2005/6/9

都立中高一貫校の教科書採択に関して  ]平和
本年4月25日行われた都高教対都教委要請での、当該校の発言を紹介します。

都立大学付属・全
 拉致問題が公民の教科書に今回載った。それにあわせた請願が各地で出ている。
 都立大附属の中高一貫校は国際化を目指している。(現在も中国語、ハングルなど5つの第2外国語をおいている。)東アジアの人々がいい国際環境をつくろうとしている。この目標にふさわしい教科書の採択。
 日中韓の学者研究者・教員が3カ国語による共通の歴史教材をつくっていることを紹介する。こうした研究が生かされた教科書を望んでいる。
 他府県のような、開設準備室の希望あるいは、母体校の意見を聞いてほしい。
 昨年説明会を行ったが、どういう教科書を使うのか注目されている、それによっては志望を変えるとのアンケートの回答があったことを紹介しておく。

小石川・全
 文京地区中高一貫6年制校(仮称)の都の基本計画検討委員会専門部員、校内の中高一貴校検討委員会の委員としての経験から意見を述べたい。
 小石川高校は、理化学研究所に隣接して建てられ、理化学教育を目的とする学校の伝統を引きついでいる。教育理念などでは、確かな学力を育み、世界的視野をもつ生徒の育成、特に科学的な考え方、見方を育てる自然科学教育を根幹においている。
 こうした点からみると、自国の歴史の肯定的な面は認めるが、否定的な面は触れない、意図的にオミットしていく教科書を使用するのがいいのでしょうか。
 すべてを見つめた上でなぜそうなったのか明らかにして、同じ轍を踏まないようにしていくのが重要である。
 理科、数学だけでなく、すべての教科で科学的な見方を貫いていけるようにしていきたい。
 中学だけでなく6年間一貫して生徒を育てていける教科書の採択を保障するため、開設準備室に任せるなどの措置をしていただきたい。

白鴎
 全国的に採択率の低い教科書を昨年採択されたことに納得がいかない。
 この教科書を使うのにあたっては、様々な副教材が必要とのコメントもある。
 職員会議でも心配する声が相次いでいた。
 同窓生有志からの「採択しないで」との要請もあったと聞く。
 白鴎中高一貫校は、現在の白鴎高校の進路を基本としたものを引き継いでいくとしているが、ある県の中高一貫校の評価では、この教科書は進路に対応できないとされている。
 都教委はこのことをどう考えるのでしょうか。
 各校の教育目標はそれぞれ違う。画一的に採択するのではなく、それぞれの学校の教育目標そって、各校の意見を聞き、採択すべきである。

両国・全
 保護者が年度当初の要望の欄に、「つくる会」教科書の採択はやめてほしいと書いている。
 学年の保護者の会でも話題になる。
 後援会の役員からも心配の声が寄せられ、同窓会の方々が心配して読書会を開く動きもある。
 本校には比較的外国籍の生徒も多い。そういう生徒が多い中で、「つくる会」教科書は、アジアの国々との友好関係を育むという視点から見て心配される内容があるのではないか。
 その教科書に、近代に入ってからの日本、中国、朝鮮との分かれ目という記述があるが、中国や朝鮮は外国の脅威を十分認識できなく、列強に侵略され、日本はそうではなくなどとある。このようなとらえ方は、生徒にどういう影響を与えるのか心配される。
両国・全
 進学指導を担当しているが、ある大手の予備校の講師は、公立の中高一貫校はうまくいっていない、東京を注目しているとのこと。
 各学校の基本計画がそれぞれある。それを尊重してほしい。

