を廃止して、消費税のみでドイツ連邦共和国は、問題なく「運営」出来ると考えました。彼の案は、消費税を50%にするという、一見無謀な案ですが、あらゆる税金が無くなった上で、消費税のみ50%にすれば、これは、机上の計算ですが、以前より物価は3%安くなることになります。

 さらに、ドイツ国民の一人一人に(子どもも含めて)、おおよそ月額1000〜1500ユーロの「ベーシックインカム」を、無条件で給付しようとする案です。

 「食うために働く」のは、ドイツ国憲法で保障されている「人間の尊厳」の侵害であるというのが、まず前提としてあります。

 先進国に存在している「労働基準法」の原型は、ローマ帝国の「奴隷管理法」であることを皆さんご存じですか?自分の理想や理念に反した仕事せざるをえず、働かないと「餓死」するかも知れないので、働かざるをえない、そんな状況は、未だに奴隷とかわりはありません。

 そこで、「ベーシックインカム」反対派の人が、常に引用するのが、「パウロによるテサロニケ人への第二の手紙」第三章です。ここに、「働くつもりがないなら、食うべきではない」という言葉が記されています。

 かつて、レーニンがこの言葉を引用して以来、「働かざる者食うべからず」という言い回しで、日本でもよく使われるようになりました。でも、引用したレーニンは、無神論者の共産主義者です。ソビエトの労働者を、うまく働かせるために、すなわち、ソビエトの「奴隷」を管理するために、このパウロの言葉は引用されたわけです。

                                 つづく

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 生きることそれ自体が、素晴らしい「労働」なのです。


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2010/5/21

涼風書林のサイトです  21世紀の人智学

 今まで、シュタイナー関係の出版物は、既存の出版社から発行されていましたが、2007年に創立された株式会社「涼風書林」は、当初から会社の方針を人智学的、キリスト者共同体的に設定して設立されました。これは、日本では初めてのことです。

 是非、涼風書林のサイトをご覧下さい。私の本はすべて涼風書林から発刊されています。

   http://www.kirisutoshakyodotai.org/ryofu.html

 まだ知らない方々にもどうぞ教えて下されば幸いです。

 「涼風」とは、7世紀にネストリウス派のキリスト教(後に景教と呼ばれる)が中国に渡った時、今「聖霊」と訳されている言葉を、シリア語から唐代の人が中国語に訳した、記念すべき言葉です。「聖」を「涼」と訳し、「霊」を「風」と訳すとはなかなか粋なものです。

 どうぞ、御贔屓に、よろしくお願いいたします。


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2010/5/12

写真で見るルドルフ・シュタイナーの生涯W  21世紀の人智学

 忘れてました。続きです。

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 1915年、大正4年のルドルフ・シュタイナーです。54才です。ネクタイが結べなかったシュタイナー、お決まりのスカーフを首に巻いています。

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 1916年。ガラリと変わった感じです。1915年に、シュタイナーが大切に育てた弟子達の一部が、シュタイナーを人智学協会から追放しようとした事件があり、一気に老けたようです。どうして、裏切りがあるのか?「もうあなたは必要ありませんよ」と言うことらしいです。

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 1917年。厳しい雰囲気があります。

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 1918年。厳しさが増しています。

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 前年に第一次世界大戦が終結。木彫「人間の典型」制作中のシュタイナーです。1919年です。

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 1920年、59才のシュタイナー。一段と老けました。

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 1923年。もうゲーテアヌムは放火によって存在していません。

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 ルドルフ・シュタイナーのデスマスクです。1925年3月30日に他界、月曜日でした。

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 安置されているルドルフ・シュタイナー。葬儀はキリスト者共同体でおこなわれ、フリードリッヒ・リッテルマイヤーが司式しました。

 本当は、82才まで生きるつもりであったルドルフ・シュタイナー、その生涯は決して「幸せ」なものではありませんでした。何かを「創始」する人の生涯は常にドラマチックですね。


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2010/5/5

マイケル・ジャクソンのオックスフォード大学講演  21世紀の人智学

 今日は「こどもの日」、もう一歩でヴァルドルフ教育やシュタイナーへ到達したのではないかと、思われるマイケル・ジャクソンの有名な「オックスフォード大学講演」です。ネットで、「マイケル・ジャクソン 子どもの権利 講演」と検索したら見つかったサイトからの引用です。是非読んでみて下さい。

