2005/11/17

「反仏教」で成り立つ教育勅語  
梅原 猛「神々の死(10)」

 廃仏段釈は、政令としては短期で廃止され、大教院もまた長く存立することができなかったが、廃仏殿釈の政策はその後もずっと、少なくとも昭和二十年までは続いたと私は思う。

 仏教道徳は、江戸時代までは主として寺子屋で和尚によって庶民に教えられたが、明治以後、「修身」が小学校、中学校などの学校教育で与えられる道徳教育となり、仏教道徳は学校教育から完全に排除されたのである。

 この修身教育のバイブルというべきものが明治二十三年に発布された教育勅語であるが、そこで説かれる道徳の中心は「一旦緩急アレハ義勇公二奉シ」という国家のために生命を投げ出すことを命じる道徳で、そこに羅列されている他の道徳もこのような根本道徳に従属するものであった。


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