2005/7/8

●第1回公判[2005/4/21]報告  W板橋高校卒業式
        負けるわけにはいかない!

                 事務局 E・K

 いよいよ第一回公判が始まった。裁判開始前に予想外の出来事があり、多少の波乱があったが、予想どおり、弁護団からは「公訴棄却の申し立て」が行われ、刑事起訴の不当性が細部に渡って論じられた。刑事裁判の傍聴は私にとってはじめての経験であり、不十分ではあるが、その経過を個人的な感想も含めながら、ご報告したい。

◆裁判開始前の憤慨
 「多少の波乱」と書いたが、二つ理由がある。一つ目は、当初の情報では13時10分傍聴人抽選ということだったのに、先着順になったことである。しかも、開廷の40分前に84人で締め切り。後ろの方に並んでいたかなりの数の方たちがはずされ、さらに13時前ということでまだ続々と駆けつける方もおられた。(結局数十名の方が傍聴できなかったようで、事務局として大変心苦しく感じている。)
 次に憤慨したのが、おそろしく過剰な警備体制であった。地裁入り口でいつものようにセキュリティ・チェックをうけたのに、104号法廷の前でさらに厳しいボディ・チェックと荷物検査。男性は筆記用具のみを残して荷物は没収され、女性はバック一個の携帯が許されたが、隅々までチェックされた。係員の数も20名〜30名、どこかの国の軍服によく似たカーキ色の制服をきた係官8人程が、特に目立っていて、一瞬ここが日本であることを疑った。傍聴者が爆弾や銃を持ち込んでテロに走る危険性あり、とでも思い込んでいるのだろうか。「他の刑事裁判も傍聴しているが、こんなことは初めて」、とある女性が言った。さらに、法廷の横の暗い廊下で待たされること20分以上。さすがに傍聴者の一人から強い抗議がでた。警備係の居丈高の対応に、待っていた傍聴者全体に怒りと緊張感が広がっていったが、澤藤弁護士が出てきて対応して下さった。「傍聴は主権者としての正当な権利です。裁判所は傍聴者に不愉快な思いをさせるような取り扱いを改めるべきです」というコメントにとても励まされた。結局入場できたのは開廷時刻を10分以上すぎてからだった。

◆裁判の開始
 入場すると、3人の裁判官(村瀬均裁判長)を中央に、左に検事団、右に尾山弁護団長をはじめ17人の弁護団が揃っていた。6〜7人の軍隊風係官が傍聴席の私たちを見張るという、物々しい雰囲気であった。
 裁判開始の前に澤藤・尾山両弁護士から、傍聴者の入場が遅れたことについて理由を説明してほしいと申し入れが行われた。しかし、裁判長はまったくとりあわず、非常に権威主義的、威圧的な態度であった。「訴訟指揮は裁判所にある。このようなやり方はしばしばやっている。」傍聴者に対しても「要請によって広い法廷にしたが、規則を守らなければ、今後通常の(狭い)法廷を使うこともありうる」など、恫喝的な発言もあった。近年行政の追認しかしていない裁判所への不信感が再度こみ上げてきた。しかし、今回は絶対負けるわけにはいかない、と気を取り直して裁判官を見据えた。
  1時50分ごろ藤田さんが入場。やはり緊張感からか、顔色がやや紅潮していたように見えた。傍聴席に向かって深々と頭をさげたのが印象的だった。型どおりの人定質問が終わり、検察側によって起訴状が朗読された。9時43分から47分までの藤田さんの行動が都教委の主張通り、事実とは全く異なる流れで述べられている。思わず「違う!」と声を出しそうになった。卒業式会場から退出途中の藤田さんの抗議の発言が異様に強調され、「式典会場を喧噪状態に陥れ、・・・威力を用いて卒業式典の遂行業務を妨害した」とされている。弁護側から釈明要求がだされた。

