2019/12/14

ヨーロッパツアー道中記D 〜シュヴィーツ・《日本人劇》の町〜  
2019年11月22日 シュヴィーツ公演

ジュネーヴ公演を終え、ツアーは折り返し。
残すところあと3公演となりました。

ジュネーヴを後にし、2台の車に分乗して再びドイツ語圏へ。

シュヴィーツの会場は、ここでも県立高校付随の劇場でした。

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高校と言っても、その建物はかつての修道院、
町を見下ろす高台にある威風堂々とした素晴らしい建物です。

折しも、移動中それまで曇っていた空が突然晴れて
隠れていた雄大な山々が忽然と姿を現し、
仲間たちに、これぞ、というスイスの山の景色を楽しんでもらうことが出来ました。
素晴らしかった!

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町の守り神?大ミーテンと小ミーテン。

シュヴィーツ(Schwyz)はその名が示す通り
今のスイスの独立が勝ち取られた地方の中心地でした。
が、本当に小さな山間の、人口15,000人、
小都市とまでも言えないくらいの小さな町です。

この小さな町で、いったいどうして音楽狂言の公演を
実現できるに至ったのか・・・。

日本とスイスの国交は2014年に150周年を迎えた歴史があります。
アメリカに後れをとること僅か10年、
オーストリア・日本が今年2019年に150周年を祝っていますが
小さな山国スイスがそれに5年先駆けていることを思うと大した歴史です。

そしてシュヴィーツでは、この地方から東洋の未知の国へ
特使が送られ、土産話を持って帰って来た時に、
長年続いた内乱に疲れ果てていたこの土地の人々が、

世界へ目を向け、権力に批判の目を向けて自主独立の機運を高めるために
《日本人劇》というという野外劇を始めたのでした。
その時々の権力に対する揶揄や批判を面白おかしく脚色した、
この市民全員参加の《日本人劇 Japanesenspiel》はその後
毎年、後には隔年に受け継がれられて150余年、今に至っているのです。

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1891年当時のシュヴィーツにおける《日本人劇》。


この土地に住む私の友人、押川恵美さんが現地の仲間たちと
今回のシュヴィーツ公演を本当に全面的に協力してくれたのですが、

この公演に先立つこと5年、2014年の日瑞150周年の年に
私の長年の音楽仲間、尺八(田嶋直士)、琵琶(半田淳子)をはじめ
筝、三味線の若手の方々の邦楽コンサートがシュヴィーツで開かれましたが
その開催に尽力してくれた《日本人協会 Japanesen Gesellschaft》の存在が
あったのでした。

その布石があって、今回の音楽狂言の公演に繋がった、というわけです。

小さな町なのに、たくさんの人が集まってくださいました。

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第4回目の公演、疲れもたまっていたはずですが、
集中力を切らさず、良い公演となりました。
お客様も大変喜んでくださって、本当に良かったです。

写真を取り忘れてしまいましたが、公演後恵美さんが自宅で
打ち上げにおでんと餃子で本番の疲れをねぎらってくれました。
感謝!

さて、次はスイスにおける最後の公演地、クールを目指します。

旅は続きます。
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