2005/5/31

東京都の業績評価について考える  ]平和
『YOU SEE (都高教有志ネットワーク)』2005年 5月24日 No.172より抜粋

恣意的適用を超えて「報復」に使われた業績評価問題を糾弾する!
−− やはり濫用された「日の丸・君が代」処分者への報復攻撃 −−

《Nさんにかけられた不当な「C」評価を許してはならない!》
 被処分者のNさんの「C」評価は全く酷い「言いがかり」で、「所定の『週案』を出さなかった」などが理由になっている。しかし、Nさんは「週案」を提出しており、副校長がこれを受理し、押印までしている。ところが校長が押印していない。つまりその様式を副校長が認め、校長が認めなかったのである。言うならば管理職内部の対立がN先生の責任に転嫁されているのである。こんな事での「C」が許されるならば、「何でもあり」になってしまう。これを許せば他に波及することは確実であろう。今後、『週案』は、都教委・管理職のいいなりにならざるをえず、また、管理職に反抗するような言動が規制されることになる。執行部は「被処分者・自己申告書未提出者への適用を阻止した」などと発言せず、この不当を許さない取り組みを!

<< 業績評価の開示問題 >> ある分会からの報告 

<本人確認のないままに「反省日誌」を渡された>

 今年度から定期昇給延伸を伴う「定期評価本人開示」について該当する職場からの報告をする。これは前年度の業積評価の第一次評価および第二次評価がC・Dのすべての教育職員に対して開示する制度である。
 当分会で該当者が出たため、本人に聞き取りを行った。本人の話によれば、校長より「平成16年度教育職員定期評価本人開示通知書」を提示されたこと(本人に通知書は渡された)。同時に昇給延伸通知書も渡され、再教育の内容を一方的に示されて強要されている旨の内容であった。
 つまりなぜCD評価がついたかの理由=具体的内容も一切示されず、また本人の了解=納得も得ないまま、研修等が強要されているとの途中経過であった。

<開示に際しては第三者の立ち合いが当然だ!>

 開示に際しては、第3者の立ち会いが当たり前であり、「言った」「言わない」ことはなくなるはずである。開示制度自体最初の入り口で不備が露呈したと言わざるをえない。ところで、この苦情申し出に都高教が代理人になるようであるが、少なくとも都教委に丸め込まれないようにしてもらいたいものだ。苦情処理で評価がひっくり返ることがあるのだろうか。不当な評価が横行していることから都高教の力量が問われるのが当然であり、それを実現しなければ不当な評価は蔓延しかねない。

《CDの業績評価に多くの問題点》
 何で執行部はこんな制度に合意したのだろうか!都労連が賃金削減阻止との見返りに差し出したのがこの制度であった。この制度の受け入れは、組合活動を壊滅させるほどの大きな課題であった事を改めて認識すべきであろう。
 開示が実施され、幾つかの問題点が浮き彫りにされてきた。
(1)まず、一番大きな問題点は、校長が異動したり、本人が異動したりの時にCD評価がつけられている事だ。CD評価をすれば、管理職がそのまま「研修」の責任を負うなど、現場教員からの批判を真っ向から受ける事になる。ところが、管理職自身や教員本人が異動してしまえば、これが免除されることになる。そこで、意趣返しのように管理職がCD評価をつけるケースが多々見られた。管理職がCD評価をつけ、「あとは知らないよ!」の無責任な評価が実施されたのである。この様なケースは無効にすべきなのである。
(2)第一次評価が副校長、第二次評価が校長であり、二つの絶対評価が同じであった場合に「延伸」「育成計画」が適用される。これは一見、二重の関門の様であり、より厳しく適用されるものであるかのように見えるがこれが大きな間違いであった。副校長の一次評価が、独立性を持つことが無い事が明白となっている。「私自身も評価される立場にあります」と、校長に従ってCD評価をつけたことを、ある副校長は吐露しているのである。こんな制度は即時撤廃すべきであろう。
(3)苦情処理の検討委員会が設けられ、不当な評価に対しては撤回させられる制度になっている。しかし、苦情処理で担当するのが指導主事であり、これでは公平な苦情処理制度にはならないのは明白だ。組合が最終的に係わるようになっているが、指導主事の段階で実務処理されることになる。これではCDをつけた同じ仲間が審査する様なものだ。公平性を保つために第三者機関が行う制度に改めるべきだ。
 また、苦情処理で撤回されず、更に本人が納得しない場合、どのような道があるのかが不明である。結局、つけられ損になってしまうのではないか。


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東京教組のホームページから                        
「業績評価ミニガイド NO5」                      
この「指導育成」は、年間4回の面接で次のことが行われます。         
(それぞれ5/12、9/22、12/22、3/24までに実施する。)            
@前年度の問題点が示され、改善に向けて取組む内容を管理職と教員が共通認識する。                                    
A改善に向けたとりくみ状況のチェックと指導助言を受ける。          
B管理職は、育成シート(問題点と取組・育成記録)にそれらを記入して教育委員会に提出する、など踏んだり蹴ったりの内容です。                 
 しかも、C,D評価でなくても校長が特に「指導育成」が必要と判断した人も対象になります。                                
 指導育成・昇給延伸の対象になりそうになったら組合にまず相談してください。 
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2005/5/31

板橋高校藤田裁判第三回公判速報  W板橋高校卒業式
鯨岡指導主事のICレコーダ録音は証拠能力があるか?