2005/6/7

不当な業績評価を巡る闘い(続報)  ]平和
  執行部に対する公開質問状 N分会

<事実経過と状況>
 N分会のNさんに対する「C」評価は、全く根拠のないもので、業績評価制度を濫用した不当な評価であることは明白です。
 その理由は、
 @「所定の週案でなかった」であるが、これは管理職は受け取っており受領印も押しており、職員会議で謝罪までしています。
 Aは、「検閲に応じなかった」と言うものです。これは管理職が「学校新聞」の生徒の書いた記事の全面差し替えを迫ってきたものですが、最終的に協議の結果、一部訂正で発行するに至ったものでした。
 他は授業中の一つの事件をとらえて3つの理由にしたものなのです。昨年は学校が荒れた状態にあり、Nさんの授業中に一人の生徒が一度、暴言と教卓蹴りで謹慎指導になったことがありました。この一つの事件をとらえて、B「授業が不適切であった」、C「生徒指導が不適切であった」、D「保護者の対応が不適切であった」とするものです。
 D番目などは、管理職は「保護者との対応は管理職が行う」と言ってきており、またそのように対応してきており、その責任転嫁を行ってきている。また、生徒との一つのトラブルが「C」評価の対象になるならば、今後生徒指導ができなくなるのではないでしょうか。

 こうした状況説明を記載すると同時に2005年5月24日に以下の項目で、分会から執行部要請を行いました。
 これに対する返答が右でありました。
※このやり取りは、「不当な業績評価への抗議」参照。


<執行部への公開質問状>
(1)現在、都教委・都議会が動いており、組合が何か行うことは「マイナスだ」とのことである。しかし、そもそも他部局に対して教育の「CD」評価者が突出していることは都労連全体の問題として労使で研究会が設置されたことは周知の事実である。こうした経緯をふまえるならば、教育の「CD」評価が激減したことは当然のことであり、他局並みになったにすぎない。従って、都教委・都議会での「評価に組合の介入があったのでは」の発言こそが問題なのではないでしょうか。そして、何よりも、組合では不当な業績評価に対してこれを許さないことを方針化してきました。しかし、分会への返答の中でこの不当な状況の確認の点が抜けています。
@執行部は今回のNさんへの「C」評価を不当な評価であるとの認識にたっているのかのかどうかを示していただきたい。
A今回のことは、Nさん一人に対する攻撃であるかのように見えますが、これを許すならば今後現場での闘いができなくなってくることは明確です。従って、一人に対してかけられた攻撃ではなく、組合全体にかけられた攻撃としてとらえるべきだと思いますが、この点について執行部はどのようにとらえているのでしょうか。
Bまた、苦情処理として「都教委に抗議した」とのことでしたが、いつどこでどのような抗議が行われたのかを具体的に示していただきたい。

(2)2年後に制度の改定が行われるから、今回は「タイミングとしてよくない」「時期尚早だ」と言うことですが、今回のような、不当な業績評価による組合員攻撃に対して、2年先までは闘わないままで、放置しておくと言うことなのでしょうか。

(3)「弁護士相談はいつでも可能」は、弁護士の「窓口相談」を指しているのでしょうか。交通事故や家庭不和の相談と同一視できないのではないかと思いますがどうでしょうか。

(4)開示時の第三者立ち会いについては、K書記長と相談し「その様なことは決まっていない」との返答を得て、第三者立ち会いを要求し二回目の開示を未だに応じてはいません。今頃、「とれていない」と言われたのでは、梯子をはずされたのと同様です。このことで今後、更なる不利益の可能性さえあります。このような状況に対して執行部はどの様にお考えなのでしょうか。
                     2005/6/7 N分会

2005/6/4

日記5/22〜6/1  [藤田の部屋
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2005年5月22日(日曜日)     祭り太鼓
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   空蝉の わが胸奥に 穴あきて 祭り太鼓の 音吹き抜けり


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2005年5月23日(月曜日)     紫陽花
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   寂しさの 極みの果ての 紫陽花は 枯れゆきて尚 無惨なりけり


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2005年5月24日(火曜日)     美しき鳥
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   寂寥・寂寥・寂寥と 三回大きな 声で呼べば 何やら美しき 鳥呼ぶが如し


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2005年5月25日(水曜日)     地下鉄サリン事件
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   この世とも あの世ともいえ 空蝉の 「三月春は 傷を広げり」


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2005年5月26日(木曜日)     夏の陽
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   きらきらと 梅雨の終りの 夏の陽よ 心やかれて 空に舞いこむ


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2005年5月27日(金曜日)     木橋
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   永山の 木橋よ木橋 遥かなる 津軽の富士と 心の木橋


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2005年5月28日(土曜日)     晩鶯
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   晩鶯の 恋の季節を 取り違え 応えもなしに ただ一羽鳴く


