2005/8/31

処分発令を伝える新聞報道  \増田の部屋
『読売新聞』は、全国版だったが、以下は、東京版での報道。

扶桑社教科書や都議名挙げ資料
授業で配布、教員戒告
 都教育委員会は30日、区部の公立中学校の女性教員(55)が6月末から7月にかけて、公民の授業で、扶桑社の歴史教科書や都議の実名を挙げて「歴史偽造主義者」とする資料を配ったとして、戒告にしたと発表した。
 都教委とこの女性教員によると、女性教員は韓国の盧武鉱大統領に手紙を書くという形式で、生徒に日本の戦争と植民地支配に関する意見を書かせた。その際、教員自身も「手紙」を書き、都議の議会での「(我が国の)侵略戦争云々というのは、まったく当たらない」などの発言を引用し、批判した。
(『朝日新聞』2005/8/31朝刊 東京版)


扶桑社や都議 女性教諭が誹謗
都が戒告処分
 都教育庁は三十日、授業中に「新しい歴史教科書をつくる会」主導の教科書を発行する扶桑社や現職都議を誹謗(ひぼう)したとして、区部の中学校の女性教諭(55)を戒告処分とした。
 教育庁によると、教諭は六月末から七月上旬にかけ、三年生の三クラスの公民の授業で、扶桑社や都議の名前を挙げて「歴史偽造主義者たち」などと記載した資料を配布した。
(『東京新聞』2005/8/31朝刊 東京版)


授業の教材で都議誹謗中傷
中学教師を懲戒
 授業で使った副教材に都議の実名をあげて誹謗したなどとして、都教育委員会は三十日、千代田区立中学校の女性教師(55)を戒告の懲戒処分とした。
 都教委によると、女性教師は今年六月末から七月上旬までの間、三年生の社会科公民の授業を行った際、都議一人や扶桑社の名前をあげて「歴史偽造主義者」などと中傷する副教材を作成して使用した。
 副教材は盧武鉱韓国大統領あての手紙形式で、「侵略の正当化教科書として歴史偽造で有名な扶桑社の教科書」などと記載されている。
 さらに「民族差別、女性差別、人権蹂躙の極致とも言うべき日本軍性奴隷(いわゆる従軍慰安婦)についても、私は、できる限り事実を提示する努力をし、生徒たちに考える時間を与えてきたつもりでおります」などとしている。
 都教委では、「指導に問題がある」として、この女性教師に研修を命ずる方針
(『産経新聞』2005/8/31朝刊 東京版)


「朝日」は、本人に取材した形跡あり。
「東京」は、都教委発表そのまま。
「産経」は、他紙で触れていない「従軍慰安婦」などプリントの中味にも踏み込み、戒告処分に加えて「研修命令」にも触れている。都教委と内通している形跡。「研修」とは、いかなる法的根拠によるものか。

2005/8/31

お笑い!? 都教委「処分」  \増田の部屋
こんばんは。犯罪都教委&3悪都議と、断固、闘う増田です!
 本日、午後4:23、朝日新聞の記者から電話がありました。「戒告処分になったようですね」
 「えっ?・・・・いつですか?」
 「あれ、知らなかったんですか?」
 「ええ、知りません」
 「プレス発表がありました」
 「???・・・ それ、いつですか?」
ってな会話で・・・
 今朝、9:15,校長は都教委へ一人で出かけました。そして9:30頃でしたか、九段中で社会科教科部会を開いていたところに副校長が「校長先生から電話です」と呼びに来ました。
 出ると「本当に『来ないか』確認して欲しいと人事部の人が言うんです」と校長さん。「もちろん『拒否します』と伝えてください」と私。校長さん「はい」で電話を切り、校長さんは10:30頃、帰校しましたが、「5分で終わりましたよ」で終わり・・・校長さんも何も聞いてなかったんですね!?
 一体、いつ「処分委員会」を開いたんでしょうか? 全く、お笑い「処分」!? ですよね。徹頭徹尾、政治屋の、政治屋に追従する、政治屋のための、「処分」!? でも、どうあがいても「戒告」程度しか出せなかったんです。できれば「指導要領違反」に仕立てたかったのに、それが、どうしても、できず、でも、とにかく、何が何でも古賀&教育委員に義理を立てた!? 「古賀センセー、教育委員サマー、『日本は侵略なんかしたことがない』と歴史偽造をした都議がいるとか、扶桑社教科書を『歴史偽造教科書』なんて、事実を書いて生徒に教えた増田を処分してやりましたからね、誉めてくださいね」!?