1,五月雨の中

 本日も「先着順」でした。9:40の傍聴券配布の時点で既に長い行列。それでも、交通機関に乱れが出たこともあり、20席ほど残っていました。
 この場合、104号法廷前で、定時(10:00)まで傍聴券を配り続けるので、ギリギリセーフの方もいらっしゃいました。
 その後は、残りの傍聴券は、11F刑事訟廷に引き上げられてしまいます。10:30頃に11Fに行かれた方が、最終bW6の傍聴券を入手されました。
 そうして、今回も、東京地裁最大の法廷を満席にすることが出来ました。悪天候の中駆けつけてくださった皆様、ご苦労様でした。

2,ジャブ2件

(1)開廷に先立ち、裁判長から傍聴人へ強い口調で注意。
 過去2回、禁止されているICレコーダの持ち込みが発覚した事への注意。
 傍聴は静粛に。審理の際に声が上がれば、退廷を命ずることになる。
 それに対し、澤藤弁護士が、論理の筋を明確にしてほしいと、すかさず抗議。

(2)証人尋問に先立ち、加藤弁護士が意見。
 鯨岡ICレコーダの「資料入手報告書」には、Aフォルダにしか音声はないと明記しているのに、5/25に開示請求に検察が応じて弁護団が聞いたBCフォルダに、実は音声が入っていたことに関し、証拠の採否を決める前に、調書を出した加治司法警察員の証人調べすることを申請。
 裁判長は「後ほど検討」で、審理進行。

3,鯨岡広隆指導主事証人尋問(ダイジェスト)

(1)主尋問(山田信二検察官)
Q,教育庁とは、どのような部署か。
A,都教委の事務局です。
Q,指導主事の職務は。
A,学習内容や教育課程に、指導助言をする。
Q,卒業式出席の目的は。
A,祝意を述べることと、通達に基づき適正に実施されているか、状況把握すること。
Q,出席の法的根拠は。
A,「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」第23条(教育委員会の職務権限)に基づく。
Q,「適正」とは、具体的に?
A,「学習指導要領」に基づいているか、10.23通達に基づいて実施しているか。
Q,板橋高校の卒業式に、元々出席する予定だったか。
A,否。元々2人派遣予定が、5人追加が決まり、2〜3日前に、指示を受けた。
Q,その理由は。
A,不測の事態が予想されると、上司(指導企画課長)から説明を受けた。
Q,藤田元教諭が出席することは知っていたか。
A,前日に、知った。
Q,ICレコーダは誰のものか。
A,個人のもの。(誕生日プレゼントとして2/1に購入)
Q,職務としての録音か。
A,否。
Q,なぜ、録音したのか。
A,不測の事態が起こったら、対応中にメモや記録を残すことが難しいと思ったから。
Q,録音を開始したのはいつ?
A,控え室(化学室)を出る直前。
Q,ICレコーダをどこに入れていたか。
A,胸ポケットに、スポンと落とす形で。
Q,いつまで録音したか。
A,式が終わり、校長室に戻り、一段落するまで。
Q,途中中断したことは?
A,否。
録音内容を特定するため、検察が再生を要望するが、弁護団から異議。裁定にて、書面化された「解析一覧表」で尋問が続行。書面化された「解析一覧表」を見たことがあるかと質問されて、いったんは「否」と答えたが、検察の誘導で、「是」に訂正。
この後、延々と、録音内容の個々について確認。

          〔昼食休憩 12:00〜13:30〕

再開後も、主尋問続行。
弁護側が、「IC解析表」の証拠採択に同意。
Q,録音内容を、自分で編集したことは。
A,否。使い方もよく分からない。
Q,証拠提出後、検察庁で聞いた時、加工されている様子を感じたか。
A,私の聞いた範囲では、ない。
Q,「IC解析一覧表」は、正確といえるか。
A,若干不安がある。
Q,より正確に証言するためには?
A,書面ではなく、実際に聞いてもらうしかない。
Q,被告人が社会科準備室から出てきた後の証人の行動は?
A,会場に戻ると9:50頃で、卒業生たちが動き始めていた。
Q,9:50で間違いないか。
A,9:55でした。
Q,その後は?
A,岡田主事に被告人の敷地外退去確認を依頼し、生徒入場直後に会場に入った。
Q,ICレコーダを証拠として提出したいきさつは?
A,警察の事情聴取を受けた時、自分から申し出た。
Q,実際に提出したのはいつ?
A,4/5に、箱毎一式、任意で提出した。
Q,B・Cフォルダには録音があるか。
A,Bフォルダには3/16杉並高校卒業式、Cフォルダには3/16都議会質疑。
Q,ICレコーダのディスプレイ表示は3/17だが。
A,初期設定の時に、間違ったまま気付かずにいた。

14:10、主尋問終了。引き続き、反対尋問。

(2)反対尋問(加藤文也弁護士)
[ICレコーダ録音について]
事前には誰にも話していない。
北爪校長に事前の許可は取っていない。教育庁の上司からも許可は取っていない。
会場の生徒・保護者・来賓からも、許可は取っていない。
最初に聞いたのは、帰りの電車の中で、米津指導主事と(4人さらに追加派遣された一人)。
その後は、上司にも話していない。
事後に、都教委内で検討会があったかも知れないが、自分は呼ばれたことはない。

[10.23通達以前の卒業式の様子]
教師時代は毎年出ていた。武蔵村山では、日の丸をどこに揚げるかもめていた。駒場では、いっぱい掲げられていた。君が代は、校長の強い意志と職員の強い反対の妥協で、開式前に歌わせていたと思う。

[10.23通達と指導主事の職務]
10.23通達には、生徒についての記述はないが、教育指導なので関わる部分が出てくる。
保護者・来賓についてもないが、どんな人でも学校長の管理下にはいる。
学校の管理権は、教育委員会にあると考えている。
指導主事に管理権はない。職務は、適正実施の状況把握だけ。
被告人の資料配付は問題行動と考えたが、職務の範囲外なので何も注意はしていない。
土屋都議が、指導主事に向かって「何やっているんだ」「この男を排除せよ」などと言ったことは、記憶にない。