◆求釈明
 これは、起訴状の中の「喧噪状態」、「威力」、「遂行業務」、「妨害」などが、一体何を指すのか、その具体的な内容と範囲の特定を10数項目にわたって求めるものであった。しかし、検察側からは訴状の文言を繰り返すだけに等しい簡単な釈明しかなく、具体的妨害の結果として式が5分遅延したことなどが付け加えられたのみであった。弁護側は、「ますます犯罪の構成要件が何なのか、特定する必要性が高まった。憲法で保証されている言論の行使を越えた威力業務妨害とは何かを明らかにすべき」と、裁判長に迫ったが、結局却下された。これも予想の範囲内ではあった。それにしても、裁判長の言葉は初めから非常に聞き取りにくくて閉口した(「聞こえない」「もっと堂々と話せ」等のヤジも傍聴席から飛んだが、もちろん、すぐにたしなめられた)。弁護側の補充異議申し立てに対して内容も聞かずに即座に「却下」と言い切る裁判長に対して、尾山弁護士は少しもひるまずくい下がっていく。経験豊かな先生が性急で思慮の浅い生徒を諭しているように思えた場面もあったが、結局釈明命令は出ず、弁護側は「公訴棄却の申し立て」を行った。

◆本人の意見表明
 ここで、藤田さん本人の意見表明があった。堂々とした態度でりっぱだった(全文トップページ掲載)。「保護者への語りかけというささやかな行為にすぎないのに、被告人として刑事法廷の場に立っていることがどうしても納得がいかない」という訴えは、言論の自由を知る全ての人々の共感を呼ぶはずである。この後、30分の休憩をはさみ、3時10分に審理再開することとなった。
 
◆公訴棄却申し立て
 再開直後、尾山弁護士が公訴棄却申し立てのスタートを切った。「弁護士になって来年で50年。労働や公安関連の多くの事件に携わり、無罪率8割を越える。政治がらみの事件で無理な起訴がその原因。今回の事件も石原都政がお上に逆らうものに対して起こした刑事弾圧である。今、この国は民主主義の危機。怖いのは、同じ様な事件が次々と起こっていて、この異常な事態に対する国民感覚が麻痺していくこと。裁判所は憲法・人権感覚を磨かれて、本件は公訴権濫用と判断されたい」、と強く訴えた。 
 その後を引き継いで、公訴棄却申立ての理由が若手弁護士3人によって次々と述べられた。事件の本質、当日の経過及び取材、起訴の意図などに関して、非常に説得力ある議論が展開された。まさに今回の裁判のハイライトであった。
 不完全ながら、記憶にそって書いてみる。
主な申し立て理由:1)本件は客観的嫌疑なき起訴にあたり、公訴事実記載の2種類の発言(一つは保護者への語りかけ、二つ目は退場を命じられた際の抗議の発言)を前提としても、何ら犯罪は成立しない。卒業式当日には校長でさえも藤田さんの行為を犯罪視しておらず、警察に被害届をだしたのも15日後であることが述べられると、「えっ!」という驚きの波が傍聴席に広がった。
 2)事件の捜査が都教委の異常な準備体制や一部のマスメディア、都議会議員主導の政治的意図に基づいて行われており、捜査手法や起訴手続きに関しても異常で公正さを欠いている。例えば、「国歌斉唱」で着席した卒業生に向かって大声で「起立しなさい!」と怒鳴り、携帯で証拠写真を撮っていた土屋都議の行動は式を損なうものと考えられるが、全く取り上げられていないなど。
 3)この不当起訴の真の目的は学校現場に対する「日の丸・君が代」強制政策の貫徹であり、批判的言論を弾圧する政治目的でなされたものであること。10・23通達によって懲戒処分を振りかざして教職員に強制するだけでなく、生徒や保護者、一般市民にまで異論や反論を許さず、監視や警察権力をもって統制しようとする都教委の体制こそが問われなければならない、本件は予防訴訟や被解雇者訴訟、人事委員会訴訟などと一体をなすものである。

◆罪状認否と公訴棄却申立のための証拠申請
  加藤弁護士が藤田さんに代わって否認。このあと、公訴棄却申立のための証拠となる「書証、物、人証」の申請があった。本件が都教委と公安警察の策略に基づくものであり、都教委の突出した「日の丸・君が代」強制政策の一環として「犯罪」へと作り上げられたことを証明するためである。裁判長から「人証」が仮名であり、正式書類とは認められないとの指摘があったが、弁護側から「早い段階で名前を出すと圧力がかかる現実の恐れあり」との指摘に、裁判長もとりあえず受理せざるをえなかった。

◆弁護団、検察側の証拠の不同意
  検察の冒頭陳述(藤田さんが卒業式を妨害する意図をもって臨み、校長・教頭からの制止に抵抗して喧噪状態をつくりだし、式を混乱させたことを強調する内容であった。)の後、弁護側として、都教委派遣指導主事鯨岡氏のICレコーダに関する部分に不同意の申し立てがなされた。録音内容を弁護側が聞いたとき、出だしの部分で証拠とは全く異なる音声が聞こえたという説明があった。今後の解明が待たれることになる。第二回公判の日時を確認して閉廷となった。