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2005年5月29日(日曜日)     揚羽
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   夢なるか 黄色の揚羽 ただ一羽 松の葉にいて 動かざりけり


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2005年5月30日(月曜日)     悔恨
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   悔恨の 念、雲の如 湧き起こる 心砕けて 虚空に散れり


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2005年5月31日(火曜日)     永遠
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   永遠と いうロジックは 幻の 朝な夕なに 花は散るのみ


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2005年6月1日(水曜日)     夾竹
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   夾竹は 艶やかに咲き 虫を呼ぶ 微かに揺れて 眠るがごとし


2005/6/3

杉並の教科書が大変だ  ]平和
区民と議会をだましてまたまた教科書採択制度を改悪!!

山田区長と納富教育庁は、責任をとって白紙撤回して下さい!

5月17日の杉並区議会文教委員会で明らかになったこと

昨年4月26日の教育委員会で、小中学校の教科書を採択するさいの「事務処理要網」が、十分な論議もなく、文教委員会にも報告されずに大改悪されていたのです。

   教科書選定審議会 → 教科書調査委員会

教科書の専門家である現場教員の意見を反映していた「審議会」が、単なる調査資料提供機関になり、現場教員や保護者の意見はいっさい無視されることになった。

〈そしてつづいて…〉
昨年5月26日の教育委員会で、この「要綱」は「これまでと変わりないですね」と質疑もないままに、新たな「教科書採択規則」として提案可決されていました。

  「調査委員会の協講」
  「研究部会は専門的な観点での調査研究をずる」
  「小中学校長は、所属教員の意見を聞<」
  「情報公開原則」
   →全部削除!


これによって、杉並区の教科書採択は、教育委員会の独断でなされる体制に!

でも、これほど大きな改悪が、文教委員会に報告されることもなく、議会の質疑を経ないで強行されたことが、1年後に明らかになりました。山田区長と納冨教育長の責任は重大です。

なぜ、こんなことを?

山田区長は、「つくる会」教科書を教育委員会に採択させようとしているからです。
こんな区長や教育委員会に、杉並の教育は任せられません!

5月25日(水)午後2時、教育委員会の傍聴にいきましょう。
この日、親の会は「つくる会」教科書の採択に反対する署名の第1次提出を行います。みなさん、一緒にいきましょう。

「つ<る会」の教科書採択に反対する杉並・親の会
〒166-0004 杉並区阿佐谷南2-21-19伊藤荘1F
ホームページ:http://members.jcom.home.ne.jp/kyoukasyo/index.htm

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               申し入れ書

2005年5月25日

教育委員会委員長 丸田頼一殿
教育長      納冨善朗殿

                          「つくる会」の教科書採択に反対する杉並・親の会

本日、私たちは、署名2283筆を添えて以下の3点を申し入れます。

第1、教育委員会は、「新しい歴史教科書をつくる会」がつくった歴史・公民の教科書の採択をしないことを申し入れます。
第2、教育委員会は、教師や保護者、区民の意見を取り入れ、独断で教科書の採択を行わないこと。また、採択の審議を広く公開し、その採択過程を明らかにすることを申し入れます。
第3、杉並区立学校教科用図書の採択に関する規則と、それに基づく調査事務処理要綱の白紙撤回を申し入れます。、

              「理由」
 昨年4月28日の教育委員会で、これまでの教科書採択要綱を大改悪する「小中学校教科用図書採択事務処理要綱」が、簡単な審議で了承されました。
 これまで教科書の専門家である現場教員の意見を答申として反映していた「教科書選定審議会」を「教科用図書調査委員会」に変え、単なる資料提供機関におとしめています。
 さらに昨年4月28日付け要綱は、5月26日の教育委員会で新たに「教科用図書の採択に関する規則」として提案可決されました。
 しかも、「これまでと変わりないですね」「趣旨は前とそんなに違いませんので…」と質疑もないまま要綱からは、「調査委員会の協議」「研究部会は専門的な観点での調査研究をする」「小中学校長は、所属教員の意見を聞く」「情報公開原則」などの重要な文言が削除されています。
 これでは教科書の採択は教育委員会の独断、意のままとなり、現場の教員の意見はまったく無視されてしまいます。
 教育委員会で、これほど大きな改定が全く審議もされることなく了承されたのはなぜでしょうか。
 「つくる会」教科書を採択させるために、教育行政が、教育委員をもだましたのではと疑念を抱かざるを得ません。
 その上、この改定は文教委員会に報告されることなく、議会の質疑を経ないで強行されたことも明らかになっています。
 教育委員会はこれらの責任をとり、すぐに「教科書採択規則」を白紙撤回してください。
                                      以上

