2005/8/5

天皇の戦争責任  
右派ジャーナリストが、天皇の戦争責任を明言する意外な?エッセイ

「靖国」を語る。桜井よしこ(『東京新聞』05/8/3)

 小泉純一郎首相の靖国神社参拝そのものは評価しますが、参拝の仕方や理屈付けには、大きな疑問符が付きます。
 靖国の御霊(みたま)にお参りするのと初詣では同じようでいて違う。春と秋の例大祭や、八月十五日に参拝すべきなのに、前倒ししたりするのは、それをわきまえていない証拠で、心もとない。
 小泉さんは国会で「極東国際軍事裁判(東京裁判)を受諾し、A級戦犯は戦争犯罪人と認識している」と答えましたが、私たちは、東京裁判の中身をもう一度振り返る必要があります。マッカーサーでさえ後に「間違いだった」と認めたほど、国際法無視の一方的な裁判でした。その実態を知れば、A級戦犯とされた人々に"罪"という表現を軽々に使うのははばかられるはずです。
 日本の国会は独立回復後すぐに、戦犯として刑死・獄死した人々を戦没者とする法改正を全会一致で行い、遺族への恩給支給などを始めました。彼らは罪人でないと認めたからです。
 開戦して敗戦に導いた国内的責任は、日本人自身が裁くべきで、外国人に裁かれる必要はない。その最たる責任者が天皇陛下でした。陛下がどこまで戦争を止められたのか議論はあるでしょうが、一番上にいた陛下が退位して責任を取らなければならなかった。
 靖国問題で日本が譲歩しても、日中問題が片づくとは思えません。靖国で譲れば、次は教科書。尖閣諸島や東シナ海の海底資源問題でも攻勢をかけ続けるでしょう。
 日中両国は一九七二年に国交を回復、七八年に平和友好条約を結びました。現在までに三兆三干億円を超える政府開発援助(ODA)が本格化した当時、中国は尖閣問題を将来の問題として棚上げしました。当時の中国が優先したのは、いかに援助を引き出すかで、靖国問題は二の次だったのです。
 もちろん、中国や朝鮮半島の人々が戦争で受けた心の痛みを無視することは、日本人として誰にも許されません。それを踏まえた上で、戦争に関するさまざまな事実が中国でなぜ曲げられてきたのかと、日本側からも問わねばならない。
 中国は東京裁判直後、日中戦争の中国人犠牲者数を三百二十万人としていたのに、いつの間にか五百七十万人に増えました。中華人民共和国になると二千百六十八万人に急増。江沢民総書記時代の九五年には三千五百万人と突如言い出した。
 中国の研究者に根拠を尋ねたら「国民感情を反映している」と。それでは、事実関係を論じる資格は中国にない。歴史の解釈を一致させるのは困難でも、知的に成熟した大人の国同士なら、感情を排除した事実認定は共有できるはずです。
 世論調査では、首相参拝反対が半数以上ですが、原因は中国との摩擦でしょう。日本人が東京裁判の問題点を明確に認識することができていたら、結果は違ったかもしれないと思います。


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