 マイケル・ジャクソンにとっても「魅力」ある人智学やキリスト者共同体でありたいものです。

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オックスフォード大学での講演
マイケル・ジャクソン オックスフォード大学での講演(2001年3月6日)
はじめに
この和訳は、2002年発行の写真集「マイケル・ジャクソン KING OF POP」からの出典です。
この講演でマイケルは、子どもでも分かりやすい言葉を使ってスピーチをし、訳もそれに合わせて難しい言葉は漢字を使わず、ひらがなで記載されています。
原文及び音声は「ALL Michael Jackson Oxford Speech」で視聴できます。

イントロダクション
愛されない子どもたちに手を差し伸べよう。大人は子どものことをもっと優先して考えよう―。これはマイケル・ジャクソンと、彼が社会に広めようと設立した「ヒール・ザ・キッズ」(Heal The Kids)の核となるメッセージである。この思いをより多くの人に伝えようと、マイケルはまず数々の講演活動を企画した。マイケルは、この団体をいっしょにはじめた友人、シュムリー・ボテツ師とともに、著名人や専門家たちを招き、教育問題について話し合った。これら一連の活動はニューヨークのカーネギーホールにはじまり、ネバーランド・ランチでの会議で幕を閉じた。2001年3月6日、古き伝統を持つイギリス・オックスフォード大学において、マイケル自身初となる講演は、そのハイライトを迎えた。

オックスフォード大学での講演(2001年3月6日)
みなさんの熱烈な歓迎に心から感謝します。オックスフォード大学の学長殿、本日はお招きいただき光栄に思います。そして、ここオックスフォード大学で11年間ラビとして従事しているシュムリー師に特別に感謝の意を表します。「ヒール・ザ・キッズ」をともに苦労して設立した彼とは、子どもらしさとは何か、という内容の本の共同執筆もしました。すべての活動を通じ、わたしを支えてくれているかけがえのない友人です。そして、「ヒール・ザ・キッズ」のディレクター、トバ・フリードマンにも感謝の意を表します。彼女はここオックスフォードの卒業生で、マーシャルの研究をしていたそうです。そして、もう一人の中心のメンバー、マリリン・ピールスにも感謝を表します。

以前、マザー・テレサ、アルバート・アインシュタイン、ロナルド・レーガン、ロバート・ケネディー、マルコムXといった著名な方々が講義されたこの会場で、これからお話できることを喜ばしく思います、セサミストリートのマペット、カエルのカーミットもこの場に立ったと聞いています。「ここに立つのに青いっていうのは大変なことさ(まだ青二才、未熟者なので)」というカーミットの気持ちがよくわかります。カーミットもわたしと同様、この場に上がるのに緊張したことでしょう。オックスフォード大学は偉大な哲学者や科学者だけでなく、JRR トールキン (「指輪物語」の作者)からCS ルイス (「ナルニア物語」の作者)に至る、才能に満ちあふれた著名な児童文学作家たちも送り出してきました。

今日、わたしはクライスト・チャーチ (Christ Church) のダイニングホールの中を歩き、ステンドグラスの窓に描かれたルイス・キャロルの不朽の名作「不思議の国のアリス」を鑑賞しました。子どもたちの大好きなアメリカの児童文学者ドクター・スースの絵もありました。彼は世界中の多くの子どもたちの想像力を養うすばらしい作品を生み続けています。まずわたしが、今夜みなさんの前でお話させていただけるようになったわけからはじめましょう。