2005/6/3

予防訴訟の証人尋問  X日の丸・君が代関連ニュース
  澤藤統一郎弁護士の日記です。  
2005年06月02日(木)

 予防訴訟の第1回証拠調べ期日。予防訴訟の原告は現在401名。この方たちが、東京地裁103号大法廷の原告席・傍聴席を埋めつくした。本日の証人は、巽公一氏。都の教育庁指導部指導企画課長として、「10・23通達」作成実務の中心にあった人。これからも、多くの法廷・人事委員会に呼び出されるであろうこの人の法廷デビュー。

 もちろん、我々の出廷要求は教育長横山洋吉であり、米長邦雄・鳥海巌らの教育委員である。しかし、上に立つ者は下を支える者に汚れ役を押しつけて逃げ去るのが世の常。いやな役を押しつけられて少しかわいそうな巽氏。本心では、「こんなことやりたくないのに」と思っているのかも。それでも、容赦せずに厳しく問い質すのが私の役目。

 相代理人の山中さんが「10・23通達」に至る経緯について、私が「10・23通達」の内容についてと分担しての尋問。「10・23通達」というものの、ばかばかしさと空恐ろしさが、だんだん見えてきた。

 彼らは、内部文書で次のようにいう。
「都立学校における『国旗・国歌の適正な実施』は、学校経営上の弱点や矛盾、校長の経営姿勢、教職員の意識レベル等がすべて集約される学校経営上の最大の課題であり、この課題の解決なくして学校経営の正常化は図れない」
 おそらく、これは誇張ではない彼らの本音であろう。「日の丸・君が代」強制への抵抗は、上意下達の管理体制形成への抵抗そのものである。国家の意思やイデオロギーを国民に注入する場としての学校の完成は、「日の丸・君が代」強制に抵抗する勢力を排除して初めて可能となる。

 「10・23通達」は、そのような思惑に基づくものである。教委から校長への職務命令、そして校長から各教職員への職務命令。「日の丸・君が代」強制についての二重の職務命令をもって、一片の通達が都下の教職員全員を強制する。抵抗する者には、例外を許さぬ懲戒処分が待っている。こうして抵抗を抑え込み、抵抗者には苛酷な制裁を科する。その結果として、最終的には児童・生徒が「日の丸・君が代」の強制を受けることになる。

 敵性証人の尋問は通常容易ではない。しかし、裁判長も乗ってきて自らも質問をした。この訴訟の進行、悪くない雰囲気。

2005/6/2

日記5/17〜5/21  [藤田の部屋

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2005年5月17日(火曜日)     所属
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 絵描きにしろ、フリーのライターにしろたった一人で生計を立てている人は立派である。酪農も漁業も百姓にしても、商売にしても一人の才覚と労働でやっている人、或いは零細企業と言われる人々、いずれも立派である。頼るべきは己のみである。
 所属がないということで酷い目にあったことがある。高校を出て浪人していた時、ハガチーが来ると言うので羽田に見に行った。アイゼンハワーの先駆けとして来た彼は、デモ隊の集団に行く手を阻まれ弁天橋近くで立ち往生する。その模様を見物していた。
 学生でないから所属がない。デモ隊の脇に立っていた。突然、警官隊が学生の占拠する橋に突っ込んできた。急を知らされて闇雲に現場目指して突っ込んできたのだ。
 狭い橋上、人がぶつかり合う。あまりにも危ないので、隊長らしき人に「もっとゆっくり進んでくれ、危険だ」と言いに行った。これがよくなかった。デモの学生の隊列から指弾された。「あいつ、警官と話してた。スパイだ。」「スパイだ、スパイだ。」知っている顔はない。まいった。帰り道、一人とぼとぼと歩いた。