[ICレコーダの性能]
マイクに直接話すのと、遠くの音とでは違うし、人間の耳で聞くのと違っていることは感じていた。ハイクォリティでも、周波数特性が300〜4000Hzであることは知らなかった(人間の耳では20〜15000Hz)。

 間に20分の休憩を挟み、16:30で、時間切れ。
■次回も引き続き、鯨岡指導主事の反対尋問と検事の再尋問。
■加治司法警察員の証人喚問も決定。

4,報告集会で

澤藤弁護士から、既に「山場」(ICレコーダ以外の供述調書はあてにならない)。
誰のためでもなく、日本の民主主義のため。

2005/5/29

本日(5/29)の『東京新聞』朝刊  X日の丸・君が代関連ニュース
『日の丸・君が代』強制 都立高生・OBの思い

 今春の東京都公立学校の入学式で「君が代」斉唱時に起立しなかったなどとして都教委が二十七日、中高教員に対し異例の停職一カ月を含む懲戒処分を発令した。度重なる「日の丸・君が代」強制に絡む教職員の処分は、子どもたちが自分自身で考える力を奪うことにつながりかねない。都立高校の卒業生と在校生に生徒から見た学校の現状を語ってもらった。 (松井学)

若者たちの発言が、少しずつ聞こえてきた。

詳しくは、こちらから。

2005/5/28

入学式の不当処分への抗議声明  X日の丸・君が代関連ニュース
報道関係者各位

 入学式の「日の丸一君が代」不当処分に抗議する声明

 5月26日、東京都教育委員会(都教委)は4月の入学式での「君が代」斉唱時不起立及びピアノ伴奏拒否を理由に10名(高校9名・義務制1名、不伴奏1名、不起立4回目1名、2回目3名の不当な懲戒処分を決定しました。私たちは、卒業式での53名に続く入学式での処分に満身の怒りを込めて抗議し、その撤回を求めるものです。

 昨春までに248名、加えて今春の卒業式53名、入学式10名、累計で延べ311名もの大量処分が行われたことになります.この事態は、石原都政下で暴走する都教委の異常性を改めて世に示しています。

 去る5月23日、2003年度に行われた都立高校の周年行事において不起立で処分された7名の人事委員会公開口頭審理が提訴後1年2ヶ月を経て、ようやく始まりました。しかし昨春の卒業式・入学式の被処分者の人事委員会審理は、提訴後1年を経ても開催の見通しが立っていません。このように処分の正当性が争われている途上にあるにもかかわらず、都教委はさらなる大量処分を強行しているのです。これは社会的常識に反する暴挙であり、絶対に許すことはできません。

 更に、都教委は「学習指導要領に基づき、適正に生徒を指導すること」という各学校長による新たな職務命令を根拠に、「内心の自由がある」と生徒・保護者に説明した教職員に対し、「不適切な指導」を行ったとして「厳重注意」等の実質的な処分を決定しました。これも明らかに憲法の「思想及び良心の自由」を否定し、教育基本法第!0条が禁止する「教育に対する不当な支配」に相当するものです。

 また、昨日の都教委では、63名にも及ぶ新たな被処分者に対する「服務事故再発防止研修」の骨子も決定しました。昨年8月の「再発防止研修」強行に際し、私たち「被処分者の会」は東京地裁に「執行停止」の申立を行い、「同一内容の研修を繰り返せば違憲・違法の可能性が生じるものといわなければならない」との地裁決定を得ています。

 さらに今年4月26に福岡地裁は「減給処分は裁量権逸脱」「校長を拘束する市教委の指導は教育基本法10条の不当な支配にあたる」(以上一部要約)とし、国歌斉唱不起立を事由とする減給処分を取消す判決を出しました。このような司法判断が出ている中で、都教委が減給処分も含めた被処分者たちに「再発防止研修」を強行するならば、その違憲・違法性はますます高まると警告せざるを得ません。よって5月23日、被処分者の会弁護団は、「再発防止研修」の中止を文書と口頭で都教委に申し入れました。にもかかわらず「再発防止研修jの実施を決定したことは全く許し難いことです。

 今、教育をないがしろにする都教委の暴走に生徒・保護者・市民の批判が高まっています。「これ以上先生をいじめないで」というある都立高校の卒業生の発言は人々の思いを代表しています。教員としての「譲れない思い」を貫いた私たちの行動は、「強制」と「処分」に屈しない教育現場の「良心」を示すものです。

 私たちは、都教委による教育破壊の暴挙に警鐘を鳴らし続け、生徒・保護者・市民と手を携えて、自由で民主的な教育を守り抜く決意を新たにしています。私たちは、憲法・教育基本法改悪の先取りとしての'日の丸・君が代」強制は、この国を「戦争をする国」にし、「教え子を再び戦争に送る」道であることの思いを多くの人々と共有しつつ、不当処分撤回まで断固として闘い抜くものです。