わたしにはこのホールで講演してきた有名な方々のように、専門知識があるとは言えません。彼が、ムーンウォークの名手とは呼べないのと同じです。――中でもアインシュタインはとても下手だったと聞いています。しかし、わたしは人よりも、多くの場所へ赴き、いろいろな文化に触れてきました。人の知識は書物から得られたものだけでなく、心に描かれ、魂に彫り込まれ、精神に刻み込まれたものからつくられます。わたしは比較的短い間に、多くの体験をしてきたため自分がまだ42歳であるのが信じられません。時々シュムリーにも言うのですが、精神年齢は80歳には達していると思います――。今夜は80歳のように歩くことさえできます。ですから、今晩はわたしの話におつきあいください。今日ここでお話することが、人々の心、そして地球をもいやせるかもしれません。神の恵みによって、幸運にも、わたしは人生の早い時期にアーティストとして、プロとしてのたくさんの夢をかなえることができました、しかし皆さん、このような実績だけで、自分自身を語ることはできません。5歳の少年は観客の前で『ロッキン・ロビン』や『ベンのテーマ』を元気に歌っていましたが、実際、笑顔の裏側にある少年の本当の心を表してはいなかったのです。

今夜わたしは、ポップの聖像(この意味はともかく)としてでなく、同世代、つまりもう子どもではない世代の聖像として、ここに立っています。私たちはみな、幼児期の産物です。子ども時代は、人格形成に大きく影響します。でも、わたしにはすばらしい子ども時代はありませんでした。両親や周りの大人からの愛情を一身に浴び、最大の心配事といえば月曜日の朝のスペリングテストしかないような、夢中になって遊べるはずの貴重な時期を過ごさずに来てしまいました。

ジャクソン・ファイブをご存じの方は、わたしが若干5歳という年齢でデビューしたことをご存じでしょう。それ以来、歌い、踊り続けています。ステージに立っている時や音楽を作り出している時は確かに大きな喜びで満たされていましたが、小さいころのわたしはそれよりも何よりも普通の少年でいたかったのです。木の上に家を作ったり、水風船をぶつけっこしたり、友だちとかくれんぼしたりしたかったのです。

でも、これはわたしの運命で、周りで遊んでいる子どもたちの笑い声をうらやむことしかできませんでした。わたしのプロとしての人生に、息抜きなどありませんでした。でも、毎週日曜日、「エホバの証人」の行うパイオニアリングと呼ばれる布教活動に通ったものです。ほかの子どもたちがどう過ごしているのかを間近に見て、子ども時代の魅力を知ったのはその時でした。わたしはすでに顔が知れわたっていましたから、大きめの服、かつら、あごひげ、眼鏡で変装し、南カリフォルニアの郊外で家を一軒一軒訪ねたり、ショッピングモールを歩き回ったりして、『ものみの塔』という機関誌を配布しました。わたしは普通の家を訪ね、ふかふかのラグやアームチェアの上で、子どもたちがモノポリーゲームをして遊んだり、おばあちゃんが孫を面倒を見たりするような日常生活のすばらしく平凡な、輝く光景を見るのが大好きでした。そんなたいしたことじゃないじゃないか、と思われるのは知っています。でも、わたしにとっては、とても魅力的なことでした。普通の子ども時代を過ごしてこなかったのは自分だけだと思ったものです。この思いをわかってくれるのは、実際ほんの一握りの人だけだと信じていました。

最近、シャーリー・テンプル・ブラックにお会いしました。1930、40年代に活躍した子役スターです。最初はお互い言葉を交わしませんでした。ただいっしょに涙を流しました。シャーリーはごく親しい友人、エリザベス・テイラーやマコーレ・カルキンにしかわからないような心の痛みをわかってくれたのです。みなさんの同情を買うために、この話をしたのではありません。わたしが言いたいのは、子どもらしくない幼児期を過ごしているのは、ハリウッドの子役たちだけではないということです。今日、それは世界共通の不幸であり、世界的規模の悲劇です。現代では、子ども時代が悲惨な状況になってきているのです。喜びを感じたことのない、権利を与えられない、自由を許されない、子どもらしさを知らないたくさんの子どもたちが生み出されているのです。

今日、子どもたちは早く大人になることを求められます。子ども時代と言われるこの期間がつらい段階であるかのように我慢し、できるだけ速やかに通過することを求められます。この点に関しては、わたしも専門家と名乗れるくらいの経験があります。わたしたちは、親子関係の断絶を目の当たりに見てきた世代です。心理学者は、無償の愛を与えられない子どもたちがどうなるのかを扱った多数の本を出しています。無償の愛を注がれず、放っておかれるために、実に多くの子どもたちが、自らの力だけで成長していかなくてはならないのです。