 以下、読売新聞に出たらしい(転送してもらいました!?)記事と、その都教委&政治屋にとってはガマンならない「誹謗中傷」部分、つまり「事実に基づく、当然なさるべき批判」部分! を載せます。ついでに、小泉首相の8・15談話の一部も・・・日本国家代表が国の内外に発表した「侵略と植民地支配の事実」を真っ向否定する政治屋の議会発言を批判すると「公人に対する誹謗中傷」なんですって。
 お笑い!? 都教委「処分」・・・しばらくは笑いの種に、どうぞ!?


(2005年8月30日19時11分 読売新聞)
歴史教科書問題、授業資料で批判の教員を都が戒告処分
 東京都教育委員会は30日、区立中学校の女性教員(55)が自ら作成して生徒に配った社会科の資料の中で、都議会議員らを「歴史偽造主義者」と批判したり、「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書を出版した扶桑社を「歴史偽造で有名」などと中傷したりしたとして、この教員を戒告処分とした。
 都教委によると、教員は1学期末に3年生計3クラスの社会科・公民の授業で、「表現の自由」をテーマとする生徒の作文をまとめた資料を配布。それに韓国の盧武鉉大統領あてに自ら書いた手紙のコピーを添付し、その中で、都議や都議会が「日本の侵略戦争を認めていない」などと書いていた。
 今夏、保護者から学校への通報で発覚。都教委は「中学生の教材としては、公人を誹謗中傷するものは不適切」として処分に踏み切った。


以下が、私の「戒告処分」対象部分です!?
<ノムヒョン大統領宛手紙>
「04年10月26日の我が東京都議会文教委員会において、古賀俊昭という都議会議員(自民党)は言っています。「(我が国の)侵略戦争云々というのは、私は、全く当たらないと思います。じゃ、日本は一体どこを、いつ侵略したのかという、どこを、いつ、どの国を侵略したかということを具体的に一度聞いてみたいというふうに思います。(カッコ内は増田)」(文教委員会議事録)などと、国際的には恥を晒すことでしかない歴史認識を得々として嬉々として披露しているのが我が日本国の首都の議会なのです。横山洋吉教育長以下、東京都教育委員会は、これに対し何の反論もしませんでした。というより、大いに共鳴しているのでしょう。侵略の正当化教科書として歴史偽造で有名な扶桑社の歴史教科書を「生徒たちに我が国に対する愛国心を持たせる一番良い教科書」などと公言して恥じない人たちですから。古賀都議その他の歴史偽造主義者達が「日本は一体どこを、いつ侵略したのかという、どこを、いつ、どの国を侵略したかということを具体的に一度聞いてみたい」なら、「一度」韓国独立記念館や南京大虐殺記念館に行ってみたらいいのです。「具体」例が、「聞いて」みるまでもなく眼前に展開しています。「歴史を反省しない国」と他国の人から言われることは屈辱ではありますが、残念ながら「そんなことはありません」と言い切れぬ現実があり・・・」

「小泉首相談話2005年08月15日
 我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受け止め、改めて痛切な反省と心からのお詫(わ)びの気持ちを表明する・・・」


皆様、是非、都教委の、この愚劣極まりない処分に抗議をお願いします!

人事部職員課長・藤森教悦 S9000013@section.metro.tokyo.jp
   直通電話   服務係:03-5320-6792

FAXは東京都教育庁総務部教育情報課   03-5388-1726

2005/8/29

増田速報!?  \増田の部屋
 Date: Mon, 29 Aug 2005 08:14:17
おはようございます。皆さんは、仕事に行かれた頃かと思うんですけど・・・
 私は、本日は夏休み期間中最後の休暇(夏バテしていたら!?回復が必要と思って、当初から予定)を取っています。
で、さきほど、7:50a.m校長から電話があり、何でも彼も休暇をとっていた26日(金)に「酒井・千代田区教委指導課長から『8月30日(火)、都庁人事部に増田と二人で来い』という連絡が入っていた」ということです。
 九段中の予定では、30日から「運営委員会、校内研修会、分掌部会」と入っている勤務日で、31日は『職員会議』・・・校長は差し迫った重要な校内の問題で「運営員委員会を欠席するわけにはいかず」、とてもじゃないけど行ってられない状況にあります。都教委ってのは、ホント、『教育活動』のことなんか、全くアタマに入ってないんですよね・・・
 増田は、もちろん「『一切、拒否する』と言ってください。『処分したけりゃしろ』と言っていた、と伝えてください」と言っておきました。
 なんでしょうね? 『事情聴取拒否』って事で、ヤツラの手続きは滞りなく完了するハズ!? なんですけど・・・


公安情報満載のmumurブログ

2005/8/29

教科書採択のニュース  ]平和
教科書問題:扶桑社版は採択されず−−公立中学校 /新潟

 県教委はこのほど、06年度から県立中学校などで使う義務教育課程の教科書の採択結果を発表した。注目された「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバーらが執筆した扶桑社の中学歴史、公民教科書は採択されなかった。
 採択されたのは、県立中学校1校のほか、6年制の中等教育学校3校、盲・ろう・養護学校12校で使用する教科書。教科用図書選定審議会の答申をふまえ、定例会で採択した。
 県義務教育課によると、28日までに全市町村で公立中学校の教科書採択が終わり、県内で扶桑社の教科書を採択した市町村はなかった。県には、扶桑社の教科書採択を巡り、賛否合わせて10件ほどの意見書などが市民団体などから寄せられていた。【北上田剛】