2005年5月27日
              被処分者の会、被解雇者の会、予防訴訟の会

◆マスコミの報道
『共同通信』5月27日
『毎日新聞』5月28日

2005/5/26

日記5/12〜5/15  [藤田の部屋
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2005年5月12日(木曜日)     栄光
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 本日、法廷にて教員撮影の板橋高校卒業式ビデオ上映。
 一時間余、じっと被告席に座って見ているのが拷問、映像では卒業生、皆姿勢ほとんど崩さずにいる。恐れ入った。
 司会、「国歌斉唱」の発声、直後、さっと270名の卒業生のほとんどが着席、一部「座れ」との煽りの声かかるもその必要性もなし。
 校長、「立ちなさい、立って歌いなさい」、と何度も叫んでいる。虚しき響き。
 都議、土屋、「日本人なら立って歌いなさい、恥ずかしくないのか」、なる趣旨の発声、相手にされず。相当、頭に来たと思われる。
 起立していた数少ない卒業生のうちの一人が、「思想信条の自由はどうなんだ」と発言。
 答えて教頭、「ほんとに信条のあるもの以外は立ちなさい」、と言う。妙なる答えである。少数の起立している卒業生への侮辱ともなる。常に少数派が正しいとすれば、この状況では起立を貫いた数少ない諸君の勇気を讃うべきか。
 式、最後、「旅立ちの日に」の合唱、見事であった。強制された歌との対比が鮮やか。全盲の少女、Iちゃんのピアノ伴奏の音が、永遠のこだまの如く式場に流れていった。
 若き諸君に栄光あれ。

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2005年5月13日(金曜日)     愚か
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 来賓一名は、卒業生の入場前の待ち時間に保護者席に語りかけて「退場処分」、「家宅捜索」、「起訴」され裁判所より召喚状が来る。
 来賓一名は、式の最中に己の政治的発言をなして卒業生を威嚇し、かつ国歌斉唱中に携帯にて写真撮影し何事もなく今都議選で走り回っている。
 なんたる落差よ。都議の政治的発言を許容したのであるから、来年の卒業式は左右の都議が式最中にお互いの信条を喚きあう場となるのであろう。
 彼は心中、落選の恐怖でノイローゼ状態であろうと推量する。猿は落ちても猿であるが、議員は落ちたらゴキブリだ。
 板橋選挙区は民主党がもう一名出たから、前回最下位の彼は精神的にきついだろう。
 民主党という政党も変な政党だ。菅がいて西村慎吾がいる。一体、どうなっているのだ。都議会民主党なんていうのは、右翼の溜まり場なのか。
 給料の他に政策立案のためとか称して月、60万円ほども手中にする。何に使おうと野放しだ。日本の社会はこれらの特権的議員と高級官僚とが食い潰してしまった。こんな議員を選ぶ日本の民衆も愚かといえば愚かである。

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2005年5月14日(土曜日)     占有
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 憲法38条3項には次のように書かれている。「何人も自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。」と。他人の自白である場合はどうなるのか。証人が「あいつがやった」と言えば有罪となりうるのか。どうもなりうるらしい。
 こりゃあ何ともおっかない。自分の罪を逃れたり軽くする為に共犯者の一人に罪をなすりつけることが起きるのではないか。人間の言の葉こそいい加減なものはない。有史以前より数限りない冤罪がある。裏切りがある。でっち上げ、なすりつけがある。
 容疑者、被告には黙秘権がある。証人には黙秘権がない。言わねばならない。となると殆んどの人間が自分の罪を軽くしようと思うであろう。共犯者の証言はこれを採用しないということにすべきであろう。そうでなければ冤罪の温床となる。
 組織の命により偽証する者がいる。偽証の多くは検察が見抜いていると思われる。検察は起訴した以上、有罪にとって有利となれば偽証を咎めない。これは組織犯罪である。検察の起訴占有は再考すべきではないか。

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2005年5月15日(日曜日)     愛国心
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 三島由紀夫が、「愛国心という言葉は嫌いだ」(「創」、鈴木邦男)と言っていたという。
 「愛する」という言葉は昔からあったようだが、どうも口から出にくい。相手に「愛してるよ」などと言った昔の人間はいるのだろうか。「好きだ」とか「お前に惚れた」ぐらいではないのだろうか。
 戦後に生まれた連中については知らない。
 「愛」は愛らしいという使い方が似合っている。「愛国心」という言葉は明治以来の粗製品ではなかろうか。
 愛・・心、という言葉はいくつあるのか。愛郷心しか思いつかない。「愛郷塾」の橘孝三郎は、血盟団、五・一五事件に関与し無期懲役になった。水戸という風土は何故に過激な志を生むのか。1940年には出獄しているから、八年ほどしか獄にいない。呆れた無期懲役だ。治安維持法に引っ掛かった連中はあまた獄死したというのに。法の下の不平等だ。
 安保の時、市民のデモの隊列を右翼が襲撃した。棒の先に釘をつけて。凄惨であった。弱きを挫くとは。多数で襲撃するとは。
 以来左右を問わず暴力行為には嫌悪感を覚える。自分が殴り合いの喧嘩をしたことがないからでもあろう。

2005/5/24

人事委員会の存在意義が問われている  X日の丸・君が代関連ニュース

澤藤統一郎の事務局長日記から

2005年05月23日(月)

本日、「日の丸・君が代」処分に関する東京都人事委員会審査請求事件の第1回公開口頭審理。
「被処分者の会」に参加している審査請求人は196名(本日現在)。そのうち、昨年処分を受けた者が157名(周年行事・卒業式・入学式)。これが審理の便宜上13グループに分割されている。本日は、その先陣を切った03年度(「10・23通達」以後04年3月まで)周年行事での不起立者として処分を受けた者7人のグループ。他の12グループについては、まだ期日は決まらない。05年3月の卒業式で処分された教員39名についてはまだなにも手続きは動き出していない。