かつて世代間を結びつけた強力なのりがはがれるように、愛を与えられない子どもたちは、両親、祖父母、ほかの家族たちから距離を取りつつ成長しています。こうして、新しい世代――O世代と呼びましょうか――が生み出されました。O世代はX世代から、バトンを受け取りました。O世代は富も成功も、きれいな服も、かっこいい車もすべて手に入りますが、心はやるせなさで満ちた世代です。彼らの胸の空洞、心の底に広がる荒野、中心にぽっかりあいた空間も、かつては鼓動や愛で満たされていたはずです。そして、苦しんでいるのは子どもだけではありません。大人も同じです。子どもの体をした小さな大人を育てようと努力すればするほど、大人の中の子どもらしさも失われていきます。大人の生活にも、子ども的な部分を必要とする場合がたくさんあるのです。

みなさん、愛は家族にとって、最も貴重な財産であり、豊かな遺産であり、黄金の贈り物です。世代から世代へと受け継がれていく宝です。昔の人たちには、今わたしたちが手にしているような豊かさはなかったかもしれません。家には電気も通らず、セントラルヒーティングのない小さな家にたくさんの子どもたちがひしめきあって暮らしていたことでしょう。しかし、家は暗くも寒くもありませんでした。愛の輝きで部屋をともし、温かい心で部屋を暖めました。富や地位という欲に毒されていない大人たちは、生活の中で子どもたちのことを最優先に考えたのです。

みなさんご存じのように、イギリスとアメリカは、第3代大統領トーマス・ジェファーソンの起草した独立宣言の「譲渡され得ない権利」――生命・自由・幸福の追求――をめぐり争っていました。2カ国がジェファーソン大統領の主張をめぐり争う中、子どもたちにも「譲渡され得ない権利」があるということは論議されなかったのです。これらの権利が徐々にむしばまれていけば、世界中の子どもたちの多くが、幸福や安全を享受できなくなります。そこで、すべての家庭に児童権利法案が取り入れられることを強く望みます。条項を挙げると、

•愛される権利。自ら求めずとも。
   
•守られる権利。どんなことがあっても。
   
•かけがえのない存在だと感じられる権利。何も持たずにこの世に生を受けようとも。
   
•話を聞いてもらえる権利。大人にはおもしろくない話でも。
   
•寝る前に読み聞かせをしてもらえる権利。夕方のニュースや、『イースト・エンダー』(イギリスの家族ドラマ)に時間を取られることなく。
   
•教育を受ける権利。学校で銃弾におびえることなく。
   
•かわいがられる対象となる権利 (たとえ平凡な外見だとしても)。
どの人も、自分が愛される対象であると実感することが、認識の土台、つまり意識のはじまりなのです。髪の色が赤か茶色かを知る以前に、肌の色が黒か白かを知る以前に、どんな宗教に属しているかを知る以前に、自分が愛されていることを実感できなくてはならないのです。12年ほど前、『バッド』ツアーをはじめようとしたころ、一人の少年が両親とともに、カリフォルニアの自宅を訪ねてきました。その少年はガンのため、死期が近づいていました。わたしの音楽、そしてわたしのことがどんなに好きかを語ってくれました。

少年が長くは生きられず、今すぐにでも天国に召される可能性があることを、彼の両親から聞き、わたしは彼に言いました。「ねえ、3 カ月後、君の住んでいるカンザスでコンサートをするよ。見に来てほしい。さあ、ビデオで着たこのジャケットを君にあげよう」。少年は目を輝かせて言いました。「ぼくにくれるの」。わたしは答えました。「そうだよ。でも、ツアーの時、着てくるって約束して」。わたしは少年を持ちこたえさせようとしていたのです。「ツアーの時、君がこのジャケットを着て、この手袋をはめている姿を見たいんだ」。そうわたしは言い、ラインストーンの手袋を少年にあげました。――以来、ラインストーンの手袋は二度と人にあげていません。