8月29日朝刊(毎日新聞) - 8月29日16時51分更新

教科書問題:扶桑社の歴史採択、議論は非公開 傍聴者から不満の声 /愛媛

 県立の中学校と、ろう、養護学校の中学部で使用する教科書を採択した26日の県教委の定例会。「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバーが執筆した扶桑社発行の歴史教科書を採択したが、議論は非公開で、傍聴者から不満の声が上がった。
 訪れた傍聴希望者は50人。県教委事務局は抽選で6人に絞った。しかし傍聴できたのは委員会の冒頭だけで、採択の審議前に会議の非公開を決定し、傍聴者は退出した。
 「傍聴」した高校教諭の男性(41)は「全国では公開しているところも多い。広い部屋を用意するなどして全部公開するのが当然」と批判。会社経営の男性(53)は「静かな環境で議論するには仕方ない」と話していた。
 また採択に反対する市民ら約20人がこの日午前県庁前で座り込みをするなどして採択しないように訴えた。【小林祥晃、伊藤伸之輔】


8月27日朝刊(毎日新聞) - 8月27日17時31分更新

教科書問題:「つくる会」の教科書は不採択−−大津市教委、臨時教委で審議 /滋賀

 大津市教委は25日、臨時教育委員会を開き、同市立中で06年度から4年間使用する教科書に関して審議を行った。審議は公開で行われ、同市と志賀町で構成する教科書採択協議会が推薦した通りの16冊を全会一致で採択した。同市の教科書採択を巡っては、目片信市長が「新しい歴史教科書をつくる会」の主導で作られた扶桑社の歴史、公民教科書を「現実に適した内容」などと評価。これに対して教職員組合などが反発していたが、この日の審議では同社の教科書はいずれも採択されなかった。【阿部雄介】


8月26日朝刊(毎日新聞) - 8月26日17時1分更新

教科書問題:県立中など「つくる会」教科書を不採択−−県教委、来年度 /埼玉

 ◇全市町村も歴史・公民で不採択
 県教育委員は24日、来年度から県立中学校で使用する教科書を審議し、無記名投票で各教科の教科書を決定した。「新しい歴史教科書をつくる会」が主導した扶桑社の公民、歴史教科書は採択されなかった。また県教委のまとめによると、県内の全市町村立中学で使われる教科書にも同社のものは採択されなかった。
 県教育委員は6人いるが、「つくる会」の元副会長で、同社の公民の監修者を務めた高橋史朗氏は、公民と歴史の教科書採択で席を外し、残る5人が投票で教科書を決めた。
 中高一貫校の県立伊奈学園総合中学は、歴史、公民とも大阪書籍3票、扶桑社2票で大阪書籍に決まった。盲・ろう・養護学校中学部では票が分散し、歴史と公民分野で検定教科書を使う11校のうち、両分野とも東京書籍が9校、他社が各1校だった。事前に各校の教員が教科ごとに2種類ずつ希望教科書を挙げており、全校の全教科で、教員らの希望に含まれていた教科書が採択された。
 採択後、上條さなえ教育委員長は「ナイーブな問題で難しい仕事だった。個人的には現場で教える先生の意見を尊重した」と話し、また高橋氏は「十分な議論がされていれば(扶桑社が)採択される可能性はあった。残念だ」と話した。
 審議は県庁で午前10時から始まり、62人の傍聴希望者に対して抽選で入室できたのは15人。このため、抽選に漏れた人からは「これだけ注目されているのだから、もっと広い部屋に移るとか中継モニターを設置すべきだ」(さいたま市西区の主婦)などの不満の声が上がった。
 また、同日の県教委のまとめによると、市町村立中学の教科書を審議していた県内10地区の採択地区協議会では、歴史分野で10地区すべてが東京書籍を選び、公民分野では9地区が東京書籍、1地区が教育出版の教科書を採択した。【斎藤広子】


8月25日朝刊(毎日新聞) - 8月25日16時29分更新

教科書採択の可否を住民投票で決める条例

地方自治法 第74条
 普通地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する者(以下本編において「選挙権を有する者」という。)は、政令の定めるところにより、その総数の50分の1以上の者の連署をもつて、その代表者から、普通地方公共団体の長に対し、条例(地方税の賦課徴収並びに分担金、使用料及び手数料の徴収に関するものを除く。)の制定又は改廃の請求をすることができる。