このような状況下で、またまた処分が行われる。5月26日が都教委の定例会合。ここで行われる処分内容に注目せざるを得ない。05年4月の入学式における不起立者・伴奏拒否者が処分対象となるというだけではない。
4回目の不起立を現認された教員への処分が審議対象となる。既に05年3月の卒業式の不起立(3回目)で減給6月の処分となっている人。4回目はさらに苛酷な処分となるのだろうか。
従来都立校の過半で実施されてきた「内心の自由の告知」を保護者に行ったとして、処分前提の事情聴取を受けているケースがある。また、来賓として元の勤務校の式に出席して不起立だった人もいる。福岡地裁「ココロ裁判」判決後の最初の処分である。都教委が、いささかなりとも正気を取りもどしてくれればよいのだが‥。

本日の公開口頭審理では、冒頭に審理のあり方に関して意見続出。主な発言は、「公開の原則を実質的に保障せよ。もっと広い審理の場所を確保せよ」「東京都人事委は、本当に公正な審理を期待できる場であるのか」「元副知事の職にあった審査委員に、本件での公正な審理や裁決ができるのか」「この場に、横山洋吉以下都教委の責任者が出席していないことに納得できない。是非出てきて、生の声を聞け」「処分者側が、いったん提出した重要書証を撤回したのはいかなる訳か。審査委員は、これを認めるのか」‥。

その後、5人の請求人本人が意見陳述。それぞれの個性豊かな感動的な陳述だった。現場での真摯な教育実践者でなくては敢えて不起立などする動機がない。自らの教育実践に自信がなくては、堂々と不起立を貫くことなどできることではない。いずれも、自らの言葉で教育実践を語り、「教育者としての良心が起立を許さない」ことを語った。要約するのはもったいない。是非とも、全文をこのサイトにアップしよう。

私も、意見陳述の準備をしていたが、時間切れで次回まわしとなった。
私が手続きの冒頭に言いたいことは、公正な審理を求めるということ。公正とは、憲法的常識を踏まえるということ。要するに、憲法的常識に従った審査と裁決を願いたいということなのだ。憲法的常識から言えば、思想統制が望ましくないことは自明の理。「日の丸・君が代」の強制は、権力による思想統制以外の何ものでもない。踏絵そのものではないか。これを、一片の通達で強行しようとする愚を許してはならない。しかも、教育の場での思想統制は、戦前の轍を踏むものである。憲法的常識は、教育に権力が国家主義的イデオロギーを持ち込んではならないのだ。
当たり前のことを当たり前に判断してもらいたい。そうでなくては、人事委員会という制度自体の存在意義を問われることになる。

2005/5/23

日記5/7〜5/11  [藤田の部屋
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2005年5月7日(土曜日)     苛め
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 上司が絶対的な権限を持つと、苛めが横行する。これは日本の風土なのであろうか。
 J・R西日本の「日勤教育」なるものが、マスコミを賑わせている。上司、多数で取り囲んで叱責するらしい。そんな時間があるなら、ベテランの運転士の監督のもと運転させればよいではないかと思う。
 学校に勤めていたとき、喫煙等での指導で反省文を書かせるというのがあった。「二度と致しません。申し訳ありませんでした」、というような同じ文句を何百回も書かせている場面に出会った。呆れ果てた。これは苛めである。馬鹿げている。
 人は生殺与奪の権を握ると、このような苛めとしか思えない馬鹿馬鹿しいことを得意になってするものなのか。
 刑務所の実態もぞっとするようなことが多いという。徹底して苛める。挙句、拘束衣を着させて真っ暗な独房に放り込み犬のように飯を食わせる。
 人を苛めるのが人間の特性なのか。ヒューマニズムというのも恐ろしいものだ。残虐が次第にエスカレートしていく。
 教員の一年間試用期間というのは即刻止めるべきだ。碌でもない管理職に苛め抜かれての悲劇が多発している。

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2005年5月8日(日曜日)     第一巻
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 今日はある方に、「神聖喜劇」第一巻をプレゼントした。困った顔をしていた。
 人から本を贈られるというのは、私の経験からいっても困ることである。読まなければと思った瞬間から読む気が失せる。不思議なものである。
 本との出会いはまことに主体的なものである。偶然から、ふと手に取ったから、いずれにしろ自分の何がしかの行為の結果から生じたものでなければならない。
 本屋の本棚、図書館の本棚から自分が引っこ抜いたものでなければならない。人に勧められるのは困るのである。
 本屋でも注文したら駄目なのだ。本棚で出会わないといけない。といっても膨大な書籍が一旦或る日並べられてもあっという間に消えていく。注文しないで探すとなると至難である。
 大西巨人の「神聖喜劇」は長く絶版であった。今回、文庫本が出た。全五巻、あっという間に第一巻が書棚から消えた。どこの本屋に行っても、第二巻から五巻までが並んでいる。第一巻は買っていくのだが、それを読みきれない。かくして第一巻のみが本屋の書棚から消えうせたのである。並べて売らないで、第一巻のみ大量に売り出せばよかったのに。

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2005年5月9日(月曜日)     リベラル
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 もう七年ほども前になるか。新卒の教員が職場に舞い込んだ。
 年寄りばかりがいるというのは良くない。それぞれの世代がバランスよくいて、自由に会議で意見を戦わせないと学校というところは死滅する。新しい発想と感覚が求められる。
 北海道の定時制にいた時、新卒の青年がきた。全日で文化祭をやっているのだから定時制でもやるべしと提言した。やったら大成功であった。バット工場の生徒たちは、色づけ前の白いバットを持って踊った。
 その七年前の初々しき美術の教員、社会科の溜まり場に遊びに来た。あれこれ会話が弾んだ。「堀切菖蒲園」の話になった。突如、「堀切しょうべん」とは何かと発声した。菖蒲園と言ったH氏の発音がおかしかったのであろう。聞き流さずにすぐさま疑問を表明する態度は立派である。ついでH氏が、「リベラル」と言った。「リベラルって何?」と質問をぶつけられた。H氏、答えに窮していた。これは難しい質問だ。改めてどう答えればいいのだろう。
 リベラル姐さんはその後異動して行ったが、新しい職場でも質問責めにしておられるのであろうか。