◆記者会見と報告集会
  閉廷後、弁護士会館に会場を移して記者会見が開かれた。本人から短いコメントが述べられ、弁護団からは「公訴棄却申立の理由」の説明が行われた。大型TVカメラ3台と小型のものが2台、計五台。罪状認否をめぐる質問など三件ほど。テレビでは当日夜の「NEWS23」やNHKで放映されたという。(残念ながら私は見損なってしまった)

 記者会見に続き同じ会場で報告集会が開かれた。たくさんの支援者の方たちがかけつけてくれてかなり広い会場が一杯になり、事務局としても大変心強かった。(50〜60名) 
 評論家の鎌田慧氏も傍聴に引き続いて出席され、会場から次のような励ましの発言をしてくれた。「永山則夫事件・三里塚事件など刑事裁判もずいぶん傍聴してきたが、今回のような警備ははじめて。無罪判決が当然でも、プロセスで異常状態が既成事実化されては勝利とは言えない。思想裁判として闘ってほしい。藤田氏はこれくらいのことでへこたれる玉ではないから、代表選手として頑張ってほしい」。 

◆勝利をめざして
 ほんとうに、この裁判がどうなるかによって、この国の民主主義の行く末が決まってくる、と言っても過言ではないかもしれない。だからこそ、負けるわけにはいかないのだ。今後とも皆さんには、傍聴をはじめ様々な形でご支援・ご協力をお願いしたい。そして、ご一緒にこの不当な言論弾圧裁判に勝利し、この国の未来を少しでも明るいものにしていきたいと切に願っている。

2005/7/8

●第4回公判[2005/6/21]報告  W板橋高校卒業式
     ICレコーダーの疑惑
                                                     事務局 S・A

 藤田裁判第4回公判は、6月21日、10時から17時近くまで行われた。多彩な顔ぶれの支援者が詰めかけ、開廷時には傍聴席がほぼ満席となった。傍聴者は相変わらず法廷入り口で荷物を預けさせられ、ボディ・チェックされた。休廷後の再開時も繰り返された。「疑わしきは罰せず」の精神とはほど遠く、「人を見たら泥棒と思え」式の傍聴者への裁判所の姿勢である。

 第4回公判は、報告集会での澤藤弁護士の言によれば、「ICレコーダーが唯一の証拠であり、これがなかったら立件出来なかっただろう。そのICにこんなに問題点があるということを明らかにさせる」のが目的であった。その上で「次回ICレコーダーを聞くことになるが、こんな程度のことが犯罪なのか、表現の自由の範囲ではないのか」を主張することになる。

(1)村瀬裁判長は訴訟指揮の威力を見せつけている。検察官の「異議あり」をほとんど却下しつつ傍聴席にも厳しい目を光らせ、今回は「退廷命令」まで出した。ICレコーダーで卒業式を録音した鯨岡証人(当時指導主事)が「したかも知れないし、しなかったかも知れない」とか「覚えていない」など不誠実な返事を繰り返していた所で、思わず出た「嘘つくな」のさほどの大声でもないつぶやきを、裁判長は聞きとがめ、「証人への侮辱」として退廷命令を発した。一度退廷になるとその日は傍聴できない。
 しかし、全体としては弁護人の質問が「事案の真相」を明らかにするように配慮した法廷運営をしているようにも感じられた。

(2)[午前の部] 前回に続き鯨岡証人に対し、加藤・小沢・大山・只野弁護士が順に反対尋問にあたる。書証を証人に示しての細かいやりとりなので、傍聴席ではよくわからない所が多々あったが、いくつかポイントを紹介する。問題のICレコーダーは鯨岡証人が誰にも断らず無断で録音したもの。オンにしてから卒業式終了まで録音し続けた。
●それを再生して作った筈の「IC解析表」には、証人自身が「9時43分」と確認した直前に、藤田さんは既にビラを「配布していた」と過去形で表現しているのに、「最後まで見届けていない、知らない」と証言。
●ビラ配布を制止したという教頭の「やめなさい」という言葉は載っていないのに、証人はそれを「聞いた」と証言。
●証人は加治警察官に事情聴取を受けた時間がどの位か、調書が取られたのか、何回呼ばれたのかなどは「定かではない」。
●ICレコーダーを任意提出した時にB、Cフォルダの件を警察に伝えたか否かも「わかりません」「覚えていません」を連発。
●Bフォルダに入っていた杉並高校の卒業式に出席したといいながら、他の指導主事等の名前は記憶になく、どの場所にすわったかも「保護者席か、教職員席の後か、記憶が定かでない」。
●パソコンにデータを保存し、CDも作製したが、他に配ったかどうか「記憶にない」。
 午前最後のところで、左陪席の裁判官が発言を求め、教頭の制止について質問。「大きい声で聞き取れた」と言い、「ICで聞いた部分と違わない」と矛盾する答をした。裁判官も首を傾げていたように見えた。(11:50終了)