大田原市や杉並区は、有権者の1/50の署名で出来る「住民投票」で、教育委員会決定を覆し、間違った歴史を教える扶桑社歴史教科書が子どもたちの手にわたるのを阻止することを考えるのも一策と思われるが、いかがだろうか。

2005/8/28

平和について  
  珠玉の格言集  【平和について】

・私は最も正しい戦争よりも、最も不正な平和を好む。
     by キケロ

・平和は芸術の保母である。
     by シェークスピア

・平和とは、ただ闘いのないことではなく、それは魂の力により生まれる美徳である。
     by スピノザ

・平和は戦争よりもよい。というのは、平時において息子たちは父親たちを埋葬し、戦時において父親たちが息子たちを埋葬するからである。
     by フランシス=ベーコン「格言集」

・平和にも勝利あり。それは戦争にも劣らず称賛されるべきだ。
     by ミルトン

・お互いの臆病が我々を平和に保つのだ。もし人類の半分が勇敢で、半分が臆病だったら、勇敢なものは絶えず臆病者を打ち負かすだろう。彼らは絶え間なく闘っているだろうから。けれども、みんなが臆病者だからわれわれは大変うまくやっている。
     by サミュエル・ジョンソン

・武装平和とは、自国と隣国を信用せず、半ば憎悪、半ば恐怖から武器を放棄しかねる意向上の不和である。
     by ニイチェ「人間的な、あまり人間的な」

・平和――二つの戦争の時期の間に介在する、だまし合いの時期。
     by アンブローズ・ビアス

・愛は憎しみより高く、理解は怒りより高く、平和は戦争より気高い。
     by ヘッセ

・平和が見つからぬという者は、見つけようとする努力を怠った者だ。
     by ヘンリー・ミラー

・わたしは鉄面皮の悪よりも、むしろ平和のための偽善をよしとする。
     by チャーチル

・我々が加わりたいと思っている陣営はただ一つ。それは平和の陣営である。これにはできるだけ多くの国が参加すべきだ。
     by ネール

・平和は憲章や盟約だけに根ざすものではない。それは人々の心情の中に根ざすものである。
     by ケネディ

・もしも平和が名誉を持って維持され得ないならば、そのような平和はいかなる平和でもない。
     by ラッセル

http://kuroneko22.cool.ne.jp/peace.htm

2005/8/27

遊郭の戯れ歌『君が代』  Z国際人権
 『ボストン美術館東洋美術名品集』(日本放送協会)に載っている67「遊里図」(菱川師宣筆?六曲一双)を見に、図書館に行ってきた。
 なるほど、高三隆達(たかさぶりゅうたつ)直筆の「小唄」十数編が脇に書かれており、その筆頭が現在の国歌「君が代」(文字遣いがやや違う)であった。

川口和也著『「君が代」の履歴書』(批評社)によれば、
近世(戦国〜江戸)「君が代」は、遊郭で歌う「男女和合の歌」だったのだそうだ。
他の小唄と同じで、宴会向けの意味が込められているのだ。

 「君が代は、千代に八千代に、さざれ石の、岩ほと成て、苔のむすまで」
 岩=男性性器、ほと=女性性器、成て=合体 → あなたと永遠にくっついていたい。
 さざれ石(小石)が岩(大石)になるとは、勃起の連想とも(すげーヤラシイ歌)。

 つまり、当時流行の「隆達小唄集」とは男女の恋歌集だが、そこににおさめられた「君が代」とは、男女交歓の場で歌われる大変なまめかしい歌であったということだ。
 堂々と浮世絵に描かれるくらいに、庶民の間に流行っており、当たり前に歌われていたということらしい。
 元々は「長寿祈願のうた」(筆者の解釈)が、歌い継がれるうちに、平安末期頃から、二重三重の裏の意味を持つようになり、戦国〜江戸時代には、おおらかな「セックス賛歌」として庶民の間に広がっていった。
 「君」が「天皇」だったら、こんな隠喩は「不敬罪」ものだろう。遊郭でも直立不動で歌ってた?でも当時は誰も「君」が天皇とは思ってもいなかった。「君」は遊里で遊ぶ旦那さんのことだった。
 『「君が代」の履歴書』は、大変行き届いた洞察で、他にも参考になることがいっぱいあった。

 この大広間でじゃれ合う男女数組の屏風画を一度見たら、「国歌斉唱」時に思い出して、思わず赤面してしまいそうだ。

2005/8/26

日記8/1〜11  [藤田の部屋
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2005年8月1日(月曜日)     朱花
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     限りある 恋と知りてか 朱く咲く

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2005年8月2日(火曜日)     蝉
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     限りある 命と知りて 蝉の鳴く

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2005年8月3日(水曜日)     盆踊り
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     盆踊り 薄紫の 浴衣着て 兎と月の 模様が踊る