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2005年5月10日(火曜日)     盗撮
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 今日は堀越事件の公判に行った。社会保険庁の職員の堀越氏が休日に政党の機関紙を配って逮捕、起訴された事件である。
 国家公務員法102条には、政治的行為の制限が書かれている。この規定に違反した者は、110条によって3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処せられるという。
 政治的行為とは何か。人事院規則、14−7の定義では、政党その他の政治団体の機関紙たる新聞その他の刊行物を発行し、編集し、配布しまたはこれらの行為を援助すること、とある。配布してもいけない。配布を援助しても駄目だという。これじゃ国家公務員は自己の信条の表現の道がない。国家に包摂された者は、権力の走狗として規定される。
 日本という国は、個人の自由という観念をあらゆる手段をもって弾圧するファシズム国家である。
 休日に何を配布しようと自由である。国家公務員であろうがなかろうが、人としての自由な権利である。これを逮捕するというのだから、呆れ返った出来事である。
 逮捕の11ヶ月も前から、尾行し監視し盗撮していた。こんな公安は社会的に有害無益である。法廷は、盗撮上映会であった。

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2005年5月11日(水曜日)     仕事
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 認知症とかいう言葉があるらしい。ここのとことみに物忘れが激しい。まいった。
 前に会った人でも挨拶されて名前がとんと浮かんでこない。「あのー、どなた様でしたか」、と聞いて変な顔をされる。この前なんか、「おーい、Mよ」、とがなって違っていた。どおりで振り向かないわけだ。
 スイカをなくしたのはショックであった。スイカなど購入するかと思っていたが、あれば便利である。仕方なく購入したら紛失した。JRはこの紛失で大儲けであろう。一体全国で何万人がなくしているのであろうか。うまい営業政策だ。
 降りる駅で、「なくしました」、と言ったら、「何処から乗車ですか」、と聞かれた。正直に言ったら800円ほど払う羽目になった。隣りの駅から乗車したと言えばよかった。二重払いである。
 都庁でなくし物をした。係りの部屋に行った。警備室であった。広い部屋に多くのテレビ受像機が設置されていた。監視員がそれを見ている。なるほど、かく警備しているのかと驚いた。一日中、モニターテレビを見ている仕事は辛いだろう。交替で見るのだろうが、きつい仕事だと妙な感慨を得た。

2005/5/21

吉永小百合が「平和」について発言  
『週刊金曜日』の宣伝をするわけではないが、昨日発売の(5/20号no.557)に、中高年世代の永遠のアイドル吉永小百合のインタビュー記事が載っている。サユリスト必見!
環境によいソーラー発電、健康によいトマトジュース、のCMはあっても、小百合さんの「政治的発言」は、初めてではないだろうか。

◆小百合さんご自身による映画解説

『戦争と人間』(山本薩夫監督)
 日中戦争が始まった動乱の時代に生きる人々を描いた作品で、難しいテーマなのですが非常に分かりやすく、映画は娯楽なんだ、という形で撮られるのですよね。

『愛と死の記録』
 21歳の時…広島で一夏ロケーションをし、そのときにやはり原爆やその恐ろしさというものに始めて触れた感じがしました。原爆ドームや原爆病院の中でも撮影しました。

『夢千代日記』
 早坂(暁)さんは、何十年とこのドラマは残ってくれるんじゃないか、というふうに言っていらっしゃいましたし、…あれは声高に言っているわけではないのだけれども、命の大切さと原爆の恐ろしさを間接話法で表現している作品だと思うのです。

◆小百合さんのご意見から

 「どうして戦争を止められなかったのかな」という疑問はだんだん大きくなって、母にそれを尋ねてみたことがあります。当時そのようなことがはっきり言える時代ではなくて、何もみんな言えなくなっていったと、母は話してくれました。

 「曖昧」さは、日本人のある意味ではいいところであり、また一方で悪いところなのですが、もう21世紀なのだし、日本が外に向かって、戦争をすることに「どっちでもいい」などと言うのはね、悲しいですよね。「私は賛成」「私は反対」というふうにみんながちゃんと言うようにならないと。それぞれの国や民族で性格は違うのだけれども、こういう事に関しては、自分の意志をはっきりしないといけないのではないかしら、とは思います。

 峠三吉の詩などは、学校の教科書で読んで知ってはいましたが、あれだけ文学的に優れた作品が数多くあるというのは知りませんでした。また実際に詩を読んでみて、自分自身が感動して、朗読を続けていたのですが…そこで3年がかりで2つのCDを作りました。

 言わないであとで後悔する、というのは一番よくないと思うんです。またずっと言い続けることで、みんなが言える環境を持ち続けられると思うのだけれども、何となくみんなが沈黙してしまうとそういう流れになってしまう。

◆サユリストの想い

 最後にインタビュアー佐高信が、週刊金曜日の編集委員に誘って、やんわり断られているが、どうせ誘うなら、都知事立候補や、衆院選比例区に誘ってほしかった。
 小百合さんが、街頭に立って「平和を大切にしてね」と語りかけてさえくれれば、皆「キューポラのある街」や「寒い朝」を思い出して、戦後民主主義の希望に燃えた平和な時代を失ってはならないと気付くでしょう。今、改憲の流れや無反省の戦前回帰を食い止められる最後の切り札は、国民的英雄吉永小百合さんしかありません。小百合さんが平和のために立ち上がるなら、私たちサユリストはどこまでも地獄のそこまでもあなたについていくことでしょう。