(3)[午後の部] 公安二課の加治警察官が証人として登場。主尋問から。ICレコーダーの任意提出を鯨岡証人から受けて、ICの機能をよく知らない証人がこれをパソコンに入れて、Aフォルダしかないと「資料入手報告書」に書いた。その後(今年の2月)B、Cフォルダにもあったということがわかった「単純ミス」として説明。
 反対尋問は大山・小沢・只野・加藤弁護士。はじめに公安二課の仕事について追及したが、証人の口は固くなり、「私の立場で答えることではない」と言い、板橋高校に捜査に行った公安の人数が所轄の板橋警察より多かったことは認めたが、名前は「業務に支障が出るので答えられない」と拒否。当初から公安事件として立件すべく動いていたことが明らかになる。(警視庁公安二課は「労働組合、市民団体等担当」。ちなみに国公法弾圧堀越裁判において、公安が隠し撮りしたビデオが証拠として出されている。)
●提出されたICレコーダーからは1回も音声を聞いていない。
●鯨岡証人からB、Cフォルダの説明も受けていない。
●「解析表」を作る時に焼いたCDを鯨岡証人といっしょに聞きながら、これは誰とか教えてもらった。「一日近くかかった」と鯨岡証言と異なる証言。
●さらに今年1月、検察官からの依頼で、映像的なものを入れて「解析表」を再度作るように言われて作製。この2種類の解析表は時間が逆転していたり、一方に載っている言葉が一方では無くなっているなどについては、「ずれたかも知れない」「メモを取り忘れたかも知れない」。
●「鯨岡証人以外に事情を聞いた人はいたか」に対し、「いた」と答えたものの、その名前は言えないのか沈黙が続く(藤田さん曰くフリーズしてた)。
●「土屋都議から聞いているのでは?」とたたみ込まれると「はい、聞いています」「土屋都議にICレコーダーを聞かせているのではないか」「いない」と答えた。さらに「土屋都議がこの男を排除しろと言ったのではないですか」「そういう記憶もあります」「その声がどうしてICレコーダーに入っていないのか」「聞き取れていない、その声を探そうとして聞いてはいない」さらに「TBSの報道特集のビデオを使ったのではないか」に対してそれを認めたが、誰が提供したか「忘れた、わからない」を繰り返した。
●起訴状にある「この卒業式は異常です。国歌斉唱の時、教職員が立って歌わないと処分されます。ご理解願って、国歌斉唱の時は出来たら着席お願いします」がどうして「解析表」にないのか? に対して、「はっきりしないがあったんではないか」「はっきり聞こえていない部分は入っていない、・・・・・(テンテン)の部分です」と答えた。(終了16:37)

(4)こんなにも多い「なぜ?」
●そもそも不測の事態に備えて「状況把握」のため派遣された鯨岡証人の記録としてのICレコーダーを、(他の主事及び上司を含め)都教委がなぜ再生し検討しないのか。
●ICレコーダーを警察に提出する時に、A、B、C、Dフォルダの話をなぜしないのか。
●もしかしてAフォルダのみのレコーダーとBCDフォルダつきのものと2本あるのか。編集・改ざんの可能性は? 
●教頭の「止めなさい」というビラ配布制止の言葉が録音されていないのはなぜか。「制止」する行為は本当にあったのか?
●足音が多く録音されているのはなぜ?(鯨岡証人が歩き回って藤田さんの言葉を拾っているからではないか?)
●土屋都議の声は録音されていないのはなぜか?
●公安警察と言えば警備情報の収集が主要な仕事の一つであるのに、証拠品としてのICレコーダーを再生も出来ず、パソコンに移して加治警察官1人で作業するなどありうるのか。またAフォルダしかないという虚偽の報告書を書いて、「ミスだった」というようなずさんさで証拠能力が認められるものなのか。
 次回はICレコーダーのA、B、Cフォルダを再生する証拠調べになる。教頭の制止を振り切ってビラをまいたのか、開式はどの位遅れたのかなどが焦点。Bフォルダの杉並高校の卒業式開始時間にも注目。第4回公判で明らかにされた「IC解析表」の矛盾からいっても、証拠能力自体に疑問があり、起訴状にあるような「威力を用いての卒業式妨害」の成り立つような客観的証拠になり得ないのではないか。  