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2005年5月18日(水曜日)     ケイテイ
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 「・・・父母ニ孝ニ」までは良かったのだが、その次を弁護士が読み間違った。ケイテイというべきところ、キョウダイと読んだ。「兄弟ニ友ニ」である。
 教科書裁判の一幕という。家永三郎氏が法廷で痛く慨嘆した。昭和も遠くなりにけりだ。
 教育勅語が読めないとは何と素晴らしいことではないか。無理矢理暗誦させられた世代が消えていく。国民学校に昭和20年までに入った世代ということになれば、現在、67歳以上となるか。
 「朕思ウニワガコウソコウソウクニヲタツルコトコウエンニ、トクヲタツルコトシンコウナリ・・・・」
 果たして70歳以上で何人が今でも暗誦できるのであろうか。
 「イッタンカンキュウアレバギユウコウニホウジ」
 すっかり過去の遺物となった「教育勅語」、復活の兆しがあるという。まさかのまあちゃんである。新たな装いで登場するらしい。
 「一旦戦争の危機あれば、命を棄てて郷土を守り・・・」とか、学校で暗誦させられるのであろうか。
 あのファシズムの時代、宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」は学校でどう扱われたのであろうか。「北ニ喧嘩ヤ訴訟ガアレバ、ツマラナイカラヤメロトイイ・・・」

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2005年5月19日(木曜日)     削減
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 石原慎太郎都知事は、週3日ほどしか登庁しないという。他の日は小説でも書いているのであろうか。
 そう言えば昔、高校の同期に電話したことがあった。当時の通産省である。朝の十時ころ、「会議中」と言われた。あとで電話して、「さっき、会議中と言われたよ」と言ったら、「そういうことにしてんだよ、そんな早くに出るわけないだろ」と威張られた。なるほど、そういうことなのかと得心したのを思い出した。
 高給官僚、否高級官僚や特別職の出勤状況というのはどうなっているのか。
 都の監査委員の秘書に、「監査委員っていうのは、日頃どんな仕事をしてるのか」と聞いたら、「新聞読んでる」とのたまわれた。「若い頃扱き使われるから、出世したらその分取り返してるんだ」とでも言うのであろうか。
 時給、600円とか、800円とかで働いている人が世の中にはいっぱいる。遅刻したら当然のこと引かれる。
 公務員等の給与削減は、年収1000万以上を1割、2割といった具合にしたらどうか。辞めるの続出して人員の削減にもなる。若返りが図られる。戦後の発展の要因の一つは旧指導層の追放にあったのではないか。

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2005年5月20日(金曜日)     ラジカル
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 都庁が壊れている。知事側近の浜渦の専横である。やっと新聞が書くようになった。
 まずは「東京新聞」である。この新聞は安いし鋭敏な感覚をもって臆するところがない。今や最良の新聞である。
 「朝日」がおずおずと追随している。「朝日」は大企業病に陥ったか。どうも最近、右顧左眄している。
 戦後、60年、日本の大企業、官僚組織あらゆるところが腐朽してきた。毎日のようにその腐朽状況が露呈している。事故であり、汚職であり、犯罪である。
 この腐朽状況を打破するプロジェクトを早急に立ち上げなければならない。既成の審議会とかのお偉方が入った委員会では全く意味がない。世界50カ国位から人間を招聘し、国内50人位の若手の研究者を集わせて、日本という国家の在り方、構造改革のプランを作るべきである。革新的な根源的、ラジカルな法律の整備をすべきである。
 言うなれば第二の「明治維新」とでも、或いは第二の8・15とでも言うべきか。世界に冠たる「第九条」を作ったときのように、民衆の雇用と労働、それに見合う賃金の確保のための公正な社会とは何かの提言と実行が急務である。