少年は今天国にいます。おそらく、ずっと天国に近いところにいたのでしょう。わたしがカンザスに行った時には、すでに亡くなっていました。あの手袋とジャケットを身に付けて、葬られたそうです。少年はちょうど10歳でした。少年が持ちこたえようとベストを尽くしたことは間違いありません。彼が亡くなった時、両親からだけでなく、血のつながりのないわたしからも、自分が愛されたことを実感していたことだけは確かです。わたしは彼のことが大好きでした。愛情をいっぱいに受けたことで「自分がこの世にたった一人で現れ、たった一人で去っていったのではない……」と思っていることでしょう。愛されている実感をもってこの世に生を受け、愛されている実感をもってこの世から去るなら、生きている間に起こるすべてを乗り越えられるのです。

たとえ教授に中傷されたとしても、そう感じないでしょう。上司にしいたげられようとも、へこたれないでしょう。会社の同僚に打ち負かされたとしても、成功の喜びを感じられるでしょう。

愛情を受けて育ってきた人を、心から傷つけることはできません。自分が愛される価値のある人間だという実感をもっているからです。それ以外の感情はただの包み紙のようなものです。

しかし、愛された記憶がなければ、心を満たすものを求め、世界中を探し回るようになります。

どんなにお金を稼ごうとも、どんなに有名になろうとも、まだ虚しさを感じることでしょう。

本当に探し求めているのは、無償の愛、つまりは無条件に受け入れられることです。生まれた時に、享受できなかったものなのです。

想像してみてください。ここにアメリカの典型的な1日の特徴を示すデータがあります。――6人の未成年が自殺をし、12人が銃の犠牲になっています――いいですか、これは1日当たりの数字で、年間の数ではありません。399人の子どもたちが薬物中毒で逮捕され、1,352人の赤ちゃんが10代の母親から産まれています。

これは歴史的に見ても非常に豊かな先進国で起きていることです。実際アメリカでは、ほかの先進国と比較にならないほどの暴力行為が多発しています。アメリカの若者が、心の傷や怒りを表現する方法なのです。しかし、イギリスの若者の間に、同じ痛みや苦しみがないわけではありません。調査によると、イギリスでは、1時間に3人の未成年者が、自虐行為――自ら体を傷つけたり、自らやけどをしたり、薬物を過剰に服用したり――をしているそうです。こうして彼らは、愛されない心の痛みや苦しみを乗り越えようとしているのです。イギリスでは、1年に一度しか、家族そろって夕食をとれない家庭が20%もあるそうです。1年にたったの一度ですよ!

寝る前の本の読み聞かせという貴重な時間を大切にしていますか。1980年以降の調査によると、読み聞かせをしてもらっている子どもたちは優れた教養を身につけ、学校でもいい成績を修めています。しかし、イギリスの2歳から8歳の子どものうち、毎晩本を読み聞かせてもらっているのは33%にも満たないそうです。今の親たちが子どものころには、75%が本を読み聞かせてもらっていたことを考えると、もっと深刻にとらえなくてはならないでしょう。

この心の痛み、怒り、暴力行為の原因は探るまでもありません。子どもたちは明らかに、愛してほしいと訴え、関心をもたれないことに体を震わせ、注目してほしいと叫び声をあげているのです。アメリカの様々な児童保護機関によると、毎年何百万人もの子どもたちが、放っておかれるという形の虐待の犠牲になっているそうです。

放っておかれるという形の虐待。あらゆる電化製品を完璧に備えた裕福な名声のある家庭の中で起こっています。両親が帰宅する。でも、本当にうちに帰ってきたのではない。頭の中はまだ仕事場にある。じゃあ、子どもたちは?与えられた感情のかけらで間に合わせているだけ。そして絶え間なく流れるテレビ、コンピュータ・ゲーム、ビデオから得るものは少ない。なぜわたしが自分の時間や財産の多くを「ヒール・ザ・キッズ」の活動をはじめるために費やすことにしたのか、おわかりでしょう。わたしは統計の示す悲しい数字に、魂をもぎ取られ、精神を揺さぶられたのです。私たちの活動の目標は単純です。――親子の絆を取り戻し、関係を修復し、地球の将来を担うすべての子どもたちの進む道を明るく照らすことなのです。