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2005年8月4日(木曜日)     夏草
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     夏草や ガ島にありて 六十年 祖国の人よ ひもじくはないか

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2005年8月5日(金曜日)     花押
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     溥儀花押 王道楽土 満州の 秘密文書の おぞましきかな

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2005年8月6日(土曜日)     ヒロシマ
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     ヒロシマの 絵次々と 集まりて 地獄の姿 日々新たなり

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2005年8月7日(日曜日)     悲歌
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     悲歌にせむ ピストル渡し 強制す 江鎮湾に 空閑倒る

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2005年8月8日(月曜日)     修辞
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     戦争の 責任問われ 文学の 修辞なるかと 問うぞ恐ろし

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2005年8月9日(火曜日)     長崎
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     長崎に 山里の子の 声響き 亡き子も共に 歌うているらし

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2005年8月10日(水曜日)     亜少女
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     美容室 亜少女なる名 客多し 亜老人我 驚きて見ゆ

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2005年8月11日(木曜日)     花鳥
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     花鳥の 世を何故に 侘びしきと 思う心の 情けなきかな

2005/8/25

「皆も続け!」学園の"狂気"  
全員が志願「愛知一中予科練総決起事件」

 太平洋戦争中の一九四三年七月。名古屋市の旧制愛知県第一中学校(現・旭丘高校)で、校長や教師らが講演会で国の危機を強調し生徒の愛国心をたきつけて、呼応した三年以上の生徒全員が旧海軍の甲種飛行予科練習生(甲飛)への志願を決める、という事件が起きた。「愛知一中予科練総決起事件」と呼ばれる。

校長、教師らが「愛国心」たきつけ 今に通じる教育の危うさ

 当時は戦況が悪化し、空襲も始まっていた。軍当局は戦力増強のため、全国の中学校に甲飛の志願者数を割り当てた。上級学校への進学率が高い愛知一中生は、軍では下積みコースの甲飛に魅力を感じないためか、なかなか定員に達しない。学校側が考えたのが、講演会での説得だった。
 当時の模様を、当時十四歳で三年生だった故・江藤千秋さんが著書「積乱雲の彼方(かなた)に」で書き残している。
 七月五日午前。蒸し暑い柔道場に約七百人の生徒が集められ、まず校長が「諸君が戦時下に赴くべき道は、平和な時代に歩みうる道とは異なるはずだ」と説いた。国のために身をささげることを最高の美徳とした戦時教育の時代。子どもたちも「殉国の行為」「大義のための死」という言葉を聞かされてはいた。
 だが、江藤さんは「軍務に服したい、医学で社会に奉仕を、文学一筋でなどと、当時も自らの未来像を皆、考えていた。航空兵として死地に突撃することだけがただ一つの道、と学校の最高責任者から言われ、戸惑った」と書いている。
 教師も次々に登壇し、「増援を願う前線の叫びに、諸君は注意を払わない。残念だ」などと口々に叱吃(しった)。その直後に開いたクラス会や生徒大会。「上級学校の進学しか考えないのは利己主義だ」「おれは勉強をやめる、火の玉になって太平洋を飛ぶ。皆も続け」などの殉国論が大勢を占め、「戦場へ出ることだけが唯一の報国の道か」という疑問の少数意見はかき消された。生徒大会は異常な興奮に包まれ、最後に「行く者は立て」の叫びに全員が立ち上がる。父母らの一部からは疑念の声が出たが、当時の新聞はこの事件を「快挙」と賛美した。
 同様のことは他校でもあった。予科練出身で航空特攻要員だった画家高塚篤さん(78)=東京都世田谷区=は「母校の旧制米子中学で全員志願の決議があった」と指摘。「当時の教師たちは、国からの指示でより多くの生徒の予科練志願を競った」と証言する。
 南洋で特攻・戦死した愛知一中出身の成瀬謙冶さんは、海軍兵学校時代に母校の事件を新聞で知り、「全校生徒の予科練志願は無意味だ。生徒の能力に応じた道に進ませることが、本当に国に報いること」という手紙を校長あてに出した。「校長は当時、権威の象徴。真に勇気のある発言だった」と、同級生たちの語りぐさになっている。
 戦後六十年の取材で当時を知る人に話を聞き、今も国からの指示で一斉に動く傾向のある教育現場を考える。この事件を戦時の学園の"狂気"だった、と言うのはたやすい。「時代が違う。あり得ない」と一蹴(いっしゅう)できない不安を感じた。
          (五十住和樹)
〔『東京新聞』2005/8/20夕刊〕


当時、生徒大会後の父兄会の模様を伝える、1943年7月7日付け『中部日本新聞』の見出し
「征け空へ、勵ます父兄 愛知一中に迸る闘魂」



愛知一中出身 回天特別攻撃隊多聞隊(伊366)海軍中尉 成瀬謙治
  昭和20年 8月11日 沖縄海域で特攻、散華(享年21歳)
http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/kai-naruse.htm