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2005年5月21日(土曜日)     デビュー
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 「蓮池薫さんが、翻訳家デビュー」なる記事があった。在日の韓国人からメールをもらった。
 「複雑な気持ちだな いつも感じるんだけど 何処となくあの人は朝鮮の香りを持っている 他の拉致の人からは感じない独特なもの なんかそれがかなしい 何か自分たちと重なるものを感じるの 言葉に言うに言えない」と。
 帰還した時の彼の言動を思い出す。北の権力の壮絶なる真髄を骨身に知っている彼にとって、言葉の一つが我が身だけでなく家族もろともに滅ぼすことになるということを。二十数年も何らの救済をなさなかった日本政府が果たして信頼に値するのか。彼の焦燥と苦悩はいかばかりであったことか。
 そこにまた兄貴が登場する。兄弟の確執である。「洗脳されてんのか」と兄が言う。そうではないのだ。事の真相を知る故にこそ弟は自由に語れないのだ。彼の日本残留は恐ろしい賭けであった。その苦悩を思うとき今においても暗澹たる感がある。子どもが帰還してほんとに良かった。
 金薫の「刀の歌」である。主人公、「李舜臣」は、「党派を捨て、人生の全くの苦しみを包み込んだ人物」であるという。

2005/6/1

不当な業績評価への抗議  ]平和
N教員に対する不当な業績評価(「C」)に対し執行部へ抗議等の要請

(1)昨年度より、業績評価のCD評価者に対する「定昇延伸」「指導・育成」の制度が実施されました。そして、この5月12日までに管理職による開示が行われました。ところが、不当にもN栄俊教員に「C」評価がつけられたのです。

(2)<前校長が、自分の異動が確実であったことで残していった「C」評価>
 当分会では、昨年度より本部指示に従い、「CD評価をつけるな」の校長交渉を行って参りました。ところが、H校長(当時)は、「服務に問題がある場合はつけることもある」などと言ってきました。これは「日の丸・君が代」関係で処分されたN教員を指していることは明らかで、処分は2003年3月31日であり、評価対象外である旨を伝えてきました。すると、H校長(当時)は、「反省状況が悪い場合は対象にすることもある」などと、不当な発言を繰り返してきました。当分会ではこうした発言に抗議し、撤回を迫ってきたところです。そのH前校長は、この4月にH高校(準備室)へ異動し、「よかった」「よかった」と思っていたところ、N教員に「C」評価を残していったのです。あとの責任を取ることなく、まるで意趣返しのような「C」評価なのでした。
 このような無責任評価は許されるべきではありません。

(3)<5点の理由の全てに根拠がない>
 現校長によって示された理由は5点ありました。そのすべてが「言いがかり」のようなもので、事実関係にも反するものでした。
 @「所定の『週案』でなかった」です。ところが副校長は提出した「週案」を受けとり、承認印まで押していました。ところがH前校長が承認印を頑として押さないままになっていました。副校長は5月19日の職員会議で「不手際であった」と謝罪し、「私が固く受け取らなければ良かった」と個人的な「反省」の弁を述べました。これでは、管理職内部の対立であり、その責任をN教員に転嫁している実態が露呈しました。こんなことでの「CD評価」が許されるならば、「何でもあり」の世界になってしまいます。管理職の気にくわないのがいたらいつでも「CD」がつけられることになるのです。これが認められるならば、その延長線の行き着く先には、「あいつは盆暮れの贈品を持ってこないからDだ」になってしまうのではないでしょうか。
 ABCは一つことを別の項目にして理由を過重にしているのです。本校の昨年は、火災報知器の頻繁警鐘、校舎内での焼却行為、門扉・ガラスの破壊等の事件が相次ぎました。授業でも、立ち歩き、教室出入り自由、携帯・音曲の頻繁など大変な状況でありました。こうした中で、その中心的な生徒による授業中のトラブルがありました。N教員対しての暴言・蹴教卓などを行い謹慎の指導が行われました。この一つのトラブルで、A「授業が不適切であった」、B「生活指導が不適切であった」、C謹慎指導で「保護者対応の不適切」であった。しかし、生徒の状態が大変な状況でのトラブルを理由に「CD評価」が行われるならば、今後生徒指導はできなくなることは明白です。また、「保護者への対応は管理職が行う」と管理職が明言し、その支配下の中での保護者質問とそれに答える場面でした。このことで「保護者が納得いっていない」とのことをこじつけているのです。保護者対応は「管理職の権限に属する行為だ」などと言ってきており、それを今度は一転してN教員に責任を転嫁しようとしたのです。N教員には全く責任はありません。現に、H前校長はこの保護者とその後何回も何時間も対応していました。そして職員会議で「最近の保護者には話しの通じない保護者が現れている」と報告し、「どうすれば良いか先生方の御意見をお聞きしたい」と特別に研究会を持ちました。以上のように、ABCは全く同じ事件に対して理由づけたもので、全くその根拠がありません。
 Dは、「検閲に応じなかった」です。これは、N教員が顧問で「学校新聞」を発行しています。この新聞の検閲に応じなかったことが第五の理由なのです。当初は、憲法21条の「検閲の禁止」を説明し、理解を得ていたのですが、H前校長は都の文書を持ち出し、「印刷費を支出しない」と言ってきたのでやむを得なくN教員は検閲に応じました。ところがH前校長は、生徒の書いた文章に対して「書き換え」を要求してきました。これには「応じられない」としてきましたが、印刷費を支出しないというので、最終的には管理職と話し合い、最低限の修正で合意しました。そのことが「C」評価の理由に持ち出されたのですが、このこと自身が不当であると言えるのではないでしょうか。