(5)10・23通達に逆らう者へのみせしめ
 ことが「日の丸・君が代」強制にかかるものでなければ、このような起訴はなかったに違いない。再び澤藤さんの言葉(「澤藤統一郎の事務局長日記」から)を借りれば、藤田さんは「お上にまつろわぬ者に対するみせしめ」「お上に逆らう不逞の輩」として、都教委と公安二課、地検公安部の合作で起訴された。そこには今回登場した土屋都議も関わっている。その物的証拠としてのICレコーダーがかくも疑惑に満ちたものであることが明らかになった。
 私たちは今後の展開を注目し傍聴にかけつけ、裁判官に「多くの市民が関心を向けている事件」として、藤田さんの無罪判決を決断させなければならない。最後に弁護団の精力的な活動にもあらためて感謝と敬意を表したい。

2005/7/8

●第3回公判[2005/5/30]報告  W板橋高校卒業式
      早くも立件を左右する山場   
                                           事務局 K・H


 五月雨の降り濡つ中、第三回公判も、傍聴席は埋め尽くされた。初めての朝から夕まで丸一日の公判だったが、報告集会で澤藤弁護士が語ったように、「日本の民主主義になりかわって闘っている藤田さんを応援する」、そんな思いがこの裁判を支えている。  

裁判長からの注意〜傍聴人のマナー

 翌朝の共同通信と産経新聞に、開廷前のやり取りだけが取り上げられた。
 裁判長が傍聴席に向かって、「ICレコーダの持ち込みと、法定内の静粛」を呼びかけたのに対し、澤藤弁護士が「レコーダの持ち込みが静粛を乱したかのような言い方はおかしい」と反論した。
 少なくとも過去二回、傍聴席は全く静粛で注意など受けたことはない。数人のレコーダ持ち込みを以て傍聴者全体の不心得の如く表現したことへの抗議だったと思うが、案の定マスコミは注意そのものを異例として記事にした。
 重ねて傍聴者全体はきわめて紳士的であり、むしろ過剰な警備(過去2回の傍聴記に詳しい)にもよく忍耐しているというのが実態ではないか。なぜか裁判長の傍聴人に対する予断は最初から根深いものがあるようで、危険人物視(?)される傍聴人の側にも不満が蓄積している。

鯨岡証言〜本日のメインテーマ

 20人も用意されているという検察側証人のトップバッターは、鯨岡広隆指導主事(当時)。
 彼が、個人所有のICレコーダに板橋高校卒業式の様子を録音したものを、検察側が証拠申請したのに対し弁護側が不同意だった。そこで最終的に裁判長が採否を判断するための証言である。

主尋問から〜客観性を強調

 指導主事が、卒業式に参加する目的は、祝意を述べると共に、適正に実施されているかどうか、「状況把握」すること。(弁護団の反対尋問で「監視」という言葉を使うと、すかさず検察が「異議」を唱える。「状況把握」か「監視」か、大変ナーバスになっている。)
 「適正」とは、「学習指導要領」及び「10・23通達」に基づいて実施していること。
 指導主事の出席は、元々2名の予定が、数日前に5名に増員され、鯨岡氏も急遽出席することになった。増員の理由は、不測の事態が予想されたから。
 ICレコーダは、個人所有。職務で録音したのではない。鯨岡氏が警察の事情聴取の折に任意提出したもの。都教委内で再生したこともない。(反対尋問の中で、都教委内の検討会に呼ばれたこともないと証言していた。)
 開式前から終了後まで、一度も中断することなく録音した。その後、編集・改ざんなど一切していない。2月1日に購入したばかりで、操作そのものに不慣れである。
 個々の録音内容の特定のため、検察側が再生を希望するが、弁護側が未採用の証拠と強く抗議。裁定で、書面化された「IC解析一覧表」に基づき質問を続行。藤田氏の行動を事細かに証言させるのが、検察側のねらいだったと思われる。昼食休憩を挟み、14:10まで延々と。