愛知一中事件

昭和18年、『朝日新聞』が大見出しで
「愛知一中の快挙、全四、五年生 空へ志願」
と報じた。
成瀬の母校の愛知一中の四、五年生全員が予科練を志願するというものだった。
海軍兵学校に在学中だった成瀬は、一中出身者代表として校長に手紙を送った。

「一中全校生徒を予科練へ志願させることは、無意味であります。生徒ひとりひとりの能力は、それぞれ異なります。能力に応じた道へ進ませてください。それでこそ本当に国に報いることとなります。この戦争で死ぬのは、わたしたちだけで十分なのです。」

国中が時流に流され異常な感覚になってしまう戦時下で、時の風潮に反対することは真に勇気のいることであった。

2005/8/25

25日、都教委処分案件無し!  \増田の部屋
こんにちは。3悪都議&犯罪都教委と断固、闘う増田です!

 本日(8/23)の都教委HPを見ると、25日の定例会において「教職員処分案件」は議題にありません。従って、増田に対するウルトラ無理のある「処分」及び「再発防止研修・ゼッケン着用処分」が出るとすれば、9月8日(木)の教育委員会定例会になるものと思われます。
 それにしても、では、なぜ、シャニムに「増田事情聴取を急いだのか」が、極めて大きな疑問となります。
 以下に載せました都教委から千代田区教委への「照会事項」に答えるために、千代田区区教委・酒井指導課長ときたら、軽井沢自然教室引率中の九段中校長に対し、「夜10時の職員打ち合わせの最中とか、昼の飯ごう炊さんで火を使っている最中とか電話してきた」と校長さんは苦笑いしながら言います。果ては、山の中の狭い飯ごう炊さん場で、できあがった食事を生徒と一緒に食べている校長に「生徒のいないところまで行って携帯から電話せよ」とか強要したのです。校長さん「こんな狭い山の中で、三々五々生徒はできあがったカレーを食べてるんですから、生徒のいないところなんかありませんよ」と、言ったそうですけど。酒井課長(元は体育科教員)は、本当に真面目に「教育」活動をしている校長さんに、教育を投げ捨てさせること、つまり、教育破壊活動に懸命だったのです。
 極めつけは、あの羽田の管制が大混乱した8月2日、全国教頭会に4日間の予定で宮崎に出張に出かけた九段中副校長に対し、確か着いたのは開会に間に合わず夕方ですが、軽井沢の校長から夜の11時に電話させて、「明日8月3日の午前中に戻るように」と言わせ、気の毒に副校長さん、大汗を掻きながら8月3日の正午、九段中に戻ってきて、午後、1時からの酒井課長による増田への問い合わせに立ち会ったのでした。
 それで私は酒井課長と渡り合い、「都教委『照会事項』には8月末までには文書できちんと答える」と言い、酒井課長は「なるべく早くして欲しいですが、いいでしょう。」となったのです。
 ところが、それを都教委に報告したら、酒井・区教委指導課長、怒られまくったんでしょうね。「何が何でも増田処分のため、5日までに報告をあげよ」とネジを巻かれたようです。私は、もちろん知りませんけど、酒井さん、8月4日、校長に「とにかく、5日に千代田区教委として事情聴取するから」と無茶苦茶言ったようです。
 そして5日、「『処分対象の服務事故』なんかには当たらない」と真っ当に判断している校長さんに無理矢理「事故報告書」を書かせたんです。校長さん、とにかく書きたくないモノを書かせられるので、2度も3度も書き直しをさせられました・・・でも一番迷惑したのは主事さんで、あの炎暑の中、何度もデッチ上げの「事故報告書」という紙切れを持って区役所と九段中を往復させられたのです!? それに、校長さん、4・5日は年休を取っていた(「長野にいる予定だったんですが」と言ってました)のを取りやめさせられて・・・それで、伊沢都議立ち会いの下、テープ録音も認めさせての事情聴取の時、校長さんの書いた「事故報告書」を見せてもらうと「事故の可能性もあるやに考えられる」と、酒井課長の強要下にあって最大限、彼の良心をなだめたモノでした。でも、結局、校長さんに聞くと、もう一回書き直しをさせられたようですけど。
 こんなに九段中の教育課程を無視してまで、無茶苦茶な教育破壊活動にいそしんだ上で、25日の都教委定例会に「処分案件無し」!?  とは・・・

 以下、増田を何とか処分しようと、都教委が必死で「処分に引っかけられる口実を何が何でも見つけよ」と千代田区教委に「照会」したモノを紹介します。最初にある「都民から別添のとおり、資料が送付」とは、戦前の超国家主義者・皇国史観論者で東大教授だった平泉澄を今現在、心底から信奉するらしい(今も一ヶ月に一度私学会館で「勉強会」!?とか)九段中の保護者から都教委に送付された紙上討論プリントのことです。