2005/5/21

葛飾ビラ配り裁判第一回公判  ]平和
政党ビラ配り逮捕の男性 公訴棄却を主張

 共産党のビラを配るために東京都葛飾区内のマンションに無断で侵入したとして、住居侵入罪に問われた同区内に住む男性(57)の初公判が二十日、東京地裁(大島隆明裁判長)であった。男性は罪状認否で「言論・表現の自由を保障した憲法の精神にのっとり、逮捕、勾留(こうりゅう)、起訴が不当なものと判断されることを求めます」と意見陳述し、公訴棄却を求めた。
 弁護側が「どのような目的で立ち入ったとするのか」と起訴状の内容の釈明を求めたのに対し、検察側は「居室内に政党のチラシを入れるため」と答えた。
 検察側の冒頭陳述は次回以降に持ち越された。
 起訴状などによると、男性は正当な理由がないのに、昨年十二月二十三日午後二時二十分ごろ、共産党の「都議会報告」や「葛飾区議団だより」などを配布するためマンションに入った。
 マンション住民の男性が通報し、警視庁亀有署員が現行犯逮捕。東京地検は一月十一日、「具体的な事実関係から違法性が高いと判断した。住民がどれだけ不安を覚えたかという処罰価値も考慮した」として起訴した。

 ■相次ぐ逮捕起訴
 マンションなどで反戦ビラや政党機関紙を配る行為をめぐっては二〇〇四年二月、自衛隊のイラク派遣反対ビラを立川市の防衛庁官舎で配布したとして市民運動家三人が逮捕された。東京地裁八王子支部は同年十二月、「ビラ配りは憲法で保障された政治的表現活動」として無罪を言い渡したが、検察側は控訴した。
 同年三月には、共産党機関紙を配った社会保険庁目黒社会保険事務所の職員が、国家公務員法違反(政治的行為の制限)の疑いで逮捕された。職員は捜査段階から無罪を主張し、東京地裁で公判が続いている。
 各事件の弁護団は今年四月、都内でシンポジウムを開催。この日、初公判があった被告男性は「精神的な損害と手錠、腰縄の屈辱は、裁判で無罪を勝ち取っても解消されない。逮捕から拘留、起訴に至るすべてを返してほしい」と訴えていた。
(東京新聞 2005/5/20夕刊)


<ビラ配り>「逮捕は不当」公訴棄却求める 初公判で被告

 東京都葛飾区内のマンションにビラを配布するため侵入したとして、住居侵入罪に問われた僧侶の男性(57)の初公判が20日、東京地裁(大島隆明裁判長)であり、男性は「逮捕・起訴自体が不当。憲法21条の表現の自由を侵害しており、ひいては表現活動を萎縮(いしゅく)させる」と述べ、公訴棄却を求めた。
 起訴状などによると、男性は昨年12月23日午後2時20分ごろ、同区内の7階建てのマンションに入り、共産党の「都議会報告」などのビラを各戸に配布した。
 ビラ配りを巡っては、自衛隊のイラク派遣に反対して東京都立川市の防衛庁官舎に入り住居侵入罪に問われた市民団体のメンバー3人に対し、東京地裁八王子支部が昨年12月16日、無罪判決を出し、同地検八王子支部が控訴している。
 男性はこの判決直後に逮捕された。【武本光政】
(毎日新聞) - 5月20日11時36分更新

共産党ビラ配り、住居侵入で初公判…被告「起訴不当」

 政党のビラを配るために東京都葛飾区内のマンションに立ち入ったとして、住居侵入の罪に問われた男性被告(57)(同区)の初公判が20日、東京地裁(大島隆明裁判長)であった。
 被告は罪状認否で、「共用部分の廊下に入って、静かにドアポストにビラを入れただけ。憲法が保障する正当な言論活動なので起訴は不当だ」と述べ、公訴棄却を求めた。
 起訴状などによると、被告は昨年12月23日午後2時20分ごろ、分譲マンションに無断で立ち入り、共産党の「都議会報告」「区議団だより」などのビラを、各部屋のドアのポストに配布した。
 被告は住民に取り押さえられ、110番通報で駆けつけた警視庁亀有署員に引き渡された。

 ◆マンション住民、起訴に意見さまざま◆
 東京地検が被告を起訴した理由の一つは、「不審者に無断でマンションに入ってほしくない」という住民感情だったが、起訴について、マンション住民の意見は一様ではない。
 マンションは7階建てで、約45世帯が入居。オートロックではないが、日中は受付に管理人が座り、掲示板に「チラシ、パンフレットなどの投かんを固く禁じる」という張り紙がある。
 男性会社員(31)は「ビラを配る人か不審者か見分けがつかないので、知らない人を廊下で見かけると不安」と話し、よく旅行に出かけるため留守が多いという女性会社員(67)も、「どんな理由があっても、知らない人にドアの前まで来られるのには抵抗があるから、起訴も仕方ない」と話す。
 一方、風俗関係のチラシがドアのポストに入れられることも多いといい、主婦(30)は「変なチラシを入れたわけではないし、逮捕するほど悪いことではないのでは」と、ビラの配布に一定の理解を見せた。また、「そんな事件があったとは知らなかった」という女性もいた。
(読売新聞) - 5月20日12時22分更新