(4)開示の方法にも問題があります。
@「学習指導」=C、「生活指導・進路指導」=C、「学校運営」=C、「特別活動・その他」=B、「総合評価」=C、とだけ提示されたのですが、「能力」「情意」「実績」の各『評価要素』がどのようになっているのかについては、全く説明されませんでした。このことは手続きの点で瑕疵があります。
A「『保護者対応が不十分』がどの項目か?」と質問したところ、副校長が「学習指導と生活指導だ」と答え、新校長が「学校運営だ」と答えました。要するに決められた基準に従って評価していないことが明白になりました。
Bまた、開示時に事実に反したことなど幾つかを質問したところ、「前校長が今いないので分かりません」と説明責任の拒否を行いました。そこで副校長に「第一次評価について説明しください」と質問したら「一次評価は開示の対象ではない」と拒絶しました。結局、詳細な説明がされないままで終わっているのです。分会との話し合いでは、副校長は「私ならば別の項目だ」「校長の5項目では無理がある」などと言っていました。つまり、最初から「C」評価の結論があり、理由を補足しただけのものだと言う事です。また、副校長は、「私も評価される立場にある」と述べるなど、N教員に対する「C」評価が客観的なものではなく、捏造されたものであることが露呈してきています。このような「C」評価は許せません。

<執行部に対する分会からの要請>
(1)N教員に対して不当な評価が行われたことへの「決議」乃至「声明」を出してください
(2)D(定)の校長・副校長及びH前校長(現H高校準備室)に抗議打電を集中する指示を出してください。
(3)不当な業績評価を許さない署名活動を組合で実施してください。
(4)不当な業績評価を受けた組合員に対して弁護士等の支援体制を、組合の責任で確立してください。
 以上の件を執行部に分会要請致します。

 2005年5月24日
                     都高教D高校定時制分会  
                     分 会 長   K

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D(定)分会からの「執行部要請」に対する分会への返答
2005/5/30:D(定)分会
5月30日(火)1時半過頃、草野執行委員より分会に電話があった。分会長が対応した。5月23日(火)に提出したD(定)分会からの「執行部要請」に対する返答であった。

(1)組合としての「決議」「抗議電」の取り組みは無理である。
@ 昨年「CD評価」の対象者は約1,000件であったが、現在組合に来ているものは16件である。組合の指示で各分会で取り組んで来たことの成果である。
ところがこのことに対して、都議会と教育委員会から「評価に対して組合が介入しているのではないか」等のクレームがなされている。こういう情勢の中で、組合が何か行うことはマイナスである。
A Nさんの件については、苦情処理として先週に都教委へ抗議しており、修正を迫っている。その結果を待ってからでも遅くはないのではないか。
(2)「不当な評価に対する抗議の全員署名」の要請については、二年後に全員開示など制度の全面的な見直しが行われることになっており、現在何かの取り組みをすることは時期尚早である。昨年、制度発足にあたり、全員署名に取り組んでおり、タイミングとしてよくない。
(3)その他について
 @顧問弁護士については、いつでも相談はかまわないが、人事委員会・裁判の段階でないと意味がないのではないか。また開示時の弁護士立ち会い等は困難である。
 A都庁全体として、「開示」について第三者の立ち会いはとれていない。
(この点については、開示時に本部に問い合わせたところ、川上書記長が、「立ち会いについては何も決まっていない」との返答であった)。
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