                     授業で使用した資料についで(照会)

 標記のことについて、都民から別添のとおり、資料が送付されました。
 ついては、下記により事実確認の上、回答については平成17年8月5日(金)までにご協力願います。

「照会事項」
1 都民より送付されたNO.1からNO.11までの資料(以下、「本資料」 という)の取扱いについて
 (1) 本資料を使用して行われた授業の年月日及び対象の学年、組
 (2) 本資料を使用して行われた授業の学習指導要領及び年間指導計画上の位置付け、週案上の記載、指導のねらい

2 本資料における生徒の意見の取扱いについて
 (1) 本資料に掲載されている生徒の意見、感想等を書かせた授業の年月日及び対象学年、組
 (2) 生徒の意見を材料として掲載し配布することにっいての生徒、保護者からの了解の有無。
   有の場合は、了解を得た年月日とその方法
 (3) 本資料、NO10に見られる<ノ・ムヒョン大統領様>という当該教諭の手紙に生徒の意見を添付して韓国大統領に送付した事実の有無.送付した場合は、年月-、及び校長、生徒、保護者ヘの了解の有無.なお、有の場合は、了解を得た年月日とその方法
 (4) 上記(3)における当該教諭の手紙の送付と、千代田区が定めている文書管理規則との整合性。

3 本資料から、授業で教材として使用したと想定されるビデオ及び文書資料について
 (1) ビデオのタイトル名及び制作会社名。
 (2) 文書資料の資料名及び出典名。
 (3) ビデオ又は文書資料を使った授業が行われた年月日及び対象学年、組。
 (4) ビデオ又は文書資料を使った授業の学習指導要領及び年間指導計画上の位置付け及び週案上の記載と指導のねらい
 (5) ビデオ及び文書資料を授業で使用することについでの管理職の把握状況
 (6) ビデオの所有(学校備品、敷師の個人所有、その他)
※(1)〜(6)におけるビデオ、文書資料とは、以下のもの.(ビデオ・文書資料例)を含め、本資料にかかわり使用したすべてのものとする。
(ビデオ‐文書資料例)
  資料NO.1「昔、日本がアジアでしたこと」についてのビデオ
      「ノ・ムヒョン大統領演説」
  資料NO.5「日本が中国・朝鮮の方々にしてしまったこと」についてのビデオ
  資料NO.7「日本が韓国や中国におこなってきた過ち」のビデオ      など

2005/8/24

8.22「ゼッケン」事情聴取と今後の取り組み  X日の丸・君が代関連ニュース
全国の仲間の皆さん!(転送歓迎)
被処分者の会近藤です。長い報告ですが、お読み下さい。

本日(8/22)、7.21再発防止研修での「ゼッケン」着用を理由とした私(近藤)に対する都教委の「事情聴取」がありました。(私で8人目。)約30名の人々が支援に駈け付けてくれました。心からお礼申し上げます。

10時より都庁第2庁舎27階都教委人事部前でのやり取りです。相手側で対応したのは、都教委人事部職員課管理主事金田氏(支援者Sさんのかつての職場の同僚だそうです。相手側記録係は人事部職員課・課務担当副参事横倉氏でした。以下、概要を順を追って書き記します。(こちらの質問→金田氏の返答、です。)


1.本日私(近藤)を何故呼んだのか。
 →7,21再発防止研修での「服務事故」について話を聞くためです。
2.私は「服務事故」なぞ起こしてはいない。一体どんな「服務事故」なのか。
 →同研修での「ゼッケン」着用です。校長先生から「事故報告書」が出ています。
3.校長の「事故報告書」はいつ出たのか。
 →8月10日です。
4.「事故報告書」は通常「服務事故」が起きたらすぐ出すものなのに、7月21日から3週間近くたって8月10日に出されたのは極めて不自然だ。都教委が校長を呼びつけて「事故報告書」を出すように「指導」したのではないか。
 →(質問には答えずに)事情聴取を受けるのですか。(受けるために来ている、と言うと)それではこちらにお出で下さい。
(この辺から金田氏の目が据わってくる。葛西南高校佐々木校長は「私が(事故報告書を)出した」と横から都教委に助け舟。校長も興奮気味で「事情聴取を受けないと出張命令違反だ」等と都教委と一緒になって私を「恫喝」する。私の体に触れ軽く押す。私は「体に触れるな!」とたしなめた。周りも見ていました。)
5.「事情聴取」受けるために来ているのだ。私を呼んだのはそちらだ。まず、質問に答えよ。
 →(全く答えず)「お出で下さい。」を繰り返すだけ。
(ここでらちがあかないので都教委がこれまでの質問に全く答えていないのを確認して次に移る。)
6.事情聴取の法的根拠を示せ。
 →(やはり全く答えず)「事情聴取に応じて下さい。こちらへ来て下さい。」を繰り返す。
7.事情聴取に来ている。先ず質問に答えよ。現場では生徒の質問に誠意を持って答えなければ教員失格だ。
 →「服務として来て下さい」と服務を持ち出し、同じことを繰り返す。
(押し問答の中で金田氏の目は完全に据わってきて元同僚のSさんは「どうしたの。正気なの。」と聞くほど。周りからも「真面目に質問に答えよ。」の多数の声。)
8.「服務」と言うなら法的根拠を答えよ。公務員の職務は「地公法にもあるとおり諸法令に則って行なわれなければならない」のだから。
 →「来て下さい。」を繰り返すだけ。(押し問答の中で相手側は)もう10時30分だ。こちらへ来て下さい。来ないなら終わりにします(打ち切るということ)
9.とんでもない。質問に答えよ。もう一つ質問がある。弁護士の立会いを認めよ。
 →認めません。
10.認めない法的根拠を示せ。
 →都教委の裁量です。
11.裁量は法的根拠があって成り立つ。弁護士立会を認めない法的根拠は何か。
 →(別の方向に移動しながら)これで終わりにします。
12.そちら(都教委)が一方的に打ち切ったのですね。答えないということはそうなりますよ。
 →(無言で同じフロアの別の部屋に入っていく。この後校長の「事情聴取」。)