2005/5/20

日記5/2〜5/6  [藤田の部屋
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2005年5月2日(月曜日)     青山
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 1950年代、都立青山高校。M氏の書簡より抜粋。
 「その頃、・・・レッドパージを避けようとした都の方針と組合の執行部が社会党員であった高教組の方針で、共産党員は離党宣言していたようです。51年になると、生徒のK君やS君らが青高細胞を作り、機関紙をよく朝早く誰もいない教室の机の中に入れていた・・・。」
 時代だなあ。今では考えられない。テレビがなかったから、音楽も多様でなかったから、皆中学の頃いろいろと本を読んでいた時代だったのだろうか。中一で岩波新書の授業をしていたと言う者もいる。K君など生徒であったのに教員を多数細胞員にしたと言う。
 52年、「メーデー当日、授業は午前のみ。A先生はメーデーの意義を説いて、後にそれが理由となって逮捕される。生徒の集団と教師の集団(高教組)は一緒になることもなく、生徒は広場に突入して行き、高教組は日比谷公園で解散して帰ることになっていたのですが、目の前に車が横倒しになって焼けているし広場では激しい乱闘のあとがあったので、教師たちも生徒のことが気にかかり、広場に入って行き、生徒の何人かに会って帰宅するよう伝えていたのです。」

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2005年5月3日(火曜日)     金賢姫
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 前々回であったか、1952年の新聞記事を紹介した。文中、化学科教員とあったが、社会科の誤りである。新聞記事というのは、自分がよく知っていることが書いてあるとすぐ間違いに気付く。細かい点を含めて間違いが多い。知らないことが殆んどだから、誤った記事をそのまま信用してしまう。なかなかいつもいつも疑ってかかるというのもしんどいことだ。
 テレビなんかそのままの映像だからすぐ信じてしまう。しかし実況でない場合は如何様にも編集できる。口に合わせて違ったことを喋らすことも出来る。仕方ない。すべて疑ってかかるしかない。
 もう何年前になるであろうか。社会科室の小さいテレビをS氏が懸命に見ていた。キムヒョンヒがタラップから降りてくる場面である。「違う、髪の長さが違う、あれは偽者だ」と彼は主張していた。私はいつも信じてしまう。のち、彼女の本を読んだ。実に面白かった。面白いと言ったら不謹慎かも知れぬが。大韓航空機爆破犯である。一生償いきれぬ罪を負っている。結婚したが離婚したようだ。S氏は今でも偽者であると思っているのであろうか。

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2005年5月4日(水曜日)     堕落
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 前回、社会科の教員について触れた。その社会科が消えたのだ。あっという間に。林健太郎のせいなのか。社会科が解体されてしまった。何とも腹立たしく遣る瀬なかった。公民科と地歴科に分かれたのだ。「英語の教員です」「国語です」と言うのはすぐ了解する。「公民の教員です」、なんて口が裂けても言えない。そんな時代の前に退職して良かった。
 「公民」という言葉には「臣民」の匂いがする。公民館というのがあるのだからそうでもないのだが。「公地公民」、どうもいかん。
 昔、「社研」というのがあったが、今はどうなっているのであろうか。公民科が流通するようになると、「公研」だ。「公研」で、公安の研究でもすればましか。
 都立高校も急速に変質してしまった。校長が威張り、その走狗となった主幹とかいうのがこれまた偉そうにしているという。年間授業計画表を全生徒の保護者に配布する学校があるという。紙の無駄というか、それこそ馬鹿げている。そんなことのために多くの教員が労力を費やすという。他にすることがあるだろうに。
 こういうことを真面目にすることを堕落というのだ。

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2005年5月5日(木曜日)     音楽
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 今日は半世紀ぶりに音楽の授業を受けた。
 小学校の時は記憶がない。だいたい校舎が足りなくて、授業は午後からだったりしたものだ。中学で一応音楽の時間があった。悪餓鬼で、ピアノの蓋の中に鼠の皮など入れたりしていたもんだからどうにもならない。お蔭で今でも徹底した音痴である。
 今日は音楽の岸田静枝氏の授業であった。三回も処分を受けている。ごう(五黄)の寅であるから剛の者である。他の三回目の処分を受けた三人も皆五黄の寅だという。なんともまあ、意味あるようなないような。
 金敏基作詞、作曲の「アチミスル(朝露)」を歌ってくれた。実に美しい歌声であった。そのおっかない風貌からは隔絶していた。韓国語で歌った。訳詞によると、「長い夜をあかし 青葉に宿る 真珠より美しい朝露のように 心に悲しみが実るとき・・・・・・哀しみ振り捨て 私は行く」。 「行く」、強い決意を秘めて旅立つのだ。
 もう一曲は「ナルゲルルタルゴ」(翼をください)であった。「・・・ヒムチャン ナルゲ ヂスロ ナン ナルゴ シポ」美しい旋律であった。隣席の人に「お金をください」と冗談を言ったら怒られた。

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2005年5月6日(金曜日)     感動
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 魚沼産コシヒカリより美味い「初星」が送られてきた。コシヒカリの何代か前の品種、粘土質の土壌で作った「初星」は、日本最高の米である。
 今年は夜の冷え込みがまだ残り、苗の育ちがとても悪くてまだ田植えが出来ないという。S君よりの便りと米の到来である。「初星」とは洒落た名だ。初春、初夏、初秋、初冬、・・・。頼りない感もする。
 「苗代から根の脇を指でかき取って、根の土を水洗いし、藁で束ねます。36mの水糸を一間の中に張った田んぼに、苗束を放り投げます。田植足袋を履いて田んぼに入り、左手にほぐした苗束を掴み、右手の三本の指を添えて植えていきます。」とある。
 とても手伝えそうもない。今年は行くのは止めだ。来年はどうしようか。草取りなら出来そうだが・・・。
 「土の色を透かして、水を湛えた田んぼに緑が広がる」、感動的な光景であるという。仕事に感動を覚えるのは、人生にとってまことに至福である。今日、どれ程の人が自分の仕事で「感動」を覚えていることであろうか。
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