反対尋問から〜証拠能力への懐疑

 録音の許可について、校長からも、教育庁の上司からも、式参列の生徒・保護者・来賓からも許可は取っていない。事前に誰にも相談もしていない。
 指導主事の職務と権限について、適正実施の状況把握が職務であり、管理権はない。被告人の資料配付を目撃したが、職務外なので注意もしていない。土屋都議から「何やっているんだ」「この男を排除せよ」と言われたことは、記憶にない。
 10・23通達には、生徒・保護者・来賓などに関する記述はない。しかし、どんな人でも、式の間中は学校長の管理下に入ると考えている。
 ICレコーダの性能(ハイクオリティでも300〜4000Hz、人間の耳は20〜18000Hz)について、マイクに直接話すのと遠くの音とでは違うし、人間の耳で聞くのと違っていることは感じていた。
 証人は、官僚訓練(?)を積んだ立派な(?)官僚で、すり替え、はぐらかし、しらを切るなど、ふてぶてしい態度で、加藤弁護人も辟易していた。傍聴席もムカムカがつのった。

◆怪しげなやり取りと偽証

 したたかな証人も、何回か口を滑らせていた。
 一つは、録音内容特定のため「IC解析一覧表」を示された時。「初めて見る」と言い切ったものの、検察側が困って遠回しに誘導して「見たことがありました」と、訂正した場面。
 二つめは、藤田氏敷地外退去の後、式場に戻った時間を「9:50」と一旦言ったが、ここでも検察官から「9:50で間違いありませんか」と誘導されて、訂正した場面。
 そしてもう一つ、「10・23通達」以前の卒業式の様子を聞かれて、武蔵村山と駒場の様子を証言したが、同じ駒場に在籍していた者が傍聴席にいるとは思いも寄らなかったのだろう。聞いていて唖然とする全くの嘘っぱちの偽証であった。証人は、君が代斉唱へ向けて校長の強い意志と教職員の強い反対の対立から互譲して、開式前に君が代を実施したと思う、とヌケヌケと言ってのけた。ところが、彼が在籍していた96年3月以前(つまり「国旗国歌法」成立以前、「旧通達」以前)に、駒場の卒業式会場に君が代はおろか日の丸もなかったことは、当時の職員なら誰でも知っていることで、記録にも残っていることだ(駒場での戦後最初の君が代は2000年4月の入学式である)。10・23通達以前は、不起立も常に二桁以上あって、それが都立高の実態だったのだ。
 うまく立ち回っているつもりが、しゃべりすぎは自滅の元だ。

◆次回の見所

 〜6月21日(火)10:00〜16:30
 午前中は、鯨岡証人への反対尋問が続く。録音内容の編集・偽造の疑惑も追及される。加藤弁護人に続く、メカに詳しそうな小沢弁護人・大山弁護人の補充質問にも期待。
 午後からは、今回新たに召喚が決まった加治司法警察員の証人尋問。これは、公安提出の「資料入手報告書」に、「Aフォルダにしか録音はない」と明記されていたのに、偶然のきっかけからB・Cフォルダにも録音があることが発覚したことに関して、その責任者に対し、不実記載や記録本体への改ざんの疑惑も含めて審理される、重要な証人となる。
 第二回公判で流された「映像」は、「正常な卒業式」を明確に印象づけるものであった。これに対し、検察側が「異常」を立証する最大の決め手がICレコーダである(他の供述調書は食い違いも多くあいまい)。この証拠能力が、「威力業務妨害罪」の立件を左右する。既に4回目にして、この裁判の「山場」が来ている、と澤藤弁護人が強調していた。ぜひ次回も、多数傍聴にお運びいただき歴史の証人になっていただきたい。

2005/7/8

●第2回公判[2005/5/12]報告  W板橋高校卒業式
         真摯に真実を見よ!        
                                     事務局 Z・T

 曇り空、5月だというのに寒い。だが、104号法廷内の空気は熱かった。5月12日、板橋高校卒業式事件第2回公判。開廷は13時30分。1時間半前に出来始めた傍聴券配布を待つ列は、12時55分には定数を越えた。先着順のため、13時に来た人は傍聴できないということになった。事件への関心の高さ、支援者たちの熱い思いが伝わる。傍聴者は、退職・現職教員、板高卒業生、保護者、市民など幅広い層にわたり、マスコミ十数社も含め100名の傍聴席は埋まった。