わたしは、今日初めて公に講演をしています。みなさんに温かく受け入れられ、さらに話をしたいという気持ちになりました。人にはそれぞれ事情があり、その意味で、統計データが独特の意味をもつこともあります。子育てはダンスのようだと言われます。親が足を一歩踏み出すと、子どもも足を踏み出す。ですから、親が子どもたちのために再び愛を捧げるだけでは、まだ半分しか意味がないのです。子どもの側にも親を再び受け入れるよう準備しなくてはならないのです。

小さいころ、ブラックガールという名の犬を飼っていました。オオカミとレトリーバーの混血です。ブラックガールは番犬としての役目を果たさないばかりか、とても臆病で神経質で、大きな音を立てるトラックや、インディアナ州を通過する雷にもおびえていました。妹のジャネットとわたしは、ブラックガールをとてもかわいがりましたが、前の飼い主によって奪われた信頼感を取り戻すことはついにできませんでした。前の飼い主がブラックガールを虐待していたことを知っていましたが何をしたかはよくわかりません。でも何をしていようと、それが原因でブラックガールが健やかな心を失ったのは確かです。今日、多くの子どもたちは愛に飢えた子犬のようです。そのような子どもたちは親のことを考えようとしません。そのままにしておくと、独立心おう盛な子どもに育ちます。親元から離れ、去っていきます。ひどい場合は、親に恨みや怒りを抱き、その結果、親は自分のまいた種で、自らの首を絞めることになるでしょう。

このような過ちは今日ここにいるだれにもおかして欲しくありません。ですから、自分が愛されていないと感じても親を許すよう、世界中の子どもたちに呼びかけているのです。今日ここにいる人からはじめましょう。許してあげてください。もう一度愛する方法を親たちに教えてあげてください。わたしにはのんびりとした子ども時代がなかったと聞いて、驚く人はいないでしょう。父とわたしとの間の重圧や緊張は、よく取り上げられます。父は厳しい人で、小さいころから私たち兄弟がすばらしいアーティストになるよう強要しました。父は愛情を示すのが苦手で、まともに愛していると言われたことは一度もありませんし、褒められたこともありません。ステージで成功をおさめても、まあまあだとしか言ってくれませんでした。

そしてまあまあのステージなら、父は何も言いませんでした。父は何も増して、わたしたちが仕事上成功することを望んでいるように思われました。その点における父の力はずば抜けたものでした。父にはマネージメントの才能があり、そのおかげで、わたしたち兄弟はプロとして成功しました。芸能人として訓練され、わたしは父の指導のもと、敷かれたレールから足を踏み外すことはできませんでした。

でもわたしが本当に欲しかったのは、「お父さん」です。自分を愛してくれる父親がほしかったんです。父は愛情を示してくれたことがありませんでした。目をまっすぐ見つめ好きだと言ってくれたことも、いっしょにゲームをしてくれたこともありませんでした。肩車をしてくれたことも、まくら投げをして遊んだことも、水風船をぶつけあったこともありません。でも、4歳のころ、小さなカーニバルで、父が私を抱き上げ、ポニーに乗せてくれたという記憶があります。それはちょっとしたしぐさで、おそらく5分後には、父は忘れてしまったことでしょう。しかし、その瞬間、わたしの心の特別な場所に、父への思いが焼き付けられました。子どもとはそんなもので、ちょっとした出来事がとても大きな意味をもつのです。わたしにとっても、あの一瞬がすべてとなりました。たった一回の経験でしたが、父に対して、そしてこの世の中に対していい思いを抱いたのです。

自分自身が父親となり、ある日わたしは、我が子プリンスとパリスが大きくなった時、自分がどう思われたいと考えているのか、自問しました。もちろん、自分の行くところにはいつも子どもたちを連れて行きたいし、何よりも子どもたちを優先していることを、わかってほしいと思います。しかし、あの子たちの人生に困難がつきまとっているのも事実です。パパラッチに追いかけられるので、公園や映画館にいつも一緒に行けるわけではありません。あの子たちが大きくなって、わたしを恨んだら?わたしの選んだ道があの子たちにどんな影響を与えるのでしょう?