このやり取りを読んで皆さんどう思いますか。人を呼んでおいて質問には答えない。「研修」は都教委が行なったのに自らの「指導・監督」責任は棚上げにして校長の「指導・監督」責任を問う。(当日校長は誰一人「ゼッケンをはずせ」と言わなかった。)都教委の「指導・監督」責任を認めると都教委・教育長の「服務事故」になってしまうので部下の「責任」を問う。今日の金田管理主事は、完全に目が据わり尋常でない様子でした。また、佐々木校長の態度はこれまでの校長の中で一番高圧的でした。なお、佐々木校長は入学式で葛西警察署(公安係)を校門前に呼び、そのうち2人の公安警察官に私は学校から葛西駅までつけられたのです。

*「ゼッケン」事情聴取対象者はあと2人です。
◇8月23日(火) 9時30分 Mさん(小学校教員)→9時15分、都庁第2庁舎1Fロビーに集合し、27Fへ移動。
◇8月25日(木) 14時30分 Tさん(高校教員、Tシャツ)→14時15分、都庁第2庁舎1Fロビーに集合し、27Fへ移動。

8月の都教委定例会は25日10時からです(明日23日の定例会告示に注意。)Tさんの「事情聴取」が25日14時30分なので「ゼッケン」の処分は9月第2週の可能性も出てきました。

以下、「専門研修」執行停止申立の件です。
重複をご容赦下さい。弁護団からの連絡で「専門研修」執行停止申立提訴の日時が変更になりました。提訴は8月26日(金)、時間未定です。時間は決まり次第連絡しますのでご支援を宜しくお願い致します。提訴者は、15名の「専門研修」対象者のうち、14名です。(義務制3名、高校8名、都立養護学校3名)です。


■23日の告示の「議案」には「教職員の懲戒処分」の項目はありませんでした。
 「処分」が提案されるとすれば、次の9月8日(木)定例教育委員会の可能性が高まりました。
 (この日午後から、東京地裁では、板橋高校藤田裁判)

東京都教育委員会告示第53号
 東京都教育委員会第14回定例会を下記により招集します。
 平成17年8月23日

                                                東京都教育委員会委員長
                                                木村  孟

                        記
 
1 日時  平成17年8月25日(木) 午前10時00分

2 場所  教育委員会室(都庁第二本庁舎30階)

3 議案
 第103号議案  東京都立学校設置条例施行規則の一部を改正する規則の制定について
 第104号議案  平成18年度使用都立盲学校の中学部用教科書の採択について
 第105号議案  平成18年度使用都立高等学校用(都立盲学校、ろう学校及び養護学校の高等部を含む。)教科書の採択について
 第106号議案   東京都公立学校長の任命について

4 報告事項
 (1) 学校職員の給与に関する条例の一部を改正する条例の制定依頼について
 (2) これからの教員給与制度について(第二次報告)
 (3) 第二次都立図書館あり方検討委員会報告について
 (4) 教員の失職について

5 傍聴方法
 方法  当日受付(定員20名を超えた場合は抽選とします。)
 受付時間  午前9時10分から午前9時30分まで
 場所  都庁第二本庁舎27階

6 備考
 第106号議案及び報告事項(4)については、非公開になることが見込まれます。

7 問い合わせ先
 東京都教育庁総務部教育政策室  電話 03-5320-6708(直通)

http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/gaiyo/ko050823.htm


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