◆またも、異常な警備体制

 第1回と同様、傍聴席に入るまでにひと騒ぎ。玄関の所持品検査、金属探知機のゲート。104号法廷前で、所持品は預かると職員が立ちはだかり、さらに金属探知機を身体にあてられ、通過するとウス暗く狭い廊下で待たされる。収容所にでも入れられたような錯覚に襲われた。藤田氏を応援する人々がテロリストにでも見えるというのか。とても善良なる市民への扱いとは思えない。日本の裁判所は、まだまだ開かれた裁判所には程遠い状況だ。
 13時30分、村瀬裁判長のもと、開廷。藤田氏入廷、傍聴席に向って−礼、着席。横山弁護人、小沢弁護人が冒頭陳述。弁護側の冒頭陳述は、証拠調べなどの終了後行われるのが通例だが、公訴棄却請求など事件の争点を明らかにし、弁護側の主張を早期に立証するための措置であった。
 冒頭陳述は、@被告人の経歴と板橋高校での勤務状況A被告人の本件卒業式出席までの経緯B本件卒業式のスケジュール上の特異性C被告人の本件卒業式当日の行動の4項目に沿い、2人の弁護人が約20分にわたって展開した。

◆開式の遅れは想定内

 03年度卒業生は、藤田氏が最後に教えた学年であり、とりわけ登校時に見守った視覚障害のある生徒がピアノ伴奏をすることを知った藤田氏が、北爪校長に申し出て来賓として招かれていた。都立高校の卒業式は、10・ 23通達以降、君が代斉唱時に教職員は起立を強要され、従わない場合には処分が科せられるほど異常な事態になっていた。自由な校風を築き上げてきた従来の都立高校にはなかった状況が作られていた。
 藤田氏は、こうした状況を報じた週刊誌コピーを、開式前に保護者に配布、説明したのであって、当日の式の進行状況を考え合わせても「君が代斉唱」ならびにその際の生徒の起立を妨害する意図は全くなかったことは明瞭である
 卒業式開式の遅れは、当日の特異な事情によるものであった。当日、来賓の土屋都議を取材対象としてTBSテレビカメラが入った。テレビクルーは開式5分前に会場付近から退去することになってはいたが、卒業生撮影は好ましくないとの教職員の配慮により、卒業生の整列は例年の待機場所よりも遠くに設定された。
 そのため10時開式予定の遅れは当初より予想されていた。

◆当日、そこには犯罪行為はなかった

 小沢弁護人からは、8時頃の板橋高校到着から9時45分に体育館を退出するまでの藤田氏の行動が時系列で述べられた。
 教室で卒業生と雑談後9時30分式場へ。保護者席のかなりは空席で、開式前の談笑の時間といった雰囲気。「サンデー毎日」コピーを配布。制止されることは一切なかった。「国歌斉唱時に、教職員が立って歌わないと処分されます。云々」と約1分間、保護者に語りかけたのち来賓席に向おうとした時、教頭が来て藤田氏の腕をつかむ。その後校長が「退場せよ」と怒鳴る。
 しかし、藤田氏は来賓として参加するつもりで来校しており、この要求は不当と考えたので退場要求は不当であるという趣旨の抗議の発言。保護者への語りかけは既に平穏に終了しており、退場を要求する正当な理由は存在しない。管理職の方が大声を発したわけである。検察側は藤田氏の発言を「威力業務妨害」としているが、管理職の行為への抗議の声であり、防御的言動である。
 藤田氏は管理職に物理的に抵抗することもなく、体育館出入口へ向かう。その間、教頭の「おとなしくするんだな」の言に、来賓として参加が認められたと思い再度来賓席へ向かおうとした。この間10数秒で大声でのやりとりはない。体育館後方まで進むと校長が前にたちはだかる。「教頭が参加を許可した」と説明すると、校長は絶句。その時、校長の後方にいた土屋都議が「管理者は校長だ」と怒鳴り、校長は再び「退去せよ」と叫んだのだ。
 藤田氏は抗議しつつも卒業式への参加をあきらめ、9時45分ころ体育館を退出。退出する際、大声で怒鳴りながら近づいて来た保護者の男性に、藤田氏は自分が元板橋高校職員であることなどを話し、なだめ、管理職と対話した後会場を後にした。二度目の抗議発言の開始から体育館退出までの時間は、約30秒である。

◆式は粛々と進行、妨害者はだれだ?