どうして僕たちには普通の子ども時代がなかったの、と聞くでしょうか。その時、子どもたちがいい方向に解釈してくれるといいと思います。「あの特殊な状況の中で、父さんはできるだけのことをしてくれた。父さんは完璧ではなかったけど、温かで、まあまあで、ぼくたちを愛する努力をしてくれた」とあの子たちが心の中でつぶやいてくれるといいなと思うのです。

あの子たちが、あきらめざるを得なかったこと、わたしのおかした過ち、子育てを通じてこれからおかすだろう過ちを批判するのでなく、いい面、つまりわたしがあの子たちのために喜んで犠牲を払ったことに、目を向けてくれればいいと思います。 わたしたちはみな人の子で、綿密な計画を立て、努力をしても、常に過ちをおかしてしまうものなのです。それが人間なのです。このことを考える時、つまり、どんなにわたしがあの子たちに厳しく評価されたくない、いたらない面を見逃してほしいかを考える時、わたしは父のことを思わずにいられません。 子どものころ、愛されたという実感はないけれど、父がわたしを愛してくれていたに違いないと認めざるを得ないのです。父はわたしを愛し、わたしにはそれがわかっていた。愛情を示してくれたことは、ほとんどなかったけれど。

子どものころ、わたしは甘いものに目がありませんでした。 ―兄弟みんなそうでした。シロップに覆われたドーナツが大好物で、父はそのことを知っていました。数週間に一度、朝1階に下りて行くと、紙袋に詰め込まれたドーナツがキッチンカウンターに置いてあったんです ―メモも説明もなく― ドーナツだけが置いてありました。まるでサンタクロースみたいでした。 夜中まで起きていて、ドーナツが置かれるところをみようと思うこともありました。 でも、サンタクロースと同じように、二度とドーナツが置かれなくなることを恐れ、その魔法を大切にしようと思いました。父はだれかに見られないように、夜中にこっそり置かなければなりませんでした。 父は自分の中の人間的な感情におびえ、それを理解できず、どうしていいかわからなかったのです。しかし、ドーナツの件ではわかっていたようです。心の防波堤の扉を開けたままにすると、わたしの心に様々な記憶が走馬灯のようによみがえってきます。 ちょっとしたことで完全ではありませんが、その記憶は ゛父ができることをしてくれた゛ ということです。そこで今日これからは、父がしてくれなかったことに目を向けるのでなく、父がしてくれたこと、父の努力に目を向けようと思います。 そして、父を非難するのをやめようと思います。わたしは父が南部の貧しい家庭で育ったという事実に思いをはせるようになりました。

父は世界大恐慌の年に、この世に生を受けました。 わたしの祖父は家族を養うのに精いっぱいで、ほとんど愛情をしめすこともなく、子どもたちを厳しく育てました。 アメリカ南部で貧しい黒人が大人になっていくということが、みなさんにはどういうことか想像もつかないでしょう。人間としての尊厳を奪われ、望みを失い、身分の低い者として見られる世の中で、一人前になるようもがくことなのです。わたしはMTVで最初に歌った黒人アーティストです。当時でさえ、大きな出来事だったと記憶しています。それが80年代のことです。

父はインディアナ州に引っ越し、所帯をもち、たくさんの子どもたちに恵まれました。家族を養うため、製鋼所で長時間働きました。それは、肺を痛めつけ、屈辱的な気持ちにさせるような仕事でした。父が自分の感情をさらけだせなかったのも、無理もないことでした。心をかたくなにし、壁でふさいだとしても何の不思議もありませんでした。そして何よりも、自分が経験した屈辱的人生や貧困を子どもたちに味わわせないように、子どもたちが芸能人として成功するように強要したのも、当然のことでした。父の厳しさはひとつの愛情の表れだった。完璧ではないけれど確かに愛だと、わたしは感じはじめるようになったのです。

父はわたしを愛しているから、強引に背を押したのです。自分の血を分けた子どもたちが低く見られるのは嫌だったのです。時とともに、苦痛は、感謝の気持ちへ変わっていきました。怒りを感じていたところも、許せるようになってきました。復しゅうしたいと思っていたところも、折り合いをつけられるようになりました。はじめに感じていた怒りは寛容さへとゆっくり変わっていきました。10 年前になりますが、わたしは「ヒール・ザ・ワールド」(Heal the World)というチャリティー活動をはじめました。わたしは心で感じたことを、その名に託しました。よく知らなかったのですが、のちにシュムリーから、HealとWorldという単語は旧約聖書の預言の基盤となっていることを聞きました。みなさん、わたしがこの世界を、今日でさえ戦争と大虐殺に翻ろうされている世界を、本当にいやせると信じているとお思いですか?

