2005/8/25

「皆も続け!」学園の"狂気"  
全員が志願「愛知一中予科練総決起事件」

 太平洋戦争中の一九四三年七月。名古屋市の旧制愛知県第一中学校(現・旭丘高校)で、校長や教師らが講演会で国の危機を強調し生徒の愛国心をたきつけて、呼応した三年以上の生徒全員が旧海軍の甲種飛行予科練習生(甲飛)への志願を決める、という事件が起きた。「愛知一中予科練総決起事件」と呼ばれる。

校長、教師らが「愛国心」たきつけ 今に通じる教育の危うさ

 当時は戦況が悪化し、空襲も始まっていた。軍当局は戦力増強のため、全国の中学校に甲飛の志願者数を割り当てた。上級学校への進学率が高い愛知一中生は、軍では下積みコースの甲飛に魅力を感じないためか、なかなか定員に達しない。学校側が考えたのが、講演会での説得だった。
 当時の模様を、当時十四歳で三年生だった故・江藤千秋さんが著書「積乱雲の彼方(かなた)に」で書き残している。
 七月五日午前。蒸し暑い柔道場に約七百人の生徒が集められ、まず校長が「諸君が戦時下に赴くべき道は、平和な時代に歩みうる道とは異なるはずだ」と説いた。国のために身をささげることを最高の美徳とした戦時教育の時代。子どもたちも「殉国の行為」「大義のための死」という言葉を聞かされてはいた。
 だが、江藤さんは「軍務に服したい、医学で社会に奉仕を、文学一筋でなどと、当時も自らの未来像を皆、考えていた。航空兵として死地に突撃することだけがただ一つの道、と学校の最高責任者から言われ、戸惑った」と書いている。
 教師も次々に登壇し、「増援を願う前線の叫びに、諸君は注意を払わない。残念だ」などと口々に叱吃(しった)。その直後に開いたクラス会や生徒大会。「上級学校の進学しか考えないのは利己主義だ」「おれは勉強をやめる、火の玉になって太平洋を飛ぶ。皆も続け」などの殉国論が大勢を占め、「戦場へ出ることだけが唯一の報国の道か」という疑問の少数意見はかき消された。生徒大会は異常な興奮に包まれ、最後に「行く者は立て」の叫びに全員が立ち上がる。父母らの一部からは疑念の声が出たが、当時の新聞はこの事件を「快挙」と賛美した。
 同様のことは他校でもあった。予科練出身で航空特攻要員だった画家高塚篤さん(78)=東京都世田谷区=は「母校の旧制米子中学で全員志願の決議があった」と指摘。「当時の教師たちは、国からの指示でより多くの生徒の予科練志願を競った」と証言する。
 南洋で特攻・戦死した愛知一中出身の成瀬謙冶さんは、海軍兵学校時代に母校の事件を新聞で知り、「全校生徒の予科練志願は無意味だ。生徒の能力に応じた道に進ませることが、本当に国に報いること」という手紙を校長あてに出した。「校長は当時、権威の象徴。真に勇気のある発言だった」と、同級生たちの語りぐさになっている。
 戦後六十年の取材で当時を知る人に話を聞き、今も国からの指示で一斉に動く傾向のある教育現場を考える。この事件を戦時の学園の"狂気"だった、と言うのはたやすい。「時代が違う。あり得ない」と一蹴(いっしゅう)できない不安を感じた。
          (五十住和樹)
〔『東京新聞』2005/8/20夕刊〕


当時、生徒大会後の父兄会の模様を伝える、1943年7月7日付け『中部日本新聞』の見出し
「征け空へ、勵ます父兄 愛知一中に迸る闘魂」



愛知一中出身 回天特別攻撃隊多聞隊(伊366)海軍中尉 成瀬謙治
  昭和20年 8月11日 沖縄海域で特攻、散華(享年21歳)
http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/kai-naruse.htm

愛知一中事件

昭和18年、『朝日新聞』が大見出しで
「愛知一中の快挙、全四、五年生 空へ志願」
と報じた。
成瀬の母校の愛知一中の四、五年生全員が予科練を志願するというものだった。
海軍兵学校に在学中だった成瀬は、一中出身者代表として校長に手紙を送った。

「一中全校生徒を予科練へ志願させることは、無意味であります。生徒ひとりひとりの能力は、それぞれ異なります。能力に応じた道へ進ませてください。それでこそ本当に国に報いることとなります。この戦争で死ぬのは、わたしたちだけで十分なのです。」

国中が時流に流され異常な感覚になってしまう戦時下で、時の風潮に反対することは真に勇気のいることであった。

2005/8/25

25日、都教委処分案件無し!  \増田の部屋
こんにちは。3悪都議&犯罪都教委と断固、闘う増田です!