 TBS取材のため、9時45分には体育館至近の格技棟廊下に卒業生整列完了は予定されてはおらず、TBSカメラが体育館退出後、生徒は至近の格技棟廊下へ向けて移動開始の予定であった。それゆえ格技棟廊下での卒業生整列は9時50分には間に合わず、入場が遅れ開式は10時2、3分だった。
 開式後の卒業式は極めて順調に進んだが、君が代斉唱時に大多数の卒業生が着席したため、校長、教頭、土屋都議が、起立・ 斉唱を求める怒鳴り声を発した。教頭は「思想信条のある者以外は立ちなさい」と叫び、土屋都議はカメラ付携帯電話で撮影し、生徒のプライバシーを侵害した。「国歌斉唱」の発声から実際の斉唱まで1分以上要したのは管理職が起立を促したためで、学校管理者の判断による式運営であった。
 開式が10時2、3分であったことは式典の進行の支障ではない。都立高校の卒業式の開式が式次第の予定時間より数分程度ずれることは、社会的認識としては卒業式進行の支障ではない。また、ほとんどの卒業生は式が妨害されたとの感想をもっていない。視覚障害のあるYさんのピアノ伴奏による「旅立ちの日に」は感動的ですばらしかったと言い、多くの保護者も式の進行が妨害されたとの感想はもっていない。

◆証拠開示申立

 警察・検察側が押収、また任意提出された証拠物件は、検察側が審理を有利に進めるため隠匿しておくことがよくある。藤田裁判でも重要な証拠は開示されていない。大山弁護人がこの点を追及した。
「捜索差押許可状、藤田氏をはじめ6氏の供述書、検察側の証拠として提出されたICレコーダーのB、C、Dフォルダーなど9点を開示申立。これらは検察側に証拠として確保されていることは、明らかであり、その中には藤田氏の行為が、犯罪に該当するものではないことを証明するものが含まれている。」

◆証拠はすべて開示せよ

 続いて、弁護側、検察側双方から証拠に対する意見が述べられた。加藤弁護人が「板橋高校旧3年担任の供述書は、検察側に不利なものであることから開示されていないと考えられる」と述べ、続いて小沢弁護人が「当日の藤田氏と管理職とのやり取りを録音したICレコーダーはAフォルダーだけが検察側から証拠として提出されている。録音者は、当日都から監視役として派遣された鯨岡氏だが、すべてのフォルダーの開示を求める。またAフォルダーについては、証拠とすることに異議を申し立てる。ICレコーダーの機能上正確な録音は期せず、作為的な要素が含まれることがある」と証拠のすべての開示を求めた。
 弁護側の申し立てに対し検察官は、裁判長に「大きな声で」と注意されるほど自信なげであった。テレビドラマに登場する検事は正義の味方、堂々たるものなのだが、この検事氏は「悪いクジをひいた」と思っているのだろう、公判の維持さえ自信なさそうであった。それもその筈、犯罪行為が発生していないところに事件を作ったのだから。この裁判の勝ちは見えてきたのではないかと思った。
 同意書証の取調べでは、検察側提出のビデオについて、藤田氏が加藤弁護人とともに確認。いつ岡本氏から受領したのか、時刻のカウントのあるビデオがあるはずだが等を質した。裁判長は「後で調査して答えてください」と検察側に求めた。

◆生徒の思想・信条は尊重されなければ

 14時40分休廷、15時再開。検察側証拠として提出されている、岡本教諭撮影卒業式記録ビデオ上映。開式から終了までスムーズに進行する様子が映し出された。「国歌斉唱」では多くの生徒が着席。それを咎める管理職と土屋都議。その場面だけが異常な事態であり、卒業生の歌う「旅立ちの日に」には感動を覚えたほどである。
 続いて弁護側がTBS「報道特集」ビデオを証拠として提出。検察側不同意、裁判所採用し上映。都教委の「君が代」伴奏強制で病に倒れる教職員の姿、起立しないと処分という状況下で実施される卒業、入学式の異常さが事件の背景にあることがわかる。藤田氏が式場から連れ出される場面等みられた。
 第2回公判のおよそ半分の時間はビデオ上映。裁判長は退屈そうに見ていたが、真摯にこの状態を受け止めれば、藤田氏に有罪という判決は下せないと確信した。
 公判終了後、弁護士会館で記者会見、報告集会。会場には椅子が不足するほど支援者が結集した。


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