わたしが子どもたちを本当にいやせると考えているとお思いですか?コロンバインハイスクールで起きたように、銃を持って学校へ行き、クラスメートを撃ち殺してしまうような子どもたちをいやせると考えているとお思いですか?1993年に2歳で殺害されたジェイミ・バルジャーの悲劇のように、自らを守れない幼児を殴って死に至らしめるような子どもたちをいやせると考えているとお思いですか? ―わたしはもちろん、そう思っています。そうでなければ、今晩ここに来ていないでしょう。すべては許すことからはじまるのです。世界をいやすためには、まず自分自身をいやさなくてはならないからです。子どもたちをいやすためには、まず子どもたちの心の中をいやさなくてはなりません。どの子どもたちも同じです。

わたしは、このままでは完璧な大人にも、無償の愛を与えられる親にもなり得ないことがわかり、子ども時代のつらい記憶の扉を閉めました。みなさんにも、そうしてほしいのです。モーゼの十戒、第五の戒律(あなたの父と母を敬え)にふさわしい生き方をしましょう。親を非難するのではなく、尊敬しましょう。物事をいい方向に考えましょう。だから、私は父を許し、父を非難するのをやめようと思うのです。父を許したい。「お父さん」をほしいから。結局わたしには彼しかいないのです。わたしは過去の重荷を肩から降ろし、父との新しい関係を踏み出したいのです。過去のつらい記憶に邪魔されず、未来を築きたいのです。憎しみに満ちた世界でも、望みをもたなければなりません。

怒りに満ちた世界でも、慰めの心をもたなくてはなりません。絶望に満ちた世界でも、夢を忘れてはなりません。不信感に満ちた世界でも、信じなくてはなりません。親から傷つけられたと感じていらっしゃるみなさん、失望感を捨ててください。親にあざむかれたとお思いのみなさん、これ以上自分自身をあざむくのはやめましょう。親が邪魔だと思っているみなさん、代わりに手を差し出してください。ご両親に無償の愛を与えてください。これは、みなさんに望むことであり、自分自身に言い聞かせていることでもあります。そうすれば、親たちはわたしたち子どもから愛し方を学ぶことでしょう。そうすれば、荒れ果てた寂しい世の中に、愛が取り戻されるでしょう。シュムリーが「子どもたちの心を通じて両親の心が取り戻される時、新しい世界、新しい時代が来るだろう」という旧約聖書の預言を話してくれたことがありました。

みなさん、わたしたちがこのような世界をつくっているのです。 わたしたちがその世界に住む子どもたちなのです。インド建国の父マハトマ・ガンジーが言いました。 「弱者は人を許すことができない。許すことは強さの裏返しである」 さあ、強くなりましょう。そして、壊れた関係を修復するために、立ち上がりましょう。子ども時代に受けた傷が人生にどんな影響を与えようとも、乗り越えなければなりません。ジェシー・ジャクソン(民主党候補として大統領選に出馬した黒人牧師)の言葉にあるよう、互いに許し合い、互いに助け合い、そして前へ進みましょう。許し合うことだけでは、涙に暮れる世の中は終わらないかもしれません。しかし、多くの子どもたちが親との関係を修復することが、少なくとも新たな出発点となるのです。結果として、わたしたちみんな、もっと幸せになるでしょう。みなさん、信仰、喜び、興奮をもって、わたしの話を締めくくりたいと思います。

今日から、新しい歌が聞こえてきますように。
その歌を子どもたちの笑い声に。
その歌を子どもたちの遊ぶ声に。
その歌を子どもたちの歌声にしよう。
そして、大人たちは耳を傾けよう。

子どもたちのもつ力に驚き、愛の美しさに浸り、ともに、心のシンフォニーを創りだそう。

世界をいやし、痛みを取り去ろう。そして、ともにみんなで美しいメロディーを奏でられますように。

神の恵みがありますように。“I love you”。

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人種差別に対するマイケルのスピーチ 和訳
Michael Jackson speaks out against Racism
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