 本日(8/23)の都教委HPを見ると、25日の定例会において「教職員処分案件」は議題にありません。従って、増田に対するウルトラ無理のある「処分」及び「再発防止研修・ゼッケン着用処分」が出るとすれば、9月8日(木)の教育委員会定例会になるものと思われます。
 それにしても、では、なぜ、シャニムに「増田事情聴取を急いだのか」が、極めて大きな疑問となります。
 以下に載せました都教委から千代田区教委への「照会事項」に答えるために、千代田区区教委・酒井指導課長ときたら、軽井沢自然教室引率中の九段中校長に対し、「夜10時の職員打ち合わせの最中とか、昼の飯ごう炊さんで火を使っている最中とか電話してきた」と校長さんは苦笑いしながら言います。果ては、山の中の狭い飯ごう炊さん場で、できあがった食事を生徒と一緒に食べている校長に「生徒のいないところまで行って携帯から電話せよ」とか強要したのです。校長さん「こんな狭い山の中で、三々五々生徒はできあがったカレーを食べてるんですから、生徒のいないところなんかありませんよ」と、言ったそうですけど。酒井課長(元は体育科教員)は、本当に真面目に「教育」活動をしている校長さんに、教育を投げ捨てさせること、つまり、教育破壊活動に懸命だったのです。
 極めつけは、あの羽田の管制が大混乱した8月2日、全国教頭会に4日間の予定で宮崎に出張に出かけた九段中副校長に対し、確か着いたのは開会に間に合わず夕方ですが、軽井沢の校長から夜の11時に電話させて、「明日8月3日の午前中に戻るように」と言わせ、気の毒に副校長さん、大汗を掻きながら8月3日の正午、九段中に戻ってきて、午後、1時からの酒井課長による増田への問い合わせに立ち会ったのでした。
 それで私は酒井課長と渡り合い、「都教委『照会事項』には8月末までには文書できちんと答える」と言い、酒井課長は「なるべく早くして欲しいですが、いいでしょう。」となったのです。
 ところが、それを都教委に報告したら、酒井・区教委指導課長、怒られまくったんでしょうね。「何が何でも増田処分のため、5日までに報告をあげよ」とネジを巻かれたようです。私は、もちろん知りませんけど、酒井さん、8月4日、校長に「とにかく、5日に千代田区教委として事情聴取するから」と無茶苦茶言ったようです。
 そして5日、「『処分対象の服務事故』なんかには当たらない」と真っ当に判断している校長さんに無理矢理「事故報告書」を書かせたんです。校長さん、とにかく書きたくないモノを書かせられるので、2度も3度も書き直しをさせられました・・・でも一番迷惑したのは主事さんで、あの炎暑の中、何度もデッチ上げの「事故報告書」という紙切れを持って区役所と九段中を往復させられたのです!? それに、校長さん、4・5日は年休を取っていた(「長野にいる予定だったんですが」と言ってました)のを取りやめさせられて・・・それで、伊沢都議立ち会いの下、テープ録音も認めさせての事情聴取の時、校長さんの書いた「事故報告書」を見せてもらうと「事故の可能性もあるやに考えられる」と、酒井課長の強要下にあって最大限、彼の良心をなだめたモノでした。でも、結局、校長さんに聞くと、もう一回書き直しをさせられたようですけど。
 こんなに九段中の教育課程を無視してまで、無茶苦茶な教育破壊活動にいそしんだ上で、25日の都教委定例会に「処分案件無し」!?  とは・・・

 以下、増田を何とか処分しようと、都教委が必死で「処分に引っかけられる口実を何が何でも見つけよ」と千代田区教委に「照会」したモノを紹介します。最初にある「都民から別添のとおり、資料が送付」とは、戦前の超国家主義者・皇国史観論者で東大教授だった平泉澄を今現在、心底から信奉するらしい(今も一ヶ月に一度私学会館で「勉強会」!?とか)九段中の保護者から都教委に送付された紙上討論プリントのことです。

                     授業で使用した資料についで(照会)

 標記のことについて、都民から別添のとおり、資料が送付されました。
 ついては、下記により事実確認の上、回答については平成17年8月5日(金)までにご協力願います。

「照会事項」
1 都民より送付されたNO.1からNO.11までの資料(以下、「本資料」 という)の取扱いについて
 (1) 本資料を使用して行われた授業の年月日及び対象の学年、組
 (2) 本資料を使用して行われた授業の学習指導要領及び年間指導計画上の位置付け、週案上の記載、指導のねらい

2 本資料における生徒の意見の取扱いについて
 (1) 本資料に掲載されている生徒の意見、感想等を書かせた授業の年月日及び対象学年、組
 (2) 生徒の意見を材料として掲載し配布することにっいての生徒、保護者からの了解の有無。
   有の場合は、了解を得た年月日とその方法
 (3) 本資料、NO10に見られる<ノ・ムヒョン大統領様>という当該教諭の手紙に生徒の意見を添付して韓国大統領に送付した事実の有無.送付した場合は、年月-、及び校長、生徒、保護者ヘの了解の有無.なお、有の場合は、了解を得た年月日とその方法
 (4) 上記(3)における当該教諭の手紙の送付と、千代田区が定めている文書管理規則との整合性。

3 本資料から、授業で教材として使用したと想定されるビデオ及び文書資料について
 (1) ビデオのタイトル名及び制作会社名。
 (2) 文書資料の資料名及び出典名。
 (3) ビデオ又は文書資料を使った授業が行われた年月日及び対象学年、組。
 (4) ビデオ又は文書資料を使った授業の学習指導要領及び年間指導計画上の位置付け及び週案上の記載と指導のねらい
 (5) ビデオ及び文書資料を授業で使用することについでの管理職の把握状況
 (6) ビデオの所有(学校備品、敷師の個人所有、その他)
※(1)〜(6)におけるビデオ、文書資料とは、以下のもの.(ビデオ・文書資料例)を含め、本資料にかかわり使用したすべてのものとする。
(ビデオ‐文書資料例)
  資料NO.1「昔、日本がアジアでしたこと」についてのビデオ
      「ノ・ムヒョン大統領演説」
  資料NO.5「日本が中国・朝鮮の方々にしてしまったこと」についてのビデオ
  資料NO.7「日本が韓国や中国におこなってきた過ち」のビデオ      など


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